雪は方円の器に随う   作:凍り灯

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雪は方円の器に随う

 

 

 

 

 

「そーいえばトドノネ先生の術式って何?」

 

授業の合間の休憩時間。

数式の書かれた黒板を黒板消しで撫でている時、背中から虎杖君の声がかかった。

 

「あ、それあたしも気になるかも」

「そう言えば俺も知らないっスね」

 

その流れに便乗した釘崎ちゃんと伏黒君がそれぞれそう口にした。

 

俺は笑顔を作り、くるりと振り向く。

 

「気になる?」

「「気になる!」」

「よし!じゃぁ教えてあげよう」

「ここで使っていいもんなんスか」

 

虎杖君と釘崎ちゃんが元気よく返事をした。

伏黒君が念のためにと確認をするが、全く問題ない。どこであろうと害を与えることは無いのだから。

 

「いくぞ…!」

 

ゴクリ…

 

息を呑む(おふざけだが)虎杖君と釘崎ちゃん。伏黒君もなんだかんだで真剣に見てくれようとする。

であれば綺麗にやらねばならないな。

 

俺は両手を祈るように組み、そしてゆっくりとそれを左右に広げる。

その段々大きくなる手の平の間の空間に、薄いシャボン玉のような薄い透明な膜を形成し、その内側で白を舞わせた。

 

それは雪。

 

ふわふわと透明な膜の中で舞う様はまさしくスノードームそのもの。

ただし中の雪は本物の雪であり、そのせいで俺の手の平の中からは冷えた空気が漏れ出していた。

 

おおー、と感動している虎杖君の手の平にテニスボールより一回り大きいサイズのそれを乗せる。

 

うお!と冷たさに驚いた虎杖君はその綺麗さに釘崎ちゃんと伏黒君に見せるのを忘れて見入った。

「貸せよ」「やめろって!落とす!」「…ほんとに落とすなよ?」

うん。まぁ落としてもすぐ作れるんだけどね。

 

その証拠に、新たに二つドームを作り出して二人に渡してあげた。

 

「綺麗っスね」

 

とは伏黒君。

 

「それで、これでどうやって呪霊を祓うんスか?」

 

風情がねーぞ!とぶー垂れる二人を放って伏黒君は答えを待つ。

当然、気になるだろう。

こう聞かれた時、俺は漫勉(まんべん)の笑みを浮かべていつもこう言う。

 

「無理」

「…はい?」

「せんせー、それってつまり…そういうこと?」

「え?なに?どゆこと?」

 

困惑する生徒たち。さもありなん。

 

「釘崎ちゃんの予想通りだね。この術式、呪霊どころか人に全くダメージを与えられないんだ」

「…攪乱(かくらん)や陽動が主ってことっスか?」

「いや、ぶっちゃけるとこのスノードームみたいに雪を降らすことしか出来ない」

「この透明な膜みたいなのは…」

「術式がアレ過ぎて結界術や式神に手を出してたらね、そっち系はそれなりに出来たみたいでこの通り」

「実は呪力を込めたらでかい結晶が出来て武器になったりは…」

「拡張術式として出来ないか頑張ったんだけど、まぁ無理だったよね」

 

すごい微妙な顔で三人の生徒の視線は俺とスノードームとの間を行き来する。

 

「………そっスか…いえ、自分はこれキレイだと思いますよ」

「………そうそう…人の心を麗しくする術式…俺もいいと思います」

「………あーほら、家に部屋に飾りたくなるって素敵だと思います」

「そういうフォローはいらないかな」

 

最早煽りみたいなフォローに苦笑いをした。

だがきっと次の言葉で驚くこと間違いないだろう。

 

「実はな…先生は領域展開が出来るんだ」

「「え」」

「リョーイキテンカイ?」

 

鳩が豆鉄砲くらったとはこのことを言うのだと理解した。

そしてじわじわと意味を咀嚼(そしゃく)でき始めたのか、それぞれが違ったリアクションを取り始める。

 

「先生、見栄なんて張んなくても俺は先生のいいとこ分かってるぜ!ところで、リョーイキテンカイって何?」

 

ビシっと決めたのは虎杖君。こいつめ。

 

「疑う訳じゃないけど、いきなりそう言われてもパッと来ないっすね」

 

釈然としない釘崎ちゃん。もっともな感想だ。

 

「結界術が得意なら…?通常の術式の段階で使いどころが難しそうですが、領域としてならば効果があるんスか?」

 

とは伏黒君。呪術師らしい観点で何よりだ。

 

「全然効果ない!ただの呪力の無駄!ただし超キレイ!」

「ないのかいっ!で、リョーイキテンカイって?」

「呪力の無駄かいっ!」

「キレイなだけじゃ呪霊は祓えないッスね…」

 

俺は二級の術師だ。一級ですら領域展開を行える術師は限られていると言うのにそんな俺が出来ると言っても変に思われるだろう。

だが勿論それにはカラクリがある。

 

取り合えず虎杖君に領域展開について説明した。

それが終われば俺が領域を扱えるようになったカラクリを予想した伏黒君が口を開く。

 

「術式がそもそも結界術と密接に関わっていたんスか?」

「そう。家電で言うならクーラーとクーラーボックスの違いみたいなもんでな」

 

冷えた風を外側に吹くのか、決められた箱の中だけを冷やすのか。俺の術式は後者であり、一定の範囲を呪力で(おお)ってから初めて術式が発動する。つまり、領域展開の行程に近い。近いというだけで別物ではあるのだが、大いに参考になったのは間違いなかった。

 

「で、"縛り"もかけてる。だから俺程度の術師でもその段階まで至れたわけだ」

「その縛りって?」

 

虎杖君が純粋な疑問をぶつける。

聞いていいのか一瞬迷っていた伏黒君と釘崎ちゃんはノータイムで質問した虎杖君を「まじかこいつ…」という顔で見ていた。

 

「あぁいや、全然いいよ。その縛りはな、術式を"呪霊、人間問わず生命活動をする対象を直接害するために行使出来ない"というものだ」

「…?それ意味あるんすか?」

 

釘崎ちゃんが問う。

確かに、最初から戦力外で見た目だけの術式なのだ。元々がそうなのだから縛りとして定めた所で大した意味なんてないと思うだろう。

 

「そもそもその縛りだと術式の拡張の可能性まで潰してるんじゃないスか?まだ完全にヴィジュアル全振りとは限らないでしょうし」

 

その意見も最もだ。

もしかしたら呪霊にも効く術式の応用があるかもしれない。そういった可能性を全て捨て、攻撃性を完全に失わさせるメリットとは?

 

伏黒君が、自分で言った言葉のすぐ後に、何やら気が付いた顔をした。あぁ、考えてる通りだろうね。

 

「気づいたみたいだね。言ってしまえば術式で呪霊をどうこうできる可能性を捨てて、観賞用スノードームに特化することで結界術とかの他の才能の底上げを計ったんだよ」

「…つまり先生の術式は今はほんとのほんとに見た目だけ?」

「見た目だけ!」

「まじか…」

「そのパターンは初めてっスね…」

「…それ、他の人たちはどう思ってんの…?」

 

恐る恐ると虎杖君。かつての高専時代を、その時言われた言葉を俺は思い出す。

 

「補助監督にならないかい?って言われた」

「遠回しに煽られてるっスよね?」

「まぁみんなキレイって言ってくれたから」

「オタサーの姫みたいなこと言い始めた…」

「何だかんだ呪符とか呪具とかで血反吐吐きながらやったよね」

「それで先生までなったって言うだからすごいってことよね…?」

「五条君は一般教養を教えれそうな人があんまいないから取り合えず誘ってみたって言ってたよ」

「すごいのよね…?」

 

スゴイかと言われると…

 

「真夏でも雪が楽しめると考えれば?」

「こいつはスゲェや!」

「乗るな虎杖」

「冷房が効くんなら助かるわね」

「高専が夏でも涼しいのは俺のおかげなんだ」

「トドノネ先生!任務で身を危険に晒すのやめにしましょうよ!!」

「先生がいないと私たちどうやって夏を過ごせばいいんですか!?」

「お前ら…」

 

まさに家電。

それが俺の術式、"結晶方円法"だ。

 

「五条君も間違いなく涼しい環境が欲しくて呼んだに違いない。というかそう言っていた」

「五条先生…」

 

彼も気温をどうこう出来ないからな…あれ?もしかして出来る?

 

 

―――――領域展開が可能なのは言った通り俺の生得術式が結界術と近しいものだから。。それともう一つの呪霊含めた生命を害さないという縛りがでかい。

それは領域内での必中必殺の内、"必殺"という部分がないからだ。そこに拘っていない以上、難易度は下がる。

投げつけたボールが鉄球か手榴弾の違いぐらいある。一から作ると考えればその違いは一目瞭然だろう。

 

しかし俺は領域展開についてまだ伝えていないことがある。必中必殺の内の必中の方は―――――おっと。休憩時間が終わる。

 

「はいはい休憩時間終わり。次はたすき掛け因数分解からな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教師としての勤務時間が終われば短い睡眠を取り、夜になれば再び起きる。

 

古い呪具であった槍の穂先、一尺四寸の両刃のそれに、槍の柄よりも短い手製の柄を付けただけの粗末な低級呪具。そのほか短刀。

攻撃性など皆無の、偵察程度にしか使えない紙風船のような簡易的な式紙。折りたためて持ち運びは楽。

4級以下の呪霊、蝿頭(ようとう)を呼び出す呪符の数々。

 

どれもこれも一定以上の実力があれば必要のないもの。

 

けれども俺はこれが無ければまともに戦えやしない。

術式を使って呪具に冷気を与えればじわりと熱を奪うことは出来る。だが、それが役に立つことなどほとんどありはしないのだから。

 

 

 

 

紙風船を呪霊が割れば中から術式である雪と冷気がばふりと広がる。

目くらましだ。あまりにも密度の薄い、少しだけ警戒心を与える程度のそれ。

 

呼び出して四方から襲わせた蝿頭は呪霊の一薙ぎであっという間に蹴散らされていく。

 

それらによって不意をつき、背後から呪具により呪霊を切り払う。

術式によって低温になった呪具によって傷口から体温を奪い、飛び散った血に白い霜が走るが、それだけ。

 

呪霊なんだ。軽度の凍傷などすぐに治ってしまう。

縛りによって()()害することが出来ないがための戦い方。術式を行使するのは呪具に対して、()()()()によって凍傷を与えはしたが、2級呪霊程度の反転術式段階でも既に意味を成さなかった。

 

持ち得る全てを使い捨て、穂先の呪具一振りだけになった頃にようやく呪霊を(はら)うことが出来る。

これがあの呪術高専の教師とはお笑い草だ。本当に、そう思う。

 

…ある日、五条君に頼まれて伏黒君と模擬戦をしたことがあった。

勝てなかった。

術式は使っていない。使()()()()()()もあったが、使った所で好転する要素もなかったからだ。だから伏黒君も知らなかった。

あの時はまだ互角だったけれど、今ならきっと勝つことはまず無理だろう。

それでいいと思う。

 

 

 

―――――背中から刺すことで術師や呪詛師を殺めてきた俺なんぞは、きっとそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったじゃん」

 

俺はその声に驚く。

 

夜の高専。誰も立ち寄らないような裏手の暗がり。そこに五条君はいた。

壁に寄りかかり、両手をポケットに入れたまま、こちらを自然体で見ていた。

 

「…いやぁ驚いたね」

「へぇ?何に?」

 

俺は呪術高専での勉学…主に理数系の授業を受け持っている教師として所属している。

 

表向きは。

 

―――――"東京都立呪術高等専門学校"は日本に二校しか存在しない四年制の呪術教育機関の一つだ。

呪術師を育て上げる、だがそれでもその途中で精神的な挫折、肉体的に復帰が不可能な場合を考慮して、通常の高等学校と同等の教育を受けさせている。

全てをカバーできるわけではないが、最低限の触りくらいはやっておかねば普通の社会で生きていくのは難しいからだ。

そういった人間が"窓"として活動する場合もあるがこれはまぁ置いておこう。

 

俺はその教師と言う立場を隠れ(みの)に高専に()()された人間。

 

呪術界上層部と強い関りを持つ組織。

自分たちの保身しか考えず、その為であればいかなる手段も問わない組織…

 

つまり俺は"呪術総監部"に所属する術師だ。直属の術師部隊"(そそぎ)"の諜報員。

五条君曰く「腐ったミカンのバーゲンセール」の一人であり、監視など()()()()ために派遣された術師ということだ。

 

 

五条君は動かない。

俺もまたいつもと全く変わらない自然体で近づいていく。

 

 

―――――生徒たちに伝えた術式のことはほぼすべてが真実だ。

真実だが本当のことは言っていない、言葉足らず、というやつ。領域展開については特にそう。

 

それは「キレイなだけ」というところ。キレイなだけがあるはずがない。

生徒に言った"直接害を与えれない"という縛りの内容に嘘はないが、それが言葉足らずなのだ。

 

この、"結晶方円法"とは"雪の結晶を作る過程を再現"する術式。長時間相手に触れることが出来るなら話は別だが、術式で戦おうにも本当に雪を降らす以外できることはほとんどない。

 

だが真価は結晶が生成される過程、空気中に水分を呪力で生み出す事、それにより過飽和を引き起こすことと、とマイナスの低温を即座に生み出すことにある。

要は高湿度にしてめっちゃ寒くできるということだ。触れればどうにか、というのはそういうことだ。触れ続けなければいけないので戦闘ではほぼ役に立たないが。

…これはつまり領域展開によって初めて、俺は術式で相手を効果的に害せるようになることを意味する。

 

何が起こるのか?まず空気中の水分自体を術式によって生成、呼吸とともに体内に入り込む。体内に侵入後にそれが冷却され、肺の中の水分と結合して結晶を作る工程を再現。「肺水腫(はいすいしゅ)」のように肺の内側に液体が溜まった状態と同じになるために呼吸困難に陥り行動不能、やがて数分で死に至る。内から凍死するのだ。

 

ポイントは領域内の空気中の酸素が全て過飽和状態になること、雪が結晶化する直前を維持している状態だ。

それは酸素の分子には水の分子が引かれ合う"水素結合"という力が働き…簡単に言えば呪力でつくられた水分が酸素とくっついている状態になっているのだ。

 

それは何を意味するか?

―――――五条悟の無限下術で持ってしても防ぐことができないことを意味しているのだ。

術式の水分は酸素と結合してしまっており、呪力を遮断すれば酸素を取り入れることができずに窒息してしまうというわけだ。

 

 

…と、()()理論上は五条悟に対抗可能な領域展開と見ている。

…そもそも領域に入れたところですぐに領域で返されればどうしようも無いのだが。というか呪力である以上、酸素と結びついた呪力すらピンポイントで取り除かれるだけの可能性が大きい…さらに領域内で数分も五条君相手に持つわけもなくって…

 

ただ他にも問題がある。いや、問題しかないが五条君とは別の問題。

 

結晶化と冷却は無差別なのだ。

 

俺の領域は対象人物ではなく()()()()()()全てに対する必中効果なのだ。だから自分も吸ってしまえば無差別結晶化により肺がスノードームになって呼吸できずぶっ倒れ冷却によって凍死する、道連れ前提の領域でもあった…この"無差別"という部分も縛りの一つでもある。

 

"呪霊、人間問わず生命活動をする対象を()()害するために行使出来ない"という縛りはここで効いている。

領域内の空気に術式を発動しているだけであり、その()()()()として対象が害される。そういう抜け穴を使った。

その結果が発動=自殺なのだから笑えないが、ここまで妥協しなければ2級程度でも領域にたどりつくことが出来なかったのだから仕方ない。将来の自分の成長に期待していたが、結局頭打ちとなっているのが現状だ。

 

ともかく初見であれば五条にも効く…かもしれないとほんの少しだけ期待されているのだが…

 

 

 

けれども最も問題になること、それは俺が本来敵対しているはずの"五条側"の人間ということだ。

 

 

 

「まさか五条君が待ち合わせの時間よりも早く来るとは…」

「えぇ?遅れたことなんてあったっけ?」

 

五条君を連れて高専内の小部屋の一つへと入る。

そして俺は術式を応用した薄い膜の結界と、この部屋を覆う程度の小さな"帳"を下ろした。

"帳"は外からの認識と、帳の副次効果である電波の遮断のためだ。

術式の結界は涼しいからだ、今日の夜は蒸し暑くてかなわない。

 

「これバラした時の上のやつらの顔を見てみたいよね」

「そのカタルシスを何度も味わいたいから経費で高性能小型カメラ落とそうよ五条君」

「まじウケるねそれ。…で?あいつらは何て?」

「まだ虎杖君のことグチグチ言ってるよ?それこそ死ぬまで永遠に言うだろうね」

「やっぱり?まぁまた適当に報告しといてよ」

「最近は"上司の機嫌を取りつつ言い訳するテンプレート100選"って本読んでるんだ」

「いつかその本も机に置いといてやりたいよね」

「置きたくなるからそういうこと言わないで欲しいなぁ」

 

俺は五条君に近況を教えながらも雑な会話をする。

俺が三年の時に入学した彼とはだいたいこんな感じだった。きっと何されても後輩可愛さにお菓子で甘やかしたからかもしれない…いや、お菓子しか受け取ってくれなかったから会話のキャッチボールが出来ていた自信はないな。(一応ゲームを貸したりは出来る仲だったと言っておく。借りパクされたけど)

でも今あの時のいたずらをされたらキレるかもしれない。

 

「でもユキヒロはさ」

 

五条君が俺を見る。

 

「虎杖のことどう思ってんの?ほんとのところはさ?」

 

おっと。少し怖い言い方だ。

こうやって会話ができるとはいえ、信頼されているかどうかはわからない。なんせ所属が所属なのだ。呪術師は頭がイってるやつらばっかりだが、あそこでやっていける人間ってまたそれとは違う方向のイカレ野郎がほとんど。

実際辟易しているのは間違いない。

 

「"水は方円の器に(したが)う"って言うよね。俺しかり、虎杖君しかり」

「良く言ってるよねー。環境やら交友関係やらで人は良くも悪くもなるって意味だっけ?僕のとこにいるから悪くはならないだろうってことかな」

「そうでしょ?乙骨君のこともあるし」

 

『―――――使い方次第で、人を助けることもできる』

あの言葉を言ったのは五条君なんだから。

 

五条君は"最強"だ。

そして呪術界の改革を望んでいる。

 

俺は彼の無茶苦茶ぶりを学生時代に直に見ているのだ。絶対はないとは言え、五条君が負ける未来など見えない。

…もし()()()()()()()()()()は、俺の立場もまた役立つ可能性がある。反吐が出ることに上からの信頼はそれなりにあるのだから。

 

総監部で精神が擦り切れていたあの時、ヘラヘラしながら救いたい人を救ってしまうその輝きに()の如く惹かれてしまったのだから。

体温で溶けてしまうほどの命でしかないのだと知っても尚。

 

「信じてるんだよ。ほどほどに」

「…そういうことにしておくよ」

 

6月も終わりの夏の夜。

外とはあまりにも違う涼しい空気が満たす部屋で、大人たちの悪だくみは続く。

 

 

 

 

 

7月―――――虎杖悠二、死亡。

 

 

 

 

 

真意は伝えられないまま。恭弘(ゆきひろ)は一人分寂しくなった教室で教鞭(きょうべん)を振るっていた。

 

 

「やっほー!ユキヒロいる?…あれ?それってユキヒロの?」

「花の代わりにって置いてくれたんス…トドノネ先生ならもう職員室戻ってるんじゃないスか?」

「こんなのあいつ(虎杖)にはキレイ過ぎるってのに」

「…そっか」

 

 

虎杖の席には、彼の心の中を表すかのようにしんしんと振り続ける小さなスノードームが乗せられていたという。

 

 

 

「七海君七海君、ちょっといい?」

椴之根(トドノネ)さん。何か私に御用でしょうか」

「いや、最近頻繁に高専に来るからなんかあるのかなって思ってさ…無理してないかい?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、五条さんに呼びつけられているだけで特に私自身が思う所があって行動しているわけではありませんので気にせずに」

「あ~~~それはまぁ、お疲れ様…そうだ、車にこれ置いとけば多少涼しくなるよ」

「いただきます」

 

 

―――――帰り道、車のダッシュボードに置いておいた溶けないスノードームを七海は見る。

冷やりとした冷気が、駐車場に置かれて蒸されていたはずの車内の空気を緩和している。

 

細かい気遣いが出来る人間はそうはいない。

実力こそ頼れるとは言い辛く、また歪ではあるが、その性格は呪術界では珍しい部類―――――ただ、呪術総監部の「潅」という立場が七海を、そして五条をして信用しきれていない理由となってしまっている。

 

 

だから七海は、五条から彼に虎杖の生存を教えないようにと言われていた。

 

 

「どうにも悪戯心も含まれている気がしますけどね」

 

(つぶや)きはつけたばかりの冷房の音に消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎杖君、君の力は人を助けるために使うことが出来たはずなんだ。

"水は方円の器に随う"

この高専という環境と、伏黒君と釘崎ちゃんという友人の中にいるならば大丈夫だと、そう思っていた。

五条君に救われた俺は、五条君が言ったあの言葉を信じたいと思っていたんだよ。陳腐(ちんぷ)な物言いだけどね。

 

 

弔いの()すら、こんなに早く溶かしてしまうダメな教師でごめんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九月―――――椴之根恭弘、死亡。

 

 

 

 

 

姉妹校交流会の警備として参加していた彼は 高専の忌庫を狙った特級呪霊、真人の手にかけられその生涯を終えたと、五条は伏黒らに伝えた。

彼はその時まで虎杖の生存を、遂に知ることはなかった。

 

ただ虎杖の机の上は溶けた雪によって水が張られ、もう二度と戻らないことを生徒たちに教えるのみ。

ダッシュボードの上に(したた)っていた水は夏の気温の前に蒸発し、僅かな残穢(ざんえ)だけが彼の形見となった。

 

 

あぁ、今年の高専はとても暑い。

五条は例年通り高専に雪でも降らないかな、と空を見上げ、しかしすぐに冷房の効いた室内へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









呪術高専って普通の勉強も教えてるらしいけど担任が全部やるのは流石に無理がありそう…
と思って書いたのがこの作品。他に先生とかがいたらどんな感じかなぁって想像してみたのが今作でした。

ちなみに領域展開が超キレイもだいたい嘘。
空気中の水分全てが過飽和状態になるので霧がかかったようになり、合わせて大雪が降るので何も見えなくなります。
遭難中と同じ感覚です。
ただ相手も領域を発動して拮抗した場合に限ってキレイな景色になります。実力的にほぼ必ず押し負けるのでまず見れないですが。


▼椴之根 恭弘【トドノネ ユキヒロ】

高専では五条の二つ上の先輩。(七海とは学生時代ぎりぎり面識あり)
五条はあらゆる方面で有名且つくっそ生意気な後輩なので色んな人が避けてたけど、恭弘は一般家庭の出身なので実感が少なく、さらに非力なまま呪術界を生き延びつつも教師を目指せるメンタリティがあったので分け隔てなく接していた。だいたい相手にされないけどお菓子は受け取って貰える程度の関係。
術式がアレなので簡易的な式神や呪符や呪具でなんとか戦い続けていた。
やがて苦労の末領域展開を会得するも、それに目を付けられ呪術総監部に身を置かされることになる。
精神が限界近かった彼にとって五条の快進撃は正に希望そのものだった。

伏黒とは、皮肉にも総監部の指示によって恭弘が五年前に高専の教師になった段階で知り合っている。
相伝の術式を持つ伏黒と繋がりがあることも上から評価されてる理由だったり。

名前の元ネタは椴之根大綿虫(トドノネオオワタム)は北海道や東北であれば「雪虫」の愛称で知られる体長5㎜程度のふわふわした虫です。
少しだけであればキレイなもんですが、大量発生すれば厄介なのは知ってる人は知ってることだと思います。
雪虫の如く、真人に鎧袖一触(がいしゅういっしょく)で殺されたと五条は言います。襲撃で死亡した3名の2級術師の中の一人。


▼結晶方円法【ケッショウホウエンホウ】

雪を降らすための過程を術式によって再現する。
降雪範囲は呪力を"帳"に近い要領で広げて囲ってから降らせるので広範囲だと術式の発動まで微妙に時間がかかる。
"帳"と違ってシャボン玉が凍ったような薄くて冷たい結界。見た目と違って何かを遮断する効果はない。

マイナスの低温を即座に生み出すことが出来るので一応直接触れれば冷やして攻撃はできるが、そんなことするより呪具で引っ叩いた方が100倍くらい効率がいい。

使い物にならない術式があってもおかしくないと思ったのでこうなりました。

呪具や式紙に術式を付与できるも、切り傷を凍傷にしたところで2級以上には意味を成さなかったのでばっさり縛りによって切り捨てた…つもりだったが、付与するまでが術式の行使範囲であって、その後の呪具がキンキンに冷えた状態はあくまで「行使後」だったようなので縛りの範囲外になってて驚いた。(持続型ではなく断続的な発動型だった)もっぱら「上」によって抹殺命令が出た人間相手に使っていたが非術師相手にしかだいたい効かない。

応用として色つきの粉塵をまけば、それを核として色つきの雪を降らすことが出来る。
…やっぱり戦うのには向いていない。

毎年の季節外れイベントとして人気だったみたいです。
夏の日照りをそのままに、溶けない雪が積もる景色はもう見れない。


▼領域展開:霞薄氷【カスミウスライ】

名前さえ出なかった!だいたい以下の通りになります。
→領域内の全ての空気に対する必中効果によって強制的に水分が過飽和状態になり、深い霧が生み出される。
→即座に霧の中に大量の雪が降り注ぎ、聴覚や視覚、触覚を制限する。
→一呼吸でもした瞬間に体内に侵入し、肺がスノードーム化して呼吸困難、さらに徐々に冷やされ、やがて低体温症で凍死する。(自分も相手も)

雪山での遭難のひどいバージョンみたいな状態になります。ただ、格上相手だとだいたい倒す前に自爆するのが先になるので使いどころが難しすぎる。

〇結界術と繋がりの強い術式だったのでノウハウがあった。
〇「呪霊、人間問わず生命活動をする対象を直接害するために行使出来ない」という縛り。
〇必殺効果を付与しない。
〇自身も術式の効果から逃れられない。
〇本来広範囲の術式範囲を狭くする。

みたいな条件でようやく会得した。

もし恭弘に才能があれば当然雪の結晶が作られるまでの過程を領域内全てに強制出来ます。
100mぐらいのの霧がかかった領域を作り出し、呼吸するまでもなく体内と体表の水分が結晶化して死亡するというものになったかもしれません。
必殺効果を付与しないパターンであれば一瞬で領域内の空間全てに雪が満たされるようにすることで文字通りのスノードームになったかも。

ちなみに「霞」も「薄氷」も春の季語から。
それと領域展開は最初は四角だったらしく、五条側についてから丸…球状になった。


▼潅【ソソ(ギ)】
呪術総監部の直属部隊の一つ。(適当に考えたやーつ)
主に五条など、内ゲバの際にその邪魔者に対してピンポイントで対抗できる人員を集めた部隊。主人公も「五条対策」の一人だが、当然ながら誰かが五条相手に役に立ったことは一度もない。

過去の行いによる恥を取り消して名誉を回復するという意味の「(そそ)ぐ」と、「雪や雨がふり潅ぐ(「注ぐ」と同じ読みと意味)」とかけていたり。



奇跡的な奇跡が起きて何かの間違いで評価されたら続きかか過去かなんかやるかもです…やらないかもですけど。そろそろ他の連載再開しないとですし。

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