名前は 念花美 報(ねんげみ しらせ)です。
直接登場するわけではありませんが、一応書いておきます。
夢原知予のアプローチを回避し続け恋愛フラグを叩き折ろうとした斉木楠雄。
しかし、とある理由からその様子を伺っていた念花美翔によって斉木の目論見は失敗に終わる。
そんな彼は念花美を呼び出し、自分の計画をもう一度実現しようと話を切り出すも説得すること叶わず。それどころか彼の暴走を許し、多くの生徒が居残る教室で照橋心美に絡まれるという最悪の事態を引き起こしてしまったのだった──
さて、前話と
しかし、残念ながらそうはならない。
さて、ここで前話の続きを説明しよう。
あの後僕は、有無を言わさぬオーラを纏う照橋さんに逆らうことなく付いていき、念花美のことを根掘り葉掘り話したのだ。
とはいえ、このこと自体は別に構わない。彼女が敵意を向けているのは念花美であり、僕ではないからな。巻き添えを喰らい、彼女に話しかけられることくらいは覚悟していた。
ではなにが問題なのか──それは〝教室で話しかけられたこと〟だ。
僕は目立つことなくひっそりと生きていきたいからな。だからこそ、注目を集める場所やタイミングで話しかけられることを最も防ぎたかった。
しかし、残念なことに失敗に終わったわけだ。念花美のせいでな。
やれやれ。翌日となりこのまま学校に行ったのなら……ろくに話したことのない男子生徒にとり囲まれ、集団リンチにあうことくらい予知能力を使わずとも分かる。
まあ、集団リンチが怖いわけではない。僕は注目されたくないだけだ。
ただそれだけ。たったそれだけ。
だからこそ僕は──
ここは僕の部屋。目の前には神妙な面持ちの念花美。
数秒の沈黙の後、あいつはこう切り出した──
「俺は楠雄が目立つことを嫌っているのも知ってる。だからこそ、楠雄があまり苦にならない状況を用意するつもりだ。……そういう訳で、夢原さんの想いに〝YES〟でも〝NO〟でもどっちでもいいから、ちゃんと答えるんだぞ」
──その問いに、
「そうか。……よし、俺に任せておけ。大船に乗ったつもりでな!」
──その返事に、僕は待ったをかける。
『夢原さんの想いにはちゃんと正面から答える、これは約束する。
念花美は驚いた様子で僕を見る。
まあ確かに、
更にいうのであれば、一瞬にして手のひらを返し、夢原さんに
「……いや、え? どういうこと?」──しどろもどろになりながらも返答する念花美に、僕は隙を与えない。
どうもこうもない。この問題は僕1人で片付ける。
そうしなければ面倒なことになると、僕は
つまり、そういうことなのだ。
「だから、どういうこと!?」
訳が分からないといった様子の念花美に、『絶対に手出し無用だからな』と念を押し、僕はあいつを部屋から追い出す。
やれやれ。僕は今回の一件で改めて感じたよ──〝念花美翔もまた、神に愛された人間〟だと。あいつが願い、実行しようとしたことであれば……それはとんでもない強制力を持って現実のものとなってしまうのだと。
いやはや、並行世界からやって来た〝僕〟が、照橋さんに付き纏われ苦労しているというのもよく分かる。彼女と同等の加護を持つとはいえ、一定以上の友好関係を結んでいる念花美ですら手を焼かされるのだ。
しかし、
なにせ
「俺は楠雄が目立つことを嫌っているのも知ってる。だからこそ、楠雄があまり苦にならない状況を用意するつもりだ。……そういう訳で、夢原さんの想いに〝YES〟でも〝NO〟でもどっちでもいいから、ちゃんと答えるんだぞ」
『分かった。ただし条件がある』──僕は念花美の問いに、こう返した。
さて、読者諸君。突然ではあるが君たちは一体何度、念花美が口にした上記のセリフを聞いたのだろうか? 1回? 2回? 3回?
正解は3回だ。前話と今回の話とで3回目になるセリフだな。
しかし、だ。落ち着いて聞いて欲しいのだが、
このまま3回目を描写し続けるのもいいが、一応2回目の失敗も見てもらおうと思ってな。念花美の天然っぷりもよく分かることだし……
では、このまま〝2回目の僕とあの2人〟をご覧いただこうか。
「条件?」
念花美は不思議そうに聞き返してきた。
そしてそんな念花美に対し、僕は更にこう返した──
『まずは、照橋さんのご機嫌伺いをすること。次に、教室とか人の多い場所で夢原さんに話しかけないこと……この2つだ。お前がこれを守れるのであれば、夢原さんの想いに正面から答えよう』
僕は
そう。前回は放置され続けた照橋さんが激おこ状態だったことと、当の彼女とその他大勢の生徒たちがいる前で夢原さんに話しかけたことが失敗の原因である。
で、あれば〝これら2つの不安要素さえ取り払ってしまえば、僕は最悪の未来を回避できる〟──と、そんなことを考えながらも念花美を家に帰す。
まあ、この考えが如何に悠長であったのか……明日知ることになるのだが。
念花美の要求を飲んだ翌日──僕にしてみれば2回目であるこの日、あいつは朝から早速行動に出た。前回は放課後になって爆弾を投下してくれた念花美だが、今回は朝から動くようである。
まあ僕の言うことは聞いてくれるやつだ。
一度は落ちてしまった照橋さんの好感度も回復し、夢原さんにも上手いこと話をつけてくれるのだろうと──僕はそう思っていたのだが……
「おはよう、みんな!」
その声に、朝特有の気だるさに包まれていた男子たちは生気を取り戻す。
「おっふ……て、照橋さん!」
「おっふ……て、照橋さん!」
「おっふ……て、照橋さん!」
男子たちは沸き立ち、女子たちは「照橋さん来たんだ」とそっけない態度で彼女を出迎えた。
それはいつもの風景であり、日常の一幕である。
男子が彼女に駆け寄ることも、そんな光景を女子たちが若干冷めた目で見ていることも、全てはありふれたモノである。
しかし、この日は違った。
いつもは特段の反応を見せない1人の男子生徒が、おもむろに照橋さんへと近づいていったのだ。
先程まで眠た気だった女子たちは、今となっては目を見開いている。そして男子たちもまた、その様子に驚きを隠せない。
「おはよう、照橋さん!」
一瞬にして、教室が静まり返る。
学校一の美少女を学校一の美少年が出迎える──今の今まで、このようなことはなかったのだ。隣の席同士、一定の距離に入ってからの挨拶──これが2人の通例だったのだ。
何が起きたのか理解できないクラスメイトたち。
そんな彼ら彼女らを置き去りにし、念花美は続ける。
一体どれほどの胆力があればこの静まり返った状況で言葉を続けることができるのか……それはおよそ不明であるが、今の彼には関係なかった。
彼はただ、使命感に燃えていたのだ。
昨日友人に突きつけられた条件をクリアし、夢原知予に告白の場を用意してあげようと──彼はただ一生懸命なだけだったのだ。
そして──
「ちょっと時間もらえるかな?」
──念花美はそう切り出し、あやふやな返事をした照橋さんの手を取り教室を後にした。
教室にいたクラスメイトたちは、全員白目を剥いて現実逃避することしかできない。
「おっふ……」
「あひゅ……」
「おっふ……」
「あひゅ……」
「おっふ……」
「あひゅ……」
いつもと比べ、圧倒的に覇気の足りない奇声の合唱が──その場に虚しく木霊したのだった。
そして、僕からも一言だけよろしいだろうか?
本当に、一言だけだ。
──は?
「ど、どうしたの? 念花美くん……(な、なんなのよコイツぅぅッ!! 1週間以上朝の挨拶だけで、こっちから話しかけないとろくに会話もしなかったくせに…………急に手を引いて
「えっと……ちょっと、ね(くっ……家族や斉木家の人たち以外にプレゼントを贈るなんて初めてだから、つい人がいない場所まで連れて来てしまった。……ま、まあそれはそうと、楠雄が提示した条件は照橋さんのご機嫌伺い。……一体このことに何の意味があるのかは分からないけど、要するに元気がなさそうな照橋さんを元気付ければいいんだよな)」
「う、うん……(な、なに!? なんなの!? そんなにしおらしいと調子狂うじゃない……って、そうじゃないッ! 私は怒ってるのよッ!!)」
「あの、よかったらこれ……貰ってくれる?(非常に不甲斐ないけど、1日で用意できたのはこれくらいだ。手作りのお菓子だなんて、ちょっと幼稚だったかもしれないけど……味には自信がある。一緒に作ってた
念花美翔から照橋心美へと手渡された物は、綺麗にラッピングされた小包だった。
そして、その場の空気に押される形で彼女はそれを開ける。するとそこには──
「えっ……これって……(…………え?)」
──〝仄かな酸味を感じる香りが鼻孔をくすぐるストロベリーソースでコーティングされたハート型のチョコレートケーキ〟
「……どう、かな?(結構好感触か……? まあ照橋さんも女の子だし、甘いものは人並みに好きだったのかな?)」
──〝全体的に紅色であるケーキの真ん中に堂々とホワイトチョコレートで書かれた『I LOVE YOU♡』の文字〟
「…………(こ、これってぇぇえええーーーッ!!??)」
「…………ん?(なんだ? 普通のチョコケーキだから、そんなに珍しくないはずだけど…………って、これ
「……え、えっと……(愛の告白ちゃいますのーーーッ!!??)」
シュバッっと──そんな擬音が聞こえてきそうなほど高速で、念花美翔は照橋心美が持っていた小包を回収する。
そんな彼は、顔を真っ赤にしながらもあたふたと言葉を紡いだ。
「こ、これは……その、違くって……(
変な空気を取り繕うために、必死で言葉を探す念花美翔。
しかし、その思考は照橋心美によって遮られることとなる。
「だ、ダメッ!!(念花美が私の為に……私の為だけに作ってくれた愛の結晶ッ!! もうそれは! 私のものよっ!!)」
彼女は、念花美翔と同じように顔を真っ赤にしながらも小包の奪還を試みる。彼が後ろ手に隠したそれを、大胆にも抱きつく形で実行したのだった。
「……ッ!!(もう何が何だかさっぱり分からんッ!! なんでこんなことになってるんだ!?)」
「……ッ!!(……って、うわぁぁああッ!? 嬉しさのあまり興奮しすぎて取り戻すことしか考えてなかったけど、何やってんのよ私ィィイイーーーッ!!??)」
そんなこんなで中間テスト以来、完璧美少年に全く構ってもらえず機嫌を損ねていた完璧美少女は元気を取り戻したのだった。
そこには初々しく顔を赤く染め上げイチャイチャする、ただの少年と少女の姿があったとか……
で、一体どう転んだらこんな展開になるんだ?
「いやー、俺にも何が何だか……」
「ふふ、斉木くんって結構可愛いところあったんだね」
おい。
おいおい。
おいおいおいおい……おい!
何がどうなったら念花美と照橋さんが2人揃って僕の目の前に現れる展開になるんだ! それも昼休みに!!
「えーと……朝のことなんだけどさ、2人で教室を出た後……その、まあ色々あって、照橋さんに手伝ってもらうことになったんだよね」
「ふふふっ、色々あったねっ」
照橋さんの満面の笑みを見れば、確かに僕が提示した条件の1つが完璧に履行されたと判断することができる。それに、2つ目の条件もとくに破っているわけではない。
つまりあれか、僕が悪いということか。条件をより限定していなかった僕が……って、納得できるわけないだろ! なんでお前は照橋さんを伴ってるんだ!?
──と、この時の僕がどんな表情をしていたのかは分からないが、僕の内心を察したかのように念花美が耳打ちをする。もちろん、照橋さんに聞かれないように。
「理由は分かんないんだけど、照橋さんに〝なんで夢原さんばかり目で追いかけてたのか〟って聞かれてさ。それで〝彼女が楠雄に告白しようとしている〟って言おうとしたんだけど……やっぱり言わない方がいいって思い直したんだよ。俺は知ってしまった以上仕方ないとして、これは夢原さんと楠雄の問題だからな。わざわざ誰かに言いふらすようなことじゃないってさ。そして、俺はその場を誤魔化す為にこう言ったんだ──
〝楠雄が夢原さんに告白しようとしていて、どんな人なのか見ていた〟
──ってね!」
殴っていいか?
「そしてどういうわけか、照橋さんが〝私も協力する〟ってさ」
本気で、殴っていいか?
「ま、こうなってしまった以上、俺と照橋さんに任せておけって!」
「うん! 絶対成功させようねっ!」
MA・JI・DE……殴ってもいいだろうか?
その後、僕は悟りを開けるレベルで無心になった。
この2人相手に何か策を講じようとしたって、もう既に手遅れである。
だから僕は無になった。
そして気付いた──〝そもそもこの一件に、念花美を関わらせてはならない〟と。〝念花美が策を講じた時点で、照橋さんが僕の元にやって来る未来が確定してしまう〟と。
しかし、諦めるわけにもいかない。
こっちも引くに引けないのだ、使える手は全て使わせてもらうぞ。
まったく。やれやれだな、本当に。
『1日戻し』は
〝まあいい。やるしかない〟──僕は覚悟を決め、力を使う。
こうして、僕は冒頭の時間軸へと戻っていったのだった。
前話でもそうでしたが、念花美くんはテンパるとポンコツになります。
後々になって「──ってね!」と言うときは、大抵の場合テンパっております。