照橋さんは告らせたい   作:ナイルダ

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バック・トゥ・ザ・パーフェクト《吽》

(「運」は、この照橋心美に味方してくれるんだッ!)

 

 そうだ、照橋さん。キミは、そうでなくては。

 僕はストローの袋をサイコキネシスで浮かせ、仕切りで隔てられた隣のテーブルへと放る。僕の超能力バレを気遣った念花美が、慌てて仕切りから顔を覗かせ、言う。

 

「あ、ごめんなさい。ちょっとストローの袋で遊んでて」

「ね、念花美……」

「あひゅ、ね、念花美君!?」

「えっ、照橋さんと夢原さん!?」

 

 さて、手短に終わらせよう。

 僕もまた、念花美と同様に顔を覗かせた。

 

「え、斉木君もいたの!?」

「さ、斉木……くん」

 

 どうも、と目礼。

 そして沈黙。

 この場には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、晴れかけているものの僕と念花美にあらぬ疑いを向けている照橋さん、照橋さんに淡い想いを抱き始めた念花美と、気まずいメンツが揃っていた。

 ま、それでも問答無用で行かせてもらう。文脈も脈絡も、面倒なのは無視だ。

 

『ちょうどいい。照橋さんには用があったんだ』

 

 一瞬、彼女のかおが強張った。テレパシーでもその動揺を感知。だが、無視だ。

 

『きのう、ぶつかってしまったことを謝りたい』

 

 ぺこり、と一礼。

 照橋さんは面食らっていたが、それと、と僕は続ける。

 

『どうやらその光景を男子生徒に見られていたらしく、問い詰められたんだ。そして、照橋さんの私物にべたべた触ったんじゃないかという容疑もかけられている。僕はそれを払拭したい』

 

 嘘も方便というやつだ。あの瞬間は誰にも見られていないはずである。

 僕はカバンからファンデーション、梵天型のブラシ、セロハンテープを取り出した。こんなこともあろうかと、持ってきていたのだ。これらの簡易指紋採取セットを。

 

『これで、照橋さんのカバンから指紋を取りたい。そして、僕が照橋さんのカバンを持ち手以外に触れていないことを証明したいんだ』

 

 照橋さんは不承不承といった様子ながら了解してくれた。

 僕はちゃっちゃか作業をこなしていく。梵天にファンデーションをつけ、それをカバンにそっと押し当てる。余分な粉を払い、残った粉にセロハンテープを貼って、剥がす。いっちょ上がり。

 とはいえ、だ。犯罪捜査などに使われるものと比べれば、エセ指紋採取など、ガラスコップのようにツルツルとした表面の物(指紋を採取しやすい物体)にしかできない。綿生地のカバンでは無理である。だが、そこは超能力者。無理を通してなんぼだろう。僕は超能力を使い、照橋さんのカバンをファンデーションの汚れから守りつつ、念写とサイコキネシスを用い、セロハンテープに彼女の指紋を浮かび上がらせた。念花美は気づいているようだが、状況を飲み込めずに静観していた。

 とりあえず、持ち手、ファスナーの引き手、カバンの表面(触りそうな部分)の指紋を採取し、終わったことを告げる。

 ぶっちゃけ、これまで作業は虚構に等しい。きのう付着した指紋など、この程度のアイテムでは採取することなんてできない。僕の名演技である。照橋さんの納得を引き出せるか、それだけが肝心なのだ。

 僕は適当に、セロハンテープを見比べた。

 よし。見事に僕と照橋さん、そして照橋さんの兄を含めた3人の指紋だけである。念のためにサイコメトリーを使ったのは正解だったようだ。どうやら変態お兄ちゃんは、照橋さんが部屋を出た一瞬の隙にさわさわしていたらしい。キモイな。掛け値なしに。

 僕はそれっぽく結果を告げる。

 

『どうやら、3人分の指紋があるな』

 

 その場で僕と照橋さんの指紋を取り、3人のうちの2人が、それぞれ僕と照橋さんのものであると証明した。事実を知り得ないし説明もできないので、残りのひとりは不明ということになった。そして、僕はついでと称して念花美の指紋も取り、3人目が念花美ではないということも証明しておく。さらについでと言ってはなんだが、テレパシーの送信能力を使い、照橋さんの脳内に3人目が兄であることを想起させた。あとは彼女に任せよう。

 

『僕の指紋が取れたのは、持ち手だけだな。照橋さん、どうかわかってほしい。僕は照橋さんのカバンを、断じて物色していない』

「うん。……そうみたいだね」

 

 たとえ屁理屈であったとしても、納得を引き出すことができればそれでいい。僕への疑いに関してはひとまずなんとか、といったところか。

 だが、もう一押しだ。

 

『そう言えば、きのう照橋さんと昇降口前で会う前に、燃堂とぶつかってカバンを落としてしまったんだった。重ねて、申し訳ない。……どうだろう、なにか中身が壊れていたりしなかっただろうか』

 

 これもまた、嘘も方便というやつだ。

 とはいえ、燃堂をスケープゴートにしてしまったな。いつか「ラーメン食いに行こうぜ」って誘ってやるから、許せ。煮卵をひとつ、サービスで奢ってやる。だから許せ、燃堂。

 

「そうだったんだ……。うん、大丈夫だったよ(そっか、錠前はそのときに……。百均のやつだし、まあそんなもんか)

 

 ありがたやご都合主義。これで照橋さんは、僕らへのあらぬ疑いをほとんど払拭できるはずだ。そして、もう一声で『完璧』に拭い去れるだろう。

 残った問題を片付けるべく、僕は夢原さんに目を向けた。

 

『夢原さん、これ』

 

 数字が書かれた紙切れを、夢原さんに渡す。

 

「えっと、電話番号?」

『ああ。きのうはそんなことに気を回す暇もなかったが、友達なら電話番号ぐらいは知っているものだろう。とはいえ、残念ながら僕はケータイを持っていないんでな。家の固定電話で勘弁してくれ』

「そう言えば、楠雄は持ってなかったな」

 

 恐らくは意図せず、念花美の援護射撃も加わった。

 どうだ、照橋さん。キミの憶測にあった、僕が『秘密のノート』を写メっているという疑惑も解決しただろう。

 

(え、斉木って、携帯電話持ってないんだ)

 

 指紋採取による不安の払拭と、写メという方法の否定。

 ここまですれば、もう大丈夫だろう。

 『完璧美少女』はきっと、息を吹き返す。

 

『何かあったら、電話してくれ』

 

 僕は夢原さんに一言告げ、席を立つ。どうにかコーヒー一杯で乗り切れたな。お会計は400円。少々高くついたが、『1日戻し』の代償にしては安い……のだろう。たぶん。

 一拍遅れて、念花美も僕に続いた。

 だが、何を焦ったのか、膝を机にぶつけた。

 

「いてっ!」

 

 ぶつけた拍子に、念花美の飲み掛けのグラスが傾き、倒れた。零れたお冷がやつのズボンに吸い込まれていった。まるでお漏らししたような目立つシミができあがる。

 

「冷たっ!」

 

 夢原さんと照橋さんにその姿は見えていなかっただろう。

 しかし、念花美の声だという判断はできたのか、2人は仕切りからかおを覗かせた。そして、完璧美少年の無様な姿を目撃した。

 固まっていた念花美は、視界の端に現れた両名へと目を向ける。

 彼女らは無意識だろうが念花美の股間部分を凝視したあと、視線を上げていった。

 ばっちりと、視線がかち合う。

 気まずい沈黙。

 次いで、困惑と失笑。

 

「え、だ、大丈夫!? 念花美君!」

 

 困惑は夢原さん。

 

「くっ、ふふっ!」

 

 失笑は、照橋さんだった。

 余程おかしかったのか、彼女の笑いは収まらない。目尻には涙が溜まっていた。

 

「ね、念花美くん……、ふふっ、これ、ハンカチ、貸してあげる。返すのは今度でいいから」

 

 指で涙を拭いながら、照橋さんは桃色を基調とした花柄のハンカチを念花美に手渡した。

 これでもかとかおを紅くした念花美は、震える手でそれを受け取る。

 僕はそこまで見届け、

 

『それじゃあ、失礼する』

 

 席を後にした。伝票を持ち、念花美が続く。

 僕らはレジで会計を済ませた。

 

(さっきの念花美、ぜんぜん完璧美少年じゃなかったわね。あんな姿、初めて見た。……ふふっ。案外おっちょこちょいなのね)

 

 店を出る直前、声が聞こえた。

 その心の声は、どこまでも穏やかだった。

 

 

 

ΨΨΨΨΨ

 

 

 

 家に帰り、ベッドに横たわる。目を瞑って、僕は考えた。

 完璧である必要なんてない。だが、完璧であろうとすることを否定するつもりもない。それは(ひとえ)に努力であり、美徳である。誇るべきことだ。

 そもそも、『完璧な人間』など、そんなやついるのだろうか。仮にいたとして、そいつは幸せなのだろうか。弱点を持つ照橋さんや、念花美ですら、周りからは完璧であることを求められる。彼女らはそのプライドや生来の気質故に、人前でボロを出すことはない。だが、強いられているといえば、強いられているのではなかろうか。はたしてその行為は、彼女らにとっての幸せと言えるのだろうか。

 その端整な容姿故に味方を作り、敵を作る。生まれ持った才能が、武器となる。己を飾るその武器は神々しくも美しく、多くのひとを惹きつけ、だがしかし、時には畏怖を与えることもあるだろう。そんな場合であっても、もし、完璧な人間であったなら、敵など作らないのかもしれない。

 持つ者も、持たざる者も、『ひと』というカテゴリーの中にいる限り、等しく悩む。超人たる僕とて例外ではない。1個のお高いコーヒーゼリーを買うか、安くても3つ入りのコーヒーゼリーを複数買うか、僕だって悩むのだ。

 今回、照橋さんは様々なことを考えたのだろうが、それもまた、彼女が持つ権利ということである。

 どうか照橋さんには強く生きてほしいものだ。僕が育成した最強のイケメンに釣り合う女性など、きっと、キミ以外にはいないのだから……。

 

「くーちゃん、女の子から電話よー!」

 

 やたらと上機嫌な母さんの声が聞こえ、僕は思考を中断した。

 しかし母よ、電話を取り継ぐときは誰からなのかを伝えてくれ。まあ、今回に限っては夢原さんだろうが。

 僕はベッドから起き上がり、1階に降りる。

 電話を引き継ぐと、やはり相手は夢原さんだった。

 ちらちらと僕の様子を窺う両親にガンを飛ばし、追い払う。やれやれ、うざったいことこの上ないな。

 

「お電話変わりました、斉木……楠雄です」

『あ、斉木君!』

 

 慣れないせいか、敬語になってしまうな。

 

『あ、お夕飯時にごめんね。ただ、その、えっと……、せっかく電話番号を教えてもらったから、かけてみようかなって』

 

 やれやれ。僕がケータイを持っていないことを照橋さんにさりげなく伝えるための小細工だったが、失敗だったかもな。毎日かかってくるとかだったら、さすがに絶交だぞ。

 僕は「ああ」と、どうにか適当な相槌を打つ。

 

『あ、そういえば、喫茶店に斉木君がいたのはびっくりだよ』

 

 夢原さんは心底驚いたふうに言い、

 

『えへへ。もしかしたら、運命だったのかもね!』

 

 と、続けた。

 やめてくれ。あれは予定調和だったんだ。僕がテレパシーの送信能力を使い、サブリミナル効果的にキミの行動を誘導して、照橋さんと鉢合わせたのだ。ちょうど、僕と念花美がいる喫茶店の目の前になるよう調整してな。ついでに店員にも働きかけ、席の調整までしたのだ。

 つまり、運命の赤い糸など、僕とキミの指には結ばれていないのだ。

 これ以上夢原さんと話すのは、精神衛生上あまりよろしくないのは明白。だが、僕の作戦に巻き込んでしまったのも事実。……いや、斉木家の電話番号という戦果を彼女は得ている。そうだ。ちゃらだ。貸し借りがない状態のいま、夢原さんに配慮する必要はない。

 よし。切ろう。

 

「少し、やらないといけないことがあるから、またあした」

『え、ああ、ごめんね、急に。またあした、学校でね』

 

 切なげな声に、ほんの少しだけ、本当に少しだけ、受話器を置く手が重くなった。まあ、結局容赦なく置いたけど。

 「はぁ」と、ため息が零れた。電話が、こんなにも疲れるとは。

 僕が電話を終え自室へ戻ろうとすると、玄関の扉が開く音が聞こえた。誰だ。両親は鬱陶しい眼差しで、僕の電話する姿を見ていたはず。念花美だろうか。

 

「おーい、ママーッ! レトルトだけど、翔くんと(しらせ)ちゃんからお赤飯もらってきたよーッ! 今度お裾分けする約束も取り付けてきたからね!」

「あらパパ、スーパーまで走らずに済んだのね! ああでも、ケーキもあった方がいいかしら」

「そうか、ケーキ! ママ、急いで買ってくるよ!」

「気を付けてね、パパ。おめでたい日なんだから」

「よし、行ってくね!」

 

 行ってくるね、じゃない。というか、お赤飯もいらない。

 まったくなんなんだ。女子からの電話ぐらいで騒ぐな。

 

「でもくーちゃん。私、しょーちゃんから聞いたのよ、くーちゃんに彼女が出来るって。正直、しょーちゃんの話だとしても半信半疑だったけど、本当だったのね。さっきの電話は彼女さんからなんでしょ!」

 

 念花美が、母さんに対して口走った『楠雄に彼女を作らせてみせる宣言』。この設定、生きてたんだな。……って、母さん、内容が変わってるぞ。伝言ゲームを初手からミスるな。

 

「そうだぞ楠雄。別に恥ずかしがることじゃない。……そうだ、スマホ買ってやるよ! 電話で長話、ママとの思い出がよみがえるなあ!」

 

 親指を立て、サムズアップする父。

 僕はその親指を、本来曲がらない方へと曲げていく。断末魔が聞こえてくるが、シカトだ。

 やれやれ。相も変わらず、早とちりな上に騒々しい両親だ。

 

「いでででででっ! く、楠雄様! コーヒーゼリー買ってくるから、許して下さい!」

 

 まったく、本当に騒々しいな。

 コーヒーゼリー10個を手打ちとし、父さんを解放。次いで、電話相手はただのクラスメイトだとどうにか弁明し、僕はことなきを得た。

 やれやれだな。本当に。

 しかし、あした学校で、か。

 あ、そういえば、燃堂に煮卵を奢ると心に誓ったんだった。どうやら『1日戻し』の代償は、コーヒー一杯、女子からの電話、両親の騒ぎと煮卵になるらしい。

 とはいえ、照橋さんの復活と念花美の淡い恋心。収穫はあった。まあそれらを鑑みたとて、少々高くついた気がしなくもないが。

 

 さて、これでやっと落ち着けるな。

 僕は白米の夕飯を食べ、自室へと戻った。ベッドに横になり、頭の後ろで手を組む。そして目を閉じ、考える。

 夢原さんと友達の関係のままでいる方法。

 照橋さんと念花美をくっつける作戦。

 まったくもって未知数だが、解決しなくてはならない厄介ごとは沢山ある。

 本当に、やれやれだ。

 

 満ちた月は、煌々と町を照らす。

 きょうも変わることなく、夜は更けていく。

 朝になれば太陽が昇り、新しい日々が始まる。

 僕の災難な日常もまたきっと続くのだろうと、そんな予感を抱きながら、僕は眠りに落ちていくのだった。

 




Ψ『1日戻し』最終日の照橋さんの行動Ψ

・斉木君とぶつかりカバンが入れ替わってしまう。
・カバンを交換するため斉木君を追う。
・屋上に当たりをつけ、屋上へ向かう。
・屋上へと繋がる扉の前にいた念花美君と交戦。
・屋上の扉を開ける直前、念花美君によって3階に連れていかれる。
・念花美君との攻防が続くも「おっふ」させることに成功。
・再び斉木君を追い、昇降口手前で追いつく。
・カバンを交換することに成功。
・帰宅し中を覗くと『秘密のノート』を守る錠前が壊れており、中を見られたと勘違い。

※念花美君が「おっふ」した直接的な描写はありませんが、悪しからず。
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