雪は方円の器に随う   作:凍り灯

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長かったので二つに分けました。
それではどうぞ。







薄氷を履むが如し

 

 

 

 

 

なぜ椴之根(とどのね)が作ったスノードームは溶けないのか。

 

 

術式で作ったから?それは間違いない。しかし当人の手から離れた状態で一か月以上も溶けずにいること自体がおかしいのだ。虎杖の弔い然り、七海に渡したもの然り。

術式は「家電」、それになぞらえるならば「電気」である呪力の供給なくして維持は出来ないことになる。それぞれが椴之根と繋がっており、常に呪力を回しているのだろうか?いや、彼にそんな余裕はないだろう。

最初は違った。学生時代は呪力を込め続けなければすぐにでも溶けた。それが今では溶けない、それを単純に"成長"なのだと彼は()()()()

 

椴之根は生徒に「術式の拡張を諦めた」と言った。領域展開を強行するために意図しない縛りが生まれ、それを()()()()()()()()()()()()()()からだ。

弱点となる情報を隠すために、彼は生徒に、回りの人間にそう嘘をついていた。

 

しかしこの"縛り"は戦う術に限った話で、実のところ術式の理解のために極めた美しいスノードームこそが、彼の術式の拡張の「可能性」を既に見せている。

 

即ち可能性とは「溶かさずに維持出来ている」ことなのだ。電気たる呪力の供給なしに、「維持」が出来る。

これは「冷え固まらせ、直面する厳しい"(困難)"を乗り越えれる」ことを意味していたことを彼は知る。

 

作り出されたスノードームは「暑さ」という「冬」を乗り越え、溶けずに維持し続けた。

それでも、小さな繋がりがあったがためにそれらは溶けて崩れてしまったようだが。

 

それが出来るようになる前でも多くの呪力を流し込めばしばらくは溶けない雪を作れたために、当人すらも気づいていなかったのだ。

気付かぬままに本来の術式効果とは違う"拡張術式"として、その片鱗を使い続けていた。

解釈の拡がり、これは領域展開を初めてした時に戦った準1級呪霊との関りによって開かれた解釈。呪霊の術式と、椴之根の術式との親和性が高かったために起きた()()

 

 

『ひどい偶然と偶然がぶつかり合って突然変異しちゃったのさ』

 

 

五条悟が言ったこの言葉は、領域展開に限った話ではなかった。

術式の新たな解釈を得ていたことを表してもいたのだ。それに気が付いたのは、やはり死に際の、最後の最後のその瞬間。死の間際こそが彼を常に、薄氷の上なれど生かし続けている。

 

術式を見出したあの雪山の経験が、廃校での呪霊との経験が、そう、()()()()()()こそが、彼を呪いの渦の中心へと導くのだ。

 

 

―――――つまり、ようやく彼は己の術式の新たな解釈(拡張)を形にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――よく言われることだ。

 

ユキヒロは怒ったことがあるのか?と。

 

特に高専時代はよく言われていた。言うまでもなくやりたい放題の五条君と、ナチュラルに(あお)りをかましてくる夏油君との二人が入ってからは特に顕著(けんちょ)

と言うのも、俺は二人に対して怒ったり、声を荒げるようなことはなかったから。同期以外にも歌姫先輩や七海君、家入ちゃんにも言われたしなんなら夏油君にも聞かれたことがある。

 

皆勘違いするが、もちろんある。

 

怒りもする、憎しみもする。けれどもそれを皆が認識できないのは、一瞬で感情が沈み、忘れるように()()からだ。五条君たちが入ってくる頃には、そういう風になっていた。激情が他人よりも長続きしないのだ。すぐに()()()

 

何より俺は人を恨めない。

 

怒りや憎しみは一過性だ。俺に限らずそれを人は忘れて生きていく。

なぜなら疲れるからだ。怒り続けることも、憎しみ続けることも人は出来やしない。そんな底なしの感情を並みの人はそうそう抱けない、必ず息継ぎがあり、その対象を目の前にしない時は休息がある。

思ったよりも人は負の感情にエネルギーを使ってしまうのだから。

 

―――――俺はこの世界に入ってから数年もたたないうちに、怒りすら一瞬で枯れるようになった。

 

じゃぁ恨みは?

恨みは怒りなどとは違う。恨みは怒りや憎しみのその先の感情。人は激情の果てにやがてそこへと辿り着く。

怒り、憎しみ、その記憶を忘れないように脳の奥底に刻み込んで決して忘れないようにすることこそが"恨み"なのだと思う。

怒りのように一瞬の爆発力などない、憎しみのような相手を前にして初めて噴き上がる炎でもない。

 

恨みとはそれらの根源。それこそ延々と続く"呪い"そのものだ。

 

…俺ではそれを受け入れきれなかった。

ずっとキャパオーバーだったのだ。()()を呪力へと変える以前にみるみるうちに溢れかえり、怒りどころか恨みすら忘れるしかなかった。そうしなければ自らの感情で潰れてしまっていたから。戦うための根元(負の感情)を、俺は術師として生きていくために忘れることにしてしまっていた。そうすることしか出来なかったのが、俺の限界だったのだろうか。

 

 

―――――俺が最初に術式に名前を付けた時、"結晶方円「呪」法"としなかったのも、よく俺自身を表していたのだろうなぁ。

 

呪いとは鏡合わせだ。

"人を呪わば穴二つ"

害するための負の感情は必ず己を蝕み続ける。それに耐え切れなかったから、俺はこうだったのだろう。

 

 

 

俺には、この世界はあまりに厳しすぎた。

 

 

 

俺はうんと恨まなければいけなかった。

 

友を殺した呪霊を、俺を総監部なんぞに入れた上層部を、そのやらされてきた所業を、そしてまたも奪っていく呪霊どもを、何より俺自身を。

"諦観"なんて思考停止から脱却し、それを抱く前の()()()へと戻り、怒り、憎しみ、恨み続けなくてはいけなかった。それが俺たち呪術師のなによりの力になる。

この世界で超えられようのない才能の差を補う、唯一の(よすが)だったのに。

 

けれど結んでしまった歪な縛りのように、一度形として確立したものを変えるのは難しかった。それは大人が子供より融通が効かないことに近い。俺は俺の形を冷え固まらせ、終わらない"冬"に引きこもっている。

結局、俺の根源は失った事に対する"怒り"ではなく、"悲しみ"だった。それは人を呪うには、あまりに非力なもの。

 

 

『呪術師に悔いのない死はない』

 

 

いつか七海君が言っていた言葉は、あの頃の俺にはわからなくなっていた。曖昧(あいまい)に笑って「そうだね」と同意したけれど、本当にそう思えてるのか自分がわかっていなかった。

 

今ならわかる。

 

教師となって、繋がりを取り戻して、新たに得て、子供たちの未来を、五条君が描く未来を考えるようになって。

手に入れてしまったからこそ"後悔"が生まれた。

 

"悔い"とは死の間際に感じるそのあまりに強烈な()()()()、本来ならばそれが生きている間に呪いというエネルギーへと変わることはない。単純に死にかけだからだ。

間に合わないのだ、全てが手遅れで、呪力へと変える間もなく()り所も知らずに死に至る。

けれども時にそれは術師を死後呪いへと転じさせてしまう程に強い。

 

その()()を、笑ってしまうことに俺は引き当てていた。ただ気が付かなかっただけで、あの山奥の雪深い廃校で生得領域を"呪い"として昇華させた時から。

 

 

―――――死に際の"後悔"から生まれる強烈な呪力を、俺は割れた薄氷の下、母の腹の中のような冷たい水の中で()()()()()()()()()()()()へと注ぎ込む。

蛇口を(ひね)り切り、溢れても溢れても俺は注ぎ込み続ける。あの夏をもう一度。あの夏を。

 

きっと目覚める。

そういう確信を持って。

 

 

 

 

 

だから今がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

呪術高専内のとある一室。

室内は暗く、灯り一つないが、もし灯りがあったならばその室内は異様の一言。

 

「………………」

 

外壁や天井に至るまで呪符が張られており、明らかにその室内に入れられた"何か"が安全ではないと訴えているようだ。

部屋の中央には、()()()

 

「………………………」

 

地面には霜が降りており、それはそこら中に張り巡らされた呪符にも及び、辺り一面を白く薄化粧していた。

部屋にいる"何か"―――――椴之根恭弘(とどのねゆきひろ)は体中に雪のように白い小さな結晶をいくつも張り付けたまま、身動(みじろ)ぎする。

 

「………暖房付け忘れた真冬の朝よりひどいな…」

 

ばあちゃんの家を思い出す。

起きたらまつ毛が凍ってたなぁ。いやどうでもよくって。

 

ぱらぱらと俺の身体から何かが剥がれ落ちていく。

暗い室内に目が慣れた頃にはそれが自身が生み出す溶けない雪だということがわかった。

 

己の術式の一端を理解した俺は、これこそが俺の命を救ったものだと知っていた。

 

「寒い…これ、凍傷とか大丈夫なのか………」

 

呑気なようだが、身体が冷え固まり過ぎて動かせないから内心気が気でない。いっそ軽口を叩きたくなるほどに。

すこぶる寒いし、寒いし、何より寒い。震えが止まらない。

やがてテーマパークの故障したロボット人形みたいな不自然な動きでなんとか四つん這いにまでなる。

 

当たりを軽く見渡せば呪符だらけ。え?

実験サンプルとして上層部に確保されたか?

そうなると、ここはどこだろうか…―――――

 

ぐるりと見渡せば両開きの扉を見つけた。そこまで這って近づき、なんとか開けようとするも…開かない。

 

扉を背に座り込み、呼吸を整える。雪を払って身体をほぐし、一先ずは落ちつけた。あ、まつ毛凍ってる。

どうするべきか。

実験サンプル扱いならば出る前にしっかりと回復させておかないとまずい。

そりゃいくらなんでも問答無用で息の根止められることもないが…いや、普通に考えればまだ動き出すかもしれないからと安置されてただけかなこれは。ちょっと考えすぎかもしれない。

 

なんて思考を回していると、外から走って近づいてくる音が聞こえて来る。

それは段々と大きくなり、扉の前で止まった。あ、ここからどけないとまずい―――

 

「失礼しま―――うわっ!…っえ!?椴之根さんっ!?」

 

あっさり開けられたドアを背もたれにしていたおかげで、眩しい程に明るい蛍光灯の下に俺は無様にひっくり返ってしまった。

まだ全然動けないから、霜が降りたままの身体でその開けた人物を見上げ…とてつもなく安堵した。

 

「…あー黒石さん…お久しぶり、です…?」

「いえ、そうではなくて!え!?…え、生きていたんですか…!?」

「え、完全に死んだことになってたんですかもしかして…」

 

…ほんとに実験コースだった?

 

「あ、えー…はい、失礼しました…死亡した術師として聞かされていましたので…実は五条さんが渋谷に行く前にこういう物を渡してきたものですから…いえ、本当に、生きておられて何よりです」

「呪符…?成程、俺が目覚めたら燃えるようになってたわけですか‥そうなったらここまで行けと」

「はい、そうなのです………まずは身体を休められる場所へ」

 

何にせよこのままではいられない。

 

黒石さんに肩を貸してもらってよたよたと廊下を歩く。どうやらここは高専の一室だったようだ。

窓から見覚えのある建物を眺めながら気になっていることを黒石さんに問う。

 

「家入ちゃんはいますか?俺が生きているのも術式のおかげなんですが、あの時呪霊にやられた傷は完治しているわけじゃないんです」

 

 

―――――結晶方円法、その"拡張術式"を使って俺の身に起こさせたことは、例えるならば"冬眠"だ。

厳しい冬を逃れるために行うそれは、俺の術式においては"困難"を"冬"となぞらえて行使される。

 

特級呪霊真人によって与えられた致命傷、加えて魂の形状を操作する術式…恐らくそれらが"冬"として解釈され、それを()()()うごきを止め眠らせ(鎮め)た………ややこしい言い方をしたが要は外的要因に対する"凍結"だ。

 

―――――変化にはエネルギーがいる。「家電」が術式ならば「電気」は呪力。

受けてみて確信したが、十中八九、魂の形を変化させるための「電気」はあの呪霊の呪力、それが内側に入り込んで「悪さ」しているのは間違いない。

 

俺の内に入った「悪さ」するための「家電(術式)」と「電気(呪力)」の内、「家電」を凍らせて「電気」のみを放置した。そして自然と「電気(呪力)」抜けきるまで何ものも変化させずに維持し続けた。

俺をも凍結させたのは呪霊の術式が魂にまで既に及んでいたからだ。まるごとやるしかなく、それに引っ張られて俺も仮死状態になったのだろう。

 

 

しかしこれは、あくまで治すための術式ではない。

だからなのか()()()()()()()()()()()()()()()感覚がある。ガス欠でピクリとも動かない術式が。

 

 

…恐らく、本腰を入れられていたらもっと時間がかかったかもしれない。雑に扱われたからこの程度でどうにかなった。感覚的に寝ていたのは一か月程度だろうか?

あの場にあの呪霊が留まっていれば確実にとどめをさされていただろうし、運が良いと言うしかない。

 

とにかく、術式自体は凍結放置の流れでどうにかなったものの、刺された傷自体はどうにもならない。あくまで止めるだけ。軽い傷ならばともかくこれは致命傷だ、一度行使出来れば基本的に呪力消費はないのだが、小さな繋がりが残っているために俺に何かあればその拍子で解除される可能性はある。そうなればまず死ぬ。

 

 

―――――誰もいない保健室に入り座った後、黒石さんが俺の胸あたりを覆っている雪の結晶を見て、治っていない傷が本当に応急処置されているだけしかないことを理解する。

 

「本当に全く塞がってないのですか…!?家入さんなのですが………いえ、休める所に着いてから、順を追ってお話ししましょう」

 

 

 

 

 

_2018年10月31日19:00

 

_東急百貨店東急東横店を中心に、半径およそ400mの帳が降ろされる。

 

 

 

 

 

上層部は被害を抑えるために五条君単独による渋谷平定を決定したのだと言う。

今回の首謀者は交流戦襲撃と同一犯。わざわざ五条君を指名しているのだからそれに乗った形だ。被害を抑えると言うのは当然一般人のことではないのだろうけど。

 

俺は結晶化したままの胸の傷口を見やりながら話を聞いている。

 

「それで、他の術師は?」

「既に現地で待機しています。先程、五条さんが"帳"の内側へと入ったと連絡がありました」

「黒石さんはこちらで連絡役の一人ということですね」

「はい。あちらが囮の可能性もありますので、今回現場に入っていない術師はこちらに残っています」

 

目的は不明。

わざわざ五条君を指名した以上、事は予想を超えて動く可能性すらある。

 

「行きます。どの道、傷を癒せる人間もいませんから。ねじ込むための伝手(総監部)はあるのでそれはどうにかしましょう。呪具は保管されてますか?」

「あります。その傷を放置して死なせるわけには行きません。お送りしましょう」

 

 

 

 

 

_現在時間………20:40

 

 

_到着予定時刻_およそ22:20

 

 

 

 

 

総監部はどうやら俺の状態をある程度把握していたらしく、驚いてはいたが渋谷への介入を許された。

()は欲しいはずだから拒む理由もなかったのだろう。

 

情報は次々と入ってきた。

 

帳の内側の状況。

特級呪霊複数の存在。

そして補助監督への呪詛師による襲撃。

 

伊地知君との連絡すらも、付かなくなる。

 

 

 

さらには、考えたくもなかった最悪のことすらも。

 

 

 

「五条君が…封印…?」

「そんな…まさか…」

 

到着予定の五十分前。

俺たちは最強の加護を失ったことを知った。

 

 

あり得ない。

 

 

…などと言っている暇はない。

起こってしまったのなら、動かねばならない。なのにまだ現場にすら到着していないこの時間がもどかしい。

膝を小刻みに揺すりながら、移動の時間を使って俺がどう動くべきか考える。

 

朗報もあった。

伊地知さんは重傷だったとは言え、一命を取り留めたこと。

一般人と、術師を弾いていた帳が上がったこと。

 

それは到着15分前に受けた連絡だった。

 

状況は次々に移り変わる。

到着後すぐに動けるように"穂霜(すいそう)"を組み上げ、柄を握りしめてその感触を確かめた。式神の"(かぶら)"も呪符も予備の短刀も用意できなかったためにこれ一本のみだ。

俺一人で出来ることは知れている。やれることをやるのだ。

 

到着10分前、ようやく落ち着き始めた情報網を通して補助監督らに俺の戦線復帰が伝えられる。

 

彼らを介して夜蛾(やが)学長へと生存が伝わり、同時に新たに得た拡張術式の詳細を直接伝え、前線での負傷者の補助、回収、市民を誘導する狗巻君の護衛を命じられた。

 

『いいか、無理はするなよ。お前が生きていることすら知らない者がほとんどな程に場は乱れている。出来ることをしてこい』

「ありがとうございます。学長もお気をつけて―――――」

 

 

そして俺は、虎杖君の生存を知った。

 

 

 

 

 

「いいのですか?怪我のことを伝えなくて…」

「悠長にしている時間がありません。負傷者の回収は一刻を争いますから…無理はしませんので」

「全く信用できませんが、自身の実力を理解しているあなたならば大丈夫と信じることにします」

「…運転ありがとうございます」

「降りる時に言って下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_現在時間………22:23

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「運転ありがとうございました!黒石さんもお気をつけてっ!」

「ご武運を祈ります!」

 

呪力が冴えわたる。

傷のことを申告しなかったのには、実は()()理由もあった。

 

俺は今、特級呪霊真人によって負傷したあの時、あの死の間際、あの感覚をずっと維持し続けている。

溢れだした呪力が、見出した拡張術式が、この傷が雪の結晶によって覆われているこの時だけが、100%以上の力を出せる瞬間なのだと気が付いたからだ。

 

何らかの要因によって解除されれば死ぬ。

けれども戦うことが役目ではない。

 

確かに、今ならば本来の実力以上を出せるかもしれないが、そんな不確定の要素は入れることは出来ない。助けるのだ。今まで他人の役にまるで立つことが出来なかった術式で。

 

残穢(ざんえ)を追い、顔見知りの術師や補助監督をも見つけては処置を施す。時には遺体も。一般人も中にはいた。

感覚が増えたかのように感じる今ならば容易に術師の元まで辿り着くことが出来たのが幸いし、命を助けることのできた術師もいた。

 

刀よりも重い穂霜さえ軽く感じる。

"黒閃"を経た術師はこれ以上のものを得られるのだと思うと、成程確かに世界は大きく違って見えることだろう。

 

「狗巻君!」

「こんぶっ!?」

 

一般人の避難誘導や改造人間の行動を抑える役割を担っている呪言使いの狗巻君と合流。

 

ひどく驚いていた様子からすると、やはり俺のことは殆どの人間が把握してないらしい。さもありなん、生きてたところでって話ではあるからなぁ。

 

駅構外の連絡のつかない術士の回収と確認を最低限済ませた俺は当初の予定通り狗巻君の補助に回る。

当然、補助監督や窓の人間が彼の手助けをしているが術師が圧倒的に足りていない。特に、護衛よりも狗巻君の呪言を手助けできる術師は前戦にはいない。

 

俺はその手助けが可能かもしれない。

 

「ツナ!ツナ!いくら!」

「喜んでくれてありがとう。ちょっと死んでる間に術式の解釈が拡がったから役に立てそうなんだよ」

「すじこ?」

「うん。ちょっと喉に触れるよ。あ、後冷たいけど我慢してね」

 

 

結晶方円法―――――"(こご)(ごも)り"

 

 

指先で触れた狗巻君の喉には目に見えて大きな雪の結晶が幾つか張り付く。

 

凍結させているのは彼の酷使された喉の()()

元々俺が眠ること自体は、ああしなければいけない状態だったからだ。生命活動諸共停止させなくては生き残れないからそうなっただけ。であれば生命活動に支障がないように行使すれば活動を害することもないのではないか?それには確信があった。

 

実際に見た目通りに冷えてしまうから場所によっては動きを阻害してしまうものの、狗巻君のように喉であれば大きな支障はない…もちろん、感じ方は人それぞれなのだが。

第一段階は完了。

 

―――――気になっているのは、これからだ。

 

「時間を取ったね。張り切って行こうか!」

「高菜!―――――『動くな』」

「…っ………!」

 

一般人と改造人間の行動を抑制する言葉を狗巻君が発した時、明らかに、喉に負担を感じた。

 

()()だ。

 

さっき狗巻君に施した術式は喉の凍結…つまり「喉の状態の維持」だ。だが、それイコール呪言の反動を消すということにはならない。呪いとは、そんな簡単に打ち消せるほどに単純ではないはず。

 

だから狗巻君の喉に呪言による反動が返らない以上、矛先は別に向く。結果、施した術式を辿って俺に反動が伝番した。

それでいい。思っていた通り、これでいい。

 

「しゃけ!明太子!」

「…大分楽になったでしょう?どんどん行こう!」

 

喜ぶ狗巻君に笑いかける。

生徒の苦しみを和らげさせることが出来る。それがこんなに嬉しい事とは思ってもいなかった。

 

自分を巻き込む形(領域展開)で殺すためにしか使ってこなかった術式は、今、人を助けるために使えている。

 

 

 

 

 

俺が来た頃には表通りには改造人間はあまり見れなくなっていた。狗巻君と協力した術師たちが既に目につく範囲では殲滅していたからだ。

とは言え、それが全てでもない。俺たちは一般人を閉じ込める帳が上がったこの渋谷から、彼らを誘導して遠ざけなくてはいけないのだ。

 

狗巻君に頼むにも限度はある。だから妥協点として、一般人を建物へと避難させ、結界で守り、その間に改造人間や呪詛師を始末する策が取られている。

 

―――――しかし五条君が封印されたのだ。

呪霊や呪詛師はこれから活発化していくはず。簡易的な結界程度で止まるわけもない、必然的に、妥協案を撤回し、一般人の渋谷からの完全退避を目指さなくては行けなくなった。

 

「呪言使いは他にはいますか?」

「2名います…しかし、狗巻準1級術師程の力はありません」

「渋谷周辺は既に国からの手が回っています。まずは中心部から出来るだけ遠ざけることを優先しましょう。ここはある程度収まりつつありますので狗巻君には"文化村通り"の方へ行ってもらい、後釜として1名ここに残しませんか?」

「それでよろしいかと思います」

 

現場は補助監督が連絡網を構築しつつ指揮を執っていた。

しかしそれも多くが呪詛師に狙い撃ちされたせいで半壊している。そしてより危険な前線に出ている補助監督は減り、()()()()()()()()()()補助監督は後方に配置されていた。そして人数の比率の変動はそのまま()()()()()()につながる。つまり今、現場の補助監督の意思に総監部の意思が大きく入り込みつつあった。

()()()()()()()()()()()()()()()()。ここでも、足を引っ張るのか。

 

…そういう意味では総監部直属の人間である俺は"上層部"に近い補助監督ほど顔が効く。

 

俺は二級術師とは言え、立場的にはそれなりに高い。

上層部の「術師の被害を少なくしたい」という意思が大きく前に出てきたせいで、一般人に対する扱いが雑になりつつあるこの現状を、なんとか整理する必要があった。

 

意思決定権は勿論ない。だから一つの方向性に絞れるように働きかければいい。ちょっとした"知り合い"に声を掛けて回ればいいわけだ。

俺のように、上の息がかかった人間が本心からその命令通り動いてるわけではないのだから。

補助監督の陥っている板挟みを、和らげてやるだけでいい。後が怖い?まぁ言い訳なんて慣れたもんだ。なんてったって"上司の機嫌を取りつつ言い訳するテンプレート100選"が俺にはある。

 

…駄目だ、ちょっとハイになってるかな。

 

「俺は引き続き狗巻君をサポートします。いざとなれば無理やりにでも動かしますので、人員を多めに割いてもらいたいです」

「なんとかしましょう。呪言使いのもう一名は神宮通りに向かわせます。この通りを使って南に移動させ、多摩川通に合流させましょう」

「賛成です。西に行けば学長たちの待機所を横切るので―――――伏せて!!」

 

直後、頭上を何かが通り過ぎる。

 

それは建物群を突き破りながらすぐに消えて見えなくなった。ガラスが降り注ぎ、悲鳴が響く。

混乱の中、俺はそれでも一瞬だけ見えた。

 

 

あれは"両面宿儺"だ―――――

 

 

「虎杖君っ…」

 

何が起こっているのか正確にはわからない。

それでも事態は一刻も争うのは間違いなかった。

 

「俺は行きます!生きてまた会いましょうっ…行こう、狗巻君」

「しゃけ!」

 

宿儺の暴れる音を背に、十数人の術師と補助監督が動き始める。

 

大きな"冬"はまだこの町を飲み込んだまま放さない。

 

 

 

 

 









なんかお気に入り数とか評価数増えすぎじゃないです??
一応、ランキングを見る。

(。∀ ゚;)??????

この顔が全てを表してます。
…よし、見なかったことにしよう。
あ、感想と評価、たくさんのお気に入り登録ありがとうございます!ええ!
こんな分かり辛そうな小説を見て頂いて恐縮です!はい!
いえ、今回は本当に分かりづらいと思うんです…雰囲気で楽しんでください。

はい、なんやかんやで渋谷事変です。
地味にここの時系列や地理を把握するのが一番大変でした…
次も添削のみなので今週中には出します。


以下相変わらず長い解説とか色々。
正直な話、ここが長くなったので二話に分けたところはあります。
相変わらずの情報過多ってやつです。わからないところとかあったら聞いて下さいね!作者もたまにわかんなくなるので!


▼椴之根 恭弘【トドノネ ユキヒロ】

この人は作者の中で水風船に蛇口がついてるイメージ。(使ってる式神とかはそういう連想ゲームから)他の人は普通にしっかりとした入れ物に繋がってる。
薄氷みたいな境界線が割れれば一瞬で死ぬかもしれない危うさがある。
だから春が来れば溶けてしまう、そんなことがないような溶けない()で形を保つ方法を見出した。

ちなみに2級術師だけど本当は準2級ぐらいの実力。
総監部からあれこれで2級になってる。闇討ちや領域展開を使えば話は変わる。
現在は一時的に準1級並みにまで引き上げられている…のかな?基準化が正直難しい…

「恨み」ではなく「悲しみ」がほとんどなので根本的に術師として足りない。抱え込む性格のため呪力量は実はぼちぼちあるのだが、肝心のアウトプットの段階がすこぶる苦手。出力不足。蛇口が小さくて出も悪い感じ。


▼結晶方円法【ケッショウホウエンホウ】

スノードームが溶けないのは廃校で死にかけた経験がトリガーとなって、無意識下で解釈を広げていたため。術式に共通点が多かったために、そしてそれを直接食らい、且つ術式を最初に発現させた時と状況が被ったために生得領域が大きな影響を受けた。


▼拡張術式:凍り篭り【コゴリゴモリ】

ようやく思い出した生への渇望が、今まであったのに気か付かなかった術式の効果をはっきりと認識したことで明確な形となった。
それは術式が初めて表出化したあの雪山での感情と重なったことがスイッチとなっている。
あの時も脳に刻まれた術式があったのに気付いていなかったから。

京都校一年の新田新(にったあらた)の上位互換…とも言い切れない。
傷以外にも「状態」を固定するという効果は有用だが、その過程で「冷たさ」が付随してしまうので、例えば虎杖に新田の代わりに施した場合、身体が冷えすぎて高いパフォーマンスを維持することは不可能。狗巻のように喉などごく小さい部位に限定しなければ厳しい。
基本的に「安静にする人」専用と言える。

一度、雪を定着させれば供給なしで持続できるも、小さな繋がりはあるので何かしらの要因で解除される場合もある。
狗巻の喉に使えばその反動は繋がりを追って椴之根が代わりに受けるので一長一短。
場合によっては主人公のように卒倒して活動が停止するので、使いどころを間違えると危険。今のようにゾーンに入っていないと細かい調整は効かないのでやっぱり基本的には安静にする人がメインな感じ。

…拡張術式ってこういう使い方で良いんですかね?あまり本誌で日の目を浴びないので今作の肝として解釈を広げてますが。…まぁ!違っても大目に見てください!


▼生得領域について

雪山で遭難した真っ白な世界をベースに、先を見通せない(未来を想像できない)(かすみ)が満たされ、今にも割れそうな薄氷の足元が拡がっている。

氷の下に落ちれば助からない………のではない。
氷の下もまた彼の世界。
そこにあったのに気が付かなかった、気付こうとしなかった大きな可能性。
薄い境界がようやく割れ、落ちた先もまだ"自分"なのだと気が付けたから今がある。


▼縛りについて

ややこしいのでここで一旦整理しますが、彼はわざわざ「術式で相手を害せない」という縛りを結ぶ余裕なんてなく、「どうせ死ぬならやってやる」というやけっぱちで領域展開をするために(無意識で)結ばざるを得なかったというのが正しいです。それを弱点と取られないように普段は嘘をついてます。
「縛りで結界術の才能の底上げを計ったんだよ!」ではなく「なんか領域展開するための結界術の才能だけ勝手に突き出しちゃったんだよ!自爆技だし!!」が真実。
生への渇望を思い出した今、割とマジで困ると思う。でも近しい人の為なら多分躊躇しない。


▼黒石さん【クロイシ】

壮年の補助監督。
五条によって持たされた呪符によって椴之根を見つけられた。
びっくらこいた。
ベテランでもあるので椴之根の生存に驚く関係者を落ち着かせ、自己判断で車を出す。


▼狗巻 棘【イヌマキ トゲ】

後ろから話しかけてきた人が死んだ人だった。
びっくらこいた。
地上の一般人の避難、及び改造人間の掃討に多大な貢献をしている。

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