水の都とことり   作:雹衣

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番外編第7話

「じゃあ、行って来るわね。ことりちゃん」

「はい、アリシアさん、灯里ちゃん、アリア社長。いってらっしゃい」

 次の日、アリシアさんと灯里ちゃん。そしてアリア社長の2人と1匹は(ゴンドラ)に乗り込んでいます。

 今日は灯里ちゃんの一人前(プリマ)昇格試験の日。私も合格の瞬間を一緒に見たかったけれども、私も今は水先案内人(ウンディーネ)見習い。試験の内容は秘密にしなくちゃいけないとのことでお留守番になりました。

「ごめんなさいね。ことりちゃん」

「いえいえ、灯里ちゃん、頑張ってね!」

「はひ!」

 申し訳なさそうにするアリシアさんと船尾に立って少し緊張した面持ちの灯里ちゃん。彼女たちに応援の言葉を送ります。

 灯里ちゃんにとっての一番の目標……一人前(プリマ)水先案内人(ウンディーネ)になる瞬間だもの。灯里ちゃんが緊張しちゃうのは当然。

 灯里ちゃんの(ゴンドラ)がゆっくりと会社から離れます。私は手を振って暫く見送ると会社のテーブルに座ってゆっくりと窓の外を眺めます。

 ネオ・ヴェネツィアの暑い夏の日……窓から見える海は果てしない位広い綺麗な青。

「皆進んでいくなぁ」

 その海を眺めながら私は呟いた。ここ最近、私の周りにも色々と変化があった。

 アリスちゃん、藍華ちゃんが一人前(プリマ)になり、そして今日灯里ちゃんも昇格試験。去年から随分と色々な出来事があったように思える。

「灯里ちゃん頑張ってね」

 私は(ゴンドラ)の進んだ先を眺めてそう呟きます。……多分、灯里ちゃんが一人前(プリマ)になると一緒に練習が出来なくなったり、いつも一緒って訳には行かなくなってしまう。けれども灯里ちゃんがずっと水先案内人(ウンディーネ)になるのが目標だったのは良く知っている。

「……」

 ちょっと複雑な気持ちになってしまう自分を自覚し、ちょっと反省。

「ちょっと来週の予定とか整理しとこ」

 私は気持ちを切り替えて皆を待ちながら仕事をするのでした。

 

 

 

「お姉ちゃん、何してるの?」

「……ん? うわぁ!?」

 書類仕事を暫くしていると、私の座っている椅子の横に1人の少女が座っている事に気付きました。何処かで見覚えのある黒いワンピースを着た女の子。彼女はいつのまにか私の横の席に座り、書類と私の顔を交互にきょろきょろと見渡しています。

「あれ、あなたは?」

「久しぶり、お姉ちゃん。ご機嫌いかが?」

 女の子はそう呟くとニコニコと笑みを浮かべます。けれども私はその子の笑顔に反して彼女の事を思い出そうとして顔を顰めてしまいます。

 彼女を知らない訳では無い、何度か会ったことがある。うん、私はこの子に会ったことがある。見覚えはある……けれどもなんだか思い出そうとするとどこか靄がかかったような感覚に陥ってしまう。

彼女は凄く重大な選択の場にいた気がするのだけれども……。

「お姉ちゃん、なんか少し寂しそうだね」

「ん、うーん……まあ、そうかな」

 女の子は私が思い出そうとしているのを気にせずに話をし始めます。

「お友達が遠くに行くのが寂しい?」

「……そうかも」

 女の子の言葉に私は肯定します。やっぱり練習が1人とかになっちゃうのは寂しい。灯里ちゃんと2人で練習する機会が増えた時も寂しかったのにずっと1人になったらって思うと……。

「こっちに来てからずっと皆といたからね」

「お姉ちゃん、後悔してない?」

「後悔?」

「こっちに残ったこと」

 女の子はそう言うと私をじっと見てきます。彼女の大きな青い瞳……その視線にはまるですべてを飲み込めそうな不思議な気配を感じます。

「こっち……ううん、それは絶対にないかな」

 女の子の言葉に反射的に答えました。彼女の正体はよく分からないけどそれだけは絶対に違うという確信が私の頭の中にありました。

「でも、皆に出会えて私は良かったもの。そして皆が成長して皆の夢がかなう瞬間が見れた。だから後悔することなんて何もないよ」

「そうなんだ」

「……まあ、少し寂しいのは本当だけどね」

「ふーん」

 私の言葉を聞くと女の子は黒い髪を揺らして首を傾げます。

「後悔してないのに寂しいんだ……よく分からない」

「あはは、そうだね、私も変な気持ち。嬉しいんだけどいつまでも続いてほしいような不思議な気持ちなの……あ、そうだ! ジュースでも入れようか? 外暑かったでしょ」

「いいの!?」

 私は席を立って突然の来客の女の子の為に冷蔵庫からジュースを用意します。女の子は年相応にはしゃいでいて、その姿に思わず頬が緩みました。

「……今日はいい天気だね」

「うん」

 私達は2人で席に座って空を眺めます。

 青々としたネオ・ヴェネツィアの海は今日も変わらず穏やかに波が揺れていました。

 

 

 

「あ」

 女の子と2人でのんびりとカフェをしていると空が徐々に赤く染まり始め、皆を乗せた(ゴンドラ)の姿が見えてきました。

「灯里ちゃん達だ! 試験はどうだったんだ……あれ?」

 ふと気が付くと私の横にいた女の子の姿はなくなって空になったグラスだけが残っていました。先程まで一緒に楽しくお話していたのにいつの間にいなくなって……。

「ただいま、ことりちゃん」

「あ、アリシアさん。おかえりなさい」

 少し女の子のことを考えてたけれども、あの子ならまあまたひょっこりと現れるだろうと深く気にせず、帰ってきた皆をお出迎えします。

「で、試験の結果は……?」

 私が尋ねながら皆を眺めると思わず首を傾げてしまいました。アリシアさんは一見するといつもと変わらない感じ。けれどそれに対して灯里ちゃんはなんだか複雑そうな表情……。落ち込んでいる訳ではなさそうだけど、なんだか無理をしているような……。

「詳しい事は後で教えるわね。ことりちゃんにも重要な事だから」

「あ、はい。分かりました」

 アリシアさんの言葉に頷いて私は彼女に手を伸ばします。アリシアさんは私の手を掴むと静かに微笑みました。

 

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