水の都とことり   作:雹衣

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第30話

 パリーナのデザインが決まってから数日間。直ぐにデザインをパリーナに……とはいかず、パリーナに下書きを書いたり、灯里ちゃんのパソコンでペンキの塗り方を調べたり……そういった下準備時間を過ごしました。

 そして今……。

「さあ、塗り始めましょう!」

「うん」

「ええ、頑張りましょう」

「ぷいにゅ!」

 灯里ちゃんの掛け声に私とアリシアさん、そしてアリア社長は手を挙げて応えます。それを聞いて私はハケを手に持ちました。

 私達三人の前には既に設置された下書きがされただけのパリーナ。そしてペンキの缶が置かれています。

 そう、今日はとうとうパリーナに本格的に色付けする日。本来は灯里ちゃんと2人で作業する予定でした。けど、アリシアさんの予定が急なキャンセルで空いたのでアリシアさんも成り行きで参加する事になりました。

「えぇっとまずは白い部分からだよね」

「うん、まずテープで塗る箇所の周りを貼って……」

 パソコンで調べた内容や、本に書かれた内容を復唱しながら私が作業をゆっくり始めます。色を間違えないように慎重に確認しながら、丁寧に塗り始めます。

「ことりちゃん、塗るの上手いね。以前経験あるの?」

「え? ううん、ちょっと、文化祭の時とかにやった位かな」

 塗り始めていると、近くで見ていた灯里ちゃんに質問されたので、少し考えて答えます。私のペンキ経験は1年生の頃の出し物の時、教室の壁とかに貼る段ボールに穂乃果ちゃん、海未ちゃんと一緒に色を塗った程度。これを経験とは……余り呼べないかなぁ。

「文化祭?」

 けど、灯里ちゃんは別の所に引っかかったみたいで不思議そうに首を傾げます。

「え、うん。灯里ちゃんの学校には無かった? あ、でも今の時代に段ボールとかあまり使わないのかな……」

「……段ボール?」

 灯里ちゃんは再び不思議そうに首を傾げます……この様子だと灯里ちゃんは段ボールと絵が余り繋がってないみたいです。灯里ちゃんの学校には文化祭とかは無さそうです。

「アリシアさん。文化祭って知ってますか?」

「……うーん、私も聞いたこと無いわね。どんな感じなのかしら?」

 アリシアさんも不思議そうに首を横に振ってしまいます。そして私の方に話を振られちゃいました。

 私はハケで白のペンキを塗りながら1年生の頃の思い出しながら考えます。

「うーん、そうだね。文化祭……文化祭といえば。学校のクラス毎に出し物をするお祭りみたいな感じかな?」

「お祭り?」

「うん、飲み物や食べ物のお店出したり、お化け屋敷やったり」

「へぇ、結構本格的」

「そうそう、それに部活ごとに出し物をやったりね……」

 そう言って、私は思わずハケの動きを止めます。

 そういえば、私がこっちに来る前の音ノ木坂はそろそろ文化祭だったっけ。皆、どうしてるかな?

「……ことりちゃん?」

「え? ううん、何でもないよ、灯里ちゃん。何でもない」

 言葉を詰まらせた私に灯里ちゃんは心配そうに声を掛けてきます。それに対して私は慌てながら笑顔を取り繕いました。

「ちょっと文化祭の事、思い出してただけ」

「そうなの?」

「うん、去年友達と見て回ったりしてたからね」

 そう言いながら私が作業を再び始めると、灯里ちゃんとアリシアさんは1回顔を見合わせると、2人もハケを持ち始めます。

「じゃあ、ことりちゃん。私達も塗るの手伝うわ」

「はひ、とりあえず私は下の方から塗って行けばいいですか?」

「え? うん、じゃあ、灯里ちゃんはあっちの方から、アリシアさんは上の方からお願いします」

「ええ」

「はひ」

 2人は元気に返事をするとハケを持って作業を始めてくれます。なんだかこうやってARIAカンパニーの皆と一緒に作業するのって初めてかも。

 アリシアさんも中々お仕事でここまで一緒に何かするってのは中々ないし、なんだか新鮮かも。

「よし、じゃあ、直ぐ完成させちゃおう!」

「はひ!」

「ええ、頑張りましょうね」

 

 

 

 その後、塗装の作業は順調に進みましたが、流石に1日では終わりませんでした。1日目はアリシアさんがずっと手伝ってくれましたが、それ以降はお仕事が入って作業には入れない日も多かったので、基本灯里ちゃんと二人でコツコツと作業を進めます。

 そして数日の夕方。秋の晴れた赤い空に橙の光が差し始める頃。私と灯里ちゃん、そしてアリア社長の二人と一匹は桟橋に座って見上げていました。

 そしてその先には青と白の一本のパリーナ。ARIAカンパニーの制服を模した模様が印象的なパリーナがそこに立っていました。

 数日間皆で頑張って作ったパリーナがとうとう完成しました。

「すっごく大変だったけど、なんとか完成したね」

「うん……」

「ぷいにゅ」

 思わず感慨深げに呟くと、灯里ちゃんもアリア社長も心ここにあらずみたいな返答をしてくれます。

「なんだか、全然実感ないですね」

「うん、何だか私ももう終わったんだって感じ」

 そう呟いて思わず目を閉じて、パリーナ造りを振り返ります。最初アリシアさんに言われて驚いたけれど、そんな大仕事を頼まれて少しうれしかった。そして灯里ちゃん、藍華ちゃんと一緒にやったアイディア出し。アリスちゃんも混ざって、パリーナのデザインを考えたり……そして、皆でパリーナ造り。これだけでも沢山の思い出が溢れていて何だか自然に笑顔になれちゃいます。

「……なんだかお祭りみたいだったなぁ」

「あらあら、完成したのね」

 なんて思わず浸っているとお仕事から戻ってきたアリシアさんが保温瓶を持ちながら歩いてきました。

「はい、なんとか」

「あらあら、二人共お疲れ様。紅茶をどうぞ。アリア社長にもおやつ持ってきましたよ」

「あ、ありがとうございます!」

「はひ、いただきます」

「ぷいにゅ」

 アリシアさんが持ってきたカップを頂きます。涼しい風に紅茶の良い匂いが乗ってきて心がほっこりしだしていると、灯里ちゃんがぽつりと呟きました。

「こっちの古い彩色パリーナは何時からここにあったんでしょう?」

 視線の先には白と青の縞々のパリーナ。灯里ちゃんに言われて気付きました。これも昔ARIAカンパニーの誰かが作ったのかな?

 灯里ちゃんは隣にいるアリシアさんに視線を向け、少し考えます。

「私が入社した時にはもうありましたよね」

「ええ、私が入社した時にももうあったわ」

 そう言うとアリシアさんは語りだします。

 以前、アリシアさんが聞いた話によると、ARIAカンパニーの開業当初のメンバーが作ったみたいです。

「じゃあ、ARIAカンパニーが出来た当初からずっとここで立ってたんだ……」

 思わず呟いちゃいました。私はあまりARIAカンパニーの歴史を知らないけれど、アリシアさんも知らないメンバーが作ったパリーナ。これはずっとARIAカンパニーの前で立って皆を見守っていた。そう思うと何だか、少し切なくなってきます。

「このパリーナを作った人はもう水先案内人(ウンディーネ)をしていないのに、この彩色パリーナはずっとここに立ち続けているんですね」

 灯里ちゃんも同じようなことを思ったのか少し寂しそうに呟きます。

「……ええ、時の流れと共に会社も変わっていくわ。私も何時か引退するし、灯里ちゃんが一人前になって私の知らない後輩を持つ日が来るわ」

「……こうして皆といる時間も何時か変わっちゃうんですね。その時、私がどう変わっているのかな。なんて考えるとちょっぴり怖いです」

 灯里ちゃんがその言葉を発した時、私は少し驚きました。私のイメージだと灯里ちゃんってあまりそういう不安を考えず真っ直ぐ進む人だと思っていたから……。

 でもアリシアさんの私の驚きとは違って私達が作ったパリーナに目を向けて静かに語りだします。

「大丈夫、このパリーナはこれからARIAカンパニーと共にこの場所に在り続けていくんですもの。このパリーナが、灯里ちゃん、それにことりちゃんがARIAカンパニーに確かにいた日々の証。それがずっと残ってくれるわ」

「……そうですね」

 アリシアさんの言葉に灯里ちゃんは顔を上げて輝いた眼をパリーナに向けます。

「このパリーナはここで私達の思い出を守ってくれるんですね。たとえどんなに変わっても今の私達をここに残してくれる……ここに来れば今の私達にまた会える」

「……なんだか、それってすっごく素敵かも」

「そうね。凄く素敵だと思うわ」

  灯里ちゃんの言葉に私とアリシアさんは思わず同意しました。パリーナを作る時のワクワクとドキドキで何だか文化祭みたいだった素敵な時間。ここに来ればその瞬間に戻って来れる。そう考えたら何処か祭りの後みたいな寂しさを感じていた心があったかくなっちゃいます。

 それに……もしも私が過去に戻ったりしたとしても灯里ちゃん、アリシアさんがこのパリーナを見たら思い出してくれる。皆の思い出の中に残ってる。

 そう思えたらどんな未来でも歩んでいける。そう、私は思えました。

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