「世紀末覇王はこんなことになら……ならな……なってほしいいい!」という願望ありきの作品のため、なんでも許せる方向けです。こういう覇王が見たかったので…
※嘔吐描写あり
吐瀉物の匂いはどうしてこうも不愉快なのか。テイエムオペラオーは、ぼんやりとしか動かない頭でそう思う。
ぶつけられた敵意が、視線が、言葉が、脳裏にこびりついて離れない。浴びせられた感情が今も心に焼き付いている。心を苛む痛みは、肉体にまでも影響を及ぼす。胃から逆流してきた最後の一欠片を吐き終えると、オペラオーはゆっくりと呼吸を整えていく。指の震えは徐々に収まり始めていた。
「げほっ、ごぼぇ、ぅ…」
「……落ち着いたか?」
「…………うん」
同室のウマ娘であるビワハヤヒデが、こうやって自分に優しくしてくれる相手で良かったとオペラオーは心から思う。ハヤヒデがいてくれる寮の部屋はオペラオーにとってはこれ以上ない安息の地だった。
たっぷりと息を吸い。ハヤヒデがくれた水をゆっくりと飲み干し。そうしてまた彼女は『覇王』の面を被る。そう生きると決意したのは、彼女自身だ。
「…ハッハッハ。悪いねハヤヒデさん。また夜中に起こしてしまって。でももう大丈夫!ボクはこの通り、万全さ!」
「オペラオー君」
「……どうしたんだい?ハヤヒデさん」
ハヤヒデは、そっとオペラオーを抱きしめた。
自分より一回りも小さなこのウマ娘が、どうしようもなく可哀想に見えた。砕けてしまいそうなくらい小さな身体で、彼女は特大の悪意を受け止め続けている。『強すぎる』という理由、ただそれだけで。
ビワハヤヒデには、こうしてテイエムオペラオーの心を少しでも癒そうとすることしかできない。彼女の痛みに寄り添うことはできない。誰も。
「楽にしていいんだ。泣いたっていいんだ。ここでくらい、無理をしなくたっていい」
「何を……言うんだハヤヒデさん。ボクは泣かない。覇王は涙なんて見せないよ。……泣いて、なんか。ないったら」
「ああ」
「……少し、このままにしてて。あと、耳を塞いでいてくれるかな」
「この手は離せない。何、心配しなくても今日の私は寝ぼけていて耳が遠いからな。何も聞こえないし、明日になれば覚えてもいないさ」
「……ありがとう」
『覇王』である必要なんかないのだと、言えてしまえばどれほど楽か。だが、それはダメだ。その選択は、声を殺して啜り泣くこの少女を決して幸せにはしない。その言葉の通りになったとして、束の間重圧から逃れたとして、その先で彼女が幸福になれるとは思えない。
(どうか、この子の未来が希望溢れるものになってくれますように)
ウマ娘は皆、勝つ為に走る。その先にある幸福の為に走る。
だが──勝ち続けることで疎まれ、嫌われ、追い詰められるウマ娘にとっての幸福とは、果たして何なのだろうか?
答えは出ない。それでも、祈らずにはいられない。