バック・トゥ・ザ・ウサちゃんPART3 作:魚餌
私の名前は建前。遥か未来から送り込まれた。
私が遂行しなければならない任務はただ一つ。
未来を変えろ。今、世界は危機に瀕している。
◇ ◆ ◇
○月●日
IS学園への入学・潜入に無事成功した。よって当初の筋書き通り、本日から一年一組の生徒として本格的な活動を開始。それに伴いレポートを作成する。
なお本レポート及びその記録は権限のない第三者による閲覧を制限するため、情報の一切をデータコアのブラックボックスに保存しておくこと。
ファイル名は『ちょっとお母さん! 勝手に私の日記読まないでよっ!!』...以上。いつ見ても正気を疑うセンスだ。ここは忘れたことにして放っておこう。
正気を疑う繋がりでいくと、私のパーソナルネームはタテマエ・ウサである。当然ながら当て字だ。
本音と建前の建前に、右往左往の右左。普段は建前で通すことにしているが、特にこだわりはない。
私の任務はIS学園に潜入し、重要人物である織斑一夏のメンタルケアを適度に行いつつ
今から一五年後、西暦二○二四年のクリスマスに発生する凄惨な事件を未然に防ぐのだ──と、並大抵ではない覚悟を持って一度限りの時間遡行に挑んだのだが。
実はこの作戦が始動するまでに、待機という名の空白の時間が存在している。その期間、なんと三年。念の為に確認しておくが三か月ではない。
どう考えても博士の手違いだ。今度の作戦名をあれこれ考えるくらいなら、少しは睡眠時間に回せと私があれほど言っておいたのに。
はたして入力にミスでもあったのか、はたまた月曜と水曜の違いもわからなかったのか……。恐らく後者の説が濃厚だろう。
ともかくこの誤差によって想定よりかなり早い年代に到着してしまい、一時はどうなることかと思ったが。案外なるようになるものだ。我ながら自分の手際の良さが末恐ろしい。わはは。
未来から送り込まれて三年余りが経過し、私は現在、紆余曲折と少しばかりの取り引きによって『存在は不確かだが倉持技研の第二研究所に確かに在籍している職員の一人息子』という立場になんとか納まっている。
元を辿ればこれも私の主であり、永遠の頭痛の種でもある篠ノ之博士の怠惰極まる生活の面倒をあらかた見ていた経験の賜物……。そう思わないでもない。
しかしそれはそれ、これはこれ。あの介護生活を思えば自分の両足で歩くくらいわけない──などと考えてはいけない。後のことを任せたクロエ・クロニクルは元気にしているだろうか。
待機中の三年間は一般的な中学生として社会の輪に加わり、学業や人間関係の構築に奔走させられた。それら全てはIS学園への潜入、そして作戦の遂行に必要なことだったのだ──と。願わくばそうであって欲しい。
私の学校行事に保護者代理として篝火ヒカルノが出張ってきた際には、さすがに度肝を抜かされたが。そんな具合で彼女との関係も良好なものを築けている。今後もこれらのコミュニケーションは継続していく予定だ。
加えて、当初の計画通り第二研究所の関係者という立場を足掛かりにすることで、織斑一夏に続く第二の男子という演出もスムーズにできた。
対外的には、適性の発覚からある程度ISを操縦する機会には恵まれているがそれも微々たるもの──といった塩梅だろうか。
ひとまず下手に目立つことを避け、入学試験の実技では技研で取り扱っていたという理由から打鉄を選択。教官と程々に打ち合い、無難なところで降りさせてもらった。
IS適性もやはり測定時にこちらから意図的にニューラルリンクを絞らせてもらったので、現段階での判定は無難にB辺りか。高くも低くもない。
反面、筆記はあまり手を抜かずに臨ませてもらっている。よってこちらの試験では技術屋の倅らしく、それなりの点数を打ち出せたはずだ。
こうして学園潜入をはたした今、当面の課題は最重要人物である織斑一夏やその関係者からの信頼をある程度獲得することだろう。
特に織斑一夏は影響力が強く、関係が悪ければ最悪こちらの動きが制限されてしまうかもしれない。関係者も同様に注意しなければ。
幸いこの時代では初対面となる私に対しても織斑一夏は友好的だったため、判断を誤らないようコミュニケーションをとっていきたい。
ここで配慮しなければならないのは、同一人物であれ過去と未来では殆ど別人ということだ。
未来ではラーメンが好きだからといって、過去でもそうとは限らない。迂闊にサボテンの飼育と株分けを推してしまわないよう留意しておかなければ……。
計画のスタートラインとなる入学式ののち、一年一組の教室では山田真耶による簡単な挨拶が、次いで生徒の自己紹介が出席番号順で行われることになった。
もっとも、自己紹介は織斑一夏のグダグダな挨拶で終わってしまった(織斑千冬が合流した)ため、一年一組の生徒全員に順番が回ることはなかった。
なので、参考史料を用いてざっとクラスメイトの顔と記録とを照らし合わせたところ、入学式時点で在籍している生徒は問題なく全員揃っているようだ。
その後、最初の授業中に手っ取り早く学園のサーバーから他の学年・組の生徒と全教職員の存在も確認させてもらった。どうやら肝心のポケット・シンギュラリティは正常に動作しているらしい。
計画の出だし──時間遡行の段階から無視できない誤差があったため、こちらも何らかの不具合が生じているのではと以前からヒヤヒヤさせられていたが……。私の杞憂だったか。
そんな安堵もつかの間、一時間目の休憩時間に織斑一夏と連れ立って教室から出ていく篠ノ之箒の姿を見届けた私は、それから数分間、教室に一人でいることにより針のむしろとなるのだがそれは脇に置いておく。
続く二時間目の授業では織斑一夏が必要な予習を全くしていなかったことが発覚し、事前学習として入学が決まった頃に配布されていた参考書を再発行、一週間以内に内容を覚えてくるよう織斑千冬に言い渡されていた。
それが当然の権利と義務であるとはいえ、あの量を七日以内というのはさすがに同情の念を禁じ得ない。
以降の授業でも四苦八苦、迫り来る専門用語と死闘を繰り広げ──手も足も出ず打ちのめされていたほどだ。
織斑一夏が過度なストレスを溜めず、かつ必要な知識を期限までに余裕をもって蓄えられるよう、私もメンタルケアと補助輪の役目を全うしなければ。
昼休みは食堂を利用。残念ながら織斑一夏と相席することはかなわず、私一人で食事をすることになった。
普段はあまり視線を気にしない私も、食事中となるとさすがに見られているな──と感じずにはいられない。
行きに帰りに、常にぞろぞろと人を引き連れて歩くというのも、なんだかやりづらいものだ。
それはさておき、ここの食堂には感動させられた。素晴らしい。とにかくこの一言に尽きる。明日以降も利用させてもらおう。
四時間目以降の授業は前述した通り特筆すべきことはなく、ただ織斑一夏がぐったりしていく様を観察するだけの時間だった。
せめてもの気休めになればと、休み時間を利用して前の授業の要点について軽く触れてみたものの……。こればっかりは焼け石に水だろうな。
放課後、へとへとに疲れきった様子の織斑一夏にこれ以上の講義は酷だろうと判断し、今日のところはゆっくり休んでもらうことに。
そのまま教室で時間を潰していると、ほどなくして山田真耶が現れ、私と織斑一夏に寮の部屋が決まったことを告げてきた。
なお、部屋割りは無理矢理変更したそうだ。希少なモルモットは放し飼いにせず、さっさと安全なケージの中に入れておけという政府の意向である。
急遽部屋割りを変えるというだけでも大事だというのに、世界でまだ二例しかない(それも我が国でしか発見されていない!)超希少なモルモットを同じケージで飼うとなにかあった時に両方ともダメになりかねないので、別個に分けて飼え──などという無茶振りがおまけとばかりに炸裂し、それはもうてんやわんやだったそうだ。
そんなわけで我々二人は男子生徒同士の相部屋とならず、それなりに離れた別々の部屋に割り振られてしまっている。
記録によると、シャルロット・デュノアがシャルル・デュノアとして男装し学園に潜入していたごく短い期間、彼女、もとい彼は織斑一夏と相部屋だったとのことなのだが……。
まあ、国が違えば判断も違うということなのか。はたまた、スパイ(笑)を命じたデュノア社の息の掛かった部屋割りだったのか。
ともあれ別になってしまったものは仕方がない。てっきり同じになるものだと、その前提で計画されていた部分に多少の修正を加えておかなければ……。
ちなみに私が本日から部屋をシェアする同居人、これがさっそく新たな悩みの種と化している。
というのも、その同居人というのが私と同じ一年一組所属の布仏本音なのだ。
布仏本音といえば、記録にも新しい……いや、参照する情報は古いものでも十分か。彼女は暗部にほど近い人間であり、学園の生徒会長と繋がりがある。
あまり考えたくはないが、学園が私に監視をつけたと仮定して対策を練っておく必要があるだろう。
今後は同居人との腹の探り合い、人聞きが悪いのでお互いを知るとでもしておくか、楽しい楽しいコミュニケーションが待っているのだろうな……。
夕食、昼に続き食堂を利用。さっそく布仏本音が食事を通して探りを入れてきたが、これを逆に利用して情報をいくらか更新させてもらった。
それにしても、ここの食堂は本当に素晴らしい。他に適した言葉が見つからない。……さすがに盛りすぎか。
自由時間はまず最初に布仏本音と同居についてのルールを決め、お互いに譲れないこととそうでない妥協できることを明らかにし、私は早々にシャワーを浴びて寝具に入らせてもらっている。
先程からやたらと声をかけられているが、いくらなんでも初日から飛ばしすぎではないか?
……まあいい。さっさと就寝するとしよう。
・備考……本日の調整『一階、売店で匂い付き消しゴムを二点購入』...以上。
昨日のレポートに記入漏れがあったため、ここで追記しておく。
三時間目の頭。授業前に一年一組のクラス代表を決める際、生徒間でちょっとした諍いが起きた。
名前を明記することは敢えて避けるが、揉めたのは日本人の男子生徒とイギリス人の女子生徒である。
両者の激しい口論の末、週明けの放課後に決闘、もとい試合が行われる運びとなり、その場で代表を決める話は一旦流された。
彼らの喧嘩はさておき、織斑一夏の初陣はこちらの予定通り……とここまではいいのだが。
試合のくだりはそこで終わらず、気づけば話が飛び火して私も試合に出なければならなくなっていた。
記録によると、入学初期のセシリア・オルコットは変に男嫌いを拗らせていたらしい。
私のパーソナリティが男性と定められている以上、残念ながら彼女との対立は避けては通れないようだ。
織斑一夏が物珍しさからクラス代表の候補として推薦されたように、私も少数の生徒から推薦を受け候補に祭り上げられてしまい、不運にも目を付けられてしまったらしい。
話の流れに納得のいかないセシリア・オルコットが異議を唱え、その物言いにカチンときた織斑一夏が言い返して軽い諍いに。
両者の言い争いにはあまり積極的に参加しなかったため、たまの流れ弾こそあれ私は話題の標的にされずに済んだものの……。
結局男子でかつ同じ候補者だからという微妙に反論しづらい理由をつけられ、謎の三つ巴の様相が完成してしまったわけである。
こうなると今後の人格形成に悪影響を及ぼす可能性がある(織斑一夏の頑張りによって男性を見直すという重要な作用素が損なわれる恐れがある)ため、セシリア・オルコットとの試合で迂闊に負けるようなマネは避けるべきだろう。
困ったことに、織斑一夏からもお互いに頑張ろうぜ等と期待をかけられてしまっている。この場合も下手に試合を降りてしまうと、やはり心証が悪いのでは?
どうにも難しい判断を迫られているが、週明けまでに賢い落とし所を見つけなければ……。追記は以上。