「あら、藍華ちゃん。来てたのね」
三人でパリーナのアイディア出しの為に絵を描きながら談笑しているとお仕事で外出していたアリシアさんが帰ってきました。
「あ、アリシアさん! お邪魔してます!」
アリシアさんの笑顔を見て、藍華ちゃんが嬉しそうに挨拶をします。まるでご主人様が帰ってきたワンちゃんみたい。アリシアさんは藍華ちゃんに微笑みながら挨拶を返すと、私達の描いていた紙へと楽しそうに目を向けます。
「どう? パリーナの進捗の方は……あらあら」
「あ、これはですね。ARIAカンパニーのパリーナを作るんだから、まずはARIAカンパニーらしさを考えてみようと思って皆で描いてみたんです。どうですか?」
「……へぇ、そうなの。これは、アリア社長かしら?」
「はひ、アリア社長です」
「それに……『スノーホワイト』?」
「はい! やっぱりARIAカンパニーといえばアリシアさんですから。アリシアさんは欠かせません」
「あらあら」
灯里ちゃんや藍華ちゃんの言葉を聞きながら嬉しそうに微笑むアリシアさん。それはなんだが誇らしくもあり、恥ずかしそうな不思議な笑みで、アリシアさんって大人っぽい感じするのにこの表情はなんだか新鮮に感じちゃいます。
「ふふ、なんだかとっても素晴らしいパリーナが出来そうね。でもそろそろ日が暮れちゃうわ。灯里ちゃん、ことりちゃん。夕飯の準備するから、テーブルの上片付けてくれるかしら?」
「はい、分かりました」
「藍華ちゃんも今日は食べていく?」
「え、良いんですか⁉ 勿論食べていきます!」
アリシアさんに言われ、私達はテーブルの上に置かれた紙やペンを片し始めます。気がつくと空はすっかり橙色に染まっていました。……どうやら私達は結構な時間パリーナのアイディア出しに熱中してたみたい。
「……ふふ、藍華ちゃんもいて今日はとっても賑やかね」
「はひ、何でもない日なのにとってもワクワクします」
「……なんか、恥ずかしいセリフ、禁止!」
夕飯の準備を始めながら笑う二人に、藍華ちゃんは思わずツッコミを入れちゃうのでした。
「会社のパリーナ造り、ですか」
「うん、なんだかすごい責任重大」
藍華ちゃんを巻き込み、巻き込まれのアイディア出しの翌日。私はゴンドラを漕いでネオ・ヴェネツィアの水路をゆっくりと進んでいました。
「会社の前のパリーナはやはり人目を惹きますし、ある意味では看板みたいなもの。それはでっかいイベントです」
「そうだよねぇ。オレンジぷらねっととかはどうなの? パリーナって作ったりする?」
「……あまり、そう言った話は聞いたことが無いです。基本パリーナはデザイナーに外注だと思います」
私のゴンドラに座るアリスちゃんの言葉に、私は「そうだよねぇ」とちょっと抜けた返事をしちゃいます。
「あ、ことりさん。この先の十字路左に進んでください」
私が少しパリーナのことを考えながら漕いでいるとアリスちゃんから指示が飛んできます。
「うん、分かった。けど、ごめんねアリスちゃん。アリシアさんから地図貰ったんだけど迷っちゃって……」
「ネオ・ヴェネツィアの道はでっかい複雑ですから。それに水路に不慣れなことりさんでは迷ってもしょうがありません」
アリスちゃんは地図を持ちつつ何時もみたいに無表情に見える……でもちょっとだけ口元を緩めて返事します。
今日、私は一人でゴンドラを漕ぐ予定でした。理由は昨日からのパリーナ造り関連です。
アリシアさんがパリーナの塗装に使うペンキを注文したらしいので、お店まで私が執りに行くことになりました。アリシアさんはいつもの様に水先案内人としてのお仕事。灯里ちゃんは今日ARIAカンパニーに届くパリーナの元になる杭が運搬されてくるのを待たなくちゃいけない。
という訳で、一人手が余った私がペンキ運び係に任命されたのでした。しかし、水路と地図に慣れていない私は中々たどり着けず、フラフラと水路をさまよっていました。そんな時、たまたま学校帰りで徒歩のアリスちゃんとばったり遭遇。私が今の状況を説明した結果、ゴンドラに乗ってお店までの道案内をしてくれているのでした。
「けど、灯里先輩、藍華先輩とアイディア出しですか、聞いてると凄く楽しそうですね」
「うん、凄く楽しかったよ。熱中しすぎてパリーナ造りから離れてたような気もするけどね……」
「なんだかすごく安易に想像がつきますね」
私の言葉にアリスちゃん少し頬を膨らませつつ答えます。……いつもいる二人が知らない所で盛り上がってる。そう言われちゃったら寂しい思いを感じてむくれちゃう気持ちは私にも分かります。
「ごめんね。何というか藍華ちゃん来たのは偶々だったから……」
「いえ、別に三人で楽しくやっていたことなんてでっかい気にしてはいません。偶然なんですからしょうがありません」
なんて口では言っているけど、可愛らしい不満げな顔が隠しきれていませんでした。
「アリスちゃん。この後も暇?」
ふと、そんな言葉が口に出てしまいました。
「はい? まぁ、特に予定はありませんけど」
「アリスちゃんも手伝ってくれない?」
「お手伝い、ですか?」
私の言葉にアリスちゃんは不思議そうに顔を向けます。
「やっぱり、私と灯里ちゃんだけじゃ、パリーナ造りって不安だから。アリスちゃんにも一回色々話聞きたいなぁって思って……どう?」
私がそう提案すると、アリスちゃんは一瞬喜んだ表情をした後、直ぐ恥ずかしそうに表情を戻しちゃいます……なんというか凄く可愛いなぁ。
「……えぇ、大丈夫です」
「良いの⁉ ありがとう!」
「今日は暇ですから問題ありません。あ、ことりさん。その先左です」
「あ、危ない危ない」
アリスちゃんに指摘され、私はゴンドラを必死に動かして方向転換します。
「……あはは、だから、道案内もよろしくお願いします」
「……分かりました。ことりさんはまだまだネオ・ヴェネツィアに詳しくありませんからね。ついでにゴンドラの練習しながら目指しましょう」
そう言うとアリスちゃんはネオ・ヴェネツィアの地図を見だします。
その表情は灯里ちゃんや、藍華ちゃんみたいにハッキリと表情には出さないけれどとっても楽しそうに微笑んでいました。