破壊音が響く。
火の手が上がる。
また壊れる音。ガラスが、壁が、鉄筋が。人間の悲鳴なんぞ耳にも入らないと言うように何度も聞こえて来る。
そして一際大きい音…俺たちの走る方向と反対側、背中の方から、爆弾でも落ちたんじゃないかと言う轟音がした。
地響きが辺りを伝わり、ひび割れたガラスの横を通り過ぎ、俺たちは走る。
あっちは、パンダ君や日下部さんのいる方だろうか―――――
俺は振り向く同行者に釘をさし、一切の
情報は、やがて補助監督から入ってくるだろう。
急げ、急げ。冷やした感情をそのままに―――――
ここからでも見える。感じる。ビルが崩れる程の術式、膨大な呪力。
特級と特級のぶつかり合いが、文字通り渋谷を蹂躙している。一体どうすればこんなものに太刀打ちできるのか。その絶望的な怯えも飲み込んで。
その間にもこの渋谷を補助監督が走り回り、一般人の悲鳴が聞こえ、改造人間が道路を血で汚す。
余計な行動も感情も、抱く暇なんてなかった。
辿り着いた先、文化通り付近の通りは静かなものだった。
正しく施した結界が功を成し、同時に各ビルに入り込んだ"窓"や補助監督の人たちによってギリギリ人々の暴走を食い止めている。
もう破裂寸前なのだ。
特級同士の殺し合いが、それに拍車をかけた。
"文化村通りの方面のビル内より人を外へ出す"
これは単純なようで恐ろしい程難しい。
多くが改造人間を恐れて上の階へ逃れているか、逆に外へ出ようとして施した結界を破ろうとしている。一部そうではないのに一階に留まる一般人もいるが、それはどこか状況を楽観しているのか、目を背けているのか話を聞かない人が多い。
状況は混沌としている。
『落ち着け』
「…ありがとう狗巻君―――――『ガガッ…皆さん聞いて下さい―――――』」
―――――しかしここには俺よりも階級が上の呪言使いがいる。
館内放送と手持ちのスピーカーを駆使して改造人間を考慮したカバーストーリーで整合性を取り、「とにかくここから出なくてはいけない」という危機意識を植え付けつつもパニックにさせないようにする。
それが出来るのは一重に狗巻君のおかげに他ならない。
本当に、呪言のありがたさを実感せざるを得ない。
補助監督たちが事前に放送機器を繋いでいてくれたおかげで、十分もかからない内にビルの人間を通りに出すことに成功したのだ。驚異的な速度だ。
『落ち着け』
「…っ………」
その代償は俺の喉へと積もる。
一般人が相手だからそれ程の負荷は無くとも、それは狗巻君基準の話。俺ではそれすらも重く感じる。
まだ大丈夫だが、このまま続けばそうもいかないだろう。
―――――あまり近場では、このままだとバレるな。
喉に掛かる負担を気にしながら、彼の元を離れて、歩く人々が良く見える後方の位置に移動する。
人々が狗巻君のおかげで、それぞれ見事に歩調を合わせて歩いているためにかなりスムーズに移動出来ている。軍隊でもなければこうも上手くいくまい。
順調だった。これならばなんとか予定通りの時間に避
『領域展開』
『
「はっ」
判断は一瞬。
研ぎ澄まされた感覚が、反射的に俺に両手で印を取らせる。
手放した
「領域展開ッ!!」
『走れッッ!!!』
―――――"
一瞬の拮抗。
一瞬だ。瞬きよりも長いかもしれないが、言葉を一言発するにもギリギリの時間。それでも狗巻君は望んだ言葉を叫んでくれた。
一般人も、窓も補助監督も術師も、俺も狗巻君も。一斉に一つの方向へと走り出す―――――あまりにも芸術的過ぎる、"両面宿儺"の領域外へと。
奇跡的に多くの人間が助かった。
俺も、比較的後方にいたのに無傷だったのだ。狗巻君が俺をも走らせてくれなかったら宿難との領域の押し合いで一気に消耗させられた俺では逃れられなかっただろう。
彼が情けなく尻もちをついた俺に歩み寄る。互いに、何も声をかけられなかった。
―――――領域より逃れられなかった末路は、目の前に広がっていた。
「はは…」
「おか、か…」
建物も、地面も、さっきまでそこにいた人間も、全てが粉みじんに切り刻まれ、血液すら残っていない。
火の特級呪霊の破壊なんてまだ生易しい。
なんだこれは。なんなんだ、これは。
「―――――狗巻君、まずは一般人をここから遠くへ」
「…しゃけ………」
揺らぐ感情を抑え込む。
放心気味の狗巻君の肩に手を置いて意識を戻させた、それは、自分への言い聞かせでもある。
現実感すら沸かない今こそが、俺も、そして他の誰もが素直に動きやすい瞬間。振り返らせてはいけない、前だけ見させて、早くここから外へ。
周辺の生き残った一般人、窓や補助監督、術師も含めて動き出す。誰も、無駄口一つ叩けない。
ここには足音と、どこか遠くから響いてくる破壊音だけが俺たちの頭上を通り過ぎていくばかりだった。
気付けば、狗巻君に俺が施した術式が解けそうになっていた。精神的ショックが作用したのかもしれない。
俺の術式によって応急処置を施した人間は大丈夫だろうか?家入ちゃんが上手くやってくれると信じるしかない。
呪力はもう多くはない。胸の傷も、同じように覆う結晶が剥がれつつあり、白いワイシャツに血が滲む。ここで死ぬわけにはいかないので、仕方なく再度重ね掛けすることで傷口を抑え込んだ。
集中力も少しづつ削れつつある。狗巻君の喉にやったような細かい調整はもうできないかもしれない。
…それでも感覚の冴えは未だ
「…虎杖君?」
宿儺から取り戻したのだ。それを確かに感じた。
振り向き立ち止まる。その先に彼は見えないが、無性に、名を叫んであげたくなった。
狗巻君がそれに気が付き、立ち止まる。
『先生ーショートクリョーイキってなにー?』
『あー五条君は言ってないのか。"生得領域"は心象風景…簡単に言えば心の中ってところかな。それを呪力によって形作って周囲に展開することが以前言った"領域展開"だよ。呪霊だとまた例外があるけどね』
『心の中?それってやたらキュートな生得領域を持つやつだとキュートな領域展開になるの?』
『なるのかなぁ?経験談的にそもそもが術式自体と深い関りがあるものだと思っているけれど、あまり現代には出来る術師がいないからねぇ…そもそも生得領域の形成過程自体あやふやなとこがあるし』
『じゃぁさ、先生の生得領域はいつ出来たの?』
『明確に認識したのは調子乗って冬の雪山登山ヤッホーウしてたら遭難して凍死しかけた時かな。あーあと領域展開の時も雪で体温と奪う呪霊を相手して凍死しかけたら出来たっけなぁ』
『死にかけ過ぎじゃない!?てかサイヤ人じゃん!』
『間違ってもベジータみたいに俺の胸をクリリンに攻撃させないように。多分死ぬ。…あれってどう見ても9/10ぐらい殺してるよね』
『
『漫画の方を読んでない…!?』
そんな他愛もない、バカみたいなやり取りが、浮かんでは吹かれて消えた。
「―――――先に行ってて。虎杖君を迎えに行く。なぁに、もう彼が大丈夫なのはわかってるからね」
「おかか………」
「心配ないよ。俺は自分の実力はわかってる。ぱぱっと連れて来るさ」
「………しゃけ…!」
「ありがとう、行って来る。狗巻君も気を付けてね」
―――――伝えなくては。
五条君から聞いたことがある。
虎杖君は、最初宿儺に身体を乗っ取られた時、宿儺が何をしているか把握できていたと。
この惨状を自らの身体が生み出したことを、彼は知ってしまっているのだ。
―――――伝えなくては!
生きてていいのだと。生きて欲しいと願ってる人がいることを。
あぁ俺は無責任なんだろう。一体何人の人たちが目の前で細切れになったのか。それでも、だってそうじゃないか。
"水は方円に随う"
きっと届かないかもしれない。それでも、言ってあげなくてはならない。
俺は彼が行こうとしている所に先回りするためにも、まだ改造人間がひしめく地下へと降りていった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
地下へ降り、長い通路を進んだ。
途中、改造人間が行く手を塞いだがそれを蹴散らして進む。今の俺は呪力が少なくなってるとは言え、意図的に引き延ばされている集中状態によって数体程度では相手にならなかった。
元々人間だった彼らに嫌悪感や罪悪感を感じてしまって、しかし殺す事だけが救いだと言い聞かせて穂霜を突き刺す。
突き刺された彼らは、俺の拡張術式を流し込まれたことによって生きることを
改造人間とは本来魂の変形の時点でショック死してもおかしくない人間を、無理やりに術式によって生かしているのだと思う。
だから術式を凍らせれば彼らは死ぬ。死んでしまえば、もう術式で動かされることもない。
皆、眠るように息を引き取っていく。
せめてその最期が穏やかであるようにと祈って。
―――――虎杖君は必ず地下の特級呪霊の元へ向かう。
彼が地下へと降りていくのを感じたとった時、それは確信に変わった。
この町の地下で笑う、禍々しい呪力。俺にはどうしようもない悪意の塊。そこに彼は行く。行ってしまう。行かなければならないと思っている。
俺はどうしたい?止めたい?あぁ止めたい。けれども止まらないのであれば、それでもいい。きっと彼は止まらない。そんな術師を俺は何度も見てきた。だから伝えなくては、生きる理由を、生きてていいと思える何かを伝えなくては。
俺は怖い。出来るならば行きたくないし、行くべきでない。だけど生徒を見捨てて逃げれるほど、俺は腐った覚えはなかった。
俺は虎杖君が向かうであろう呪霊の呪力を辿って―――――そしてその呪霊のすぐ傍に、よく見知った呪力を感じて速度を上げた。静かになった地下へと、靴の音が大きく響く。
弱々しい呪力。死にかけてる…!本当にそうか?間違いない。畜生、急げ。
「ちょっとお話するかい?」
「君には何度か付き合ってもらったし」
走った先に、彼らはいた。
「あれぇ?誰だっけ?なんか見覚えあるなぁ」
そこにいたのは俺を殺しかけた特級呪霊と、七海君。
―――――既にやつは半死半生の七海君へと触れていた。
「…ッ!!俺の術式"結晶方円法"は雪の結晶を作る過程を再現する!呪力によって水分を生み出し、それを空気中に満たして強制的に冷やすことで結晶が作り出される環境を整えるっ!その過程の一部を切りとることも可能で、触れさえすれば水に術式をかけ、凍らせることもできる!結界術との併用が主で、領域展開のように辺りを結界で覆ってから術式を行使するのが基本となり、結界内を雪で満たすことが出来る!!結界内の呪力を持つ対象への影響力はないに等しいが、体温や並みの温度では溶けることはないっ!」
「思い出した!お前殺したんじゃなかったっけ?まぁちょうどいいさ!この七三と一緒に、虎杖の前で殺してやるよ!!」
「とどの…ね、さん…?」
術式開示―――――"結晶方円法"
勝てる勝てないを考えている暇はなかった。
七海君を見た時、既に答えは出ている。まだ救える。まだ
ゾーンに入ったような今の状態ですら、七海君を救うには術式効果が足らないと判断し術式を開示した。呪力も余裕がない。開示先は
術式の開示は半ば賭けだ。呪霊が律儀に七海君を生かすとも限らない。しかし呪霊は七海君を今殺すことをしないところを見るに間違っていなかったようだ。開示の最中も呑気に俺の顔を思い出そうとしている程に。あからさまに
領域展開はもう呪力量的にも不可能。
だからこいつに領域を展開されれば詰み、だが、俺みたいな雑魚相手に使わないはず…!
穂霜を構え、走り出しながら術式を発動する。呪霊と七海君の距離を取らせるために、向かうのではなく逃げるかのように来た道を後退。
冴えわたる呪力と、術式の開示のおかげか、それとも天井の狭い場所だからなのか、術式範囲内では未だかつてない程に白く包み込まれ、吹き荒れ、溶けない雪が通路の角へと吹き溜まっていく。しかし縛りによってこれが呪霊を害することはない。
霧のように白く霞むがその程度で見失う訳もなく、何より一本道だ、捕捉されている。当然これは逃げる為ではないのだからそれでいい。
追って来る呪霊の後ろ、七海君は俺の拡張術式の影響下に置かれたために卒倒し、雪に埋もれた。術式が俺の時のように
ごっそりと減った俺の呪力から、効果がちゃんと出たことに安堵する。
拡張術式の方も開示を行えば必ず俺の意図にこの呪霊は気が付いてしまう。だから出来なかった。だがそれでも正しく俺が求めてる効果を発揮してくれた。
後は、俺が死なないように立ち回るだけ…その無理難題をやらなければならない、なんとしてでも。
―――――あの夏を、もう一度。
覚悟を決めて、俺は振り向き穂霜を頭上に、肘を90度曲げ、石突を相手に向けた状態で掲げる構えを取って対峙する。それは薙刀の上段の構えに似ている。
同時に術式の効力を下げ、視界を回復させる。術式による目的を達成した以上、呪力の無駄遣いは出来ない。
しんしんと雪が降り積もる通路で、俺はシーっと細く息を吐き出した。
白い息が、浮かぶ。
ジャブ程度に伸ばされた呪霊の右腕を、掲げた穂霜の石突を素早く振り下ろしてから払う。
次いで変形してカマキリのようになった右足の払いを軽く跳躍して回避、追い打ちの左腕を穂霜を手元で円を描くように一回転させ、遠心力を使って回転に巻き込む様に斜め上へと斬り払った。
次いで左腕を払われた勢いを使って呪霊は血をまき散らしながら器用にその場で回転し、針のように変形させた肘での振り向きながらの突き刺しを、穂霜の手と手の間、長い柄の部分で押し出すようにいなして逸らす。
「前よりなんか強くなった?俺が刺したとこだよね?その胸の傷…まだ治ってないってことは縛りかなんか?いやでも大分期間が空いてるもんなぁ…ねぇ教えてよ」
喋る暇もないってのっ!!
呪霊の振り上げたギロチンのような腕が額に掠り、斜めに走る傷から血が噴き出る。
呪霊は明らかに手を抜いて遊んでいるが、俺にはこれが限界。こんな時にも人をなぶり殺すのはそれがきっとこの呪霊の本質なのだろう。
穂霜を槍のようにして突きを繰り出すも「ほいっと」というふざけた掛け声と共に躱される。腕を引き、次いでニ、三と突き、払い、不意打ち気味の下段回し蹴りも意味を成さない。
わざと攻撃を受けては、闘牛士のように皮がびろびろになった腕をはためかせるなんてこともして来やがる。
…拡張術式は攻撃ではなく守るための術式効果だ。狗巻君の呪言のように、
現状、俺はこの穂霜一本でやるしかないのだ。
「シッ!」
「おっとっと?」
棒術の要領で手足を引っ掛けようと穂霜を振るうリズムを変えるも、あり得ない方向へと曲がる四肢を全く捉えられない。離れれば近づかれ、近づけば離れられる。
何度か明らかに殺そうと思えば殺せるタイミングがあったのに、そうしない。こいつはタイミングを計っている。俺を殺す
―――――虎杖の前で殺してやるよ!!―――――
虎杖君を待ってるのだ。
だが、だからと言って何もしなければ殺すだろう。
肩を、脇腹を、腕が切り裂かれてワイシャツがどこも赤く染まる。
拡張術式は使えない。傷は止められるだろう。けれどもそこには必ず"冷たさ"が付き
俺は、血だらけのままやつの手の平の上で踊り続けるしかなかった。
そしてその"タイミング"は、通路の角から彼が姿を現したことで"今"となった。
「ナナミン…!―――――トドノネ先生っ………!?」
「虎杖」
俺の生存を知らない虎杖君は一瞬、思考と動きが止まる。目の前の呪霊が生み出した
ふふっと、呪霊が虎杖君の方を向いて笑う。
呪霊が俺からわざと視線を外した瞬間、俺は襲い掛かるのではなく反対へ逃げた。
お?と呪霊が逃げることに意外そうな顔をするも、ニヤリと気色の悪い笑みを浮かべて右手を網のように広げて伸ばしてくる。茨のような、鋭い針だらけの網だ。それを追うように呪霊も俺に迫る。
俺が以前、殺されかけた時よりも悪質。狭い通路は逃げ道がない。
俺程度では、躱すことは出来ないだろう。
「…っぃッ!!」
死ぬわけには行かない。
迫る網目状になった大きな腕、そこから生える無数の針を、斬り払い、下がる。斬る、蹴り折る。それでも呪霊は気にせずニタニタとしながら針の折れた網で俺を捕まえようとした。
絡みつこうとする網を、穂霜をつっかえ棒として押し留めるも、それも一瞬。身体に巻き付こうと動き出す。
だから躱さない。
俺は
やつは俺が少しでも触れれば終わるとまだ思っているはず。それは舐めているというよりは、俺を
チャンスはそこだった。
狂ってる。自分でそう思う。
黒閃を経た直後はハイになると聞いた。俺はそうではないが、間違いなく、似た状況に陥っている。普段の俺ならばこんなことは出来ないだろう。
口元にはきっと、笑みが浮かんでいたから―――――
絡みつこうとする網を、俺は左腕で
俺が苦悶の声を漏らす。呪霊が笑う。俺も、もう一度笑ってやる。
左手で掴んだ網は、いつの間にか呪霊の人型の左手に戻っていた。
まるで握手するかのように。
「あーあーがっしり掴んじゃって。そんなに俺と握手したかったのか?」
赤い血の結晶が張り付いた手を呪霊はぴらぴらと振っておどけ、それでも念のためと雪の張り付いた指を切り落として新たに生やす。あれは、縛りによって効果などありはしないただの血の雪なんだけどな。
その様子を、虎杖君は呆然とした表情で見ていた。
「トドノネ…先生…?」
「どうした虎杖?それしか言えないのか?もっかい呼んでやれよ…大きな声でさぁ!!」
虎杖君が走る。
ボコリ。
左腕が
血に濡れた左手が、内側から熱を発し、急速に何かに変わろうとする―――――けどそれはもう、わかってるってのッ…!
―――――瞬間、真人と虎杖の視線は忙しく駆けまわる。
真人は虎杖へ視線を向け…直ぐに背中へと向き直した。椴之根が
虎杖もまた真人へ向けていた視線を椴之根へと向ける。左腕全てが
虎杖はその現象を知らない、それでも椴之根の力強い頷きを見て真人の術式に対抗しているということだけを理解する。
―――――"
僅かな差で、起こっている事実のみを把握した虎杖は真人よりも数瞬早く視線を戻し、拳を突き出す。
真人は後ろにいる椴之根ではなく、倒れている七海へと視線を向けた。
あの男は"無為転変"に対抗できる方法がある。なら七三の術師を殺してやろう―――――その後、すぐに虎杖と視線を戻した時には顔面に拳がぶつかる直前だった。
「らぁッッッ!!!」
椴之根よりもずっと呪力のこめられた拳が強かに打ち付けられた音が通路に響く。
真人が椴之根を通り過ぎて吹き飛び、虎杖君はそれを追う形で、反対に椴之根は虎杖とすれ違う形で倒れ伏した七海へと駆け寄った。
この一呼吸の内に、椴之根と虎杖は、真人が七海を虎杖の心を揺さぶるためのカードとして使うタイミングをぶち壊すことが出来たのだ。
「先生っ!!ナナミンを!!」
「わかったっ!!任された!死ぬんじゃないぞ、虎杖君ッ!!絶対に!死ぬんじゃないぞっ!!」
「…!…おうっ!!」
「雑魚がどうして死んでないかと思ったら…そういうことか。術式を使ったのに七三の方も死なないし、面倒だな」
呪霊が俺の術式に気が付く。
ゾッとするような笑みは、だけど俺の感情にもう一欠けらも届かない。それよりもいつの間に俺よりもずっとずっと強くなった虎杖君の背中の大きさを、ただ横目で感じていた。
あぁそうなんだ。
残念だが、俺の実力ではこれからの戦いにはついていけない。それだけは分かり切っている。
虎杖君を思うならばこそ、俺はここから七海君を連れて離れるべきなのだ。行動不能になった左腕、その脇に穂霜を挟んで右腕で七海君を担いで走り出す。
置いていきたくなんてない。けれども、これが俺の今の役目。総監部で嫌でも切り替えれるようになってしまった感情のスイッチ。
冷静に、教え子を置いて、それでも奥歯が軋む音は絶えない。クソ。
あの呪霊がこちらを追って来ようとしているのはわかった。けれども振り返らず、ただ全力で地上へと走る。
―――――あの夏を、もう一度…!
皆が笑う、あの白に包まれた景色を。
息も絶え絶えに地上を目指す最中、何体もの改造人間が立ちはだかる。
呪霊の指示だろうか。
道を塞ぐように、立ちはだかっている。
「ごめん、どいて」
通路は白く吹き荒れ、彼らは皆、例外なく柔らかな雪に包まれた。
そしてゆっくりと目を閉じるのだ。
「ごめん、ごめんね―――――」
虎杖君があの呪霊を抑えている間に、俺はこの場を離脱する事に成功したのだった。
まず多くのお気に入り登録、評価、そして感想をありがとうございます!
本当に、この作品に伸びしろを感じてなかったので皆さんには頭が上がりません。頭が上がらなさすぎててブラジルの皆さまこんにちはしそうです。
良かったら気軽に感想を置いていって下さいね!
書き溜め分はこれで終わりです…のはずだったんですが、添削してたら筆が乗って書き切ってしまいました。やったね。
なので、明日か明後日あたりに投稿すると思います。
それと前回は誤字報告いただきありがとうございました!
予定としては以前書きました通り、次話で一度完結とし、更新は一区切りとさせてもらうつもりです。
以下長いやつ。
▼椴之根 恭弘【トドノネ ユキヒロ】
拡張術式によって、それが発現した時の死にかけの状態を維持しているために、その時の集中状態をも続けてられている。なので抱え込んだ過度のストレスを以前よりキレイに呪力に変えることが出来るようになっている。加えて怪我を直さないことが即席の縛りとなって呪力量も増している。
それでようやく真人の手加減についていける程度でしかない。
あの夏で見た光景をもう一度皆で。今はそれだけを願っている。
でもやっぱり近しい人の為だと命を投げ出すぐらいやる。
自分の生を前提としてない所が虎杖と似ていて、その共感を互いに薄っすらと感じていたり。
▼結晶方円法【ケッショウホウエンホウ】
死に際の、身体が冷たくなる感覚がかつての雪山での遭難と被る。それが呪力の確信へと近づくトリガーとなってしまっている。やっぱりサイヤ人じゃねーか。或いは死を糧にしているというべきなのか。(どうでもいいけどエルデンリング死ぬほど楽しい)
術式が呪力の一端に触れたことで強くなってはいるのだが、今のように、所謂ゾーンに入っているような状態と、地下など範囲を狭めて密度を増させないと駄目なので言うほど成長してない。
前回言った通り今までよりマシとは言え単純な出力不足と「呪霊、人間問わず生命活動をする対象を直接害するために行使出来ない」というなんか結んだはいいけど解けなくなった"縛り"をどうにかしないと伸びしろはない。そして当人はこのままでもいいと思ってしまってるのが問題。
なので現状、拡張術式がないとどこまでいっても綺麗だったり、見えづらくてちょっと冷たかったりする術式でしかない。それでも十分な術式へと昇華された。
▼拡張術式:凍り篭り【コゴリゴモリ】
直接触れた対象と降らした雪に触れた対象へと拡張術式を行使できる。
集中状態の維持のおかげで急速に術式への理解が進んでいる。
しかし呪言のように呪力でガードされれば不発、或いは効きが悪いので、低級の呪霊か非術師、この応急処置を受け入れる前提の術師にしか作用しない。そもそも縛りがあるので害することに使えない。
改造人間に使えたのは心の底からぞれが慈悲だと思っているから出来た。
七海を連れて逃げる時も、その慈悲を忘れやしなかった。
本当は戦いたくない、厳しい冬から、目を背けて眠りたい。
そういった底にある負の感情も色濃く反映されている。
あの廃校での呪霊みたいに、みんな眠っていてくれれば戦わないで済むのに。
▼領域展開:伏魔御厨子【フクマミヅシ】
施設、一般人を全て無差別に巻き込んで更地を作り出した両面宿儺の領域展開。
伏黒の式神、
椴之根と狗巻の活躍で被害は最小限に食い止めたが、心に刻まれた傷は深い。
▼七海 健人【ナナミ ケント】
学生時代の椴之根の後輩。
互いに疲れた大人同士だからか、常識人同士だからかそれなりに仲が良い。
だからこそ椴之根は決死の覚悟で戦い、命を繋いだ。
隣に立った灰原のように、夢か幻かわからずに目を閉じ安らかに今は眠る。
目を開けた時に、あの人はいるだろうか?
▼虎杖 悠仁【イタドリ ユウジ】
少年院で一度死ぬまでの短い間しか世話になっていないが、虎杖を宿儺関係なく一個人として見ていたので良い先生だと思っている。伏黒がなんか信頼してる感があったのも理由の一つ。
主に五条が言い忘れまくってる呪術関連の用語とかを教えて貰っていた。
七海を助けた椴之根の決死の行動を目の当たりにしてるのでやる気はかなり高まっている。
▼特級呪霊:真人【マヒト】
めんどくさいなぁ。
次会ったらちゃんと殺しておかないと。