もし待ってくださっている方がおりましたら、感謝の一言に尽きます。
紆余曲折ありながらも夢原知予と話し合うことを決めた斉木楠雄。
そんな彼は屋上へと向かう最中、超能力不良からくる注意力の低下により照橋心美とぶつかってしまう。そして不運なことに、彼らのカバンは入れ替わってしまったのだった。
その事実に気付いた照橋心美は、カバン(中に入っている『秘密のノート』)を取り戻すべく斉木の元へと急ぐのだが、屋上へと続く扉の前に立ちはだかったのは──因縁の相手であった。
まず最初に仕掛けたのは照橋心美だった。
彼女は階段上にいる念花美の元まで辿り着くと、軽く挨拶をする。
「あれ、こんな所でどうしたの?」
あくまで何も知らない純朴な少女を装う。
やましいことを企てている者と、それを暴こうとする者。前者を念花美、後者を自分に例えるのであれば、今のこの状況において有利であるのは後者である自分だと、このような心算をもって彼女は先手を打ったのだった。
「いや、その……ちょっとね」
歯切れの悪い返答に、照橋心美は自身の推論が確証へと変わったことを感じ取る。〝やはり、やましいナニカを隠そうとしている〟──そんな確信をもって、彼女は次なる手を打つ。
「そっか。それじゃあ、また明日」
スルーである。
彼女は会話を打ち切り、念花美の横を堂々と通り抜け屋上へと続く扉に手を掛ける。
とはいえこれも、全て作戦通りであった。
現在彼女が有する目的は大きく分けて2つ。カバン(中に入っている『秘密のノート』)の奪取と、念花美を「おっふ」させることである。そしてこれらの優先度は、決して敗北が許されない前者の方が高い。つまり、念花美との対決は後からでも構わないのだ。
さて、ここで彼女の作戦を振り返ろう。
極々ありふれた日常のように、なんの違和感も抱かないほど自然に敵の隣を歩き去る照橋心美。その目的は屋上へと辿り着くことであり、おそらくそこに居るであろう斉木と接触しカバンを交換するためでもある。
しかし、そうは問屋が卸さないだろうということも、彼女は理解していた。念花美は十中八九、この行動を阻んでくるはずだ。全ては計算され尽くした作戦にすぎない。
「ちょ、ちょっと待って!」
〝ほらきた〟──彼女は内心でほくそ笑む。そして若干の余裕を湛えつつ、呼び止めた念花美へと振り返る。
「どうかしたの? 今日って、屋上に行っちゃいけないとか言われてたっけ?」
「……いや、特には」
〝屋上に行かれるのは都合が悪い〟〝照橋さんは屋上になんの用事があるの?〟──相手に退路を塞がれるよりも先に、自身が屋上へと進むための正当な言い分を質問として突きつける。要するに、照橋心美は言外に「これから扉を開けてやる」と言い放ってみせたのだった。
そして返ってきた答えはといえば、「特になし」──つまるところ「通っていい」ということである。彼女にしてみれば拍子抜けもいい所だ。
とはいえ馬鹿正直に答えてみせた念花美ではあるが、例えここからであったとしても、如何様にでも詭弁を弄し行手を阻むことは可能である。
彼女は今後予想される展開を瞬間的に構築しつつ、なおも攻勢を保つ。
「そうだったよね。それじゃあ、またね」
照橋心美はピシャリと会話を打ち切り、相手に一切の隙を与えない。彼女は既に学んでいたのだ。あの〝おっふ戦争〟における敗北より、カウンター口撃こそが念花美翔の得意パターンであると。だからこそ、会話の主導権をみすみす渡すようなことはしない。
そして、相手が「おっふ」していないという不完全燃焼感は残るものの、舌戦においておおよその勝ちを確信した照橋心美。そんな彼女は、ドアノブを握る手に力を込める。
〝とりあえず、簡易的な勝利は収めたか〟──微かな安堵を胸に抱くも、決して油断はない。〝この程度で負けを認める程度の男ではない。そうでしょ?〟──彼女はどこまでも冷静だった。
「本当にちょっと待って!」
念花美翔は照橋心美の腕を掴み、物理的に行動の阻害を試みる。
しかし、彼女は依然として落ち着いていた。
〝いくつかのパターンを想定してたけど、それは最悪手よ〟──ほんの僅かな失望感と共に、趨勢を決定づける一撃を放つ。
「痛っ……」
もちろん演技である。
痛がるふりをすることによって相手の拘束を解き、更には自分がか弱い立場であることを印象付け2度目以降の物理的な拘束を封じたのだった。
とはいえこの手法、相手が本当の悪人である場合は使うことができない。仮に悪人であるとすれば、抵抗されたところで拘束を解かないし、拘束を解かれたとて何度も襲いかかってくるだろう。
しかし、照橋心美には勝算があった。〝完璧美少年であれば、女の子が嫌がるようなことはしない〟──このような思考のもと、彼女は痛がってみせたのだった。
そして、
(最も愚かな選択ね。これでもう、物理的に止めることすら出来なくなった)
照橋心美は勝利を確信し、今度こそドアノブを握る手に力を込める。そして手首を捻ろうとした、その時だった。
彼女の耳に女子とおぼしき声が入り込み、更には扉に嵌め込まれている磨りガラスの向こう側に2つの人影を認識したのだ。
〝屋上にいるのは斉木だけのはず〟──今の今まで十分過ぎるほどに機能していた彼女の頭脳は、一瞬にして混乱に陥る。そしてこういった非常事態でこそ、最悪は重なるものである。
気付けば、彼女の体は宙を舞っていた。
〝……は?〟──声にならぬ呟きが心の中で反響する中、照橋心美は次第に自身が置かれた状況を把握するのだった。
みるみる内に先程まで目の前にあった扉が遠くなる。
次第に感じる重力と、誰かのぬくもり。
照橋心美は理解した。いつの間にか、念花美に抱き抱えられ3階へと移動していたことを。
〝まさか、これほど強引な手段に打って出るとは〟──斉木と鉢合わせないためだけにここまでやるのかと、彼女は驚愕を顕にしつつも次なる作戦の構築を試みる。
しかし、沈みかけた思考は遮られ、作戦の立案どころではなくなってしまうのだった。
彼女は見てしまったのだ。激しく揺さぶられながらも視界の端に2人の人物が映り込む。夢原知予と斉木楠雄──2人が揃って屋上から出てくる、そんな光景を照橋心美は目撃した。
(一体、何がどうなってるのッ!?)
その心の声を聞き届けた者は、この世界には誰もいない。
正直な話、僕は夢原さんに嫌われる覚悟でいた。
自分が見ていることを知りながら避け続け、突然放課後の屋上に呼び出したかと思えば「君の想いには応えられない」と言ってのけたのだから。そして、翌日になって「斉木楠雄は酷いやつだ」と、そう友達に愚痴をこぼすのだろうと……僕はそんな結末を予想していたのだ。一時的に噂が広まるも、言い出しっぺである念花美が適切なフォローを入れ、僕の平穏は返ってくるものだと……僕はそう思っていたのだ。
しかしどういう訳か、そうはならなかった。
「そっか。斉木君って目立つことが嫌いだったんだ」
テレパシーが正常に機能していない今、彼女の本心がどうであるのかは分からない。それでも、彼女が嘘を言っているようには思えなかった。
「誰々君と誰々ちゃんが付き合ってるとか、そういった噂って結構流れるし、私は気にしないんだけど……そりゃあ気にする人もいるよね」
彼女は僕の意思を理解してくれた。
そして、その上でこう言ったのだった。
「それじゃあ、さ。もしよかったらでいいんだけど……友達になってくれませんか?」
彼女の顔は赤く染まっている。でもそれはきっと、西日のせいに違いない。
僕はとりあえず首を縦に振っておいた。
一応言っておくが、『念花美以外にも友達がほしい』などといった他意はない。これは合理的な判断に基づいている。友達になることすら拒めば、おそらく念花美ですら、夢原さんの愚痴から広まる僕への風評を収束させるのに時間がかかるだろう。
だから夢原さんと友達になるのは、消極的に積極的な判断をする、というやつだ。あくまで消極的に、だ。
「よかった! 脈なしってわけじゃないんだね!」
ここまでポジティブな思考をされると、流石の僕も罪悪感を抱かずにはいられないな。付き合うつもりなんて1ミリもないのだから……。
まあそんなこと、今はいいか。彼女の興味を僕から逸らす方法はまた今度考えよう。……そうだな、超能力が戻ってからでも、じっくりとな。
夢原さんは「それじゃあ今日はもう帰ろっか」と僕を促し、校舎へと続く扉へと向かい歩き出した。僕もそれに倣う。
そして僕は見た。
勝手に発動した透視の超能力は、扉の奥に2体の人体模型──もとい、2人の人物がいることを僕に教えた。恐らく肉眼でも1人は見えているはずだ。扉の前にいる女子生徒は、磨りガラス越しにその存在を確認できる。
だが次の瞬間、女子生徒の後ろにいた男子生徒──見慣れた筋肉のつき方から察するに、たぶん念花美──が女子生徒を、いわゆるお姫様だっこの要領で抱き抱え、階下へと飛び降りたのだった。
あいつ、一体なにしてるんだ。
「ねえ、斉木君。さっき扉の向こうに誰かいなかった?」
僕は首を横に振って答えた。
面倒くさいから何も見ていないことにしよう。
「うーん。一瞬で消えたように見えたけど、なんだったんだろう」
なんだった、か。まあ予測はできる。
扉の向こうにいたのは1組の男女。男の方を念花美とし、そこにいた理由を僕と夢原さんの放課後イベントを行わせる──すなわち、屋上に誰も通さないことだと仮定。であれば、念花美を突破し、扉に手を掛けることができる女子生徒は1人しかいないだろう。……そう、照橋さんだ。つまり、念花美と照橋さんは何かしらの攻防を繰り広げていたわけで……って、何故?
ふと湧いた僕の疑問が解消されることはなかった。夢原さんの言葉に思考が遮られる。
「それじゃあ斉木君、私はちょっと教室に寄ってくから。また明日」
小さく手を振りながら、三階の廊下を夢原さんは駆けていく。僕はその姿をぼーっと見つめていた。例に漏れず他意はない。気疲れからくる、ほんの少しの油断だった。
そう、油断。
超能力が正常に機能しないこの状況において僕は、あろうことか気を抜くなどという失態を犯してしまった。
右肩に衝撃を感知する。
「よっ、相棒。やっと見つけたぜ」
「……パキッ」
!?──きっと漫画であれば、こんな表記がコマのどこかにでかでかと描かれていることだろう……ということはともかくとして、そこには燃堂がいた。これだから神出鬼没のアホは……。心臓が飛び出るかと思ったぞ。
しかし今、なにか変な音がしなかったか? 物が壊れるような、そんな音が。
僕は一通りあたりを見回し、窓ガラスなどが割れていないか確認する。……大丈夫そうだ。
よし。帰ろう。
僕は昇降口へと向かう。
「相棒、ラーメン食いに行こうぜ」
やれやれ。今日は疲れた。帰ってコーヒーゼリーを食べよう。そうしよう。
「なあ。おい。おっ」
しかし、ここ2、3日の災難は本当に堪えたな。
「なあ。おい。おっ」
やれやれ。まったく。やれやれだ。
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「なあ。おい。おっ」
「……」
「おっふ! て、照橋さん!」
「……」
いい加減諦めろ! 文字数稼ぎだと思われるだろうが!
ええい、鬱陶しい。僕はケツアゴの人体模型には興味ないんだ……って、ちょっと待て。最後、なんて言ったんだ?
状況を理解するよりも微かに早く、その人物は僕のパーソナルスペースに侵入してきた。
「さ、斉木君。やっと見つけたわ」
「……パキッ」
!?──きっと漫画であれば、こんな表記がコマのどこかにでかでかと描かれていることだろう……ということはともかくとして、そこには照橋さんがいた。これだから予測不能の愛されガールは……。心臓が止まるかと思ったぞ。
しかし今、なにか変な音がしなかったか? 物が壊れるような、そんな音が。
僕は一通りあたりを見回し、窓ガラスなどが割れていないか確認する。……大丈夫そうだ。
よし。帰ろう。この最悪なデジャビュはきっと幻覚だ。僕は疲れているに違いない。否。絶対に疲れている。
僕はくつを外履きに履き替え、正門へと向かう。
「ちょ、ちょっと! 斉木君、カバン!」
「先生、トイレ」みたいなことを言うんじゃない。僕の名前は斉木楠雄だ……ん? カバン?
僕が手元のカバンを見てみると、その中には女の子が好きそうな可愛らしい柄のノートやらシャーペンやらが入っていた。
……。
……え?
「さっきぶつかった時、入れ替わっちゃったみたいなの。これ、斉木君のでしょ?」
そう言って、照橋さんは手にしていたカバンを僕に差し出す。僕はそれを受け取り、特段なにも気にすることなく照橋さんとカバンを交換した。
「……あの、中身とか……見た?」
テレパシーが十全に機能していない今、彼女の心情を知ることはできない。だが、なんとなくこちらを探るような表情筋だ。一体なんだっていうんだか。
一度浮かんだ疑問を投げ捨て、僕は首を横に振る。
まあ、つい先ほど透視能力で見てしまったが、これ以上の面倒ごとはごめんだ。僕はさっさと家に帰ってコーヒーゼリーを食べたいのだ。
だから全力で否定する。
「……そっか。それじゃあ、私の用事はこれだけだから、またね」
照橋さんと思われる人体模型は安堵したような表情筋で去っていった。
やれやれ。本当に大変な3日間……ではなく1日だったな。もう『1日戻し』の使用はよそう。副作用というか、反動というか、とにかくもう面倒なのはごめんだ。
僕は照橋さんに夢中な燃堂を尻目にこれ幸いにと、帰路についたのだった。
「ど、どうなってるのよーーッ!?」
帰宅し、自らのカバンの中身を確認した照橋心美は『秘密のノート』が
彼女が目にしたのは、見るも無惨な錠前の姿だった。
「な、なんで錠前が壊れてるのよ! それも2つとも!」
一瞬の狼狽。しかし、結論へと至る道はそれほど複雑ではなかった。
切れすぎる頭脳を持つ完璧美少女は、容易にその場所へと辿り着く。
「み……」
喪失。
「み……」
そして憤怒。
「見られたぁぁああーーッ!!??」
秘密を知られてしまった絶望感。
見たのか、という問いに首を横に振って答えた嘘つきモブ男。
これらに起因する照橋心美の発狂。
それを、斉木楠雄はまだ知らない。
※燃堂力と照橋心美。両名の意識外からの来訪に驚き、斉木君はサイコキネシスを暴発させてしまいました。(超能力不良が故に)
そして2回の暴発はそれぞれ、照橋さんの『秘密のノート』を守る錠前をひとつずつ破壊しました。(ご都合主義的に)
どうする照橋心美!?
どうなる斉木楠雄!?
といったところで後書きとさせて頂きます。