雪は方円の器に随う   作:凍り灯

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なんだかんだ続いてしまいました。

あまり評価されないと逆に書きやすくなっちゃってつい続きを書いてしまう病になってしまったので投降します。
(でも感想書かれるのが一番やる気出ますよね)

三話分一気に書いたのでちょくちょくやっていきますよー。
予定としては今回含めた四話で一区切りです。その後は再び気分次第と言う奴ですね。







あまり円きは転び易し

 

 

 

"穂霜(すいそう)"は短い槍だ。

槍の穂先をそのまま流用した、だが短いが故に槍とは違う多くの用途を持たせることが出来る。

 

対峙するのはヤモリを二足歩行させたかのような呪霊…目や口がやたらと多いことを覗けば。せいぜいが3級程度の呪霊だろう。

 

俺は右手に逆手に持ったまま柄頭を相手の方へと向け、腰を落とし、左手を添える。まるで刀による居合の構えをする。長い柄は特に体重を乗せた斬撃や刺突の際に非常に重要な役割を果たす。単純に両手で持った時に力をこめやすいからだ。

前へと踏み出している左足を軸として右足を斜め左方向へと大きく踏み込み、左斜め前方向へ沈み込む様に瞬時に身体を動かす。

そして船を漕ぐためのオールを持つ要領ですれ違いざまに深く切り裂いた。

 

それによって怯んだ呪霊に対し、即座に次の一手。

 

左斜め前に踏み込んだ体勢から逆回しのように元の位置へと再び左足を軸に、右足を戻して踏み込む。

俺は両手とも逆手持ちにするために添えられた左手だけ手首を返して持ち直し、頭上に穂霜を高く掲げていた。

それは槍のような重く頑丈な穂先であることと、柄が槍よりも短いことによって出来る扱い方。

まさにそれは"杭"だ。打ち付けるための杭。

 

先程よりもより体重の乗った一撃は容赦なく呪霊の頭部を砕き、一瞬で命を刈り取った。

地面へと相手の頭部と一緒に突き刺さった"穂霜"を抜き取り、血を拭う。

 

"穂霜"は短い槍だ。

 

だがその用途は幅広く、故に扱いが難しい。

刀であれば俺の伝手でも教えを乞うこともきっと出来ただろう。日下部さんとか。(多分面倒がってやってくれないけど)しかし術式の用途のなさは勿論の事、ただ刀を振るうだけでは呪霊への「対応力」という点では不足だと感じていた。

 

例えば刀を使うとして、上手く斬れずに突き刺さってしまった時、武器を持っていかれず素早く抜くことは出来るか?俺程度の呪力で強化した脆い刀を、人以上に複雑な身体をした呪霊を相手に破損させずに戦いきることは出来るのか?

 

実戦を考えれば考える程、俺は俺に自信を持てなかった。

刀を扱う才能とそのための時間すらも足りなかった俺は、頑丈で壊れにくく、そして柔軟な戦い方を繰り広げられる武器が必要だった。

だから俺は名もない槍の柄をへし折り、『稲()に降りた()』という意味の名を与えた。日の光で溶ける程度でしかないが、それでも植物への「霜害(そうがい)」のように確かな「害」を与え得る呪具となって欲しいという願望も乗せて。

 

俺はこれを死に物狂いで振り続け、そして人ではない呪霊相手であれば実践にて有効だと確信するに至る。

 

何も刀を扱う人間を馬鹿にするわけではない。単純に得手不得手の問題でもある。

俺には出来なかった。

だから違う道を模索した。それだけ。

 

 

 

 

 

任務が終わり、補助監督の運転する車の前で穂霜を分解する。

穂先と柄を組みつけている所謂ネジの役割を持つ目釘を、柄から木製の道具によって抜いていく。

そっと柄から刀身を抜き出し、専用のケースの中に納める。

そして柄は耐火シートで何重にも巻いた後に同じく耐火のバッグへと仕舞った。

 

穂霜は呪具だ。「呪いを宿した武具」らしく、放っておけば刀身に触れたものを焼き焦がしてしまうという"呪い"を持っている。

3級程度の低級呪具だというのにこんなデメリットがあるのだ。呪術界への伝手も財布も薄い俺が一丁前に自前の呪具を持てたのもこの宿された呪いのせいでもある。

厄介払いされた有象無象の呪具を格安で買ったというわけだ。それでも財布は吹っ飛んだが。

 

呪力を流している間は問題ないのだが、それを止めた瞬間に呪具本体である「槍の穂先」は触れたものを少しづつ火で蝕む。

当然ながらこれを戦いで生かすことは出来ない。焦がす速度はとても遅いのだから。

 

だから一々任務前に組み上げ、終わるまで呪力を込め続けなくてはいけないし、終われば分解しなくてはいけないのだ。

短い任務であれば大した苦労もないのだが、そう上手く行かないのは身をもって知っている。

必然的に予備の柄や組み上げるための道具、そしてサブウェポンとなる短刀を持たなくてはいけなかった。

 

こんなことをしてでも使い続けているのは、やはり呪具の恩恵は馬鹿にできないからだ。

長く使い込むことで得物を呪具化させるべきだったのかもしれないが、手に入れた当時はまだ若かったし、しかも後輩にあの五条君が入ってきたということもあり、とにかくすぐに戦力となるものが欲しかったのだ。弱い弱いと彼に言われ続けた俺も、少しは先輩としてカッコつけたい気持ちはあったのだから。

 

長期的ではなく、短期的な解決方法を選んだための結果が今。

しかし不便さはあるも、後悔はしていない。結果的に今の戦闘スタイルを確立させることが出来たし、なんだかんだ愛着もある。手のかかるものほど可愛いというやつだ。

加えて昔より焦がしてしまうことが少なくなっているので、俺の呪力が馴染んでいる証拠でもある。そういうわけで手放すことなくずっと使い続けてきた。きっとこれからも。

 

もしかしたら死ぬまで使うかもな。

付けた名と正反対の呪いを持つ呪具を見て、ふと、そんなことを思った。

 

 

「お疲れ様です椴之根(とどのね)さん」

「ええ、伊地知君もお疲れ様です。こんな忙しい時に申し訳ないです。あ、そうだ、8月も終わりとは言えまだまだ蒸し暑いですからね。車内にこれでもどうです?」

 

俺は高専で5年の時に入学してきた後輩である伊地知君へと、冷気を発するスノードームを術式で作って渡す。夏は地味に人気があるのだ。涼しいから。

 

「スノードーム!懐かしいですねぇ…学生の頃いただいた以来です。初旬の"風物詩"は行けなかったですから」

「そっか、今年は来てなかったっけか。すごい苦労してそうだからせめて暑さのストレスがなくなるといいんだけど」

「そうなんですよ!五条さんが…あ、いえ、なんでもないです」

「五条君ってまじで適当で困るよね。頼りがいあるけど」

「…そうなんですよ!!この前も―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_2018年_9月9日_日曜日

 

_東京都立呪術高等専門学校第二グラウンド

 

 

 

 

穂霜の柄を長く持ち、両手で刀を振るうように水平に()ぐ。

刀と言うには重めの刀身は風を切り伏黒君へと迫るが、角度を付けたトンファーによってやや鈍い音を立てながらも斜め上に()らされる。

すかさず伏黒君は俺へ接近、がら空きの脇を右の拳で殴るようにトンファ―の柄の先を突き出してきた。

それを予期していた俺は有効範囲から一歩下がり、ぎりぎり回避。

 

しかしトンファーは二対でワンセット。

 

俺が(かわ)した瞬間、彼は左のトンファ―を素早く振るった。それは手首で返すことで長い柄の方を遠心力と共に突き出して来ており、躱しきれないと悟った俺は穂霜の長い柄で受けた。

 

―――――トンファーとは主に刀を持つ敵と戦うために作られた攻防一体の武器。

俺の穂霜は刀ではないが、それに似た動きもする。現に、薙ぐような振りは全て今のところ逸らされるか払われるかしていた。

「突く」「叩く」「払う」と豊富な戦術のできるトンファーは、同じく豊富な戦術を()()()()()()()穂霜と似ているかもしれない。しかし我流で極めようとああでもないこうでもないと模索していた俺よりも、遥かに洗練された歴史を持っているのは言うまでもなく、それを扱う伏黒君もまた最近使いだしたとは思えない程の洗練された動きをしていた。

 

どうも真希ちゃんのようにはいかない。

 

数合交わした後、脇腹に一撃を貰った俺はイテテ、なんておやじくさい言葉を漏らしながら、訓練のためと刀身にカバーを付けている穂霜を杖にして立ち上がった。

 

思いのほかいい一撃が入ってしまったことで少し慌てた伏黒君が駆け寄ってきてくれる。

 

恭弘(ゆきひろ)さん、大丈夫ですか?」

「いやぁ強くなったね…俺じゃぁもう太刀打ち出来そうにないよ」

 

互いに術式なしでの訓練。

 

俺の"結晶方円法"は基本役立たずだから、本気でやれば"十種影法術(とくさのかげほうじゅつ)"をもつ彼にはまず勝つことは出来ないだろう…それが、俺はとても嬉しかった。

笑みを隠さずに、伏黒君へと問う。

 

「少しは良い調整になったかな?」

「はい、なんだかんだユキヒロさんが一番やりやすい気がしますから…真希さんは手加減してくれないので。パンダ先輩や狗巻先輩も呪具の打ち合いは出来ませんし」

「あぁ…うん、そうだろうね。過大評価されるとこしょばゆいけれど、役に立てたなら教師明利に尽きるよ」

 

同期は?とは思ったが、釘崎ちゃんが使うのはトンカチだし、術式の関係上(から)め手が多そうだ。

必然的に、真希ちゃんくらいしか呪具同士の打ち合いが出来ないのだが、「程よい調整」をするには向いていなかったのだろう…それ程に交流戦に向けて気合が入っているということの表れなのかもしれない。

 

「もう一本いく?()()?」

「お願いしたいっス」

 

たまに昔を思い出すような喋り方に、つい意識を思い出に向けてしまう。

 

最初に"恵君"と会ったのはもう5年も前。俺が新米教師なり立てほやほやで、彼がまだ小学生だった頃だ。

五条君に連れられて合わせられたのが最初で、思えばあれば総監部所属の俺に対しての「踏み絵」か何かだったのかもしれない。

 

禪院(ぜんいん)家相伝の術式を持つ伏黒甚爾(とうじ)の遺児。俺は既に3年の間、"呪術総監部"で働いていたために恵君の重要性は当然知っていた。

恵くんとの伝手を手に入れたことで俺が総監部の人間として動くかどうか…きっとそれを試したのだ。

 

結果は…今も交流が続いていることが理由だと思いたい。

 

もっぱら呪術関連の面倒を見ていたのは五条君だが、それ以外の恵君と津美紀ちゃんの生活の面倒…生活費とかそういったやつをどうにかしていたのが俺の役目。パシリ?当たらずとも遠からず。使う当てがないとは言えポケットマネーも割と持っていかれている…五条君俺より遥かに稼いでるよね??

 

次第に五条君が俺への警戒心を緩めたのか、それとも面倒になったのか(多分どっちも)、術式とは関係ない基礎的な体術や剣術等を教えることになっていくことになった。

あと五条君が伝え忘れてそうなことも補足したりとか。

 

 

『よろしくお願いします………っス』

『恵君恵君、師弟関係とかそういうのじゃないからもっと適当にね?』

『うス』

『そっかぁ、木刀持つの初めてだもんね』

 

 

まだ小学生の恵君は短い木刀をしっかり握りしめて微妙に楽しそうだったのをよく覚えている。

 

「あの時は可愛かったのにねぇ、今じゃもう頼りがいのある呪術師だ」

「精神攻撃は感心しないッスよ」

 

再び地面に転がされた俺は、大の字で寝転がったまましみじみと言った。対して立ったままの恵君はやや気恥ずかしそうに視線を逸らしている。

なんとなく、甥を相手しているかのような気分でからかいたくなる。

 

「視線を外しちゃだめだよ」

 

ストン、と寝転がったままの姿勢から素早く穂霜の柄を地面に這わせるようにして彼の片足を払う。

体勢を崩したところで起き上がりながら体を回転させつつもう片方の足も払って転倒させ、穂先を首へとピタリと当てて笑ってやった。

 

驚いた恵君の顔を見て満足した俺は背中に張り付いた砂を払ってから恵君へと手を差し伸べた。

 

「そんなことも出来たんスね…」

「むしろこっちの方が得意だよ」

 

そう、不意を打って仕留めるのが、俺の仕事だったのだから。

 

暗くなりそうな思考を追い出し、彼の身体を引っ張り上げる。西日は強くなっており、夕焼けが綺麗な時間だ。もうこんな時間だったか。

 

「さて、今日は日曜日だ。また明日から授業もあるんだから休みなよ?」

「いえ、もう一本お願いしたいんスけど」

「………"交流会"まで後1週間。焦る気持ちも分かるけれど、今日はこれでお終い!また言ってくれれば俺はいつでも手合わせするからさ」

「…そっスね………今日はもう術式の方の仕上げを優先します。調伏(ちょうぶく)したばかりの式神もいるんで」

「話聞こうな?まぁ無理はしない程度にやってくれ」

「はい。忙しい中ありがとうございます。()()()()()

「どういたしまして、()()()

 

 

きっと焦っているのは交流戦のせいではない。虎杖君のことなのだろうな。

言わずとも、互いにそのことを理解している。けれども恵君…あぁいや、伏黒君は動かずにはいられないようだ。

沈んでばかりだったかつての俺とは大違いだ。

 

 

 

―――――伏黒君と別れ、駐車場へと向かえば七海君がいた。

やはり最近はよく出会うことが多い気がするなぁ。俺は彼の方へと歩き、挨拶を交わす。

 

「お疲れ様、七海君。里桜高校の件は大変だったね」

「椴之根さん、お疲れ様です。…(くだん)の呪霊を逃がしてしまったのは大きな痛手でした。最近はどうにも、きな臭いことが多いですから」

「未登録の特級が手を組んでいる…雲行きはかなり怪しいのは間違いない。でも七海君が一先ず無事で良かったよ…あ、サイダー飴いる?」

「いただきます。椴之根さんもお忙しいと聞いていますが、それはもしや五条さんから押し付けられたことでしょうか?」

「あぁうん、そうなんだよね。今出張でいないでしょう?だから俺の方にも色々と…ほんと色々と雑務がなだれ込んで来てて」

「それは…お疲れ様です…それ以外に何か五条さんから話は?」

「うん?いや?仕事の話くらいだよ」

「…そうですか。季節の変わり目です。体調にはお気をつけて下さい。」

「お互いにね」

 

何か言いたげな七海君はそのまま俺と入れ違うように敷地内の奥へと歩いていく。これから任務だろうか?

無事を祈りつつ、自分の車へと歩く途中。七海君の車を横切る。見れば、一か月も前にあげたスノードームがダッシュボードの上に置いてあった。

あれは程よく車内を冷やしてくれる。使ってくれてることに満足感を覚えつつ、俺はそこを通り過ぎる。

 

さぁ、寝れるうちに寝てしまわねば。今夜もまた任務だ。

 

 

 

 

 

―――――その通り過ぎる背中を七海は振り向いて一度だけ視線をやった。

 

五条さんはまだ椴之根さんに虎杖君のことを打ち明けていないらしい。

どころか、出張からすでに戻っていることも知らないようだった。

 

慎重になるのもわかる。呪術総監部にいたとなれば、そうならざるを得ない。

…それでも七海にとって椴之根は今も昔も良い先輩だった。

 

 

どうせ交流会で皆が知ることになる、か―――――

 

 

視線を前へ戻した頃には七海はそのことを気にするのをやめた。

椴之根さんは安堵するばかりで五条さんを責めもしないだろうな、と考えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――――五条悟にとって、椴之根恭弘という高専時代の先輩の術師はすぐに死にそうなイメージのある先輩だった。

 

椴之根の一つ上の先輩である"庵歌姫(いおりうたひめ)"よりも尚「一般人らしさ」が抜けきっていないというのが昔から思う率直な感想。

人に怒れず、恨めず、それでもなんとか呪力をひねり出している可哀そうな先輩。当時は(あざけ)りも込めてそう思っていた。

 

呪術師は皆イカれている。歌姫で言えば普通の感性を持ち続けていることがある意味異常であるし、そういう面ではこの二人は似ているのだが、やや椴之根の方が精神的に脆い。

加えて呪術総監部の直属の部隊である"(そそぎ)"にて使い潰された経験が、この二人の行く末の違いだったのだろう。

 

椴之根と久しぶりに高専にて互いに教師として出会った時、あまりにも彼は疲れ果てていた。それは彼に流れる呪力の質だ。呪力の総量も上がり、扱いも上達していたが、それでも干上がった井戸から無理やり水を汲んできたかのような枯れ果てた呪力を必死にひねり出している様にしか見えなかった。

 

その姿が、どうにもかつての親友(夏油)と被る。

 

 

そう言えば、あの時の傑を元気づけようとしていたのもこの先輩だったか―――――

 

 

まず間違いなく、信用できない。五条悟は保守派を毛嫌いしている。それはもう、殺してやりたいほどに。

…それでも、ごく普通の先輩として、五条にとっても夏油にとっても「良い人」であろうとしていたこの人を、総監部への嫌悪感を抑え込んででもちゃんと見極めるべきだろうか―――――

 

信頼できない。それでもほんの少しだけ信頼してみたい。

そういった微妙な関係が、今の今まで続いていた。

 

 

 

 

 

「ユキヒロはさー、実力はあまりなけれど呪術師の中でもかなり稀な存在なわけだよ。

本来死にかけても術式が発現するなんてことはまずないし、そんなんだったらこの世界は術師で溢れかえっちゃうじゃない?でもユキヒロが術式を得られたのは元々脳の中に術式を持っていたことと、「術式」と「死に際の出来事」の親和性の高さが原因だと思うんだよね。

 

人間の本能って言うのかな?死や恐怖が迫った時、脳の処理が加速して時間が遅く感じるなんてころもあるけれど、そんな感じで術式の一端を「生存本能」が頑張って掴んじゃったんだろうね。

その時に初めてユキヒロの生得領域が生まれたんだよ。

「雪山での遭難」が術式と近すぎたから無理やり引っ張られて表出化したんだ。

 

しかも領域展開に至っても全く同じ経緯!ひどい偶然と偶然がぶつかり合って突然変異しちゃったのさ。弱いけど。頭殴られてバグっちゃったのと同じなの。

 

だから()()()()()()()()()()()()()()()()。なまじ呪術の極致へと100段飛ばしくらいで足を踏み入れちゃったせいで余計に掴みづらくなっちゃってるの…まぁこうでもなければ死ぬまで領域展開なんて無理だったろうけどね、弱いから」

「いやぁ全くグゥの音も出ないね。となるとやっぱり?」

「うん、やっぱり荒療治が一番!」

「うぅん、"黒閃(こくせん)"かぁ…」

 

"黒閃"とは、戦闘において打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間、空間が歪み、呪力が黒く光る現象のことを指す。これが決まったのならば平均で通常時の2.5乗の威力を叩き出す…らしい。

黒閃を経験した者とそうでない者とでは、呪力の核心との距離に天と地ほどの差が生じると言われているのだ。

 

100段飛ばしと言われた俺の歪な現状を打破するには地道に呪力を理解するやり方では厳しくなってしまったらしい。

だからこその荒療治、その策の一つが"黒閃"。

 

無理やり己を呪力の核心へと近づけ、飛ばしたはずの100段を上った経験を一気に身体へ刻み込む。

そうすることでようやく、俺は2級術師という壁を越えられるようになるのだと五条君は言う。

 

「それにね、ユキヒロは気付いていないかもだけど、その術式、まだ解釈の余地があるんだよ…ていうか、もう無意識にやっちゃってるって言うか」

「無意識に?」

「そう。まずはそこにまずは気が付かないとね。ヒントは冷凍呪霊!」

「冷凍…あぁ、青森の準1級呪霊かな?懐かしいね…そっか、まだまだ捨てたもんじゃないってことなのかな…?というか、まだあの呪霊冷凍庫に入れてるの?」

「保存食にしては趣味が悪いよねー」

「蛇肉は鶏のササミみたいなんだけど、とにかく骨が多くてね」

「ちょっとやめようか」

 

 

―――――現実的な話。五条君は俺が黒閃ができるなんて考えていない気がする。

これは忠告だ。それをやるぐらいの気概でやらなければ先へ行くなんて不可能だという、説教でもある。

 

何度も試した。何年もの間、術式と向き合って、呪力をコントロール出来るようにとやってきたつもりだった。

でもどこか足りなかったんだろう。心の奥底から湧き上がってくるような、身に宿る必死さとも言うべき"何か"。いずれ立つであろう自分自身の未来の絵図が想像できない。

 

失くして項垂れる自分しか見えてなかった。

 

だから未だにその領域に至れず、この日を迎えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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_2018年_9月14日_金曜日

_京都姉妹校交流会_一日目

 

 

 

_東京都立呪術高等専門学校敷地内

 

 

 

 

 

 

「そういえば今日は椴之根君は来てないの?」

「え?何ナニなに?まさか歌姫ってユキヒロにおラブなの?」

「違うわよ!あんたと違って良い後輩だったから言ってんのよ!」

「へぇ~そういうことにしておくね。ユキヒロなら僕たちとは反対側の地区が管轄だよ、あっちは呪霊を配置したり制御したりで忙しいからね~。今日の交流会が終わったら会えるでしょ」

 

歌姫は思う。

こんなやつと同じ学校で教師をやれている椴之根君と、事あるごとにこき使われている伊地知君は聖人か何かかと。

聞けばやはり椴之根君もそれなりに面倒を押し付けられるらしいではないか。同情を禁じ得ない。

 

椴之根は歌姫の一つ下ということもあって高専時代はよく話した人間の一人だ。彼の同期の二人が既に他界している現状、気にかけないでいるのも善良な感性を持つ彼女にとっては無理なこと。

加えて連絡のなかった数年は呪術総監部で良いように使われていたと聞けば尚更に。

 

夏油や灰原のことでも心を酷く痛めていたのはよく知っている。

どこか気質が似ている二人は、そういった割り切れない感情を共有できる数少ない間柄だった。でもどちらかと言うと、椴之根は歌姫よりもずっと人の死が尾を引いていた。

だから本当は、卒業間際になって彼の同期が死んだと聞かされた時は、少なくとも術師としてはもうやって行かないのではないか?と思ったほどだ。

 

それでも彼は続けた。

立ち止まる方法を忘れたかのように進んでしまった。

 

 

本当は、あの時彼が逃げてしまえればいいと思ってたのに―――――

 

 

「来てるのね。それならいいわ」

「ヒューヒュー!」

「あんたほんといい加減にしなさいよ!?」

 

ずっと、術師になる前の何も知らなかった頃の思い出を引きずっていたからこそ、親しい人間の死を割り切れずに無念を抱えたまま進むしかなかったなんて。致命的に術師として向いていない。歌姫のように、()()()()()()()()()()()なのだ。

でも椴之根は何度も疲れ果て、いつ死んでもおかしくないような危うさで生きていた。()()()()()()()と言うべきものなのだろう。

 

―――――顔を見よう。

あの頃よりずっとましになったのは知っているけれど、それでもまだ割り切れていないのならばせめて五条を一発目の前で引っ叩いてやらねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「虎杖お前、トドノネ先生にも謝っとけよ?あんたの机にとびきりキレーなスノードームを置いてくれたんだからな?」

「恭弘さん、かなり心を痛めてたぞ」

 

伏黒恵は手放しで尊敬できる人間が2人いる。

 

一人は2年の乙骨優太。

もう一人は…身内贔屓(びいき)の自覚はあるが理数系教師の椴之根恭弘…ただし、尊敬の方向性がこの二人では違う。

 

乙骨については割愛するが、椴之根は正に「優しい叔父さん」そのものだった。なまじ五条という大人を見せられ続けたせいで余計に。

 

言ってしまえば「どこにでもいそう」なのだ。

だが伏黒にとって「どこにでもいそう」な優しい身内というのは貴重である。そう、五条があんなんだから。

 

 

「お、おう。そうだよな!わかったよ…ん?伏黒、お前トドノネ先生のことそんな風に呼んでたっけ?」

「あー………実はだいぶ前から世話になってたんだ」

 

初めに会ったのは小学生の頃。

高専の教師というよりは、五条の先輩として紹介された人間。当然、最初は全く信用ならなかったが、あまりにも術師らしさ(五条が基準)がないせいで逆にやり辛かったのを覚えている。

加えて生活費や、恵や津美紀もう少し大きくなるまで炊事洗濯掃除をやっていたのは椴之根だったりする。同居していたわけではないが、家政婦のような、家庭教師のような、親戚の叔父さんのような何とも言えない距離感だった。

 

「何それ初耳。何よ、何で言わなかったの」

「聞かれなかったからな」

「お前そう言うところあるよな…」

「何?兄とか叔父さんとか、親族が自分の先生で恥ずかしい!みたいなやつ?」

「…」

「え、まじ?まじなのねぇ伏黒クン??」

「まじなのか伏黒クーン??」

「お前らもう黙ってろ」

 

五条が五条してるために相対的に株が上がることしかなかった椴之根。

…荒れていた中学の頃に授業参観に来た時は思わず真顔になったが、それでも呪術師界とは関係のない「日常」を匂わせている人間であったために深い感謝が伏黒にはあった。勿論五条にもある…一応。

 

 

早く恭弘さんに虎杖のこと教えてやらないとな―――――

 

 

それがほんの少しだけ、楽しみな事だったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、ちょっと遅かったね。後は君だけだよ?」

 

身体が穴だらけになった山桜準1級術師がいた。あの人は辛い物が大好きで、あり得ないくらいラーメンに唐辛子を入れていたのを覚えている。

弥生(やよい)2級術師はこの間一緒に任務をこなしたばかりだ。彼の術式は戦闘に役に立たないからって互いに親近感を感じたのを覚えている。今は上半身が蛇みたいに伸びてうち捨てられていた。

補助監督の土佐水木(とさみずき)君の首から下は平ぺったくなっている。彼はまだ新米で、これからうまくやって行けるか不安だからと、俺に相談してきたっけ。去年高専を卒業した、俺の教え子だった。

 

「七海君の言ってた特級呪霊か」

「七海ってのは知らないけど…もしかして七三の術師のことかな?だとしたら俺のことだね」

 

半身となって穂霜を静かに構える。

 

怒りを、悲しみを呪力へ変えろ。今生きている人間や生徒たちの顔を思い出せ。

一瞬、呪力にあてられて生存を諦めた自分を奮い立たせる。

 

七海君が言うには触れられた時点で終わり。さらには領域展開までも使えると聞く。やつは俺が領域を使えることを知らないだろうが、だとしても領域同士の押し合いになればまず負ける。

 

時間を稼げればいい。最悪、ここで何か起きていると言うことを知らせることができればいい。

ならばやることは決まっている。派手に立ち回るんだ。

 

―――――敢えて俺は、領域を行使することを決意する。短い時間で良いから、狼煙(のろし)を上げるのだ。

 

「お?」

 

ここに駆け付ける間に用意していた式神の"(かぶら)"を幾つも放り投げる。それは特級呪霊の目の前で弾け、瞬間的にだが視界を白く奪った。

同時に"結晶方円法"を行使し、薄い呪力の膜で辺り一体を覆った。出来るだけ広く、大きく。

術式自体の効果は当然期待できない。これは所謂、領域展開の前段階だ。

結界術と特に結びつきの大きい術式を事前に発動しておくことで、印を結ばなくとも領域展開の第一段階をクリアできるようになっている。ここ数年での鍛錬の結果だ。

 

歪な"縛り"によって結界術の精度を底上げされた俺は、この「呪力で周囲を囲む」という過程だけはそれなりの速度があると自負している。得られる時間は瞬き程度の時間かも知れないが、それが命運を分ける時もある。

 

領域範囲ぎりぎりまで距離をとった俺はすかさず穂霜を目の前の地面に突き刺し、両手で"印"を形作る。

 

領域展開ほどの多量の呪力の放出をしたならば、必ず五条君は気が付く―――――

 

 

 

「領域展」

 

 

 

言い切るよりも前に、俺の体に穴が空いた。

 

くそ、速い、か。

 

 

目くらましの雪の隙間から飛び出たのは呪霊の伸びた腕。そこから生えたトゲが俺の身体を貫いている。

巨大化された両手は点ではなく面として襲い掛かってきていて、俺の(かわ)せるレベルを越えていた。急所は反射的に回避したが、だけどもう、助からない。流れ出る血の量がそれを物語っている。

身体の中から流れ出た血に代わって冷水が流れ込んできたように、寒い。

 

 

触れられた時点で終わりなんだ、俺は俺の終わりを悟った。

 

 

()()できるの知ってるんだ。ごめんねー、もうやること終わった後だし、五条悟がそろそろ"帳"を壊しちゃうかもだからね。お喋りはなしだよ…と、ちょうど"帳"が上がったかな?」

 

倒れる俺に、その呪霊は見向きもせずに歩き去る。

体の中が(うごめ)いた気がした、まるで自分以外の何かが中にいるみたいに。

 

ボコり、ポコり。

()から形を変えようと暴れている。熱い。

 

 

熱いのに、何故か、寒くなった。

 

 

急激に体が冷え始めたように感じたのだ。

あぁまたこれか。また寒さに震えるのか。

 

だんだんと吹雪いてきて、白く霞み始め、風は痛いくらいに冷たく、鋭い…いつかの呪霊のように、体中に雪が張り付き覆って白くなっていく、その感覚。

死に際はいつだってこうだ。寒くて仕方が無い。それがどうにも、あの忌々しい吹雪を思い出す。術式を見出した、あの雪山を。

 

いつの間にか身体の中で暴れ出そうとした"何か"は動きを止め、鬱陶(うっとう)しいくらい吹雪いていた内側もそれに伴ってとても静かになっていた。

 

…本当は死んでしまった彼ら(術師)を助けに行くべきではなかった。すぐにでも一人走り、異常を伝えるべきだった、それをわかっていても、見捨てることなど出来なかった。

 

 

―――――死ぬんだろうな。

 

俺が死ねば恵君や釘崎ちゃんに負担をかけてしまう。虎杖君が亡くなったばかりなのだ、それに、まだ教えないといけないことがある。どこまで教えたっけ?頭に霧がかかったように思い出せない。俺の代わりにすぐ誰か理数系の授業を担当してくれるだろうか?

虎杖君は特に苦手だったっけなぁ。

 

あぁ。

 

虎杖君、君の力は人を助けるために使うことが出来たはずなんだ。

"水は方円の器に随う"

この高専という環境と、伏黒君と釘崎ちゃんという友人の中にいるならば大丈夫だと、そう思っていた。

五条君に救われた俺は、五条君が言ったあの言葉を信じたいと思っていたんだよ。陳腐(ちんぷ)な物言いだけどね。

弔いの()すら、こんなに早く溶かしてしまうダメな教師でごめんよ。

 

五条君は大丈夫だろうけど、総監部の動きを追えなくなるのは面倒だろうなぁ。きっとどうにかしてくれるだろうけど。

七海君も割り切れるだろうし大丈夫そうだ。ただ、ダッシュボードに乗せてたスノードームは溶けちゃうから水びだしにしてしまうな。

夜蛾(やが)学長にも迷惑かけてしまうなぁ。最初、総監部からの命令で潜入に来たっていの一番にぶっちゃけたりしたから苦労をかけてしまった。

日下部さんは大変だろう。教師仲間として色々愚痴り合ってたから、ちょっと抜けた穴を埋めるために苦労をかけそうだ。

そういえば歌姫先輩は元気だろうか?素直に良い人だからきっと心を痛めてくれるだろう。それが申し訳ない。五条君からの仕事が俺の代わりにきっと彼女にも負担させてしまうことになるだろうから、そこも申し訳ない。

真希ちゃんや狗巻君やパンダ君に乙骨君。

秤君や星ちゃんも。

心配だな。

 

 

あぁ。

 

 

死にたくないなぁ。

 

 

高専を卒業して以降、欠片も思わなかったその願望。

領域を得る切っ掛けとなったあの時ですら、思っていなかった当たり前の欲求。

 

それを脳裏に思い浮かべた時、鼻詰まりが急に治ったような()()()()()を身の内に感じた。内側をするりと風が通り抜けるような清々しい感じ。

こんな時だというのに、高揚感と言うべき感情が身を占める。指先一つ動かせない、この死に際になって。

その昂ぶった感情に乗っかって俺は思う。

 

 

死にたくない。まだ、まだ…まだ。

 

 

ついに眠るように瞼は落ちていく。

それでも抵抗はしなかった。きっと、また"冬"を越えれば目が覚める。

 

そんな確信があった。

 

 

 

 

 









次話は短めなのです。
添削のみなので明日あたりに投降予定。


▼椴之根 恭弘【トドノネ ユキヒロ】

人が好過ぎたために使い潰された人間。
流されやすく、割り切ることも狂うことも出来ず、不幸なことに投げ出すことが出来る性格でもなかった。
教師となってからはそこにやりがいを感じ始める。

ついに足元が割れるも、冷たい水の中で何かを見出した。


▼五条 悟【ゴジョウ サトル】

可愛そうな先輩(笑)と学生時代は思ってたが、無害過ぎたのでお菓子の餌付けはされてた。
疲弊時代が夏油と被るが、椴之根は力もなく、寝返るより自殺しそうなタイプだから別の意味で危なっかしいと思ってる。
椴之根が呪術総監部にさえいなければ早い段階で信頼出来ていた。


▼七海 健斗【ナナミ ケント】

普通の高校に行って部活に入ったらいそうな人のいい先輩という認識だった。
サラリーマン時代、一度だけ偶然街中で再開してカフェで話したことがある。その時七海は何で呪術師をやめないのか疑問を投げかけたが、椴之根は答えれなかった。
呪術師に復帰してからは稀に飲みに行く程度の仲。


▼庵 歌姫【イオリ ウタヒメ】

善良なところなど共通点が多いので学生時代は椴之根の同期諸共比較的多く絡んだ。
仲は良いのだが、総監部に入って高専に行くまでの3年はほぼ音信不通で、教師になった後は再びちょくちょく話すようになる。
目を離すといつの間にか死んでしまいそうな後輩、というイメージを持ってる。


▼伏黒 恵【フシグロ メグミ】

五条があんなんだから懐いた。
五条が伏黒の術式や精神面を良く知るならば、椴之根は伏黒の日常を良く知る人。なので黒歴史的なのも把握されてる。忘れてください。
伏黒は椴之根に昔は"恵君"と呼ばれていたが、中学時代に嫌がったらあまり使わないようにしてくれた。でも最近はあまり気にしてない。
総監部にいることは知らないし、椴之根もあんまり言うつもりはない。


▼特級呪霊:真人【マヒト】

特に何か思う所もなく、蠅を潰すぐらいの気持ちで刺した。
花御は大丈夫かな?


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