「んん~」
屋根裏部屋の丸い窓を開け、ネオ・ヴェネツィアの海を眺める。ネオ・ヴェネツィアの朝焼けとどこかから流れる生暖かい空気に私は思わず顔を綻ばせる。
「もう春だねぇ」
「はひ、春です」
朝日を浴びて私は灯里ちゃんとどこかのんびりと呟く。
そう、長い冬もすっかり終わりもう春。ネオ・ヴェネツィアも徐々に暖かくなっている。
「……今日、アリスちゃんも
灯里ちゃんは感慨深そうに呟きました。
昨日、アリスちゃんのミドルスクールでは卒業式がありました。そして今日は
「アリスちゃんの昇格試験かぁ」
「アリスちゃんはミドルスクールと
「その瞬間に立ち会えるなんて、なんかドキドキしちゃいます」
「はひ、私も楽しみです」
本来の昇格試験は教えている先輩の
制服に着替えながら私は昨日見たアリスちゃんの姿を思い出します。
「とうとうアリスちゃんも
「そうだね、アリスちゃんとっても
お昼、私達は藍華ちゃんと合流して
「ま、私が来るんだから、受かってくれなきゃ困るってもんよ」
そう言って心配なさげに言っているけれど、さっきからずっとアリスちゃんの話ばっかりしています。
「でも本当に楽しみだねー」
「とうとう後輩ちゃんも私達と同じになるのね。でも灯里分かってるよね。私達もすぐに
「はひ、アリスちゃんも頑張ってるからね! 私達も頑張らないと」
そう言って気合を入れる声を上げる灯里ちゃん。その様子を見て私は思わず以前……アリシアさんと2人で二つ名を決めていた時のことを思い出します。
アリシアさんのあの時の反応的に灯里ちゃんもそろそろ
となると2人が
「……ふふ」
「ことり、あんたもよ! 後輩ちゃんが
「そうだね。頑張らないと」
藍華ちゃん達には
「……そっかぁ、皆進むんだね」
私は思わずそう呟いた。
そう、今は春の季節。新しい事が始まるそんな季節なのだから。
「……?」
風力発電の風車が並ぶ野原……以前、私と灯里ちゃんで何度か来た水路。そこに3人で来たんだけど……。
「あれは……
藍華ちゃんが野原に立っている人たちを見て呟きました。野原にはスーツを着た人たちが数人立っています。
「……? なんであそこに?」
「あれ、灯里ちゃん達の時はいなかったの?」
私は何気なく質問する。藍華ちゃんも灯里ちゃんも
「はひ、私の時はアリシアさんと2人きりでした。協会の人は居なかったと思います……」
「『思います』というか、いなかったわよ。
「そ、そうだよね」
不思議そうに顔を見合わせる灯里ちゃんと藍華ちゃん。2人が戸惑っているとこちらに気付いて会釈や手を振ってきます。
「あら、あなた方がアリス・キャロルさんのお友達ですか? うちのアテナからお話は聞いておりますよ」
「あ、はい。どうも」
女性に話しかけられ藍華ちゃんが緊張しながら言葉を返します。灯里ちゃんと私は目をぱちくりしながらこのちょっと不思議な状況を見守ります。
「えぇっと、本日は一体どんなご用事で?」
「ふふ、もちろんあなた方と同じ、昇格試験を見守りに来たのですよ」
にこやかに笑う女性。その後ろにいるふくよかでひげを蓄えた2人の協会の人もそれに釣られて笑みを浮かべます。
「
「ええ、ささ、皆さんもここで待ちしましょう。食事などはこちらで用意いたしましたよ」
そう言うと女性はちょっと野原の一点を指さします。そこにはバーベキューコンロやちょっとした机が置かれておりお肉や野菜が置かれています。
「わぁ」
「い、良いんですか!?」
「ええ、もちろん」
コンロの近くに近寄る2人、それを見守る3人の意外な待ち人さん。私はその3人を不思議そうに眺めます。
藍華ちゃんの反応的に
うーん、アリスちゃんは最年少の
「ことりちゃーん、ことりちゃんもこっちで食べよー」
「早く来ないと全部食べちゃうわよー!」
「あ、うん。私もそっち行くー!」
2人に呼ばれ私はいったん考える事を止めて、2人の元へと向かいます。
でもアリスちゃんの晴れ舞台だもの。きっと悪いことは起きないよね。
「あ、アリスちゃん達だ!」
その指先に皆目を向ける。そこには一隻の
「もう、全く心配させて……」
アリスちゃんの姿を見かけた途端、藍華ちゃんの顔が綻びます。口ではそう言っているもののずっと心配していたのがバレバレで私と灯里ちゃんは顔を見合ってクスクスと笑い合います。
「な、なによぉ」
そんな私達を藍華ちゃんはちょっと頬を膨らませます。
黄昏時の赤い光を浴びながらゆっくりと向かって来る。そして顔が分かる程に近づいて来るとアリスちゃんが私達の姿を見て驚いているのがよく分かりました。
「今日は一日ありがとうございました。
そして私達の前に
その表情は、何か深く考えているように……どこかまだ悩んでいるような憂いを一瞬帯びていました。
「最後に1曲お願いしてもいいですか?」
そうアテナさんは提案します。その言葉を聞いた私達は思わず喉をごくりと鳴らします。
「
多分、これが昇格試験の最後のお題。皆それが分かって黙ってしまいます。
「……」
「
アリスちゃんはそんな沈黙の中、口を閉ざします。赤々とした陽光を浴びて、長い髪を揺らすアリスちゃんはこの緊迫感の中で、微笑みました。
「お客様はこの火星にその名を馳せる…水の3大妖精をご存知ですか? 実は私――こう見えてもその1人…
そう呟いた瞬間、アリスちゃんは歌い始めます。……軽やかに、透き通る綺麗な声で紡がれる
いつもどこか人見知りなアリスちゃんだけど、そのイメージを覆すような堂々とした歌。
……それをアテナさんは嬉しそうに、どこか驚きを持って愛おしそうに見つめていました。
謳が終わった瞬間、思わず拍手をし始めてしまいました。灯里ちゃんも顔を赤くして目を潤ませながら拍手を始めてしまいます。藍華ちゃんもその様子を見て笑いながら拍手をし始めます。皆の拍手……それはアリスちゃんの成長の確かな証でした。
「お客様……私、昔から謳は上手くなかったですけれど、子供の頃は歌うのが大好きだったんです。お客様の言葉がその頃の気持ちを私に思い出させてくれました」
アリスちゃんそう言うとアテナさんに微笑み頭を下げます。
「ありがとうございました!」
頭を上げたアリスちゃんは飛び切りの笑顔をしていました。
その後に起きたことは驚きの連続でした。
「アリスちゃん、手を」
アテナさんがアリスちゃんの手を取り片方の手袋を脱がせる。
――そして
「おめでとうアリスちゃん……いいえ、
満面の笑みを浮かべて、アテナさんは残っていたもう一方の手袋を抜き取りました。
それは前代未聞、史上初の飛び級昇格、アリスちゃん含め4人は思わず驚きの声を思わず上げてしまいます。
「あ、アテナ先輩っ……!」
感極まったアリスちゃんはアテナ先輩に抱き着きます。
「アリスちゃん!」
灯里ちゃん達がアリスちゃんに駆け寄って2人に抱き着いて来る。
3人で泣きながらも嬉しそうに抱き着いているのを私とアテナさんは少し離れて眺めます。
「アテナさん」
「……なに、ことりちゃん?」
「アテナさんが前悩んでいた事ってこれの事ですか?」
『アリスちゃんが成長するのが怖いんですか?』、ふと少し前にアテナさんに私が言った言葉を思い出します。多分、あの時のアテナさんの悩みはこの事だったんだと私は分かりました。
「……そうね、そう。アリスちゃんはいつもすっごく駆け足で進んでいっちゃうの」
そう言うアテナさんの言葉はどこか寂し気で……けれどもとてもさっぱりした笑顔を浮かべていました。
「でも、アリスちゃんらしい」
「……そうですね。とってもアリスちゃんらしい」
そう言うと私とアテナさんはアリスちゃん達を眺めます。
視界の先では野原に転がりながら笑い合う3人の姿がありました。