水の都とことり   作:雹衣

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第31話

 ネオ・ヴェネツィアの水路をゆっくりとゴンドラで漕いで進みます。ゴンドラの上には沢山の紙袋。そして嬉しそうにその中の一つの袋を眺めるアリア社長の姿がありました。

「アリア社長。すっかり秋が深くなって来たね」

「ぷいにゅ」

「アリア社長ご機嫌ですね。そんなにそのご飯美味しいんですか?

「ぷいぷいにゅ~」

 私の言葉にキャットフードの抱えながら嬉しそうに返答するアリア社長。そんな姿に思わず微笑ましくなっちゃいます。

 今日、アリシアさんはお仕事、灯里ちゃんも練習中。なので私は夕飯や日用品の買い物をしていました。

「残ったお金は使って良いって言われたけど……結構残ってる」

 私はゴンドラを漕ぎつつ、アリシアさんから頼まれていた物を全部買ったか確認します……うん、間違ってない。

 でも、今アリシアさんから渡されたお金はほとんど残っています。

『ことりちゃんには色々お手伝いしてもらってるからね。お小遣いだと思ってね』

 と言われて渡されたけど……。

「流石に使うのはちょっと気が引けるよね……」

「ことり、しっかり前を向く!」

 私がお金の事で悩んでいると横から声が響きます。その声に従って前を見るとそこは十字路でした。

「あ、ゴンドラ通りまーす!」

 慌てて声を出して十字路を前進します。幸運にも他のゴンドラは通っていませんでした。

「すわっ! ゴンドラを漕ぐときは周りの注意を怠らない!」

「あ……晃さん!」

 声の方を見ると近くの桟橋に晃さんが立っていました。私は慌てて方向転換しつつ晃さんの桟橋にゴンドラを近づけます。桟橋に当たらないようにゴンドラを止めると。

「ことり、前よりも漕ぐのはうまくなっているが、まだまだ注意力が足らないな……今日は練習というよりは買い物か」

「はい、晃さんは休憩中ですか?」

「ああ、時間が空いてな」

 そう言うと晃さんは桟橋からスッとジャンプして私のゴンドラに飛び乗ります。晃さんは華麗に着地しますが、ゴンドラは大きく左右に揺れます。

「あわわ、あ、晃さん!」

「ははは、すまない。ARIAカンパニーに帰るついでに姫屋にも寄ってくれ」

 慌ててバランスを取る私に笑う晃さん。その姿はなんだか少しだけ子供っぽく見えました。

 

 

 

「そうだな……」

 私がゆっくりとゴンドラを進める中、晃さんはゴンドラに座りながら何やら考え事をしていました。

「なあ、前にも言ったことだが、水先案内人(ウンディーネ)を本気で目指してみないか? 運転技術は申し分ない」

「え?」

 突然の言葉に私は思わず声を上げてしまいました。ゴンドラの上で行儀よく座っているアリア社長も私の方に向きます。

「それにあまり人見知りしない。かなり水先案内人(ウンディーネ)向きだ……どうして、水先案内人(ウンディーネ)にならないんだ?」

「え……そ、それは」

 私は思わず口を濁します。その様子を見て、晃さんも直ぐに口を開きました。

「……いや、ことりにも事情はあるし、将来も色々あるか。ただ、ゴンドラの練習をしているんだ。それなら目標とかあった方が捲るだろ」

 そう言うと晃さんは顎に手を当て考えます。……確かに練習は目標があった方がやる気がでます。そういった目標があった方が良いかもしれません。

 ゴンドラから晃さんは暫く周りを眺めていました。そして彼女は壁に貼られている一枚の紙を見ました。

「そうだ、もう少ししたら、あれがあったな」

「あれ?」

 私は晃さんの言葉に釣られ壁を見ます。そこには……。

「ヴォガ・ロンガ?」

「ああ、ネオ・ヴェネツィアをゴンドラで漕ぐ市民マラソン。それがヴォガ・ロンガ。秋最大のお祭りだから凄いぞ」

「へぇ、そんなのがあるんですか?」

「ああ、藍華達も参加するぞ。ことりも参加するだろ?」

 ネオ・ヴェネツィアのお祭り……なんかそう聞くとすっごくワクワクします。

「ああ、噂によると水先案内人(ウンディーネ)にとっては昇格試験もかねているとか」

「いや、私は水先案内人(ウンディーネ)になるつもりは……」

「あはは、そうだったな」

 私の言葉に晃さんは楽しそうに笑いました。

 ……ただ、晃さんの言う通り「これから」の事を考えるべきなのかもしれない。元の時代に戻る手掛かりはまだ見つかっていない。アリシアさん、灯里ちゃんにずっと世話になっている訳にもいかないよね。

 


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