お話としては「第44話」の後、「第45話IF」になります。
番外編第1話
「私は……私は」
「私は?」
私の言葉に黒い女の子は首を傾げながら尋ねます。その女の子に私は言葉を続けようとして、それがつっかえてしまいました。
……言わなくちゃ「音ノ木坂に帰る」って。それが正しくて私も皆と頑張りたい……そう思っている筈なのに、私の口はまるで凍ってしまったかのように言葉を紡がない。
「……?」
女の子は黙って私を見つめ続ける。口元に微かな微笑みを残して、じっと私の言葉を待っている。
私は……帰りたい。帰りたいはず。そう思っているのに私の心はそれを嘘だと伝えるように動けない。
『ことりちゃん!』
そんな私の心の中に響いた言葉はいつも前を向く少女の声。大切な友達の呼ぶ声に思わず振り向く。
私が来た暗い道の中に灯里ちゃんの姿……そして皆を空目した。
そう空目……ただの幻か、見間違い。だけれどもその姿を見た時私の心はストンと落ちた……落ちてしまった。
「私は、ここに残りたい」
私の口から零れた言葉は先ほど言おうとしていたものとは真逆のもの。音ノ木坂に帰りたいと思っていた心は何時の間にかひっそりと氷のように沈み、消えていく。
おそらくこれが本音だったのだ。私は望郷の念よりもネオ・ヴェネツィアと灯里ちゃん達との生活を手に取ってしまった。
その事にちょっと驚きこそすれ自身の行動に納得してしまった。
私はここでの生活をとても気に入っていて……。
この夢から覚めたくなくなってしまったのだ。
「……お姉ちゃん。本当に?」
女の子は私のその言葉をしっかりと聞いてどこか嬉しそうに尋ねる。
「うん、私はネオ・ヴェネツィアに、ARIAカンパニーに残りたいの」
「うん!」
女の子は笑いかける。その返答が嬉しいかのように踊るようなステップを刻む。彼女はフラフラとスカートが花弁の様に舞い上がらせながら一方の道――私がやってきた道の前に移動する。
「じゃあ、お姉ちゃんはこっちね。来た道をそのまま戻ったら今まで通りの所に帰れるわ……けれど、一度行ったら、途中で戻ってきちゃ駄目だよ」
女の子はそう言うとまるで招待でもするみたいに手を挙げて帰り道を指し示した。
「途中で戻ってきたら駄目?」
「うん、何処にも行けなくなっちゃうから」
女の子にサラリと怖い事言われた気がしたけど、気にしないでおく。
だってもう、私は道を決めたのだから。
女の子の方へとついて行き。私は道の前に立つ。一度頭の中に思い浮かぶ皆の顔。それに少し心の中に棘となってチクチクと痛む。大切な皆。それに背を向けようとしている。それは、留学に悩んでいた頃と何も変わらないのかもしれない。だからこれはあの選択をここでするだけ。
「……だから、私は決断しなくちゃ」
少し頭を振って永遠の別れを覚悟する。それでも穂乃果ちゃん、海未ちゃん……皆の姿を思い出し瞳から涙が溢れるけれど、私の足は止まらない。
「うん、お姉ちゃん、いってらっしゃい!」
「……行ってきます」
黒い女の子の言葉に私は言葉を返して暗い暗い道へと戻る。
冬の曇り空が映る薄暗い道。ほんの先も見えない真っ暗な回廊。前後不覚に陥りそうになりながらも、手を息で温めながら歩き続ける。行きでは灯っていた窓の明かりはついておらず。真っ暗で中の様子は良く見えない。
行きも少し不気味だと思っていたけれど、帰りはより暗くなっている。まだお昼位のはずだけれどもこの道は日の光も入って来ない。
でも足は止まらない。女の子に言われたのもある。けれどもそれ以上に私は、私の心は……。
「ARIAカンパニーに帰りたがっている」
思わずそう呟いた。そう、早く帰って皆に……灯里ちゃんに会いたかった。
その言葉を呟いた途端、私の前にパッと突然明かりが灯る……思わず目を閉じて光を手で遮る。
「――」
真っ白になった視界の中、耳に入って来るのは賑やかな喧騒。沢山の人の話し声と道路を叩く靴の足音。目が光に慣れ始めぼんやりと視界が戻るとそこには海の見えるネオ・ヴェネツィアの道路と横道を見ずに通り過ぎていく人々の姿。
そこにはいつもの、私にとっては見慣れたネオ・ヴェネツィアの景色が待っていた。
「ただいまー、ことりちゃん」
「ぷいぷい、ぷいにゅ!」
ARIAカンパニーのラウンジに座っていると聞き慣れた声が耳に入って来ます。声の方を向くと大きな紙袋を両手で抱えた灯里ちゃんとその後ろを歩いているアリア社長。
1人と1匹が買い物から帰ってきました。その姿を見ると何故だか、懐かしい気持ちに襲われてしまいます。
「? ことりちゃん、どうかした? 何かあった?」
「あ、ううん。おかえりなさい。灯里ちゃんの方も何かあった?」
「はひ、買い物に行く途中にですね――」
私の言葉を聞くと灯里ちゃんは明るい表情に変わり、紙袋の中身をしまいながら楽しそうに買い物に行った思い出を語り始めます。……買い物といういうなればありきたりの日常にも1つ1つの小さな幸せを探す。
「……ふふ」
多分、そんなあなたに出会って、私はあなたに憧れた。どんなものにも明るく太陽みたいに暖かく温めるあなたに。
「ねえ、灯里ちゃん」
「はひ? ことりちゃん、どうしたの?」
私の言葉に振り向く灯里ちゃん。
「私、
「へ?」
「ぷい!?」
私の言葉にびくりと固まる灯里ちゃんとアリア社長。その2人の表情がなんだかおかしくて私は思わず吹き出してしまいます。
「驚きすぎだよぉ」
「す、すみません! でも急だったから」
「そ、それはごめんね。急で」
私の言葉を聞いてわたわたする灯里ちゃんとそれに釣られて一緒に慌ててるアリア社長。その動きは可愛らしいけどいつまで慌てさせてるわけにはいかないので話を続ける。
「でも気持ちは本当だよ……急だし、実際目指すとなるととっても大変なのは分かってるけど、なりたくなったの」
「……わ、私はことりちゃんが目指してくれるのは大歓迎だよ。私も
『それでいいの?』
と言わないながら彼女の眼が伝えて来る。恐らくそれは元の時代に帰ること。灯里ちゃんとは時々元の時代に帰る手掛かりのようなものを時折探していた。でも水先案内人を目指すとなると流石にそういった時間は否応なしに減るだろう。つまり、元から手掛かりの無い帰る手段を見つけるのはもっと厳しくなる。灯里ちゃんそのことを気にしていた。
「うん、大丈夫」
……流石に先程の出来事は灯里ちゃんに伝えられないけれど私はそう言い切った。その時の私の顔を見て灯里ちゃん少し目を見張った後
「はひ! それならこれから一緒に頑張ろうね!」
そう彼女は明るく言い切った。
「……」
そんな私をアリア社長はジッと見つめた後。
「ぷいにゅ!」
なんて一鳴きしていました。