水の都とことり   作:雹衣

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第41話

「へえ、ネオ・ヴェネツィアではサンタさんは来ないんだ」

「はい、プレゼントを持ってくるのはベファーナという魔女です。良い子には素敵なプレゼントを、悪い子には炭を持ってきます」

「す、炭? なんで?」

 口から白い息を漏らしながら私はアリスちゃんに尋ねます。アリスちゃんはそれを聞くと顎に親指を付けて少し考えた後、彼女も首を傾げて呟きます。

「……確かに、悪い子を反省させるという意味は分かりますが炭はでっかい不思議ですね」

「あはは」

 アリスちゃんのその言葉に私も思わず笑顔で返していました。

「……ことりさんすみません。私の練習に付き合って貰ってしまって」

「ううん、いいよいいよ。私もゴンドラもっと上手になりたいし」

 今の私はアリスちゃんと二人でゴンドラの練習をしています。ただ、灯里ちゃんも藍華ちゃんも今日はいません。

 二人はお客様を乗せた実習に出ています。水先案内人は片手袋(シングル)になると一人前の水先案内人と同伴ならお客様を乗せてもいいそうです。二人はそれぞれアリシアさんと晃さんと一緒に頑張ってお仕事をしています。

「そうやって聞くと二人も頑張ってるんだなって感じちゃうね」

 私はゆっくりとオールを使って漕ぎながら前の椅子に座るアリスちゃんに話しかけます。

「そうですね、私はまだ両手袋(ペア)ですから、実習をしたことはありません」

 そういうとアリスちゃんは自分の両手を見ます。

「アリスちゃんもとっても上手だし、直ぐに片手袋(シングル)になれるじゃないかな?」

 私は気軽にそう言いました。とはいってもアリスちゃんの運転技術の高さは私でも直ぐに分かります。灯里ちゃん、藍華ちゃんに負けない所か、上回ってるかもって位。

「……」

 けど、私の言葉にアリスちゃんは顔をうつむいてしまいました。

「アリスちゃん?」

「あ、いえ、何でもありません。それより、ことりさん、舟の重心が少し右に重心が傾いてます」

「え、あ! おっとと」

 アリスちゃんの指摘を聞いて私は慌てて立ち位置をずらします。舟が傾くとそれだけで真っ直ぐに進まなくなるし、乗っているお客様も乗り辛くなるから大変なんだとアリシアさん始め教えてくれた皆に教わりました。

 少し舟をグラグラと揺らして何とか船の重心を直すとアリスちゃんはそんな舟の上でも動じずに私を見つめています。

「ふぅ、なんとかなったぁ」

「ことりさん、少し休憩しましょう。集中力とかが落ちているのかもしれません。そんな状態で練習しても身にならないと思います」

「うーん、そうだね。そうしよっか。じゃあ」

 アリスちゃんのアドバイスに従い、私は辺りを見渡します。今の私達は街の中心をちょぴっと離れて人気の少ない水路を漕いでいました。

「サン・マルコ広場には遠いよね。あ、そういえば」

 私が悩んでいると自分の持ち物を思い出して、ベンチに置いてあるバッグを見つめます。

「ことりさん、何か入っているんですか?」

「うん、ちょっとね……こういうことあろうかと」

 私の言葉にアリスちゃんは不思議そうに首を傾げます。

「?」

「うん、えっとね……」

 私はバッグをガサゴソと漁って中から一本の筒を取り出します。

「魔法瓶?」

「うん、アリスちゃん、舟の上でお茶会とかってしたことある?」

「お茶会?……ああ、なるほど」

 私の言葉を聞いてアリスちゃんは合点がいったようで声を上げました。

「冬になると灯里先輩がよくお茶を持って来ていましたので、何度か」

「あ、そうなんだ。じゃあ、ちょっと休憩しよっか」

 そう言って私は船尾から舟のベンチに移動します。「よっ」と小さく声を上げて席に座ると私はバッグから更にプラスチックのコップを二つ取り出します。

「じゃーん」

「用意周到ですね」

「ふふ、今日はちょっと寒そうだし持ってきた方が良いかなって」

 魔法瓶の蓋を開けてコップに注ぎます。中から紅茶が出てきて、白い湯気がカップの中から上がります。

「はい、アリスちゃんどうぞ。ずっと座ってて冷えちゃったでしょ」

「いえ、そこまででは……でも、ありがたく頂きます」

 アリスちゃんは私のコップを両手で掴んで受け取ってくれます。そして小さな口でふうふうと冷ますと、紅茶をゆっくりと飲みます。

「……でっかいあったかいです」

「良かったあ」

 アリスちゃんの声に私は思わず嬉しくなって微笑みます。アリスちゃんはそれを見て顔を赤くしながら紅茶を更に飲んでいました。

 

 

 

 アリスちゃんと二人で舟の上のお茶会。舟の上には灰色の空……冬らしい曇り空。けれども私達の間にはどこかまったりとした空気が広がります。

「ふぅ」

 紅茶を一口飲んで、思わずため息をつきます。

「なんだか、のんびりしちゃうね」

「そうでうすね。ただ少し休憩したら練習に戻りましょう」

「うん、そうだね」

 とはいっても思わず紅茶の温さに気が緩んでしまいます。アリスちゃんも口ではそう言っていますが、余り強くは言わないで、紅茶を口に運んでいます。

 二人で静かに飲む穏やかな時間。思わず私は顔をほころばせ、のんびりと紅茶を飲むのでした。

 

 海の上からネオ・ヴェネツィアの街並みを眺めながら私達は暫くお茶会を楽しみました。お話はたわいのない物ばかり。ARIAカンパニーのお話や、アテナさんのうっかり話……何時も通りのお話です。

「ことりさん、そろそろ練習再開……というよりはネオ・ヴェネツィアに戻りましょう。ここでもっとゆったりしてしまうと日が落ちてしまいます」

「え? あ、本当だ」

 アリスちゃんの言葉を聞いて私は思わず辺りを見ます。空に浮かぶ日はゆっくりと水平線に沈みかけていて、空の半分は暗くなってしまっています。

 冬なこともあってか、日が沈むのが早くなっています……確かに、今から漕がないとARIAカンパニーに着く前に日が沈んじゃいます。

「ごめんね、ゆっくりしすぎじゃって、練習の途中だったのに」

「いえ、私も思わずここででっかいまったりしたのでおあいこです」

「そうだね……思わずアリスちゃんとのお話が楽しくてついついうっかり」

 そういって「あはは」とごまかすように私は笑います。けど、アリスちゃんは私の言葉にビックリと言った感じで目を大きくします。

「ど、どうしたの?」

「い、いえ。そんなこと言われたの初めてだったので……」

「?」

 慌てるアリスちゃんに思わず首を傾げる。そこまで変な事を言ったか思い返すもアリスちゃんが驚く理由が私には分からない。

「お話が楽しくてなんて……」

「え、だって楽しかったよ」

 アリスちゃんが恥ずかしそうな声を上げるのを見て、私は思わず食い気味に返してしまった。

 アリスちゃんはそれを聞いて面食らった表情になっちゃいますが、私の目を逸らしながら言葉を続けます。

「……いえ、私は他人と話すのが苦手で、いつもことりさんが上手くお話を続けてくれるからです。私自身は全然」

「そんなことないよ。少なくとも私はアリスちゃんとお話しするのいつも楽しいもの」

 私はそう言うとゴンドラの船尾に移動してオールを持ちます。オールでゆっくりと漕ぎだしてゴンドラを動かす。進む方向はARIAカンパニー。ゴンドラはちょっと波に流されちゃったみたいだけど、ここからならそう時間はかからない筈。

「アリスちゃん、灯里ちゃん達やアテナさんの話をしてる時、とっても楽しそうな表情してるもの、全然飽きないよ」

「……」

 私がそんな事を言うと、アリスちゃんは顔を赤くして少しにらむような表情をします。でも、その表情がなんだか可愛くてますます私は微笑ましい気持ちになってしまいます。

「だって楽しいでしょ。アリスちゃん」

「……はい」

 私の言葉にアリスちゃんは否定せずに小さく呟きます。それを見てますます私は楽しそうに微笑んでしまいました。

 

「でも、私が人と話すのが苦手なのは本当です」

 日が落ちる前にARIAカンパニーに着いた後、流石に夜道をアリスちゃん一人は危ないので私はオレンジぷらねっとまでアリスちゃんを送る事にしました。

 その夜道の途中、アリスちゃんがふとそう呟きました。

「ことりさん、今日の練習の途中、私の操舵技術を褒めてくれましたよね」

「うん、アリスちゃんすっごく上手だもの」

「でも、それだけなんです」

 アリスちゃんは夜道……黄色い光を放つ街灯の途中で立ち止る。

「初対面の人には何て言えば良いのか戸惑ってしまうし、慌てて言葉が出てこないことも有ります。舟謳もあまり上手ではありません……」

「そうなんだね」

 アリスちゃんの言葉に相槌を打つ。

「はい、私はちょっと歪なんです」

「歪?」

「ゴンドラの運転が上手いだけで歪なんです」

 そう呟くアリスちゃん。そう言うと顔を少し下に向けます。顔は街灯の光によって影になって表情は良く見えない。けれど、それはアリスちゃんの心の中でとてもわだかまっているものだとよく分かりました。

「……そんなことないよ」

 私はそんなアリスちゃんに近づいて思わず肩に触れます。そしてアリスちゃんの顔を覗き込む。

「大丈夫、アリスちゃんは思ってる程歪んでないよ」

「でも」

「皆。意外と色々ばらばらなの」

 そう言うと思わず私はμ'sの皆を思い出します。皆最初はバラバラで得意なことも苦手なこともみんな違う。でも頑張って各々一生懸命練習をして、μ'sの皆で説明会でのお披露目を成功させた。

「でも、アリスちゃんは目標のために苦手なことを精一杯頑張ってる。だから、いつか実るよ」

「本当に、そう思いますか?」

「うん!」

 アリスちゃんの言葉に私は力強く頷きます。

「だってアリスちゃんにもみんなが一緒にいるもの!」

 そうはっきりと断言しました。アリスちゃんの頑張り、アリスちゃんは私を見上げ、少々呆れたように、けれどとても嬉しそうに微笑みました。

「根拠は無いのに、ことりさんがそう言うと本当になりそうですね」

「でも、本当にそう思えるでしょ」

「はい、でっかいそう思います」

 そう言うと私達は白い息を吐いて二人で笑いあいながら、再び暗い道を二人で歩きます。空は曇っているけれど、雲の合間から白い月が微かに見えていました。

 

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