「灯里ちゃん、お客様が来たよー」
「はーい、じゃあことりちゃん、お留守番お願いします」
私が声を掛けると灯里ちゃんから明るい声が帰ってきて、いつものように笑顔でお客さん達を迎えます。
ゴンドラへ向かうお客さんと灯里ちゃんをしばらく見送り、私は海を眺めます。
もうすっかり見慣れた海……私が来てからもう数年。灯里ちゃんもすっかり
「……また夏だねぇ」
空を見ながら呟き、ふと目についた手袋の無い手を眺める。
私も
藍華ちゃんもアリスちゃんも凄く頑張っていてその評判は私の耳に入って来る。私達ARIAカンパニーも2人で……うん、どこかのんびりと頑張っています。
「ぷいぷい」
「あ、アリア社長! どうかしまし……あー」
アリア社長に声を掛けられ振り向くとそこにはご飯の入っている袋を抱えるアリア社長の姿。いつもご飯で膨らんでいるそれはぺったんごになっていました。
「ご飯無くなってたんですね。じゃあ一緒に買い物に行きましょうか」
「ぷいにゅ」
私の言葉に元気に返事をするアリア社長。その姿に微笑ましくなりつつ私は外出の準備を始める。
確実に変わったのに、私がとっても大事に抱えているその時間を甘受しながら。
「アテナさんのオペラ! すっごく楽しみ! ずっと予約が一杯でやっと取れたんだもの!」
「本当ね! もう楽しみ」
アリア社長のご飯を買いに行く道の途中。すれ違った観光客の声が耳に入って来ます。「うきうき」なんて音が聞こえてそうな位嬉しそうな声2つ。その声を聞くと我が事のように嬉しくなってしまいます。
「アテナさん相変わらず大人気ですね」
「ぷいにゅ」
私の言葉に同意するアリア社長。アリア社長も太鼓判を押す姿に私も頷き返す。
アテナさんは水先案内人としては引退をし、現在オペラ歌手として活躍しています。私達もアテナさんの公演に招待されて観た事はあるけれどそれは「圧巻」の一言。オペラ自体は私は直接見た事なんて全然なかったけれども素晴らしい演出演奏の数々とアテナさんの謳声が合わさってそれはもう凄いものでした。
そういうこともありアテナさんのオペラは連日大盛況だとか……私もそれに納得してしまいます。
アリシアさんは今
晃さんは今でも現役で
「アリア社長、もう買ってないものは無いですよね?」
「ぷい」
「じゃあ、戻りますよー」
私の声に元気よく返事するアリア社長。それに笑顔を返し、私達は会社への帰路につきます。
サンマルコ広場を通ればいつもの様に沢山の観光客が写真を撮っています。そんなもうすっかり見慣れた景色を見ながら私とアリア社長は帰っていると見覚えのある姿を見かけました。
「あれ、ことりさん」
「あ、アリスちゃん、おーい」
白と黄が基調のオレンジぷらねっとの衣装をまとったアリスちゃんが立っていました。彼女は私を見ると笑みを浮かべて近づいてきます。
アリスちゃん昔は少し幼さがある感じでしたが、今ではすっかり立派になってます。
「休憩中?」
「はい、ことりさんはお買い物ですか?」
「うん、アリスちゃんお疲れ様」
「ことりさんもお疲れ様です」
そう言うと私達の足は自然にカフェに立ち寄り、2人でカフェラテを頼みます。
「アリスちゃん最近どう? 大変」
「はい、でっかい忙しいです」
カフェラテを飲みながら質問するとアリスちゃんはそう答えます。けれども言葉に反して顔に疲れは見られず楽しそう。
「ことりさんはどうですか」
「私? 私は、まだまだかな。一人前になったけど憶える事が沢山でね」
「そうですね。私もなりたてはそんな感じでした。ところでことりさん」
「ん?」
「ことりさんって昔後輩とかいたことありますか?」
「後輩?」
「はい、後輩です」
アリスちゃんから突然の話題変換。私は少しうーんと考えます。
「うん、昔部活やってたからいたよ……どうしていきなり?」
「はい、最近私の下に新しい子を付けようって話が会社で出ているんです」
「へー、じゃあ今度はアリスちゃんが先輩なんだ」
「……まあそうなります」
そう言うとアリスちゃんはカフェラテを一口。その表情はあまり嬉しそうではありませんでした。
「不安なの?」
「まあ正直に言ってしまうと」
そう言うと顔を伏せるアリスちゃん。
「私はアテナ先輩程色々出来る人では無いので、きちんと教えられるかどうか……いや、アテナ先輩は抜けている人でもありましたけど」
「あはは……」
アリスちゃんの相変わらずの言葉に私は苦笑いしつつも考えます。
後輩……私が音ノ木坂にいた時は特に3人の後輩と一緒にいた。花陽ちゃんに凛ちゃんに真姫ちゃん。μ'sの大切な後輩たち。彼女たちは今どうしてるのか少し考えます。私がここに来たのは数年前。あっちでも同じくらい時間が経ってたら皆はもう卒業したのかな、でもそもそもここは未来の話だし……。
「ことりさん?」
「あ、ううん。なんでもないよ……でもそっか。アリスちゃんも後輩が付くんだねぇ」
「ことりさん、なんですかその表情」
「ううん、少し昔のアリスちゃんを思い出してただけだよ」
「……それ、アテナ先輩にも同じこと言われましたよ」
ジトッと私を睨むアリスちゃんを見ながら私は微笑みます。
「もう皆で練習してた頃がすっごく前みたいだね」
「はい、私もそう思います」
そして2人で笑い合うとカフェから外を眺めます。いつもと変わらないサン・マルコ広場の景色……けれども時間は少しずつ変化している。後輩とかが出来ちゃう頃にはもう時間が経っていたんだ。
「でも大丈夫だよ。アリスちゃん。だってアテナ先輩も皆も、もちろん私もいるもの。色々相談していいよ」
「ことりさん、流石に
「うっ、だよね……」
「でっかい冗談です」
アリスちゃんが悪戯っぽく笑います。アリスちゃんにしてはとっても珍しい冗談に私は少し驚きつつもわざとらしく頬を膨らませます。
「もう」
「でも、ありがとうございます。ことりさんは本当に昔から変わりませんね」
「え、変わってないってこと?」
「いい意味でです。いつも相談して寄り添ってくれるでっかい優しい人です」
「そこまで凄いことはしてないよ。それに恥ずかしいセリフ、禁止」
私が藍華ちゃんのセリフを真似てそう言うと、ちょっと黙った後2人で笑い始めます。
「……やっぱり、ことりさんは変わりませんね」
「あ、ことりちゃん、アリア社長もおかえりー」
「ただいま、灯里ちゃん。今日は終わり?」
「うん、ことりちゃんもお疲れ様」
ARIAカンパニーに戻ると灯里ちゃんは帰ってきていました。灯里ちゃんはテーブルに座って何処か楽し気にパソコンを見ています。
「どうしたの?」
「うん、アイちゃんから」
「あー、
アイちゃん、灯里ちゃんのお友達とのこと。以前、
なんでも灯里ちゃんの舟に勝手に乗り込んでいたんだとか。まだ会ったことないんだけど話だけ聞いてるとなんだか
とってもわんぱくそう?
「そのアイちゃんが今度ウチに来たいんだって」
「ウチ?」
「うん、ARIAカンパニーに入りたいって」
「へー……え、じゃあ、もしかして!」
「うん、私達に初めての後輩が出来るんだよ!」
そう言って嬉しそうに笑う灯里ちゃん。そんな灯里ちゃんとは反して私が思わずビックリしちゃいました。
「ど、どうしたの? ことりちゃん」
「ううん、後輩が付きそうってアリスちゃんも話してたから、凄いタイミングだなってビックリしちゃった」
「え、そうなの!? 本当に凄いタイミングだね」
そうやって2人して驚き合う。そして灯里ちゃんが感慨深そうに窓を眺めてます。
「そっかぁ……もうアリスちゃんも後輩が出来る頃なんだ」
「そうだね、もうそんなに経っちゃった」
なんだかんだと忙しなく毎日は流れていて……ゆったりしつつも新しい風は吹いている。そんな事を考えると少し昔を懐かしむような気持になってしまいます。
……でもその変化が私は少し楽しみになってきていたりもする。
「もしかしたら、アリスちゃんの後輩と今度来る子も一緒に練習するようになるのかな?」
「へ?」
私の何気ない言葉に灯里ちゃんは目を丸くします。そして直ぐにその顔を綻ばせます。
「そっかぁ、そうなるかもしれないんだね。アイちゃんとアリスちゃんの後輩が一緒に……もしかたらこれから藍華ちゃんが教えることになる子も友達になるかも! それってなんだか素敵な事だね」
そう言うと楽しそうにパソコンのキーを叩き始める灯里ちゃん。さっそくメールの返信をしているみたいです。
灯里ちゃんはこうやって「素敵なこと」を見つけて進んでいく。どんどんと前へ前へ……いつだって未来へ向けて進んでいく。その姿を見てると私も前に進む勇気が貰えます。
「ことりちゃん」
「ん?」
「ことりちゃんが水先案内人になってくれて本当に良かった。ことりちゃんはいつも『素敵なこと』を見つけてくれるんだもの」
「え?」
灯里ちゃんにそう言われ私は驚いてしまいました。だって私からすればいつも楽しそうな灯里ちゃんが「素敵なこと」を見つけてくれるのに……。
「もしかしたら、ことりちゃんは『幸せの青い鳥』だったのかも」
「え、えぇ! そ、そんなことないよ。幸せを運んでくるのは灯里ちゃんの方だよ」
そうやって言いあった後互いに見合って笑い合います。
……アリスちゃんの言う通りかもしれない。時間が経っても私達はいつだって笑い合って進んでいける。
きっといつまでだって。
これにて番外編も最終回となります。
本編では音ノ木坂へ戻ったことりちゃんが「もしも残って水先案内人を目指したら……」そんなIFのお話となります。
個人的には2人は別れて元の流れてに戻るのが正しいと思いますが、皆が一人前になる過程も描きたいと思ったのでこういったお話になりました。
ここまで長い間読んでいただきありがとうございました。