照橋さんは告らせたい   作:ナイルダ

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照橋さんは砕かない《女》

 はっきり言ってバレンタインに良い思い出はない。

 女子たちからは誰に渡すのかと質問攻めにされ、男子たちからは鬱陶しいほど期待の眼差しを向けられる。

 加えて言うのであれば、とある女子が気になる男子にチョコを渡そうとするも、その男子が私に夢中で受け取ってもらえず、悪感情の矛先が私に向き、女子グループとの関係性の修復に奔走しなければならない……なんてこともあったかな。

 あと、この時期はお兄ちゃんも殊更ウザい。

 はあ。

 憂鬱な気分でぼーっと眺めていたテレビから、甲高い女子アナの声が聞こえる。

 意識をそちらに向けると、どうやらバレンタイン特集を放送しているようだった。都心のデパ地下にあるチョコレート専門店が取材を受けており、時折映るショーケースには宝石のように美しいチョコが整然と並んでいる。

 はあ。

 やはり億劫だ。

 今年も、ワンコインで買える物をお兄ちゃんとお父さん用に買って、それでお終いでいっか。あとは適当にクッキーでも焼いて、クラスの女子たちに配ろうかな。

 私は端的に結論を出し、意識を切り替えた。

 さて、宿題でもしますか。

 テレビの電源ボタンを押そうとした、その時、

 

「そう言えばここちゃん。例のイケメン君に渡すチョコ……どうするの?」

 

 私の全てが停止した。

 電源ボタンを押そうとした指も、立ちあがろうとした足も、宿題をこなすという予定も、バレンタインって面倒だよな……という思考も、全てが止まった。

 そうだよ。どうすんだよ、私。

 というか、毎年毎年早く終わらないかな、なんて思ってたから今回も適当にやり過ごすところだった。

 いや待て。そもそも渡すのか、私は。

 この完璧美少女が、西日が射すロマンチックな放課後の教室で、恥ずかしそうにしながら、瞳を潤ませ、いかにも勇気出しました!──みたいな感じでッ!! ……いやいや、下校途中でもいい。肌寒い空の下、マフラーで口許を隠しながら、しかし少しだけ見える恥ずかしさで桃色に染まる頬を寒さのせいにして、見えないように握りしめた贈り物が心の熱で溶けてしまうのではないかと心配しながら、いかにも本命です!──みたいな感じでッ!!

 

「ちょっとここちゃん、聞いてるの?」

「うわぁぁああーーッ!?」

 

 オーバーヒートした思考の渦に母の声が入り込んだことで、体が勝手に動き、飛び上がってしまった。

 私の奇行に、普段は掴み所のないあの母も多少不意を突かれたようで目を丸くしていた。しかし、胡乱な眼差しは一瞬のことで、母はにまにまと妖しい笑みを浮かべる。

 やばい。恥ずかしい。

 

「準備期間はあまりないわよー」

 

 これは徹底的に弄られるな、と覚悟したものの、母は予想外にもその場を去った。

 ひとり、リビングに取り残される。

 点いたままのテレビからは興奮気味な女子アナの声が響いた。

 

 

 

『性別問わず、バレンタインって告白するにはうってつけの日ですよね!』

 

 

 

ΨΨΨΨΨ

 

 

 

 やばい。

 

「カバン重くない? 持つよ」

 

 やばいッ。

 

「のど乾いてない? ピーチティー買ってきたよ」

 

 やばいッ!

 

「お腹空いてない? 購買で色々と買ってきたよ」

 

 やばいッ!!

 なんで私がチョコを持ってきてるって噂が広まってるのよ!

 それに、学校に着いてから思い出したけど、いま持ってるチョコ……冗談で作ったハート型のやつだしッ!!

 あーもう! これじゃあ渡すに渡せないじゃないッ!

 

「私、お手洗い行くからまたね」

 

 荒ぶる心を宥めるため、まずはぞろぞろと付き纏ってくる男子たちを撒く。

 落ち着こう。とにかく落ち着くんだ。

 個室に籠って作戦会議。私が取るべき行動はこれだ。

 空いている個室に駆け込み、一旦息を深く吐いてからカバンを開きブツを取り出す。

 パステルピンクの下地に白色の水玉模様が並ぶ包装紙でラッピングされたソレ。淡いピンクの邪魔にならないように注意したパステルイエローのリボンを斜め掛けにして飾ったソレ。中には半分冗談で作ったハートの形に型抜きされたチョコが入っているソレ。

 私は思わず手でかおを覆った。

 ガチかよ。

 ド本命(ガチ)すぎるだろ、これ。

 引くわー……。お母さんに言われるがままに作った試作品だけど、無意識のうちにこれを選んでカバンに入れてたとか……自分の乙女具合にドン引きだわー……。

 数分、真顔でソレを見つめていた。

 が、自身の置かれた状況が変わるわけもなく、朝のホームルームの時間は刻一刻と迫っている。

 とりあえず〝これ〟を渡すわけにはいかない。渡すにしても、家の冷蔵庫に入れてある他のやつでなければならない。だから学校で渡すのは諦めよう。学校が終わったらすぐ家に帰って、無難なチョコと交換してから、あいつの家に行こう。テスト勉強とか付き合ってもらってるし、日頃のお礼だと自分に言い聞かせれば余裕で渡せるよね! わざわざ家まで渡しに行っても不審に思われないよね!

 よし、これだ!

 進むべき道を見定め、私はやっとの思いで落ち着きを取り戻した。

 だが次の瞬間──ポケットに入れていたスマホが振動する。画面は母からメッセージが届いたことを知らせた。

 背中に嫌な汗が伝う。

 私は恐る恐る液晶をタップし、メッセージの詳細を確かめる。すると──

 

冷蔵庫のチョコ、全部食べちった! てへ( ^ω^ )

 

 終わった。今年のバレンタインは終わった。

 重い足取りのままトイレを後にする。

 私が教室に着いたのは、ホームルーム開始のチャイムとほとんど同時だった。

 

 

 

ΨΨΨΨΨ

 

 

 

 放課後。お隣の念花美さんはそそくさと帰り支度を整え、私に軽いあいさつをした後、すごすごと教室を去った。いつもは覇気のあるしゃんとした姿をしているが、きょうばかりはその背中に哀愁を漂わせていた。

 まあ、無理もない。

 女子が現れては目の前でチョコやクッキーやケーキが叩き潰されたのだ。そしてそれを、ただ眺めることしかできないでいたのだから。

 とはいえ、女子の方にも同情できる。

 市販のチョコを溶かし、再び固めたモノであったとしても……万が一にも好きなひとの口に合わなかったなら、想いに応えてくれなかったなら──なんて考えてしまうと、怖くて渡せなくなっちゃうよね。

 はあ。

 声や表情には出さず、心の中でため息をついた。

 色々と思うところはあれど、私とてきょうは疲れたのだ。

 変な噂が広まってしまったせいで、一日中ひっきりなしに男子が訪れ散々顔色をうかがうような対応を受けた。女子も同じく「誰に渡すの?」などと訊いてくる始末。そしてそれを、嫌なかお一つせずにやり過ごさなければならなかったのだから。

 しっかしいま思えば念花美のやつ、表情(かお)に出しすぎよ。私と対等でいたいのなら少しは愛想よく振る舞いなさいよね。

 やれやれ。

 モテすぎるのも考えものだ。

 完璧を保つのも楽じゃない。

 バレンタインなんて──

 

(バレンタインなんて、なくなればいいのに)

 

 悪態をつこうとした、その時。

 ソレは突如として脳内に響き渡った。

 ソレは〝あいつ〟の声で再生された。

 ソレは私の心に届いた。同じことを感じていたから。

 

(まあいいか。……明日になれば元通りだし)

 

 そうね。

 そうよね。

 私たちは〝完璧〟で〝特別〟で……〝異質〟なの。

 でも、紛れもなく人間だ。

 心がある。

 疲れもする。

 嫌な思いもする。

 

(きょうは早く寝て、ゆっくり休もう)

 

 私は〝完璧〟であることを選んだし、あいつも〝特別〟な才能を持って生まれたのだから……〝特別〟な生き方しかできない。

 仕方のないことだ。

 諦めるしかない。

 受け入れるしかない。

 勿論〝完璧〟であることの恩恵を受けることもある。

 だから、それで差し引きゼロだと思えばいいのだ。

 私は……そういうことで納得した。

 じゃあ、あいつは……?

 

(まただ。またチョコが砕かれた)

 

 あいつは、進んでよく思われようと振る舞ってはいない。

 私とは少しだけ違う。

 あいつは純粋なやつだ。

 あいつはお人好しなやつだ。

 あいつは存外繊細なやつだ。

 

(……はあ)

 

 あいつは……、まったく、仕方のないやつだ。

 帰り支度を即座に済ませ、立ち上がる。

 群がる男子の間をするりと抜け、私は教室を飛び出す。

 寒い。息が白い煙となって現れる。

 マフラーを鼻先に引っ掛け、私は走った。

 

 

 

ΨΨΨΨΨ

 

 

 

 学校を出て、いつしか覚えていたあいつの通学路を走っているとその背中は見えてきた。相も変わらず不甲斐なくしょぼくれている。

 追いついた頃にはマフラーはずり落ち、白い吐息が次々とこぼれ出ている。きっと髪も乱れているだろう。……でも、私は息を整えることもなく話しかけた。

 ぶっちゃけ、どんなセリフと共に渡そうかとか、考えていない。

 なんか、その方がいい気がしたのだ。

 

「念花美くん、ちょっと待ってよ」

 

 でもやばい。

 いまになって緊張してきた。

 

「……あ、照橋さん」

 

 まさかこの私が、誰かにチョコを渡す日が来るなんて。

 それも、本気(ガチ)なラッピングをしたハート型のチョコ。

 これ、やっぱり告白じゃね?──そんな思いを強引に心の奥へとしまい込む。いまは、なによりも大事なことがあるのだ。

 

「きょうは調子悪そうだから、心配になっちゃって──」

 

 気になるひとが辛そうなかおをしていて、それを無視するほど私は自分本位なプライドお化けではない。できるのなら、笑っていてほしい。

 そうだ。それでいい。

 私は、誰かを悲しませるようなことをしないのだ。

 だって──

 

「──っていうのは半分嘘」

 

 ──だって私は、完璧美少女なのだから。

 

「これあげる。作りすぎちゃったの」

 

 カバンから取り出したソレを、あいつに押し付けた。

 寒さで赤くなっているであろうほっぺたをマフラーで隠し、踵を返す。

 未だかつてない晴れやかな気持ちで、私は駆け出した。

 

 

 

本日の結果

照橋心美の勝利

(これであいつも私に告る気になっただろ──と思う照橋さんだが、そうは問屋が卸さなかった。念花美くんの知っている『バレンタインのチョコ』とは、愛情たっぷりの『ハート型チョコレート』だったのだ。というのも、いままで彼にチョコを渡していたのは激重ブラコン妹ただひとり。つまり、念花美くんにハート型のチョコ〝だけ〟を渡しても、それに〝特別な想い〟が含まれているとは察してくれないのであるッ! とはいえ、ホワイトデーには盛大な返礼品が贈られたのだった。完)

 

 

 




クリスマスとお正月イベントを『キング・クリムゾン』の如くすっ飛ばしましたが、もしかしたら二つ前の話に挿入投稿するかもしれません。(たぶん二周目に回すと思います)
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