ウマ娘幻覚短編集アーカイブ   作:アマルティア・テーベ

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アグネスタキオンとそのクリスマスプレゼントについての幻覚


聖夜に狂気の贈り物を (アグネスタキオン)

カフェテリアの一角。備え付けのデジタル時計は、時刻と共に十二月二十二日の日付を写していた。

 テーブルに『クリスマスフェア開催中!』の文字と共にサイケデリックな色のケーキの写真が添えられているのを見て、アグネスタキオンは心底興味がなさそうに呟いた。

 

「クリスマス、ねぇ」

 

 十二月の二十五日。世間が浮かれに浮かれるその催し事は、トレセン学園の生徒たちには別の意味も持ち合わせている。

 

「有馬記念が近いというのに、まあ随分浮かれたムードだね」

 

 アグネスタキオンからすれば──クリスマスなる催しは、「やたら赤と緑の装飾が増える祭日」程度の認識に過ぎない。サンタクロースの存在など信じるはずもないし、浮かれてパーティーに出るようなタチでもない。聖人? 宗教的意味?なにそれ科学的根拠あるの?

 

「ねえねえプレゼント何贈るか決めた?」

「決まんなーい。あートレーナーさんに何贈ろっかなー」

 

 ピクリ、とタキオンの耳が微かに揺れた。

 アグネスタキオンの交友関係は非常に狭い。それは彼女の生来の気質と数々の奇行が破滅的なまでの化学反応を起こした結果なのだが…それにより彼女は、年頃のウマ娘にも関わらず他人にクリスマスプレゼントを贈った経験も、親族以外から貰った経験もないのである。

 

「…………プレゼント、か」

 

 タキオンの興味が手元の書物から三日後の祭日へと移った瞬間だった。

 示し合わせたように視界の端に出現した相談相手を見つけて、タキオンはニヤリと口元を歪めた。

 

 

 

「と、いう訳で知恵を貸してほしいんだ」

「なんで私に…」

「いやいや、こういう時はやはり近しい相手に聞いた方が安心できるだろう?」

 

 ああ他に聞けるような相手がいないんだろうな…とマンハッタンカフェは僅かに憐れんだ。タキオン本人がどう考えているのかはカフェの理解がまるで及ばない領域だし、カフェ本人も他人にどうこういえる立場ではないのだが。

 

 もっとも、そもそも目の前の相手は交友関係の狭さを気にするタイプではないと断言できる。が、現在進行形で面倒ごとの気配をひしひしと感じているカフェはタキオンにそれを直接言うことはしない。

 

「プレゼント、ですか…無難な贈り物でいいのでは? 街に出ればいっぱい売ってますよ」

「それじゃつまらないじゃないか」

「面倒ですね…」

(…つまらない、ね)

 

 即ちそれは、贈る相手への友愛と信頼の表れではないか…などと親切に伝えてやる義理はない。

 

「せっかく私がモルモットくんに贈り物をするんだよ? それなのに味気ないものを選ぶなんて考えられない。私の好奇心が満たされるような、とまでは言わないが十把一絡げに大量生産されてるような既製品を渡すなんて考えられないよ」

 

 今日はよく口が回る日だな、と思いながらカフェは視線を明後日の方向に向ける。クリスマスとあってどこを見ても赤と緑の装飾ばっかりだったので観念してタキオンへ視線を戻す。

 

 思えば、このマッド・ウマ娘から試薬の実験台以外の頼み事をされたのは随分久しぶりのような気がする。字面だけ見れば「トレーナーに何を贈っていいのか分からなくて泣きついてきた」という随分可愛らしい話なのだが、それにしてはあまりにも純真さが足りない。

 

「手作りで何かプレゼントすればいいじゃないですか。あなたにしか送れないもの、あなたじゃないと渡せないもの」

「私は具体的なアイデアを聞いてるんだよう」

「頭の良いあなたならすぐ辿り着けますよ」

 

 皮肉半分、賞賛半分にカフェは告げる。

 それでは、と優雅にマンハッタンカフェは踵を返す。「カフェ〜〜〜」という聞き飽きた鳴き声は聞こえない振りをしながら。

 

 普段から惚気に付き合わされていることを考えれば、門前払いにしなかっただけでも慈悲深い。件の『モルモットくん』とやらが次はどのような現象の被害者になるのかと考えて、カフェの口元が僅かに緩んだ。

 

 

 

 

「全く…カフェめ。謎掛けじみた問題を出してくれるじゃないか」

 

 あれから数時間。頭を捻るが答えは出ない。

 

「こういう時はアレだ。もう寝よう」

 

 休息は大事である。大事な時期である以上、体調を崩さず常に元気でいなければ……と。そこまで考えてアグネスタキオンは一つの解に思い至る。同時に思い出す。己の持つ最高の手段を。

 

「……トレーナーくんには、元気でいてもらわないと困るね」

 

 すっかり冷めていたティーカップの紅茶を飲み干して、アグネスタキオンは理論構築の為にペンを走らせた。

 眠気など、溢れだす情熱が塗り潰してしまった。いささかドブ色のような情熱だが。

 

 

 

 

 十二月二十三日。時計の針が指し示す時刻は丁度夜の十一時。

 

「よし…理論は完璧。中身もほぼ完成だ…!」

 

 机の上は材料や試作品、スポイトなどの残骸が散らばる無残な状態だった。だがそんなことがどうでもよくなるくらいの達成感と充足感とがタキオンの頭脳にとびきりの脳内麻薬を分泌する。

 

「……いや、私は何をやっているんだ。有馬記念も近いのにこんなことしている場合か? データの確認、当日を想定したシミュレーション、考えることはいくらでもあったし時間はどれほどあっても足りないぞ……」

 

 冷えた頭が冷静に自分の行動を分析しだすが、疲労しきった脳がまともな解を導き出すことはない。タキオンの脳内は今や「ねむい」の3文字に塗り潰されている。悲しいことに、ウマ娘であっても生物学的な限界がある。

 

「まあ…いいか。モルモットくんに元気でいてもらわないと困るのは私だからね」

 

 あのどうしようもない気狂いには、せいぜい長生きしてもらわねばならない。その執着を形容する言葉も知らぬまま、タキオンは完成品をプレゼントに適した容器へと入れ替えようとして。

 

『あなたにしか送れないもの。あなたじゃないと渡せないもの』

 

 つい先日。自分の背を押したばかりの言葉がタキオンの頭を揺さぶる。

 

「……真の意味で、私にしか用意できないものを渡さなければ意味がない…か」

 

 このまま毒にもならない薬のような栄養ドリンクを渡して、それで良しとするのか?『NO』だとアグネスタキオンは即答する。あのとびきり狂ったモルモットへ渡されるものが、そんな陳腐なもので終わっていい筈がない。

 幸い、陳腐に終わらせないための道具はタキオンの視界に豊富に用意されている。

 

 

 

 

 そうして──最後にフラスコへ落とされた赤い雫の正体を、アグネスタキオンただ一人だけが知っている。

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