呪術廻戦で、忘れられがちなこと。虎杖、伏黒、釘崎の三人は、まだ高校一年生だということ。
そんな彼らが過ごしたかもしれない日々。今となっては通り過ぎたそれの追憶。
今回は、本を巡った彼らの休日について。

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時系列は大体八十八橋からハロウィンの間と思ってください。




一年ズの日常 『読書習慣』

「伏黒ー。今日オフだろ?」

 

「ノックぐらいしろよ……」

 

 呪術高専、その学生寮で虎杖悠二は伏黒恵の部屋を訪れた。その日は一年生三人とも任務が入っておらず、休日で授業もなかったためいつものように遊びの誘いだと伏黒は想像していた。

 

「オススメの本教えてよ」

 

「……は? オマエまた勝手に宿儺の指でも食ったか?」

 

「ひどくね!? 俺が本読みたいって言うのそんな変?」

 

 伏黒が驚くのも無理はない。虎杖はバリバリのアウトドア派。本を読むとしても漫画の類ばかり。対して伏黒が好むのは活字の本。とりわけノンフィクション系統の作品である。虎杖がそんな彼に本の教授を頼むなど、それこそ呪物を飲み人格が変わるなどしなければあり得ないと誰でも思うだろう。

 

「変だろ。どういう風の吹き回しだ?」

 

「いやさあ、俺ってまあまあバカじゃん?」

 

 自覚があったことに伏黒は少し安堵した。虎杖は咄嗟の判断については優れている。だから地頭は悪くないのだろうが、こと学ぶという話になると一気にダメになる。それを正しく弱点と自覚しているのだと。

 

「呪術って少し、いや、かなりややこいじゃんか。知識あったら楽かなーってさ」

 

「……それはそうだな」

 

 虎杖は軽い感じで答えているが、その奥には大きな思いがある。人を「正しい死」に導く。そのために呪いを祓うのが彼。今日に至るまで幾つもの無念を乗り越えてきている。その中で、彼なりに考えることがあったのかもしれない。そう思うと、伏黒は無下に扱うことは出来なかった。

 

「待ってろ。着替えてくる」

 

「お! 本屋行くん? じゃ、俺も準備してくる!」

 

 伏黒恵が生きていて欲しいと願った彼は、度重なる呪いを超えてもなお善き人のまま。そんな彼の力となるなら。

 

 それと同時に密かに思う。久しぶりにできた友人との日々は、振り回されることが多くとも、決して悪くないものであると。

 

 

    ◇

 

 

「で、釘崎は何の用事だよ?」

 

 寮を出るタイミングで二人は釘崎野薔薇に見つかった。ちょうど暇だったこともあって、二人の外出に合流することになった。

 

「せっかくだし、私も本買って読もうかなって。虎杖に先越されるのムカつくし」

 

「俺の扱い、五条先生より酷くない?」

 

「だから伏黒くぅん」

 

「分かった分かった。だから擦り寄ってくるな」

 

 三人が訪れたのは大手の本屋。小説はもちろん、漫画や学術書、絵本なども取り揃えられたまさに本のアミューズメント。

 

「なんか本屋って眠くなるよな」

 

「あー、それなんか分かる。目が疲れるっていうか」

 

「入ってすぐする話じゃねえだろ」

 

 幸先が思いやられる会話が、二人の口から早速飛び出す。休日を使ってまで出かけたのだから、伏黒としては教え甲斐が欲しいところだった。

 

「ってか今更なんだけど、何でわざわざ本屋? 伏黒の手持ちで見繕ってくれたらいいじゃん?」

 

「俺のは初心者向けじゃないからな。虎杖でも読み易いのはどれかを確認しねえと」

 

 素人ならば、起承転結がはっきりしており、わかりやすく山場の置かれた作品が向いているだろう。伏黒なりに気を回したようだ。

 

「とりあえず、話題作の表紙と題名でピンときたやつ選んだら良いんじゃねえか」

 

「ふむふむ……どれどれ……」

 

「お、これネットで見た。映画になるやつでしょ」

 

 そんなこんなで、三十分見て回ったところ。

 

 

「あ! 見ろよ釘崎! この漫画まだやってんだなあ」

 

「それ私らが小学生の時にクライマックスじゃなかった?」

 

「オマエら……」

 

 伏黒が自分の買い物に向かい目を離した隙に、虎杖はふらふらと吸い込まれるように漫画売り場へと向かった。その後、虎杖が消えたことに気づいた釘崎は引き戻すために漫画売り場へ。結局ミイラ取りがミイラになったというわけだ。

 

「げえっ! 伏黒!」

 

「げえ、じゃねえんだよ。誰のためにここ来たと思って」

 

 その時、虎杖のスマートフォンが音を立てて震え始める。しめたと思った虎杖は伏黒を手で制止し、表示された名前に意識を向ける。

 

「伊地知さん? なんだろ?」

 

「……ねえ、伏黒」

 

「……言うな。こればっかりは諦めろ」

 

 高専の補助監督である伊地知清高。彼から連絡があったということは、すなわち。

 

「二人とも、任務だって」

 

「あちゃあ。こっちはオフだってのに!」

 

「伊地知さんに言っても仕方ねえだろ。さっさと祓って終らせる。虎杖、場所は?」

 

 スマホを耳に当てたまま二人ともやりとりを続けていた虎杖。それが伊地知との会話に集中し始める。時折、「えー!」とか「マジ?」とかの声が聞こえることが、伏黒と釘崎の不安を煽る。

 

 暫くして、会話が終わったようだ。スマホをポケットにしまうと、虎杖は神妙な顔つきで二人に向き直る。

 

「……何級だ」

 

 伏黒は虎杖の表情から難敵であると予想する。二級以上。もしかしたら準一級か──

 

「いや、三級らしいん、だけ、ど」

 

「はっきりしろよ、虎杖。ビビってても仕方ないでしょ」

 

 発破をかけるのは釘崎。三人の中で最も精神的に安定しているのは彼女。その彼女がいつものように力強く促す。

 

 意を決した虎杖。絞り出した言葉は。

 

 

「場所、ここだって」

 

「「は!?」」

 

 戦いの火蓋が、既に切って落とされていたという事実だった。

 

 

「対象は三級。本屋の店員さんが『窓』らしくて、整理してる時に見つけたんだって」

 

 三人はスマホの通話を繋げたまま、店内を別れて捜索する。相手は三級程度。それならば一人でもなんとかできる。捜索の手間を減らした方が被害も減るとの算段。決して早く終わらせたいからではない。彼らは、与えられた任務に手を抜くことはない。

 

「見た目とか聞いてないの?」

 

「伊地知さん何も言ってなかったよ。伝わってねえんじゃねえかな」

 

 伊地知の仕事はいつも的確である。その彼が伝達事項を怠るとは考えづらい。やはり突発的な事象で情報伝達が上手くいかなかったのだろう。

 

「だけど予想はつく。本に紛れたってことは、そういうことだろ」

 

「……本と同じ見た目?」

 

「だろうな」

 

 見た目についても当たりがついた。しかし場所が悪い。本の形をした呪霊が無数の本に紛れている。木を隠すなら森の中。本を隠すなら本屋の中。見つけ出すのは困難だ。

 

「玉犬」

 

 その小細工は、意図も容易く破られる。伏黒の術式、「十種影法術」。その式神の一体「玉犬」は、索敵能力に優れている。姿だけ隠したところで、逃げ切ることは不可能である。

 

「お! 玉犬こっち来た! 先行くぜ! 地下の方な!」

 

 伏黒は玉犬を自身から離して行動させた。三人のうち近くにいる者がその後をついて進むように作戦を立て、その結果虎杖が先行することとなる。

 

 これは三人のバランス上、幸運な形であった。虎杖の肉体強度は群を抜いている。そんな彼であれば、詳細不明の相手であってもすぐにやられることはないだろうと、伏黒も釘崎もそう思っていた。

 

「伏黒! 虎杖から連絡ないんだけど!?」

 

「こっちもだ! 今のアイツがそんな時間かかるってことは」

 

 虎杖を除く二人が地下へ続く階段で合流する。しかし不安は募るばかり。先行した虎杖から連絡が途絶えたのだ。

 

 虎杖は交流戦を経て術師として大きく成長している。三級程度に遅れをとるはずがない。それでも現状が、彼の敗北した可能性を突きつける。

 

 

 地下一階。そこで二人がまず目にしたのは。

 

「虎杖!!」

 

 地面に転がっている虎杖と玉犬の姿。そして、その付近に群がる本の群れ。

 

 それらは本の形をしているが、それでいて生物の特徴を併せ持つ。小口に当たる部分には牙のようなものがびっしりと並ぶ。それをぱかぱかと開閉させながら、気色の悪い鳴き声をあげていた。

 

「ハリー○ッター、かよ!!」

 

 釘崎はその本の群れに向かい、金槌を用いて釘を飛ばす。三体ほどに命中したが、残りはまだ両手で数えられる。

 

 その隙に伏黒が虎杖に近づく。同時に玉犬を解除して影に戻した。幸い、虎杖には息がある。意識を戻すために呼びかけを試す。

 

「虎杖! しっかりしろ! いたど」

 

「んが……が、ごお……ぐぅ……」

 

「……は?」

 

 虎杖から鳴り響くのは切迫した伏黒とは真逆の、安眠の音。

 

 彼は、いびきをかいて眠っていた。

 

「何考えてんだコイツは……!」

 

「伏……ぐろ……」

 

 呪霊の応対をしていた釘崎の様子に異変が生じる。目を開けていられないようで、足下もふらふらとおぼつかない。まるで。

 

「っ! 釘崎!!」

 

 眠る寸前のような状態。極度の不眠状態にあったような、尋常でない様子。

 

 倒れる釘崎へと駆け、なんとか伏黒は両手で抱える。

 

 この現象、恐らく呪霊の術式、ないしは性質が関係していると伏黒は予想する。では、その条件は何か。人や式神を眠らせるための、理屈が必ず存在する。無条件での入眠など、「契約」を基本に置く呪術ではあり得ない。

 

「虎杖と釘崎にあって、俺に無いもの……」

 

 二人の動向を考えるが答えは出ない。もうすぐそこまで出かかっているが、どうしても足りない。

 

「本……本……」

 

 

『なんか本屋って眠くなるよな』

 

 

「!!」

 

 伏黒は何かに気づくと、くつくつと小さく笑い出した。ヤケになったのではない。その笑みは、勝利を確信したからこそ。

 

「なるほどな。活字を押し付けてんのか」

 

 呪霊が一斉に慌て始める。自身の性質を看破されたから。そして若い伏黒が、自身を直視しても、眠るそぶりを全く見せないから。

 

 伏黒が予想した呪霊の性質。それは、「本を読んだ状態を他者に押し付ける」というもの。活字に慣れていない虎杖は瞬殺だったのだろう。釘崎も粘ってはいたが、それでも早かった。玉犬が眠ったのは、人間の言葉を理解できる知能があったから。全員、読書の疲れに耐えかねて眠りこけてしまったらしい。

 

 しかし、それは伏黒には意味をなさない。何故なら彼は。

 

「子供が全員、活字離れしてると思うなよ」

 

 趣味が、読書なのだから。

 

 伏黒は自分の影から一振りの呪具、使い慣れた刀を取り出すと、逃げようと喚く呪霊を一掃。呆気なく事件の幕を下ろした。

 

「んがっ! やべっ! 呪霊は!?」

 

「もう祓った。お前が寝てる間にな」

 

 

    ◇

 

 

「本読むべき、ってのはドンピシャだったなぁ。一足遅かったけど」

 

 虎杖と釘崎は伏黒からことの顛末とカラクリを聞くと、一目散に小説コーナーに向かって本を見繕った。同じような呪霊が出た時に備えて本を読んでおこうと思ったのだろうか。

 

「それにしても虎杖、だいぶ買ったわね。ほんとに読めるの?」

 

 釘崎が一冊だけ買ったのに対し、虎杖は両手いっぱいに袋をさげている。活字素人が見切り発車で買うにはあまりに多い。

 

「……ウン。ヨムヨ」

 

「……おい。ちょっと見せろ」

 

 あからさまに嘘をついている様子。訝しんだ伏黒はその中身を確認すると。

 

「……お前なあ」

 

「あ! さっき見てた漫画じゃん!」

 

 そのほとんど、というか一冊を除いて全てが見事に漫画だった。

 

「最近給料入ったからつい……俺から頼んどいて悪い!」

 

「……ろ」

 

「え?」

 

 虎杖はてっきり伏黒が怒っているものと思ったが、それは違う。

 

「……俺にも、今度見せろ。それでチャラにしてやる……」

 

「! おう!」

 

「私も! ってか共有部分に置きましょ! これ決定ね! じゃあ帰りに本棚買ってこ!!」

 

 伏黒もまだ高校一年生。人並み程度には、漫画というものに興味があったのか。

 

 それとも、友人との共通の話題を欲しがっていたのか。どちらだったのかは、定かではない。

 

「えー? ポテチ食った手で触るなよ?」

 

「あんた私のことそんなだと思ってんの?」

 

「一番やりそうなのは虎杖だろ」

 

 

 これは呪術高専一年生、三人が経験したかもしれない幕間の物語。

 

 二度と返ってこない、青春の日々。


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