水の都とことり   作:雹衣

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第37話

 水路を滑る沢山のゴンドラ。その中に見える少女たちの姿を追いかけます。まだまだ未熟な私は灯里ちゃん達の列の最後尾。

 皆、私より年下なのに重たいオールを巧みに操ってぐいぐい進んでいきます……皆の無駄のない綺麗なオール捌き。それに付いていくために私はオールを動かして進みます。

 一回漕ぐ度に静かに進んでいくゴンドラ。それに対して橋や、道。お家の中から沢山の人が私達を見て、応援の声を上げています。

 ……なんだか、それを聞いているだけでとっても楽しくなって口元に笑顔が浮かんできちゃいます。

「あ、ことりさん、次の十字路。右です」

「あ、うん」

 一つ前にいるアリスちゃんが声を掛けてきます。私はその声を聞いて慌ててオールを動かします。

「アリスちゃん、ありがとう」

「いえ、大したことは言ってないので」

 そう言って彼女は少し恥ずかしそうに顔を逸らしました。

 物静かで、皆よりも年下。けれどもゴンドラ捌きはとっても上手。いつも落ち着いて大人みたいだけど、まだまだ子供みたいに可愛い所がたくさんある子。

「ありがとうね。アリスちゃん」

「……な、なんですか。別にそんなたくさん感謝されるようなことは言っていないです」

「ふふ、なんだかアリスちゃんにずっとお世話になっちゃってるから。つい沢山言いたくなっちゃった」

「いえ、別に当たり前の事です。ことりさんの方がずっと大変なんですから」

「えぇ、でも、アリスちゃんも水先案内人(ウンディーネ)の練習とか色々あって大変なのにいつも私の事――」

「コラー! なんか恥ずかしい事とよそ見禁止!」

 私とアリスちゃんが話していると前を漕いでいた藍華ちゃんが後ろを向いてツッコミを入れてきます。

「藍華先輩もでっかいよそ見しています」

「もう、あんたたちのせいでしょうが。ヴォガ・ロンガよ、集中集中。それととっても気になる会話をしないの!」

 そう言って頬を膨らませつつ藍華ちゃんが私達に並走し始めます。

 藍華ちゃんは「姫屋」の跡取り娘。いつも真面目で、責任感のある女の子。とってもネオ・ヴェネツィアの事を大切に思ってて、私にもネオ・ヴェネツィアの良い所を沢山紹介してくれる子。

「そんなこと言って、藍華先輩もでっかい会話に入りたくなったんじゃないですか?」

「な、なによう。悪い」

「うふふ、藍華ちゃんもありがとう。いろいろ気を使ってくれてたよね。初めて会った時もカフェ・フロリアンの時も私を楽しませようとしていたよね」

「べ、別にそんなのは当然よ。友達だしね」

「うん、でも友達だからこそ、そう言う事を考えてできるってすごい素敵だと思うの。ずっと相手の事をしっかり見てる証拠だもの」

「……は、恥ずかしいセリフ禁止! ヴォガ・ロンガに集中よ!」

 そう言うと藍華ちゃんはあわあわと慌てながらオールを漕ぎだします。私とアリスちゃんはその様子を二人でゆっくりと追随しながら見ます。

「……でっかい恥ずかしがっていましたね」

「そうだね。事実を言っただけなんだけど……」

 私達は軽く見合った後、思わず二人で微笑みました。

 

 

 

 

 

「うーん……」

 皆の後をなんとか付いていけていたが、数カ月しか練習していない私と水先案内人(ウンディーネ)を目指している私との腕の差が出てしまい徐々に差が開かれてしまいました。

 最初は皆私に合わせてくれようとしましたが、私の方が遠慮して今は一人で漕いでいます。

 沢山の歓声を身に受けつつ、私はゆっくりと水路を漕いでいきます。流石に普段よりも長い距離を漕いでいる為、腕が少し苦しくなってきました。

 でも、私も頑張らなくちゃ……そう決心してオールに力を込めようとした途端

「もう、本当に良いよ。早く大会に戻りないと」

「いえいえ、お気になさらず」

 私のゴンドラの前に見覚えのある白と青の衣装が一人。彼女は、水路にゆらゆらと浮かんでいる枝で編まれた籠に向けてオールをくいくいと動かしていました。

「な、何してるの? 灯里ちゃん」

「あ、ことりちゃん。えーっと、あそこにいる女性があの籠を落としてしまったみたいで」

 灯里ちゃんに言われた方向に顔を見上げるとそこには妙齢の女性が困ったように見下ろしていました。

 ……どうやら彼女が籠を落としてしまったのを見過ごせなくて灯里ちゃんが籠を取ろうと四苦八苦しているみたいです。

「あ、そこのお姉さんはそこの水先案内人(ウンディーネ)さんの先輩かい? こっちは何とかするから早く言った方が良いって言ってるんだけどね……」

「でも、こっちも一大事ですから。見ててください。ちゃちゃっと済ませちゃいますから」

 そう言うと灯里ちゃんはゆっくりとゴンドラで籠に近づきます。けれども今日はゴンドラが沢山行き来していて波が立っている為か籠はどんぶらこどんぶらこと揺れて動いて中々上手く掴めないみたいです。

「あ、ことりちゃんは気にしないで。こ、これを掴んだらすぐに向かうから」

 ……灯里ちゃん、私にとってネオ・ヴェネツィアについて私が初めて出会った女の子。そして私を助けてくれた女の子。困っている私に手を差し伸べてくれた女の子。彼女は大切な物を沢山くれました。いつも気を遣ってくれて笑顔を絶やさず、私と寄り添ってくれた。

 私はゴンドラを籠の方に近づけます。そしてゴンドラのバランスをとりながら、オールを籠の方に近づけます。その様子を見て灯里ちゃんは目を丸くしていました。

「え、ことりちゃん⁉」

「二人の方が速いと思うから私も手伝うよ」

「でも」

「いいからいいから……灯里ちゃん、私がオールで頑張って抑えるから籠をそっちから持ってみて」

「はひ、分かりました」

 私がなんとかバランスを取りながらオールを籠に近づけます。そしてそれをゆっくりと灯里ちゃんのゴンドラに必死に寄せます。

 そして灯里ちゃんがその籠を手で取る事に成功しました。

「やった!」

「はひ、ことりちゃん!ありがとう!」

 灯里ちゃんは籠を手に取ると弾けるような笑みを浮かべると籠を街路で待っている女性の元へ持っていきます。

「はい、お待たせしました」

「本当にありがとうね、助かったわ……水先案内人(ウンディーネ)さん達、大会も頑張ってね」

 そう女性に感謝され、灯里ちゃんも笑顔を浮かべて手を振りながら大会に戻ります。私もそれを追ってレースに戻ります。

「ことりちゃん、ありがとうね。私の寄り道に付き合っちゃって」

「ううん、全然。灯里ちゃんが困ってたんだもの。私も手伝わなくちゃ。じゃ、ゴールまでレッツゴー!」

「はひ! レッツゴー!」

 

 

 

「……で、またゴールはギリギリになったのね。灯里」

「はひ……」

 その後、私達は意気揚々と二人でレースを再開したのですが、灯里ちゃんは道行く知り合いに手を振ったり、声かけられたり。その度にちょっとスピードダウンしてお話したり……。そんな感じで大会とは思えないゆったりペースで私達はゴールしました。

 私達がゴールした頃にはゴンドラも閑散としていて水先案内人(ウンディーネ)の制服を着ているのは私達位でした。

「まあ、前回もこんな感じだったから、姿が見えなくなった時点でそうなるだろうと思ってたけどね」

「まあ、灯里先輩らしいです」

 先にゴールしていた二人はゴールして微笑んでいる私達を見て、そう呟いていました。まあ、二人からしてみれば予想通りみたいです。

「あはは、ごめんね。ことりちゃん。すっごくゆっくりで」

「ううん、私もゴンドラすっごく遅くって。足引っ張ってたかも」

「ことりは良いのよ。まだ初めて数カ月なんだし。寧ろヴォガ・ロンガのコース完走できただけで充分よ。距離が長いから」

「皆、お疲れ様」

 そうやって私達が集まっているとアリシアさんがにこやかな笑みを浮かべてやってきました。

 私達の視線は一斉にそちらを向きます。

「どう? 楽しかった?」

「はひ、とっても楽しかったです。ことりちゃんと一緒にゆっくりでしたけど。色んな人と会話して、すっごく!」

 アリシアさんの言葉に灯里ちゃんはすかさず答えました。それを聞いてアリシアさんは微笑み返します。

「そう? それなら良かったわ。他の皆はどう?」

「はい、楽しかったです! アリシアさん」

「はい、私もでっかい楽しかったです」

「うふふ、それなら良かったわ。ことりちゃんは?」

 アリシアさんから話を振られます。それに私は躊躇なく笑みで応えました。

「はい、すっごく楽しかったです」

「うふふ、ならとっても良かったわ」

 そして、アリシアさん。身元もはっきりしない私の事を受け入れてくれてちゃんと私の事を信用してくれた人。彼女も私がここで安心して暮らせるよう気を遣ってくれていました。

「本当ありがとうございます。アリシアさん」

 私の口からは感謝の言葉が漏れました。今日の楽しい出来事だけじゃない。ずっと助けてくれたことに思わずです。

 アリシアさんはその言葉を聞くと。

「あらあら、どういたしまして」

 微笑んで笑みを返してくれるのでした。

 

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