私とアイツの戦いを今日から記すことにしました。
とは言え、アイツを「おっふ」させる為に付けていた観察記録とは別に、日記を付けることにしたのには理由があります。それは──
あの男だけは絶対に許さん!!!
──という強い思いに駆られたからです。
そう。この日記は、私が書きたいことを書きたいまま書くための秘密のノート。そして私だけが見るので多少の字の荒ぶりも気にしません。もし誰かに見られたらソイツを
さて、冗談はこれくらいにしておきます。メインは学校で起きたことの愚痴なので──
なにが「用事があるから」じゃボケーー!!!
本当に、マジで、信じられない。
私が顔をあからめ恥ずかしそうにモジモジする演技までしてやったっていうのに──
無反応とか
本当に信じられない。まさか私の誘いを断るだなんて。
しかし、それはもう過去のこと。いつまでも引きずっていたってしょうがない。今私がするべきなのは、今日と同じパターンに持ち込まれた際の更なるカウンターを用意すること。
そう、今回における私の敗因は想定外のカウンターを受け動揺してしまったことである。
念花美翔──アイツの容姿端麗さ加減は私に匹敵する。男性版『照橋心美』と言っても過言ではない。と、するのであれば、1つの仮説が生まれるということを改めて認識しておく必要があるだろう──
〝念花美翔は私と同じで『完璧』を演じている〟
まあ仮説に過ぎないのだが、可能性は高い。
容姿が優れているのはもちろんだし、アイツはそれを笠に着ることなくクラスメイト全員と平等に接している。そしてなにより、〝斉木くにお〟とかいうクラスの中でもとりわけ目立たない奴にまで話しかけ、ポイント稼ぎをしているのだ。「俺は冴えない同級生ともコミュニケーションを取れる完璧美少年なんだぜ」と、アピールしているに違いないのだ。
そう──アイツは私と同族に違いない。自分こそが世界の中心であると思っているに違いない。思い通りにならなかったことなど皆無に違いないッ!
だからこそ、私は負けられない。『完璧』である為に、アイツに「おっふ」と言わせなければならない。
これは、私とアイツの存在を懸けた戦争なのだから。
今日は約束通りにファミレスで勉強しました。
念花美くんは成績が良く、質問をしても的確な返答をくれとても勉強が捗りました。
帰りは少し遅くなってしまったので、念花美くんが家の近くまで送ってくれました。
とっても紳士で優しい人なんだなって思いました。
これじゃあモブ女子と一緒じゃないッッ!!
ダメだ。今日も失敗に終わった。
〝放課後、美少女に誘われ2人っきりの勉強会〟──通常であれば、14おっふは堅いであろうシチュエーションである。
しかし、アイツにとっては極々ありふれた風景に違いない。今まで食べたパンの枚数を覚えていないが如く、女子達に遊びやら勉強やら……何かに誘われた回数も星の数ほどあるだろう。だからこそ、シチュエーションだけでアドバンテージを取れる甘い相手ではなかった。
そして、それらのことを考慮していなかったからこそ、今日の私は敗北したのだ。勉強に関してはいずれ勝つ……予定。
ではどうすれば良いのか……
とりあえず、今更ながらではあるものの、私が持っていた上記の認識を改める必要がある。
念花美翔──アイツは軽いジャブだけで
そう、今までの常識だけを頼りにしていては昨日の様なカウンターを喰らいかねない。
未知の相手……否、我が生涯において唯一無二の〝天敵〟
これくらいを想定して立ち回らなければこちらが
さしあたっては、作戦を組み立て直す必要がある。ジャブではなく渾身の右ストレート──それを奴の顔面に叩き込む作戦を。
今日の昼休み、近所のペットショップから逃げ出した蛇が教室に現れました。
そして、どうやらその蛇は毒を持っているらしくクラス内は瞬く間にパニックになりました。
と、そんな阿鼻叫喚の様相を呈していたクラスにおいて私は──〝男子が助けてくれるだろう〟と、〝神に愛された私が蛇に襲われるなんてありえない〟と……そんな風に思っていました。
しかし、私の考えは一瞬にして覆ることとなりました。
そうです。蛇が私めがけて飛びかかって来たのです。
心の奥で期待していた男子達も転んだり「危ない」などと叫ぶばかりで、私の目の前には私を守るモノは現れなかったのです。
「ここ2、3日……予測や思惑が裏切られてばっかりだな」──私はそんなことを考えながらも神に祈りました。『私を助けなさい』って。
するとどうでしょう。私の目の前に現れたのは神ではなく、アイツだったのです。
アイツは私に襲い掛かる蛇の頭を的確に掴み、一瞬にして迫り来る脅威を奪い去っていきました。
その時の私はやたらとドキドキしていて、アイツのことが凄く素敵に見えて
あああぁぁーーーーーッ!!
今日の出来事はノーカン!
あの瞬間に感じたドキドキも吊り橋効果的なモノに決まってるわ!
助けてくれた時の横顔がめっちゃイケメンだったとか、「照橋さん大丈夫?」って心配してくれたこととか……それは全部、アイツが仕組んだに違いないんだから!
蛇の1匹や2匹、私だけでどーにでも出来たんだから!!
マジで余計なお世話なんだから!!!
あああぁぁーーーーーッ!!!!
今日は念花美くんと図書室で勉強しました。
私は彼の対面に座ると見せかけて、隣の席に座りました。
普段から隣の席ではあるものの、教室では通路用にスペースが設けられており机が離れています。それ故、そこまでお互いが至近距離というわけではありません。
しかし、今日は完全に隣。肘と肘とが触れ合っちゃうくらいには近かったです。彼のカッコイイ顔も、いつもより間近で見ることができて良かったです。
乙女かッッ!!
いや乙女だけども! 華の女子高生だけども!!
ヤバい、今日の失敗は相当クるものがある。現に、2日続けてアイツのことをカッコイイだなんて書いてしまうという事実は、私が無意識のうちに奴の美貌に屈しかけている証拠。本当に油断ならない相手ね。
しかし、冷静に撤退できたあの時の自分を褒めたいものである。月曜日に受けたカウンター口撃の対策──ちゃんとシミュレーションしておいた甲斐があった。まあ最善は、カウンターに対するカウンターを決めてやることだったのだが……
過ぎてしまったことはしょうがない。今日の失敗を明日につなげることが肝要である。
さしあたって、本日実行した作戦の反省と改善を行う。
まず、『相手に接近する』──この作戦を採用したわけだが、敵の牙城を崩すには至らなかった。
全くの無意味だったとも思えないが、物理的な距離を詰める作戦は有効だと言い切れない以上、この系統の作戦は控えたほうがよさそうである。
とは言え、まだゼロ距離──すなわち〝ボディータッチ〟という禁じ手が残っているのだが、これだけは採用するわけにはいかない。私は完璧美少女なのだ。モテない女子が手を出す安直な手段など、この私には相応しくない。
次、『前に垂れた髪を耳にかける』──この作戦もあまり効果があったとは言い難い。異性の気を引く一種のモテ仕草ではあるのだが、如何せんインパクトに欠ける。
しかし、無意味ではなかったと言えよう。大技ばかり使っていればモテるのかというと、そうでもないのだから。大技のモテ仕草との間に小技を挟むことで緩急を生み出す──こうすることで、次の大技にバフをかけることができるのだ。
つまり、不発と分かっていても小技は必要である。
次、『
正直、これはどう分析すればいいのか分からない。
私が持つ究極奥義の中でも、状況を選ぶことなく発動できるフットワークの軽い技ではある。しかし、その効果は絶大なはず。それなのにアイツは、「おっふ」しないどころか意趣返しの様に顔を近づけてくる始末。
あの場でアイツの表情から読み取ることができた情報はほぼゼロ。アイツに私の笑顔が効いたのかどうか……それは分からない。しかし、私情を優先するのであれば、効果がなかったとは思いたくない。仮にも究極奥義なのだから……
では、〝効果あり〟ということを前提とする。
そして、そう仮定するのであれば……ある可能性に辿り着くのだ。もっとも、これが自分にとって都合のいい可能性であるということは理解している。しかし……いや、言い訳など必要ない。そもそも情報が不確定なのだ。ここは仮定だとしても次なる作戦に繋げなければなるまい。
さて、その可能性なのだが──
〝念花美翔は私の美貌に耐性を持ち始めている〟
──要は〝慣れ〟である。
1ヶ月半の間、毎日となりの席だったのだ。朝のあいさつを欠かさず行い、時には一緒に帰ったりもした。しかし、距離を縮めることが、かえって奴の魅了耐性ステータスを上昇させていたのだ。
現に、私自身においても言えることである。私とて、アイツの美貌に対する耐性が上がっているように感じている。まあ客観的に観察できるわけではないので確証はないけど……
ともあれ、この仮説はなかなか有用である。
普段の私に慣れることとはすなわち、私自身に変化が起こった際により大きなギャップが生まれるということ……
どうやら、そこに勝機が隠れているようね。
あああぁぁぁーーーー!!
いやああぁぁーーーー!!
うわあああぁーーーー!!
誰か私を殺せーーーー!!
やっと冷静になれたので続きを書こうと思います。
正直、日記なんて書きたくないです。しかし、次に繋げる為には情報が必要──だから書かないわけにはいかないのです。まあ次があるのか分かりませんが……
さて、肝心な〝おっふ戦争〟の勝敗ですが、結局のところ今日も……アイツを「おっふ」させること叶わず。つまりは負けました。
伊達メガネを掛け、リップクリームを塗り、ポニーテールにして
今思えば……眼鏡を掛けたときにアイツが微かな反応を見せたのは、私に絶望を与える為の布石だったのかもしれません。勝機をちらつかせ、敵が油断したところに渾身の攻撃を合わせる。要するに誘い出され、そしてまんまと敵の術中に嵌まってしまったのです。
ああ……アイツの言葉が頭から離れない。
『…………えっと、照橋さんって──やっぱり凄く可愛いね。テレビで見るような有名なモデルさんや俳優さんに負けないくらい。……いや、余裕で勝ってるんじゃないかな? ──って……ごめんね、急に。今の照橋さんの姿が新鮮だったからつい』
「可愛い」──生まれてこの方、この言葉を何回聞いたのだろう。もうこの言葉に、嬉しさを覚えることなどないと思っていたのに……
念花美くんが照れ臭そうにはにかみながら言うその言葉。
そんなの…………そんなの──
惚れてまうやろぉぉおおーーーッ!!!
悔しい……ッ!! でも、嬉しいと思っちゃう!!
完敗だ。どうせアイツは「照橋さんって、案外ちょろいんだね(嘲笑)」とか思ってるに違いない。……でも、それでも「可愛い」って言ってもらえて嬉しかった。
いや! でもッ!!
〝まだ負けてない〟と囁く自分がいるのも確かなの!
〝膝を屈するにはまだ早い〟と言う自分がいるのも確かなの!!
完璧美少女が誰かに惚れるだなんて、そんな事あってはならないのよ!!
自分から相手に好意を向けるなんて、そんなのただの乙女じゃない!!
落ち着くのよ、照橋心美。一時の感情に流されてはダメ。イケメンに「可愛い」って言われただけでソイツを好きになってしまう〝ちょろイン〟じゃないのよ、私は。
いや! でもッ!!
めっちゃ嬉しかった。
今まで聞いてきた千にも及ぶの賞賛よりも、万にも及ぶの愛の囁きよりも──なによりも……アイツのたったその一言が、脳裏から離れない。
あああぁぁぁーーーー!!
どうすればいいのよ私は!?
こんなに自分が分からなくなったのは初めてなのよ!?
いやちょっと待て。こう考えるのはどうだろうか──
「えっと……斉木くん。今、ちょっといいかな?」
やれやれ、ついに話しかけられてしまったな。
とはいえ、テレパシーにより照橋さんが僕と会話するタイミングを見計らっていたことは知っていた。だからこそ一日中彼女を避けていたのだが、いつまでも逃げ続けるわけにもいかない。
そう……僕は知っている。彼女の要件は──
〝自身が立てた仮説を立証すること〟
──先週の金曜日の出来事を経て、自己の存在を保つ為に立てた突拍子もない仮説。〝自分は完璧美少女であるという矜持〟と〝1人の男に好意を抱いてしまった〟という矛盾を抱え、その末に至った彼女の結論。
念花美の観察に余念がなかった彼女だからこそ気付いた僕とあいつの関係性。
まったく……あまり学校では話しかけるなと言ってあったんだがな。まあ無理があったか。ほとんど邪気を持たない念花美が、クラスで若干浮いている僕を無視する道理など何処にもないのだから。
さて、僕もそろそろ現実と向き合おうか。
彼女と念花美との間に勃発した〝おっふ戦争〟──それを今日、この瞬間に終結させてやる。
僕とて、ただ逃げ回っていたわけじゃないんだ。悪いが、君をこの場所まで誘導させてもらったぞ。
そう、この場所は僕と照橋さんの利害が一致している。そして僕のもくろみ通り、彼女は僕を追ってここに来た──
さあ今こそ……終戦の時間だ。
「えぇっとね、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……(さあ聞くのよ照橋心美ッ……私が立てた仮説を立証すれば、完璧美少女の体裁は保たれるッ!)」
やれやれ、本当に突拍子もない仮説だな。
君がどこまでも〝完璧〟であることに拘るその姿勢。それに関しては僕も賞賛を送ろう。念花美と違い非常に裏表が激しいけれど、弛まぬ努力を続けているというその一点だけは素直に感心せざるを得ないのだから。
「えっと、その……(聞かないとッ!! ……でも、もし仮説が見当違いで、私の早とちりだとしたら……私の立場がなくなるッ!? 〝完璧〟であることを立証するための行為が、本末転倒な結果を引き起こしかねないッ!?)」
ここまで来て二の足を踏むな。匙はもう、投げられている。
「えー…っと……(くっ……もう迷っている暇はない。すでに変な空気になりかけてる……ッ! こうなったらもう、やけっぱちよ! 後は野となれ山となれぇぇええーーーッ!!)」
これから、君が後生大事にしていた矜持は多少傷つく結果になるだろう。しかし、『
「あの、斉木くん……実は念花美くんのことで聞きたいことがあって……。えっとね、実は…その……(聞けーーッ!!『念花美翔は男が好きなのか』とッッ!!!)」
そう。これこそ照橋さんが至った結論──念花美が男性を恋愛対象とする人物であれば、あいつが照橋さんに「おっふ」しない理由になり、「おっふ」しない明確な大義名分を得ることさえできれば……照橋さんの『完璧美少女』としての体裁も保たれる。
つまり彼女は自己矛盾の末に、長い時間をかけ形成された自身の感情──つまりは完璧美少女であることを優先したのだ。それ故に「自分は間違っていない。おかしいのは念花美の方だ」と、このような結論へと達したのだ。
やれやれ。まったくもって迷惑な話だ。
彼女によれば、念花美のお相手は──他ならぬ、この僕なのだから。
「念花美くんと斉木くんって……(斉木くにお……念花美がよく話しかけていたモブ男子。最初はアイツの点数稼ぎに利用されている可哀想なヤツだと思っていたけれど、そうではなかった。情報によれば家は隣同士、さらに小学生の時から仲が良かったという。……つまり、これらから導き出される結論は──)」
おい、それ以上は皆まで言うな。というか、言わせはしない。
これで本当に、くだらない茶番は終わりだ!
「あれ、楠雄に……照橋さん?」
諸君、分かっていただけたかな? 一体誰がこの場所に来たのかを。……まあ、〝来た〟と言うよりも僕が呼んだのだが。
ふふ。そうだ。僕はただ逃げ回っていたわけではないのだ。〝完璧なシチュエーションを用意した上で、照橋さんに念花美をぶつける〟──それこそが僕の狙い。念花美がこの場に来たのは、偶然などではない。
しかし、我ながら完璧なタイミングだな。
照橋さんが僕に対し核心を突こうとするその瞬間こそ、彼女の防御力が最も低下する時。そして、容赦はしない。狙い澄ました最大火力の口撃を仕掛けさせてもうぞ。
『照橋さんが、お前に聞きたいことがあるそうだ』
「え? 俺に?」
「……ッ!?(ね、念花美!? このタイミングで!?)」
上から順に僕、念花美、照橋さんだ。
それにしても彼女、相当困惑しているな。
しかし、手加減はしない。ここで決めさせてもらう!
『ああ。お前が照橋さんのことをどう思っているのか、それを聞きたいらしい』
「……え?」
「……え?(……は、はぁぁああッ!!?? な、何聞いてんのよコイツ!?)」
ホモ疑惑の払拭と同時に疑似的な告白の場を用意する──それこそが、僕が用意した彼女の仮説の否定法。
『どうなんだ? 好きなのか、嫌いなのか』
「いや……え? どうしたんだ、急に」
「…………(ど、どどど、どっちなのよーーッ!!??)」
そうだぞ、さっさと答えろ。質問に質問で返している場合じゃないんだ。
『「いや」ということは、嫌いということでいいのか?』
「いやいや、そういう意味じゃなくて」
「…………(何なのよコイツっ!? この期に及んで私を弄んでるの!? 焦らしプレイなの!?)」
ええい、照橋さんの妄想が何処かに行く前に「好き」と言え。もうそれで終わるんだ。
僕は『結局、どっちなんだ?』と、念花美の発言を誘導する。
そしてあいつは、ついに答えた──
「えっと…………好きだよ、照橋さんのこと(友達としてッ!!)」
「…………ッ!!!!(キターーーーーーーッッッ!!!!)」
こうして、彼と彼女の戦争は終わりを迎えた。
そして彼女──照橋さんのテスト結果が散々であったことは、また別の話である。