艦隊これくしょん 総旗艦アンドロメダ、二度目の航海もまた数奇なり 作:稲村 リィンFC会員・No.931506
記者会見
正午、マリアナ諸島へ向けて航行を続ける日本と
今までなら外洋防衛総隊の哨戒網を出た辺りから潜水艦による散発的な雷撃が始まり、次第に集団による一斉魚雷攻撃を断続的に仕掛ける事で艦隊の戦力をじわりじわりと削る消耗を狙ってくるハズが、潜水艦の散発的接近を探知こそすれども、艦隊へ向けての雷跡が一つも確認されていない、つまり魚雷の一本すら撃ってきた形跡が無いのだ。
対潜装備の艦娘が鉄壁の防衛網を構築しているからだ。と言うことも出来なくはないが、それでも今までの前例から言えばいくらなんでも不自然過ぎる。
何故ならば現在西太平洋で最も艦娘と水上艦に対して被害を与えているのが、深海棲艦の水中のスナイパー部隊と言える潜水艦隊による雷撃なのだから。
それに対して外洋防衛総隊の外周艦隊や内海防衛艦隊による厳重な対潜パトロール。各担当区画の鎮守府並びにその指揮下にある複数の警備府所属の対潜警戒艦群即応部隊。陸上からの基地航空隊、空軍の対潜哨戒機による航空支援によって形成された対潜警戒網でなんとか拮抗状態に持って行けているのが現実なのである。
事実、沖縄防衛では沖縄近海に近付くにつれ、多数の深海棲艦潜水艦からの執拗な待ち伏せ攻撃を受けた事による輸送船や護衛艦の被害や損耗に耐えかね、輸送機による補給しか出来なくなっていた。
つまり、水上艦隊と艦娘だけによる作戦行動に於いて、本土近海と比して投入可能な戦力総数に限りのある状態での対潜哨戒だけでは完璧な防御は実質不可能なのが現実なのである。そもそも物量が違い過ぎる上に艦娘の母艦である水上艦も年々目減りしているのが実情だ。
しかもつい先日、今まで優勢寄りの拮抗状態であったはずの本土の対潜警戒網が徹底的に引っ掻き回された挙げ句、戦果は殆ど皆無な上に対潜のトップエース、高知の浦戸警備府第7対潜隊群隷下の第78対潜隊司令官
「あの“対潜の鬼”、島風が撃破された…」
探知能力自体は他の個体の島風と変わらないのだが、異様なまでに敏感な耳と優れた直感を以って敵潜水艦を見付け出し、執拗なまでに獲物を追い回して逃さず、徹底的に追い詰めて狙った獲物は確実に血祭りに上げる。
その姿から味方からも畏怖と畏敬の念を込めて“対潜の鬼”と呼ばれている島風が敵潜水艦に撃破されたという衝撃は、あまりにも大きかった。
あの島風を撃破出来る敵潜水艦がこの海に潜んでいる…。
この事実は艦隊全艦に恐怖と緊張を齎していた。
故に、ベテランであればあるほど、この異様な静けさは不気味であり、これは何かあると緊張を更に高めていた。だが逆に経験の浅い新人はこの静けさによる何も無さから、緊張感が緩み出してきていた。
しかし緊張感が緩むのも仕方の無い一面があった。
なにせこの出撃に際し、今まで本土防衛戦の
ただ、ベテラン勢は逆にこの事に対して首を傾げていた。
彼女達遊撃部隊が本土防衛から抜けて他の作戦に参加する。そんな事は今まで一度も無かった異例の事だ。そもそも外洋防衛総隊司令の土方中将がこの艦隊を指揮しているのも何か引っ掛かるものを感じていた。確かにその指揮能力には定評があるし、そのことで今回共同作戦をとる
派遣されて来た水上艦隊が所属する
それに対して新人組は土方中将に関しての事は兎も角として、それ以外の事は考え過ぎなのでは?と軽く受け流していた。
この両者の温度差によって、次第に艦隊内部では微妙な空気感が醸成されつつあったが、遠くヨーロッパの地で艦娘による大規模な蜂起、叛乱が巻き起こったとする驚天動地の大事件のニュースが舞い込んだ事により、日本艦隊では艦娘と共に浮足立つことになった。
しかもイギリスの艦娘が革命を引き起こして樹立した新王朝の政権が深海棲艦と単独講和を結んだとの情報により、日本艦隊の艦娘達の多くは混乱し過ぎて思考停止状態へと陥った。
そういったタイミングで、日本本土に居る真志妻大将がこの作戦についての生中継による記者会見が行われるとなって、非番の者はテレビに齧りつき、若しくは艦隊司令官である土方の計らいで全艦放送で音声だけでも聞ける様になり、それに耳を傾けて放送の時を待った。
既に記者会見場のカメラは回っており、パイプ椅子が3つと折りたたみの長机が用意されており、机の上には中央に複数のマイクと3人分の飲み物が入ったペットボトルが置かれていた。
そして遂に、海軍の軍服に身を包んだ秘書艦の陸奥と副艦の長門を引き連れた真志妻大将が会見場に現われ、フラッシュが焚かれる中で静かに着席した。
「«我々は今、生き残りを賭けた戦闘の時代を生きていると言えるでしょう»」
普段艦娘達の前では緩い雰囲気を醸し出しているが、こういう公の場では外行の顔である猫を被った真剣な顔付きをしているのが通例なのだが、それでも今までに見せたことの無い厳しい顔付きと雰囲気で、開口一番にそう切り出して話し出した。
「«先の人類同士による泥沼の世界大戦。その終結からほどなくして、人類はその歴史に於いて初めてとなります異種族生命体、通称深海棲艦とのファーストコンタクトと、それとほぼ同時に始まり、今尚終わりの見えない彼女達深海棲艦との未曾有の大戦争という、嘗てない戦いの渦中にあります»」
ここまでは謂わば今までの再確認と言える内容である。だが、次に発せられた言葉に、記者会見の場は騒然となった。
「«ですが、日本海軍大将として日本軍に在籍する艦娘部隊の総司令官、“総提督”真志妻亜麻美として日本国国民の皆様、そして日本政府並びに全世界に向けて正直に申し上げます。
我々はこれ以上、この戦いを続ける事は、もう、限界なのです»」
それは静かながらも、ハッキリとした言葉で語られた。
誰もが心の内では薄々とは気付いていながらも、社会からの村八分、孤立と迫害、排斥されるのを恐れて口を噤み目を逸らし続け、空虚で非現実的なプロパガンダによって形作られた架空の大戦果を元にした虚構に溺れ、ずっと逃避し続けていた本当の現実。
この戦争に勝利する事など、万に一つも有り得ないとの現実。
だが、その虚構を形作ったプロパガンダの大元は何処か?それは元を正せば政府機関に行き着くが、それを良しとして迎合したこの会見の場に集まっている報道機関、マスメディアである。
自分達が作り上げた虚構が真っ向から完全否定されたとして、記者会見の場は真志妻大将に対する非難の怒号で溢れかえった。
同時に、ネット空間でも真志妻大将に対する非難の書き込みが相次いだ事が確認されたが、後にその中心にはマスメディアと共謀した、或いは長いものには巻かれろ的な考えで、プロパガンダの流れに便乗する形で間接的に虚構の形成に協力していたインフルエンサー達によるものだった事が確認されている。
しかし、この会見を見つめる、或いは聞き耳を立てている艦娘達。そして軍人達は真志妻大将が語ったもう限界との言葉を率直かつ冷静に受け止め、頷く者が殆どだった。
今回出撃参加を命じられた者達は、可能ならばこの出撃を拒否したかった。小松島で岸壁へと激突した護衛艦『せとぎり』の艦長の気持ちが痛いほど理解出来た。出来てしまった。
出撃拒否の意思を行動で示す、言葉なき抵抗。
出撃する前から、この作戦が如何に無謀であるかなど、現場を知る者からすると容易に想像がついた。
本土防衛ラインの外郭とも言える外周艦隊の警戒網を出れば、艦隊は実質孤立無援状態である。恐らく帰還は叶わない。
死んでこいと言われた、殆ど特攻作戦の様なものだ。
だが、“あの”真志妻大将がこんな無謀な出撃に対して何の抵抗もせず、唯々諾々と認めたとは到底考えられなかった。艦娘が関わる問題だと政府に対しても必要ならば喧嘩腰になる“あの”真志妻大将が。しかも自身の良き理解者であり最も信頼を寄せているという、最大の味方とも言える外洋防衛総隊の土方中将を犠牲にするのか?
それに両サイドを固める真志妻大将の両腕であり、公私に渡ってお互いが深い信頼を寄せ合っている歴戦にして最古参級の艦娘、秘書艦の陸奥と副艦の長門がこの真志妻に対する怒声の嵐の中、どこ吹く風と言わんばかりに泰然自若に構えているのも気掛かりだ。
真志妻大将が艦娘を愛して大切に思っている様に、この2人も真志妻大将の事を大切に思っている。
それだけにこの怒声の嵐に対し、副艦の長門が自身の主砲の砲撃音張りの一喝によって強引にでも黙らせるか、秘書艦の陸奥が濃密な殺気を放ちながら冷ややかな目の睥睨による威圧をもって沈黙させても可怪しく無い。
だがそういった素振りは一切見せていない。
これは矢張り何かある。そう彼女達、彼らは感じた。
故に、怒号を浴びせる雑音連中に対して苛立ちを募らせながらも、真志妻大将が次に語る言葉に耳を澄ます。
「«護衛艦『せとぎり』の座礁»」
この一言だけで、最早収拾がつかないと思われた会見場が一気に静まり返った。
報道管制は敷いていたが、あまりにも目撃者が多過ぎた。
人の口に戸は立てられないとある様に、またあまりにもショッキングな出来事を目の当たりにしたことで、普段は口を噤む者達すら目撃者として座礁事故の話を拡散し、噂や憶測が激しく飛び交う状態となった。
それでも可能な限り暈し続けて事実を歪曲しようと試み、結局失敗したマスメディアにとっては痛い話であった。
「«この終わりの見えない戦争に、誰しもが疲れ切っています。それは艦娘達とて代わりはありません»」
ここで沖縄戦線の悲惨な現状が淡々と語られる。
守備軍として展開する陸軍部隊は、撃つに弾丸は乏しく、重装備は常に不足し、資材や機材が足らずに満足なシェルターや防御設備も不足しており、そんな中で兵士達は敵機の襲来に毎日怯え、それを必死になって疲弊した基地航空隊の迎撃機が死力を尽くして敵機を追い回す。艦娘達の燃料も乏しく、その大半は
制海権は既に深海棲艦が掌握していると言っても過言では無く、沖縄近海の航路には深海棲艦の潜水艦が跳梁跋扈しており、補給艦は派遣することが叶わず、補給は専ら輸送機による空輸頼み。
護衛部隊を付けようにも母艦である護衛艦は沖縄戦線以前から既に疲弊の極みにあり、保有艦の稼働率の低下と沈没や損傷による度重なる損失に悩まされながらも退役した護衛艦も総動員してなんとか遣り繰りしていたが、それももう限界の極みにあった。
ある程度の高位にいる軍高官ならば誰もが知っているが、政府の情報統制によって今までぼかされて来た沖縄の現実。それが現地で撮られた映像を長門がノートパソコンを操作し、真志妻の説明内容に合わせながらプロジェクターで次々と映し出された。
特に沖縄戦線での破壊された戦闘車両などの重装備がそのまま放置され、焼け焦げて完全に朽ち果てた無惨な姿を晒し、その横ではボロボロな身なりで死んだ魚の目をして虚ろな視線を彷徨わせる兵隊達がささやかな休息をとっている姿だったり、急造の、トラックの荷台にただ機関銃を取り付けただけの簡易対空車両を必死に走らせながら、機銃手が振り落とされない様にと機関銃に齧り付きながら必死に空へ向けて銃弾をばら撒き、その足元では負傷した駆逐艦の艦娘が血の滲む包帯姿で横たわりながらも、手に持つ主砲を空に向けて撃つその映像に息を呑む姿が見られた。
また別の場面では魚雷を受けて浸水し傾いた姿の、最近めっきり見なくなった『もがみ』型の護衛艦が映し出されているのだが、それは明らかにボートの上から撮られた様にしか見えず、それを証明するかのように画面に乗組員を満載した数珠繋ぎの救命ボートを艦娘が必死に曳航する姿が映り込んだ。そう。この護衛艦は復旧叶わず総員退艦命令が発せられ、今まさに沈没しつつあったのだ。そしてその画面の隅、奥の方では救助を支援する、こちらは主砲が半壊している他に上部デッキには被弾痕が残り、焼け焦げた跡が随所に生々しく残る『たかなみ』型の護衛艦も映り込んでいた。
「«それにも関わらず、今回なけなしの外洋航行可能な残存艦を出来る限り集結させ、派遣した真の目的は、彼女達深海棲艦との
いよいよ本題を切り出した。流石にアメリカからの圧力があった事実は話がややこしくなると判断して敢えて伏せた。
「«既に彼女らからの特使が小松島鎮守府へと派遣され、土方中将との会談が実施されました。
その場で休戦に関しましての申し出がございました。ここにその時の会談内容を記録しました議事録がございますが、軍事機密にも触れる内容も含まれていますので、現時点での公開は出来ません»」
そう言って陸奥に目配せすると、陸奥は頷き鞄から軍機の捺印がされたかなり厚みのある封筒を取り出した。それを受け取り中から分厚い紙の束を出して表紙部分のみだが記者達に見せる。まぁ内容に関しては今まで通信を介したサイパン島とのやり取りの記録を纏め、一部ピックアップしたものを下地にしてそれっぽい内容にした半ばでっちあげたシロモノである。
「«待ってください!この事は政府も承認されているのですか!?»」
1人の記者が手を挙げ、質問が投げ掛ける。
「«いいえ»」
この返答に会見場は騒然となった。
「«まだ休戦に関しましての申し出があったという段階のため、政府へと報告を挙げるのは時期尚早と判断し、私の所で止めております»」
「«ろ、ロシアに対する説明は!?»」
「«共同作戦の関係上、派遣艦隊を通じて東部軍管区司令部がありますハバロフスク経由で国防省からクレムリンに伝わっている事を、対日軍事支援の為に派遣されています艦娘部隊を束ねる立場の
「«し、しかし政府の承認無しにとは、その…、越権行為なのではないでしょうか!?»」
「«それに外務省の外交チャンネルを介さずというのも、外務省の職権への侵害になるのでは!?»」
次々と質問が飛び出すが、その内容に真志妻は違和感を覚えた。
想定よりも投げ掛けてくる言葉に力を感じないし、何処か形だけの追求で深く踏み込もうとしていない…。いや、踏み込まない様にしている?予想では深海棲艦との休戦について非難轟々、罵詈雑言の嵐になるものと思っていたが、休戦事態に対しての話題を意図して避けようとしている?
そう内心で首を傾げる。長門と陸奥からも、直接顔は見ないが長年の付き合いから困惑しているとの雰囲気が伝わってくるが、努めて平静を装いながら質問への回答に頭を巡らせる。
「«結果的に外務省の頭越しに
ですが、共同作戦という都合上、作戦の細部に関します擦り合わせは互いの軍同士のチャンネルを使用する事もございます。
…それに、これ以上戦いを続ける事が限界であるのは既に述べましたが、より切実な問題として、政府にお伺いを立てて結果を待てるだけの時間的な余裕が無くなりつつありました»」
ここで一度間を置く意味も兼ねて、水を一口飲んで喉を潤した。
「«現在西ヨーロッパでは艦娘達による蜂起が起きているのはご存知かと思いますが、その前兆に関する情報がイギリス駐在武艦から寄せられており、予想される最悪の事態を懸念していたというのがあります»」
「«それは我が国でも艦娘による蜂起が起きるというものですか?»」
「«いいえ。ヨーロッパ方面周辺海域に展開する深海棲艦と、西ヨーロッパの各国海軍から離反しました艦娘達によります連合軍が結成され、その大部隊がここ西太平洋方面へと迫る可能性です»」
この発言にどよめく記者達。それに構わず真志妻は語り続ける。
「«艦娘は飽く迄も人類との契約に近い同盟関係であって、その契約には人類の実験動物とならなければならないというものではないはずです。
ましてや私利私欲を満たす為の道具でも御座いません»」
この真志妻の発言に長門と陸奥は揃って頷く。またこの中継を見ている、或いは聞いている数多の艦娘達も同様な反応を示す。
「«イギリスを代表する艦娘、今は女王陛下であらせられます
このままですと人類は深海棲艦とだけでなく、艦娘とも戦う事になりますが、その覚悟はお有りですか?
人類は今、未曾有の危機的状態に立っているという自覚は御座いますか?»」
そう静かに問い掛ける真志妻だが、その言葉の節々からは隠しきれない怒気を滲ませながら語っていた。
その圧に記者達は言葉を失い、静まり返る。
「«…戦い続けての破滅の道を選ぶか、それとも過去を水に流しての共存の道を歩み出すか、二者択一の状態なのです。
あなた方は、どちらを選択致しますか?私は、深海棲艦達との共存による平和への道を歩み出す選択を致しました。
なおも戦いを選ぶと言うのでしたら、それはその選択を選んだ方達の自由です。その方達だけで戦って下さい。…もう
そう語り終えたタイミングで真志妻は目頭を押さえた。
それは泣いている様にも見えた。
誰も一言も発しない。
報道機関も、正直に言えば終わりの見えない戦争に疲れ切っていた。もうプロパガンダによって戦争を支持するにも限界があった。
いくら勇ましい内容に彩られたプロパガンダを繰り返したところで、現実問題として生活は厳しくなる一方。社会全体の停滞と不安、閉塞感を払拭することは出来ない。
だからこそ深海棲艦との休戦についての直接的な言及までは出来なかった。本当に終わるのならば終わってほしい。それが偽らざる本音だった。
それに
今の日本は
その
だから、休戦に関しては口が裂けても追求出来なかった。する訳にはいかなかった。
なにより自分達が自殺願望で破滅に向けた戦争継続を推し進めている狂人として、糾弾の矢面に立つ立場に追い込まれる。それだけは避けたかった。下手をすると“消される”かもしれないとの恐怖が沸き起こっていた。
またネット空間も最初の様な真志妻大将に対する非難はその勢いを失っていた。かといって擁護している訳でもなく、一部の炎上狙いの過激な投稿こそチラホラと見られたが、その内容は精彩を欠くもので、それに対する反応が途轍もなく鈍く、滑っている様な感じとなっていた。
みなどう反応して投稿したら良いのか分からなくなって、思考停止している様だった。
「«…ご質問等が無ければ、これで会見を終了させて頂く»」
静まり返った会見場を見渡して長門がそう締め括ると、長門は会見の後始末の為にその場で残り、陸奥が真志妻を支えながら会見場を後にした。
「…大丈夫?」
会見場の外で待機していた警護の艦娘達と合流し、周りに身内しか居ない事を確認済みとの報告を受け、執務室に戻る道すがら陸奥は心配そうな声で真志妻に尋ねる。
左右を固める艦娘達も、周囲を警戒しながらも真志妻の事を心配そうにチラチラと見ていた。
「ちょっと、危なかった…」
真志妻は目頭を押さえていた手を離すと、その双眸には僅かに燐光が灯っていた。平静を装っていても感情の昂りによって表れるこの体質だけはどうすることも出来なかった。
普段ならなんとか抑える事が出来ているが、ヨーロッパでの
もう少し長引いていたら、自身の身体の秘密も明かす事になっていたかもしれず、冷や汗をかいた。これはまだ明かすのは時期が早い。人間であり艦娘、そして深海棲艦でもあるこの複雑怪奇過ぎる自身の身体の秘密。マトモな人間でないという事実は休戦に賛成反対に関わらず別の混乱を招きかねず、話題がそちらに持って行かれる危険性があった。
少し強引だったが、長門があのタイミングで会見の終了を告げてくれたのは本当に助かった。長門の武人然とした重々しい口調は時として聞く者に有無を言わさぬ力強さを持っている。今回それに助けられた。
「…無理をしないで下さい。司令はいつも不知火達のためにと言って無茶をする」
そう話すのは真志妻達の先頭を鋭い目線で警戒しながら歩く陽炎型駆逐艦艦娘の2番艦、不知火である。彼女を含めた陽炎型駆逐艦艦娘の姉妹達もまた、長門達と同様に今は亡き真志妻の養父たる橘茂樹大佐が率いていた艦隊の一員であり、真志妻の身体の秘密を共有する者達である。
「ありがとう。ぬいぬい。大丈夫よ」
真志妻が橘大佐に保護された頃は最も荒れていた時期でもあったのだが、その際に臆すこと無く「不知火に落ち度でも?」とドスの効いた声で、武闘派の戦艦艦娘に匹敵する威圧を放つ眼光と不敵な笑みを湛えながら接していたのが不知火であった。なお、これが不知火の平常運転でもある。
で、まぁなんやかんやあったものの駆逐艦艦娘の中で最も親しい間柄となり、真志妻は不知火の事を愛称で呼ぶ様になっているのだが…。
「…司令、出来ればその呼び方はよして下さいと、いつもお願いしているハズですが?」
当の本人からは些か不評だった。ただ不知火の姉であり、基本いつも一緒に行動する事が多く、今も真志妻の警護として最後尾で後方を警戒しながら歩いている陽炎は知っている。実は不知火が本心では真志妻から「ぬいぬい」との愛称で呼ばれる事にまんざらでも無いということを。そして逆に「不知火」と呼ばれたら、とても分かり辛いがシュンとした態度を見せる事も。
因みに真志妻も陽炎ほどではないが、「ぬいぬい」と呼んだ時と「不知火」と呼んだ時とでその後の言動の機微にごく僅かだが差がある事──「ぬいぬい」と呼んだ時の方が気持ち機嫌が良さ気である事──に気付いていた。
「いつものことじゃない。いい加減諦めなさいよ。て、あら?」
しかしそれを知らない陸奥は、真志妻からの呼び方に不貞腐れていると思った不知火に苦笑しながら軽く窘めていると、不知火が右手を懐に入れながら左腕で「止まれ!」を意味するハンドサインを送ったため、一同その場で足を止め、最後尾を警戒する陽炎を含めた警護の艦娘全員が右手を自身の懐に入れ警戒態勢となり、陸奥も自然な動作で真志妻をカバー出来る位置取りをする。
前方、執務室のある方向からトテトテと手を振りながら1人の艦娘が走ってくるのが見えた。
不知火達はそれが誰だか認識しているが、万が一の為に懐に忍ばせている物を右手でしっかりと掴んだまま、警戒を怠らない。
「しれぇ!
不知火の妹、陽炎型駆逐艦艦娘の8番艦の雪風である。
留守番役の艦娘が何人か執務室に待機させているが、今日非番の雪風は留守番役ではなかった。暇して執務室で
それに、今頃執務室では各方面からの電話が鳴り響いていても可怪しくはない。
不知火は雪風が振っている手、正確には指の動きをジッと見つめる。
振るたびに親指だけが折れ、4本、5本と交互しているのを確認した事で、警戒を解いた。
この指の動きは事前に決められていた符号である。そしてそれを知っているのということは
これにより全員が警戒態勢を解除した。
「…予定通り、ね」
「ええ…」
事前の取り決め通り、日本での会見が終了からおよそ45分後に
雪風の指の動きは「予定通り45分後に実施する」という意味を表わす符号でもあった。
「後はみんながどう判断するか…。それに───」
真志妻は一番近場の窓際に立つと、そこから外を見る。その先に広がるのは今日も穏やかな瀬戸内の海だが、真志妻はそのはるか沖の、今尚マリアナ諸島サイパン島へと向かう艦隊で指揮を執る土方に想いを馳せていた。
「(土方さん…。そちらは、頼みます)」
なおこの後執務室で滅茶苦茶電話対応に忙殺された。
些か強引だったかと思いますが、これが私の書ける限界でした…。またマスゴミがこんな大人しいわけないじゃん(笑)と思われるかもしれませんが、調子乗り過ぎて
本当なら今回
補足説明
不知火達が懐に入れていた物
拳銃や自動小銃などの一般的な小火器の銃弾程度では制圧が困難な艦娘に対して、主に室内などの閉所空間や武器の使用に伴う付随被害の問題がある場所での使用を前提に開発された特別仕様のテーザー銃。人間に使用すると、死にます。
基本的に何らかの犯罪を犯して逃亡、抵抗の意思が確認された場合や、
英:Novichok
新参者を意味する結構ヤバい神経剤。有機リン酸アセチルコリンエステラーゼ阻害剤のクラスに属する。所謂化学兵器。
それではこれにて失礼致します。励みや参考になりますので、お気が向きましたらお気軽に感想、若しくは分からない点に関しましての質問がありましたら返信で可能な限りお答えし、後書きの補足説明にも加筆致しますので、よろしくお願いいたします。