水の都とことり   作:雹衣

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第40話

「アリシアさんとショッピング!?」

 サン・マルコ広場のカフェ。その静かな室内に大声が一つ響きます。それで周りの視線が私達に集まります。

「藍華ちゃん驚きすぎ」

「あ、やば」

 藍華ちゃんは慌てて口を閉じて周りの視線に頭を下げます。そして一回カップからカフェラテを飲んだ後私に羨望まじりの視線を向けてきます。

「別に大したことしてないよ? ただ、アリシアさんに誘われて冬服を買いに行っただけ」

「それが羨ましいのぉ」

 そう言うと藍華ちゃんはパタパタと足を上下に揺らします。なんだかわがままを言う子供みたいな仕草で可愛い。

 アリシアさんと買い物行った次の日。一人で散歩をしていると偶然藍華ちゃんと出会いました。そして二人で話をしていたら話が弾みついいつのまにか二人でお茶をすることになっちゃいました。そして色々最近買った物の話になったのです。

「アリシアさんの私服かあ、私も買いに行きたい~」

 藍華ちゃんの足のパタパタの揺れ幅がどんどん大きくなっていく。藍華ちゃんはアリシアさんのことをとても尊敬しているみたいで、事あるごとにアリシアさんについて沢山語ってくれるのでよく分かります。

「アリシアさんだし、言ったら誘ってくれるんじゃないかな?」

「そうだと思うけどね」

 そう言うとカフェラテをまた一口。

「でも、アリシアさんは人気者だから、あまり暇は無いでしょ。それに貴重な休みを私に使って貰うのもねぇ」

 そう言うと「むむむ」と唸って目を細める藍華ちゃん。……確かに、アリシアさんのゴンドラの予約は大体いつも埋まっています。私が買い物に行ったのも偶然空いていたからだし……いつも働いているアリシアさんを誘うのは確かに私も気が引けてしまいます。

「そういえば、藍華ちゃん、アリシアさんと買い物とか言ったこと無いの?」

 ふと、気になって尋ねました。私よりも遥かに付き合いの長いであろう藍華がそんなに羨ましがるなんて、もしかしてアリシアさんってあまりそういったプライベートな所は見せない感じの人なのかな?

「いんや、日用品の買い物とかに付き合ったことはあるよ。灯里と一緒の時もあるし、アリシアさんと二人っりきりでもね……」

 そう言って一度言葉を溜めます。そしてカップを置くと、天井に顔を向けて心の底から絞り出すように一言。

「でも、そんなにじっくりと服選びなんてしたことないのよ。ことり、すっごく羨ましい!」

「あ、あはは」

 その時の藍華ちゃんの心底そう思ってるであろう顔に苦笑いが零れてしまいました。

 

 

 

「あー、良い休憩したぁ」

 カフェで一服した後私達は再びサン・マルコの広場を散歩していると藍華ちゃんはそう言って腕を伸びっとします。

「……ふふ、藍華ちゃんありがとうね。誘ってくれて」

「いいのいいの、私もリフレッシュになったしね」

 そう言うと腕を伸ばしたまま、体を左右に揺らしてストレッチをしています。

「よし、午後も頑張っていくわよ」

「午後何かあるの?」

 不意に私が聞くと藍華ちゃんは「そうなのよー」とため息をつきつつ答えます。

「姫屋の方でちょっとね。新しいイベントの準備しないといけないのよ」

「あはは。大変だね」

「本当本当」

 藍華ちゃんはそう言っていますが、余り嫌って様子はありません。なんだか姫屋でのお仕事にやりがいを感じているみたいです。

「でも、頑張らないとね、まだまだ片手袋とはいえ一応跡取り娘ですから」

 そう言うとえへんと胸を張る藍華ちゃん。その様子に私は思わず笑みを浮かべてしまいます。

 藍華ちゃんは姫屋の跡取り娘だと以前聞きました。ネオ・ヴェネツィアの水先案内人(ウンディーネ)の中でも特に老舗のお店。その跡を継ぐことが小さい頃から決まっている。彼女は私には分からない程の重圧を感じている筈。

 けれども彼女はしっかりと前を見て進んでいる。

「すごいね、藍華ちゃん」

「な、なによお、いきなり。こんなのは当たり前よ」

 私の言葉に照れくさそうに頭を掻く。

「でも、凄いよ。私には想像も尽かないし」

「別に、そんな言う程凄くも無いわよ……私は」

 そう言って藍華ちゃんは短い髪を軽く触れます。

「私は平凡だからね。後輩ちゃんみたいに優れた操舵技術もないし、灯里みたいにみんなと直ぐ打ち解けられるようなコミュニケーション能力もない。たまたま姫屋の跡取りになるチャンスが降ってきて、私が深く考えずにそれに首を縦に振っただけ」

 そう言うと藍華ちゃんはゆっくり私の前を歩みだします。足取りはゆっくりと……けれどもまっすぐ力強い。

「でも、だから頑張らないとね」

 藍華ちゃんは私に振り向きました。

「晃さんにも言われたもの。才能が無いなら、頑張るしかない。私に無いならその分頑張らなくちゃ」

 そういって藍華ちゃんは笑顔を作ります。

「……うん」

 私は思わずそう呟いた藍華ちゃんがとても綺麗に見えました。「自分には何もない」そう言いながらも諦めないで頑張る彼女の言葉はなんだか私の心にも深く響きます。

「う、なんか恥ずかしい話しちゃった。じゃあ、私はもう行くね」

 そう言うと藍華ちゃんは顔を紅潮させつつサン・マルコ広場を離れます。

 それに対して私は思わず手を振って返しながら声を出しました。

「うん、じゃあね……それと藍華ちゃんはいつも皆を見てくれるのはすっごい才能だと思うよ!」

「は、恥ずかしいセリフ禁止!」

 私の言葉に藍華ちゃんは振り返ってビシッとをツッコミをするのでした。

 

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