『負けず嫌い』という言葉を聞いて、読者諸君はどのようなイメージを抱くのだろう。ポジティブに捉え、へこたれない粘り強さをもつひと、と思うだろうか。はたまたネガティブに捉え、意固地になって張り合ってくるひと、と思うのだろうか。
この『負けず嫌い』という性格。上述のように長所とも言えるし短所とも言える、そんな性格。果たして『完璧』を演じる彼や彼女は、負けず嫌いな人物なのだろうか。
自分自身と向き合い、闘い、勝ち続けていることで『完璧』を維持しているのであれば、それは負けず嫌いと評せるはずだ。そう、完璧美少女こと照橋心美は、自分が勝たなければ気が済まない人間である。とどのつまり、負けず嫌いなのだ。もっとも、勝つための努力を怠らない彼女のそれは、美徳と言える領域にまで達しているが。
ではここで、完璧美少年について考えてみよう。
平穏を好み、争いを嫌うやつではあるが、しかし。念花美もまた、負けず嫌いな一面を持っている。どうせやるなら勝った方がいいと、その程度の気概ではあるのだが。
とはいえ、こういった一面は滅多なことがない限り表層に現れることはない。念花美の闘争心は普段、心の奥底に隠れている。
理由は単純、競う相手がいないのだ。
超能力者である僕と念花美との間には埋めることのできない差があるが、念花美と一般人の間にもまた、身体能力にせよ学習能力にせよ大きな隔たりがある。それらは決して埋まることはない。僕が手ずから育成した最強のイケメンは、人類が到達しうる限界領域を半歩ほど超越しているのだ。フィジカルチートな燃堂をもってようやく念花美の足元に及ぶ、とも表記できるほどに。
まあそれ程の最強イケメンだが、強いて勝負できるやつがいると言うのなら僕の残念な兄ぐらいだろう。聡明さにおいて人外の領域にいるあのマッドサイエンティストでもなければ、念花美と渡り合うことなどできはしない。
さて、長々と語りはしたが、結局なにが言いたかったのかといえば『念花美は勝負事において、勝てるのであれば勝つべきだ、と思う人間である』ということだ。
きょうは全学年全クラス、6限目が潰れロングホームルームの時間となっている。
事実、教卓には教師ではなく、学級委員長である灰呂の姿が窺える。そんな彼は僕たちに背を向けチョークを手に持ち、カツカツと黒板に文字を書いていく。
個人種目──100メートル走、男女ペア二人三脚、借り物競走。団体種目──綱引き、玉入れ、クラス対抗リレーと書いたところで、灰呂はこちらに振り返り、切り出した。
「じゃあみんな、これから僕が順番に種目を言っていくから、自分が出場したい種目で挙手してくれるかな!」
灰呂はここで一旦区切り、出場したい種目を決める時間を作った。
察したひともいると思うが、いま現在、僕たちはおよそ1ヶ月後に開かれる体育祭の種目決めをしている最中である。授業が潰れる上に行事の取り決めとあって、クラスの雰囲気も上々だ。
クラスメイトたちが「どれにする」「私はあれがいい」などと騒ぎだす中、1分ほどの時間が経ち、灰呂の声が響く。
「そろそろ決まったかな。個人種目はひとり一回は出てもらうからね。まずは二人三脚、借り物競走と決めて、残ったひとは全員100メートル走ってことで」
さて、僕は手を上げる必要がなさそうだ。挙手しなければ、自動的に100メートル走に決まる。他人と協力しなければならない二人三脚はごめんだし、借り物競走も面倒極まりない。対して100メートル走は自己完結する競技だし、走力の調整だけで済む。消極的理由にせよ積極的理由にせよ、100メートル走一択である。
どうやら心穏やかにロングホームルームを過ごせそうだ、と僕が安堵していると、
「えーっと、二人三脚は……とりあえず照橋さんってことで」
幻聴ではあったが教室に、ぶおおーっ、と法螺貝の音が鳴り響いた。
二人三脚。思春期の男女において、異性がペアとなる種目で積極的に手を挙げることは憚られる。男子は女子に下心があると思われたくないし、女子も能動的には出づらいだろう。
そんな硬直した状況において、照橋心美は動いてみせたのだった。「誰もやらないのなら私がやるわ」と、仕方がないといったふうを前面に押し出しながらも主体的に行動し、それを見たクラスメイトたちは「さすが照橋さん!」と拍手を送ったのだ。
だが、それは同時に、開戦を告げる狼煙でもあった。
ペアの相手が照橋さんとなったことにより、男子たちは恥も外聞も捨て去ったのだ。我こそはと、手が反り返るほど垂直に上げてみせ、自分こそが選ばれるに相応しいと捲し立てた。
「俺陸上部だし、照橋さんのことサポートしてみせます!」
「実は将来、プロの二人三脚走者になろうと思ってるんだよね。だから俺がやります!」
「地元じゃ『二人三脚の彗星』って呼ばれてたんだぜ。俺こそが適任だ!」
「僕が!」
「俺が!」
「僕こそが!」
「俺こそが!」
といった具合に、まさに
僕とて耳を塞ぎたくなってきた、そんな折。特徴的な心の声を聞きつけた。それは、こんな状況にあってなお不適な声色だった。
(よし、ここまでは想定内ね)
紛れもなく照橋さんの声。
しかしなるほど、彼女は念花美とペアになることを目論んでいるわけか。
(次の工程はくじ引きにもっていくこと)
男女ペア二人三脚という建前があれば、合法的にくっつくことができる。体の距離も縮まり心の距離も縮まる、といった効果を狙っているのだろう。だぶん。
まあ否定はしないし、念花美とて身体を密着されれば「おっふ」する可能性は高い。
だが、おそらく照橋さんは知らない。念花美が持つ『勝負事に対する価値観』を。大なり小なり勝ち負けという概念が付きまとう行事において、あいつがどのような考えのもとに行動するのかということを。
(あとは簡単。念花美の名前が書いてある紙を選ぶだけ!)
だから断言してもいい。
照橋さんの作戦は──……
「みんな落ち着いて!」
灰呂が声を荒げるも、男子たちの熱は冷めない。言い争いはヒートアップし、つかみ合いの喧嘩にまで発展している。今後70年ほど続くであろう人生の最たる晴れ舞台に登るチャンスとあって、男子たちはそれはもう必死だった。
血走った目の生徒たちを、鶴の一声が諫める。
照橋さんが手を打ち注目を集め、提案した。
「ここは公平に、くじで決めようよ」
極めて笑顔で言い切る。
男子たちは瞬く間に取っ組み合いを止めた。
そして一瞬の静寂のあと、動く。腕まくりをする者、深呼吸をする者、両の手を合わせ祈りを捧げる者、柔軟体操をする者、メガネをくいっとあげ平静を装う者などなど、彼らは決戦の刻へと向け準備を始めた。
灰呂がどこからともなく抽選用の箱を取り出し、全男子に小さな紙を配る。もちろん、僕や念花美にも。……いやこれ、僕も書かないといけないのだろうか。二人三脚に参加するつもりなど毛頭ないんだが。
僕が配られた白い紙切れをまじまじと見つめている間にも、受け取った男子たちは紙に自分の名前を書き、教壇に立つ灰呂のもとまで持っていく。1人、2人、3人と続き、列をなす。並んでいる最中、くじに二つ折りではなく三つ折りや角を折り曲げるといった小細工を施す輩が現れるも、粛々と名前の書かれた紙は箱の中へと収められていった。
(さあ神、頼んだわよ。念花美の名前が書かれた紙を私に選ばせなさい! ……って、あれ?)
照橋さんは隣人を一瞥し、気付く。念花美が席を立とうとしていないことに、列に加わる素振りを見せないことに……というか、シャーペンすら手にしていないことに。
あとは神に上目遣いでウインクするだけの簡単な作業ね、と余裕と共に息巻いていた照橋さんは、突如としてキョドりだす。
「……え、あれ、念花美くんは行かないの?(ちょ、え、どうなってるの……?)」
いやさ、別に不自然なことではない。そもそもこれは二人三脚に出場したいやつが参加するくじ引きである。出る気がないのなら紙に名前を書く動作すら不要なのだ。
念花美は照橋さんの問いに、至極不思議そうに答えたのだった。
「ん? これって二人三脚に出たいひとがくじをやるんでしょ?」
「う、うん」
「だったら大丈夫だよ」
「……大丈夫、というと?」
「俺は100メートル走に出るつもりだから」
「……ア、ソウナンデスネ(ええぇぇーーッッ!?)」
照橋さんはピクピクとかおを引き攣らせながらも、どうにか受け答えを続けた。念花美は対照的ともいえる晴れやかな笑顔である。隣人の質問に対し素直に自分の意志を伝えただけにすぎない。彼の頭の中には、照橋さんと二人三脚をする、という考えは存在しないのである。
もしも念花美と二人三脚をやりたいのであれば「一緒に出ようよ」と素直に伝えるのが一番なんだが……
「……(いや、え……どういうこと? あの箱に名前の書いた紙を入れるだけで私と二人三脚ができるのよ? 合法的にくっつけるのよ? というか、くじという偶然性に支配された選出法にしてあげたんだから参加すればいいじゃない! 挙手制じゃ恥ずかしいだろうからって私がわざわざ配慮したっていうのにっ!)」
まあそんな「あなたと二人三脚がしたい」などという告白同然なセリフを言えるはずもなく……。だが、まだ諦めてはいないようだ。
照橋さんは、どうにか念花美をくじに参加させようと試みる。
「ねえ、その……とりあえず、やってみるだけやってみない? みんな参加してるよ?」
「……え、そうかな?」
念花美があたりを見回す。
僕と目が合っているわけではないけれど、こっちを見ているのはわかる。その視線に釣られ、もうひとりの意識が僕へと向かっていることも、わかってしまう。
頼むから、僕を巻き込んでくれるなよ。
「あ、楠雄も同じみたい。もしかしたら、男子は全員参加、という旨を聞き逃したのかなって思ったけど、大丈夫そうだね」
「……ソ、ソウダネ(斉木モブ雄、あいつはきっと「て、照橋さんと二人三脚をするなんて……おっふです!」ってなってるのよ。あまりに恐れ多くて硬直してるに違いないっ! はぁ、私の美貌が裏目に出てしまったわね……じゃない、そうじゃない! 間の悪いやつねまったく!)」
セーフ。なんとか巻き込まれることはなかったな。とはいえ妙な勘違いをされている気がするが……まあいいか。
僕に照橋さんの敵意が向かなかったことを安堵していると、いつの間にやら2人の無意味な攻防は佳境を迎えていた。
「そもそも二人三脚って、1位になっても300点しか入らないんだよ。つまり、1人換算で150点。対して100メートル走にはクラス代表戦(ラストだけは得点が高く設定されており、大抵の場合はクラスで最も速い人物が選出される)があるでしょ? あれって1着だと400点なんだ」
「へ、へー……(めちゃくちゃ理詰めで問いただされてるんですけど。……え、なに、私がおかしいの?)」
「ひとりで400点だからさ。去年の体育祭や今年の体育の授業を見ている限り、まあ、それに出場するのが順当かなって。体育祭、どうせやるなら勝ちたいし」
「そ、そっか、うん。そうだよね(【悲報】念花美、体育祭ガチ勢だった)」
終始冷静だった念花美と次第に元気をなくしていく照橋さん。
なんとも対照的である。
……本当にな。
「あ、でも、二人三脚に出た方がよかった?(先生に訊いたところだと、ポイント配分は去年と一緒だったはず。だけど、照橋さんが何度も確認してくるってことは、俺が知らないうちに変わったのかな? さっこん言われる『協調性』とかに配慮するのであれば、二人三脚の方が高得点でもおかしくないし……)」
「えー……と(こ、こいつぅぅううーーッ!? あろうことか、私に参加するかしないかの選択を投げてきやがった! この「俺、二人三脚出た方がいい?」って問答はつまり、イエスと言ってしまえば「そうだよ、念花美くんとくっつきたいから、私はくじに参加するように言ってるんだよ!」って宣言してるようなもの……、私がこいつとヤりたいと告白するも同然ってことになってしまうッ! ひ、久しぶりのカウンター口撃きた!? くぅ、イエスとは口が裂けても言えないッ!)」
わずか0.1秒の煌めきの中で、完璧美少女は答えを導き出す。
照橋さんは奥歯を噛み締めながら、続けたのだった。
「まあ、勝つためには効率的にいかないと。念花美くんは運動できるし、やっぱり高得点の種目に出るべきだよね(後悔するがいい念花美! あんたは私から「一緒に二人三脚したいなっ」って言葉を引き出したかったんでしょうけど、そうはいかないわ! ……しっかし、あーあ、私とくっつくチャンスを棒に振るだなんて、馬鹿なやつ! せいぜい素直になれなかった自分を恨みなさいッ!)」
「そっか。よかった!(ポイントは同じっぽいな。よし、今年も100メートル走のラストにしてもらうために、みんなの説得を頑張ろう!)」
「……ッ!!(い、言うに事欠いて「よかった!」ですってぇぇええッ!? 強がってんじゃないわよこのすっとこどっこい! てか、それって私と二人三脚しなくてよかったってことなのか、おい!? そりゃあんたと比べれば身体能力は劣るだろうけど、こちとら体型を維持するために習慣的にストレッチや運動だってしてるっつーの! 私の身体のどこに不満があるっていうのよッ!?)」
自分の目論見が破綻したことと、(勘違いではあるが)不意に煽られたこととが相まって、完璧美少女はこめかみに青筋を立てている。対照的に、完璧美少年はどこ吹く風。早く二人三脚の抽選が終わらないかな、と思ってさえいる。
こうして、念花美が照橋さんの『体育祭でキョリを縮めたい』という意図を汲み取れないばっかりに、その後も会話はすれ違い続けた。
体育祭という行事を恋愛的に楽しみたい照橋さんと勝負事として楽しみたい念花美とでは、そもそもが相容れなかったのだ。……合掌。
とはいえこれを機に、完璧美少年の価値観を知ることができたと思ってほしい。今回は照橋さんが一方的に空回りして恥をかいた展開だったが、決して無駄にはならないのだから。
前話にてアンケートに答えてくださった方々、ありがとうございます。
わりと票がバラけたため、結果を参考にしつつ、独断と偏見のもと鳥束たちの処遇を決めたいと思います。
次回にでも発表できたらなあと考えておりますが、いまのところ『照橋さんは告らせたい』では書かないという方向性でいこうかなと……。