数多の生徒が居残る教室で照橋心美に話しかけられるという最悪な状況を打開する為、多少のリスクを負いながらも『時間戻し』を行った斉木楠雄。そんな彼は念花美翔に2つの条件を課し〝2度目の今日〟を過ごすのだった。
しかしながら彼の期待は外れることとなる。
結局のところ現れたのだ、目の前に。それも念花美翔と一緒に、昼休みに。
そしてそんな結果で終われるはずもなく、彼は更なるリスクを負わなければならないことを承知して〝3度目の今日〟へと戻っていったのだった──
さて、今の時間軸はといえば……念花美のやつに『手出し無用』と言い渡し、家に帰したところである。
しかし、本当にやれやれだな。
情報が少ないにせよ、おそらく照橋さんは念花美の動きと連動するようになっている。要するに、念花美のやつが夢原さんに告白の機会を設けようと行動すること自体が、目立つ形で僕の元に照橋さんを運んでくる原因なのだ。
だからこそ『手出し無用』と言ったわけなのだが……いっそのこと、このままばっくれてしまおうか。……いや、ダメだ。逃げたら逃げたで余計念花美のやつが暴走しかねない。それにこれ以上『1日戻し』を使うわけにもいかないからな。やはり明日、確実に決着をつける必要がある。他ならぬ僕自身の手で……
照橋心美は激怒していた。
中間テスト直前の放課後、念花美翔に「好きだ」と言われた彼女。しかし、待てども待てども彼からの次なるアプローチはなかった。そして、そんな集中力を欠きヤキモキとした胸中で挑んだ中間テストの成績は過去最低。完璧美少女とは言い難い点数になってしまったのだった。
彼女は思った──これはアイツのせいだと。思わせぶりな態度をしておいて弄んでいたのだと。そんな私の反応を見て嘲笑っているのだと。
震える拳を押さえつけながら見た、掲示板に張り出された成績表の端っこ──1位の欄には忌々しき『念花美翔』の名前。
彼女は再び思った──こいつだけはぶっ
そして睨みつけるように観察してみれば、怨敵が見ていたのは自分ではなく
益々怒りが込み上がってくる。
表情筋をピクつかせながら、こめかみに青筋が立ちそうになるのを必死で抑えながら──それでも彼女は怨敵の観察を続けた。
そんなある日のことだった──
突然の場面転換で申し訳ないが、時間は少々経過しすでに放課後となっている。
そんな僕は放課後のホームルーム直後、回収したプリントを職員室まで運ぶように指示され、言われた通りに行動していた。こんなことは1回目も2回目もなかったのだが……まあいい。
ともあれ僕は、職員室での用事を終えたその足で屋上へと向かっていた。
……ん? どうしてかって?
それは、まあなんと言うかだな……夢原さんを呼び出したのだ。放課後の、屋上に。
しかし、だ。勘違いしないでほしい。僕は決して、彼女に告白しようとして呼び出したのではない。僕はただ……そう、僕はただ、彼女との関係を決定づけに行くだけだ。
シチュエーションに浮き足立ち、勝手な勘違いをして僕のことを嫌いになるのであればそれはそれでいい。仲良くなりに行くわけではないのだから。
まあともかく、僕は屋上へと向かっていたのだが……そこには少々肝を冷やされる展開が待ち受けていた。
若干察した方もいるとは思うが、屋上へと向かう最中に〝とある人物〟とぶつかってしまったのだ。
そう、〝1回目の今日〟と〝2回目の今日〟……そのどちらにおいても僕の目の前に現れた〝とある人物〟と。それも
そしてこの時、僕は改めて運命の強制力とやらに頭を痛めたのだった。どうやら、今日という日に彼女と鉢合わせてしまうという運命は決定事項であるらしい。
とはいえ不幸中の幸いとでもいうべきか、誰にも見られていなかったことがせめてもの救いである。彼女とぶつかり尻餅をつかせてしまったなどと──そんな事実が広まることは、1回目や2回目の今日を余裕で超えてしまうくらいには最悪な事態である。……本当に助かった。
しかし派手にぶつかってしまったが故に、彼女からの好感度がマイナスになってしまった可能性もあるのだが……それはまあ、全く問題ないな。別に嫌われても構わない。彼女の性格上、陰湿なイジメを仕向けてくる可能性もないだろうし。
……ん? どうして1週間も夢原さんを避け続けることが出来たのに、先ほど人とぶつかってしまったのかって?
そういえば、まだ言ってなかったな。僕が人とぶつかるという失態をおかしてしまった理由を。
とはいえ、そこまで深い理由でもない。体調不良というか、超能力不良というか……まあ端的にいうのであれば──〝『1日戻し』を使用した代償として超能力に制約を受けている〟といった感じの、シンプルな理由である。
例えばテレパシー。
この能力には普段から悩まされてこそいるが、一応役に立つ場面もある。しかし、今現在は制約のせいで全くと言っていいほど機能していない。
具体的にいうのであれば、Aの人物が「部活がダルい」と思いBの人物が「家で映画見よ」と思ったとする。すると、今の僕にはこう聞こえるのだ──「部活で映画見よ」「家がダルい」と。
要するに、混線しているのである。Aの人物とBの人物のテレパシーが入り混じり、上手く心の声を拾えない状態とも言えるな。
まあ2人程度であれば問題ないのだが、あいにくと僕のテレパシー受信範囲は200m。優に100名を超える人数のテレパシーが混ざり合っているのだ。さしもの僕といえど、誰が何を思っているか──これを判断するのは不可能である。
例えば透視能力。
普段であれば時間を経るごとに段階的に透けていくのだが、今は違う。
具体的にいうのであれば、いきなり人体模型である。
……ん? よく分からない?
いや、僕に言われても困るというか……まあ〝すれ違う人間が全て人体模型に見えてしまう〟といったところか。
そしてこの状況、結構大変なのである。
1度でいいから想像してみてほしい。見える範囲の人間が人体模型になっている様を。そして考えてみてほしい。目の前にいる人物は誰なのかと。
お分かりいただけただろうか? 誰が誰だか分からない、僕の状況を。
目の前の人物の特定を行うにあたり与えられる情報はといえば、股間にアレが付いているかどうか、身長、声……これくらいのものなのだ。正直にいうと、まったく判別することが出来ない。めちゃくちゃ不便である。
今思えば、ぶつかった彼女の声に聞き覚えがあったのは運が良かったのかもしれないな。もし判別できていなかったのであれば、名も知らぬ相手に恨みをぶつけられてしまうことになっていただろう。
まあ他にも、〝油断するとサイコキネシスが誤発動してしまう〟など、制御面に関しても気を遣わなければならない。
──と、こんな感じでいくつかの超能力もまた、生活に支障をきたすレベルの代償を負っている。
さて、そんなこんなで集中力が散漫になり、超能力も自在に使えないという色々と大変な状況にある僕は、〝今日〟という日において最も懸念すべき〝とある人物〟との遭遇イベントを穏便(?)に通過し、依然として屋上へと向かう。
念花美の要求通りに夢原さんと対峙し、彼女の想いとやらに答えるために。そして、今日という日を終わらせるために──
照橋心美は焦っていた。
嫌な汗が全身からじわりじわりと滲み出てくる感覚を必死で抑えながらも、彼女は屋上へと繋がる階段を可能な限り早く駆け上がっていく。
彼女の胸中は焦燥感によって支配されていたのだ──
〝一刻も早く、アイツに会わなくては〟──そんな切迫感に。
〝アレだけは、見られてはならない!〟──そんな苛立ちに。
そして思い返すのだった──先程の出来事を。
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……ッ!!)
そして己が不運を呪うのだった──打倒すべき怨敵と仲のいい〝アイツ〟とぶつかってしまった際、
(マズいマズいマズいマズいマズい……ッ!!)
彼女はただ〝アレ〟が無事であることを祈る。
〝おっふ戦争〟から始まった、照橋心美の素顔が赤裸々に綴られている〝アレ〟。誰にも見られないように肌身離さず持ち歩き、学校にまで持ってきている〝アレ〟。
そう。彼女のカバンの中には──決して誰にも見られてはならない『秘密のノート』が入っているのだ。そのカバンが今、怨敵と縁深い〝あいつ〟の手元にあるのだ。
(ダメッ! 絶対にッ!!)
念花美に弄ばれ〝完璧美少女〟という箔を傷つけられてしまったことは最早過去のこと。これから挽回し、ヤツを「おっふ」させれば済む話である。
しかし、モブ男子たる〝斉木くにお〟にあのノートを見られることだけは、絶対に防がなければならない。
念花美翔だからこそと、半ば強引に納得した先の敗北。相手が自分と対等である念花美ならば、まだ許容できたのだ。しかし……しかしだ。モブ男子風情に〝完璧美少女〟の矜持を傷つけられることだけは、断じてあってはならない。
(一旦落ち着くのよ、照橋心美。〝アレ〟は一応、プラスチックのハードケースに入れてある。それも、
そう。彼女の『秘密のノート』は2つの錠前によって守られている。そして、その鍵はペンダントのように首から下げて持ち歩いているのだ。
つまり、錠前を開けることはできず、中に保管されているノートを見ることもできない。
彼女は一度、冷静になる。
何も心配することなんてない。
きっと上手くいく。
いつものように、私の思い通りに事は運ばれる。
何故ならそう──
〝私は神に愛されているのだからッ!!〟
──彼女は最後の階段へと差し掛かる。
そして彼女の視界に、屋上へと繋がる扉が映り込む──ことはなかった。
扉の前には、想定外の人物が立ちはだかっていたのだ。
偶然にしてはあまりにも非情な人選である。
(なんで……なんでここにッ!?)
ホームルーム時、プリントを運ぶように言われた斉木は自分のカバンを肩に掛けながら指示をこなしていた。であれば、そのまま下駄箱へと向かい帰るのが普通である。
しかし、彼は再び校内へと戻ってきた。そして、先程ぶつかった経路から推察するに教室には向かっておらず、かといって図書室等の放課後も利用できる場所にも向かっていない。ならば──
そもそも照橋心美は、上記の様にどこぞの名探偵ばりの推理を披露し斉木楠雄の元へと向かっていた。つまり、なにか確証があって屋上へと向かっていたわけではなかったのだ。
しかし、屋上へと繋がる扉の前にヤツがいたことで確信する──〝私のカバンはこの先にある〟と。
(落ち着くのよ、私。斉木の靴は下駄箱の中。あいつを校内で見かけたのも他ならぬ私自身であり、経路も絞り込めている。そして何より、屋上へと続く扉の前にコイツがいる。間違いない……目的地はすぐそこよッ!!)
門番のように立ち塞がる怨敵を視界の端に収めながらも、少女は臆すことなく階段を登っていく。一歩、また一歩と確かに距離を縮めていった──のだが、少女には〝とある悪癖〟があった。
(ちょっと待って。斉木が屋上にいることは半ば確定事項として、なんでコイツが扉を守るように立ってるのよ……。ん? 守る? これ以上進ますまいと佇んでいる?)
次の瞬間「はっ!?」っと、彼女の脳内に電流が駆け抜けた。
(まさかコイツら、結託して私のカバンの中を……ッ!? 弱みを握って、私に酷いことをしようと画策しているッ!? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!)
そう……〝妄想癖〟である。
彼女の切れる過ぎる頭が、本来ならばありえない可能性まで弾き出してしまうのだ。
(な、なんてヤツ……ッ! 一度では飽き足らず、何度でも私を弄ぼうって魂胆なのね……ッ!! ま、まあ完璧美少女を脅してあんなことやこんなことをしたいだなんて、思春期男子なら誰でも考えることよ。そう、アイツだって……私に欲情しているのよ、きっと…………ってなに変なこと考えてるのッ!?)
あらぬ方向へと進んだ妄想に耳まで赤くしたものの、彼女の表情は一瞬にして平常へと戻る。
お互いにどの様な思惑があれど、己が目的のために通さなければならない意思があるのだ。最早退くに退けない。ここで退くこととはすなわち、敗北と同義である。
先の〝おっふ戦争〟から約2週間。彼女はずっと、この瞬間を待っていたのだ。自分を負かした天敵と、再び刃を交えるこの瞬間を。
だからこそ、その瞳に恐れはない。
自身の窮地であるこの瞬間この状況においてなお、かの怨敵を「おっふ」させ、プライドもカバンも何もかもを取り戻してみせる──今こそ、雪辱を果たす時だ!
熱き意志を持って、照橋心美は顔を上げる。
その視線の先にヤツはいる──
──念花美翔が、そこにいる。
(そっちがその気なら、とことんやってやろうじゃない。失ったプライド、『秘密のノート』……私が勝って、全てを取り戻すッ! 総取りの時よ、念花美。この窮地をひっくり返し、完膚なきまでの勝利をッ! この手にッ!!)
今ここに、〝第二次おっふ戦争〟の火蓋が切られた。果たして斉木楠雄という仲介人不在のこの状況において、両者の結末が何処へと辿り着くのか……それは誰にも分からない。
しかし、何かしらの結論が出るであろうという予感がその場を覆っている──ただそれだけは、確かに言えることだった。
ΨNEXT SAINANN's HINTΨ
・体調不良もとい、超能力不良の斉木楠雄。
・2つの錠前に守られた『秘密のノート』