タマモクロス、世界はそれを愛と呼ぶんだぜ 作:Avigale
今日の学園は休みだ。タマモクロスの部屋を見かねて生活用品を買うことにした。
久しぶりの運転にひやひやしながらも、やっとショッピングモールに来ることができた。
「やっぱり広いなぁ……」
タマモクロスは感慨深そうにモールを見渡している。
「とりあえず、テレビ見に行こうか」
「ちょっ、待ちいや」
僕はタマモクロスの手を引いてテレビのコーナーへ向かう。
テレビでは「地方トレセンにおけるボルデノン検出事件について」のニュースをやっていた。
ニュースキャスターの男性が読み上げる。
「これについて、岩手トレセン局長のシャダイ氏は……」
「シャダイ?」
タマモクロスは僕の顔を見てくる。
「ああ、僕の家は大体がトレセンの幹部なんだ」
「……それって、お偉いさんってことやんけ!」
「何かおかしいかな」
「おかしいも何も、アンタこんなとこで油売っとっていいんか?」
「お母様からは"上昇するためには下降しなければなりません"って言われてる」
「意味不明やな?」
「下を知らないと、上にはいられないってことなんじゃないかな」
「ほーん、どうでもええわ」
タマモクロスは即決で一番小さいテレビを選ぶ。
「これにしよ」
「本当にそれでいいの?」
「ええに決まっとるやろ、高いもんは買えんやん」
「20万くらい予算用意してきたんだけど」
「なんやそれ!? 贅沢すぎや、四分の一でも高すぎるくらいや」
「もしかしてお前ボンボンなんか?」
責め立てるように言うものだから、僕も委縮してしまう。
「……世間的には」
「なんや、バカにしとるんかホンマに」
「ウチら貧乏人で一緒やと思っとったのに」
「そういや車も高そうやったなぁ、思い返せば違和感ばっか……」
タマモクロスは少し失望したかのように僕を覗いてくる。
「……隠しててごめんよ」
「まぁ、ええよ」
「こういうのは生まれの話や、ウチらがどうこうして変えられるもんでもない」
「ほな行こか」
「テレビはどうするの?」
タマモクロスはフッと笑って答えた。
「アンタが持つんやで」
タマモクロスとの仮契約はうまくいっていた。
レースの分析と合わせて、体力の増強を重点的に行い、タマモクロスが最後先頭に出られるように文字通り死力を尽くした。
「そういや」
タマモクロスが原稿用紙に向かいながら話しかけてくる。
「もう少しでデビュー戦やな」
「次の選抜レース終わったら、ほんとに契約しようや」
そっけなくタマモクロスから出た言葉は、僕を衝撃で満たした。
「えっ、いいの」
「ここまできて、せんの?」
僕は驚きながら、惑いながら、「……する」と言った。
タマモクロスはニッと笑いながら「そうこなくちゃな」と言っていた。
次の選抜レースで、オグリキャップは不在ながらも、ついに1着を取ることができたのは、彼女の実力が発揮された証拠だろう。
タマモクロスの分析能力はだんだんと上がってきていた。
原稿用紙に書かれる文面も日に日に量が多くなっていく。彼女が気に入っているかはともかく、レースの分析能力は伸びてきているようだった。
「で、デビュー戦はどうなるん?」
タマモクロスは鼻で鉛筆を挟み、レースの映像を見ながら話しかけてきた。
「今月の後半にいつも通り行われるよ」
「そか、そんならええんや」
「不安?」
「そんなわけないやろ、ウチを誰だと思っとるんや」
タマモクロスは胸を叩いてその張り切り様を見せる。この調子がレースまで続けばいいのだけれど。
レース場に来たタマモクロスは、怖気づいていた。
少なくとも見ただけでは分からないが、どこか不安で不調な感じがする。
しかし、対戦相手を見ればその不安も仕方ないだろうと思う。
「ホンマにアンタの分析通りにいくんか?」
「……多分」
「ホンマ、多分の人やなアンタ」
「これで何の成果も得られなかったなんてことあったらアンタクビにしてもらうで」
「……そんなこと言わないで」
「冗談や、信じとるで」
「にしても、スーパークリークか……」
メイクデビューに出るスケジュールが、スーパークリークと重なったのだ。
スーパークリークはタマモクロスの同期で、その驚異的なスタミナで選抜レースでも頭角を現していた。
「あの足と同じくらい持たせるのは、できっこないで」
「でも、できっこないをやらなくちゃ」
「……せやな、よし、いっちょブチかましてくるわ」
そう言ってタマモクロスは控室を後にした。
("できっこない"をやらんとな)
タマモクロスは何かつぶやいてから、ゲートへと向かっていく。
僕は水を一杯飲んでから、レース場の観客席へと上って行った。
・・・・・・
ゲートが開いてから、タマモクロスは呆気にとられていた。
(なんや、そんな気張らんくても、ここまでならついていけるやん)
今までは気持ちばかり逸って中々周りを見られなかったタマモクロスが、ここにきて周囲の状況を理解し始めた。
(だが、ここまでやな)
そう思った瞬間、スーパークリークが先頭に躍り出る。
(こいつに後出しで勝たんといかんのか、あかんわ、やってられん)
タマモクロスの脳内には不安がひしめいていた。
スーパークリークにつられて、バ群のペースが上がる。
このままでは勝てない、それは覆らない。覆すことなど、できっこない。
""できっこないをやらなくちゃ""
カズの言葉がふと思い浮かぶ。
(ウチ、アホやな)
(当たり前や、できん事やらんと勝てん!当たり前や!)
(心を不安にしたら負けや!勝つ!ここで!全力以上を出してっ!)
タマモクロスは叫んでいた。無意識のうちに、声を張りあげていた。
「うぉおおおおおおっ!」
その瞬間、タマモクロスは瞬間的に前に出て、一気に先頭まで上ってくる。
今までのタマモクロスからは考えられないその末脚に、観客席のどよめきがあった。
前を塞いでいた先頭集団を、タマモクロスという稲光が貫いていく!
その閃光は、ゴール前、ついに、スーパークリークを抜く!
「おりゃああああ!」
タマモクロスは叫ぶ!今まで経験したことのない加速が、タマモクロスの足を輪転させる!
スーパークリークも、全力以上を出そうと食いしばる!
ゴール板の前、先に立ったのは……
・・・・・・
「凄かったですね、タマちゃん」
ウイニングライブを終えて、先に着替えを終えてきたスーパークリークが、僕に話しかけてくる。
タマモクロスは着替え中なので僕は控室の外に出ているのだ。
「タマちゃん?ってタマモクロスのこと?」
「はい、そうですよ? 可愛いじゃないですか、タマちゃん」
タマちゃん、と言う呼び方が僕の頭の中でちょっと引っかかる。
「おい、アンタら何話しとんねん」
着替えを終えたタマモクロスが扉を開けて顔を出してきた。
「クリーク、アンタも勝ったからと言ってそんな呼び方させへんで」
「あら、何がダメなのかしら」
「全部や!」
そう言ってタマモクロスは僕の腕を引っ張って中に入れる。
「あらあら、また会いましょうね」
そう言ってスーパークリークも去って行った。
「負けちゃったね、ごめんね、タマモクロス」
「……しゃーない、ハナ差なんて言われたらうちらにはどうもできへん」
「でも、ファンは相当できたみたいだよ」
SNSの投稿を見てみると、先ほどのレースの映像がもう切り抜かれて上がっている。
その返信欄には、タマモクロスについてのいい反応が結構書き込まれていた。
"G1に負けない試合"とか、"タマモクロスの今後に期待"とか。
「試合には負けた、けどまだ次があるんや」
「そうだね、次があるうちは頑張ろう」
僕はそう返した。
「未勝利戦では勝つ、勝ってG1への切符を手に入れる、次はそれや」
僕はそれに頷いて返した。
「よっしゃ!そうと決まったらなんかうまいもん食わせてくれや!」
タマモクロスは惜敗を期したというのに落ち込む様子がなかった。むしろ、この勝負は彼女の自信になったようでもある。
「じゃあ、今日はステーキを食べようか」
「ステーキやて!? 素敵やわ~! そんなんええんか?」
「いいんだよ」とタマモクロスに言うと、彼女は飛び上がって「いょっしゃー!」と声を上げた。
その夜、僕たちはタマモクロスの家でステーキを焼いて食べ、食後はテレビを見て、彼女と笑い、そして疲れて眠った。
彼女が眠った後、「おおきにな」という寝言が聞こえた。