マリンフォードでのあの戦争を終え、百獣海賊団のナワバリにエースは居た。
「ちくしょお……おれはっ…!」
そう言ってエースは壁に頭を打ち付けた。
目の前のベッドの上には色んな機械に繋がれ、ギリギリ命を繋いでいる弟の姿がある。
いつもの麦わら帽子をかぶった元気な姿はそこにはない。
エースは拳を握りしめ、唇を強く噛んだ。
あの戦争で失ったものは多すぎた。
今、エースを支えられる存在である、弟も目を覚まさない。
……限界が近かったのだ。
多くの仲間達。そして
すぐ側に生き残った仲間達はいる。
だが、その仲間達にどんな顔でオヤジを失った辛さを吐露すればいい?
オヤジが死んだ原因は自分だと思っているエースに、そんな真似が出来る筈がなかった。
血など繋がってはいなかった。
エースの人生で見れば、その半分も共に生きたわけではない。
しかし、それでもエースにとっての父親はエドワード・ニューゲート、ただ一人だ。
目を閉じると思い出す。
黒ひげ達から集中砲撃を受けるオヤジの姿を。
エースは毎晩夢に見るのだ。
誰よりも尊敬し、偉大だと仰いだ男の最期を。
そして、やめろと叫ぶ自分の寝言で跳ね起きる。
だから、最近はあまり眠れていなかった。
ただ、目を覚まさぬルフィのいる病室で自分を責め続ける日々を送っていたのだ。
エースは床で丸まっていたが、ベッドから音を感じて立ち上がった。
少しふらつきながらルフィを覗き込むが、やはり目は閉じたままだ。
「……ルフィ………お前まで、おれを置いて行ったりしねぇよな……
…サボ……ルフィをおれは…」
また頭を抱えてしゃがみ込むと、エースはベッドの脇で丸くなってしまう。
「オヤジィ…ルフィ……すまねェ……」
エースとは思えぬほど、弱々しい声だった。
そのままベッドの脇で小さくなっていると、足音が聞こえた。
この場所に来るのは医者だけだ。
しかし、今日の足音はいつもの医者ではない。
その足音が部屋に入って来た気配を感じて、ゆっくりとエースは顔を上げた。
「……レオヴァ…」
そこには新しい点滴を片手にベッドへ近付いてくるレオヴァの姿があった。
彼はエースの声で下へ目線を向けると、溜め息を吐いた。
「いつまで此処にいるつもりだ、エース?
何度も言っているが、麦わらの様態は安定している。
今は革命軍のイワンコフという奴の能力の後遺症で眠り続けているだけだ。
明日になれば目を覚ます。」
そう言って手際良くルフィの点滴を新しいものに変えるレオヴァの足元で、エースはまた俯いた。
点滴を変え終えたレオヴァはそんなエースの姿に眉を下げる。
「……なぁ、レオヴァ……マルコ達…怪我大丈夫かな。」
「自分で確かめに行けば良いだろう。
すぐ近くの宿で皆、寝泊まりしているんだ。
……エース、お前もちゃんと部屋で寝ないと回復できないぞ。」
「回復、か………おれが回復する意味あるのか…?」
エースの言葉にレオヴァが眉間に皺を寄せる。
「……どういう意味だ、エース。」
「そのまんまの意味だ。
オヤジも、仲間達も…おれのせいで死んだんだ。
…………おれが殺した…」
「お前の仲間はどうだったかは知らないが…
少なくとも白ひげは違うだろう。
彼は自分で死に場所を選んだ。」
「選んだ……?
違う、おれが捕まらなきゃオヤジは……!」
思わず立ち上がったエースをレオヴァが微かに怒りの籠った瞳で見下ろした。
「思い上がるな。
お前は白ひげの死に様を愚弄する気か?
誰がなんと言おうが、白ひげは自分で死に場所を決めたんだ。次の世代に託すという選択をして。
…おれの父さんですら彼を尊重していた。それほどまでに凄い海賊だったんだろう。
最期まで化け物じみた豪快な終わり方だったと、父さんにしたら最大の賛辞までつけてだ。
…………エース、お前の後悔の念はおれには計り知れないが、それを理由にお前の
「……オヤジが…死に場所をマリンフォードに決めた理由……」
捲し立てるレオヴァの言葉にエースは止めていた思考を動かし始める。
「父親を失うことの辛さは…想像を絶する筈だ。
……本音を言うなら、おれはそれを想像することも……したくはない。
エース、お前の気持ちは解らない。
その痛みは白ひげとお前の絆があってこそだからだ。
おれと父さんの関係を理解できる者が居ないように、誰にも理解は出来ないだろう。
それはお前だけの痛みだ。」
「……おれとオヤジだけの…」
「そうだ。
だが、おれにも解ることが一つある。
白ひげはお前を本当に愛していた。
だから、お前の未来を掴むことを選んだんだ。
……エース、お前が生きる未来を。」
その時、エースの脳裏に記憶がフラッシュバックした。
『一つ聞かせろエース……おれが
『勿論だ…!!!』
『グララララ…』
そう言って笑う白ひげの声は戦場とは思えぬほど暖かかった。
エースの瞳からボロボロと涙が溢れる。
あの戦争が終わってからも一度も流さなかった涙は、まるでダムが決壊したかのように止まる気配がない。
「おれはっ……本当はオヤジに、一緒にッ…来て"欲しかった…!!
死ん"で欲しく"なん"てなかった"ッ……おれァ…!!
まだ何もオヤジに恩を返せちゃいね"ぇのに"っ…ぅう…オヤジィ……っ…」
床へ崩れ落ちたエースの隣にレオヴァは座った。
ただずっと涙と共に悔しさや悲しさを吐き出すエースの隣に黙って寄り添っていた。
部屋には心電図の音と、エースの想いを溢す声だけが響いている。
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ピッピッピッ…と言う機械音と誰かの悲痛な声にうっすらとルフィの意識が浮上していく。
まだ、目蓋は重くて上がらないが耳は音を拾う。
その涙声の叫びは間違いなく、エースの声だった。
「(…エース……?)」
完全に覚醒しきっていないルフィの体は、大切な兄の辛そうな声にピクリと指を動かす。
すると、エースとは違う声がルフィの耳に届いた。
「後悔の想いに苛まれるのは当然だ。
だが、後悔に囚われて自分に残ってる大切なものを見失っていいのか?
……白ひげはエースと皆の明るい未来を願っていたんじゃないか…?
誰よりも家族の幸せを願って、一人でも多くをあの場所から逃がそうとしていた様に…おれは感じたが。
……いや、すまない。一部始終を見ていたわけでもないおれの言うべき言葉じゃなかったな。」
「っ……レオヴァ…いいんだ……
そうだった……オヤジはいつもおれ達の事を一番大切にしてくれてた…!!
なのにおれは……オヤジが救ってくれた命を無駄にしちまう所だった。
仲間達にも…心配かけて……」
先ほどよりも声に強さが戻ったエースの雰囲気にベッドの上のルフィはまたピクリと指を動かす。
「エース、なら行くか?
……白ひげの墓参りに。」
「……本当に墓を建ててくれたのか…!?」
ガタッと音を立ててエースが立ち上がる気配を寝たままのルフィは振動で感じとる。
「当たり前だ。
葬儀は6日後を予定している。
……気持ちの整理がついたら来ればいい。」
「そう……か。
わかった、ありがとうレオヴァ。」
「(……あのおっさんの式…行きてぇな……)」
ルフィの起きたいという気持ちとは裏腹に、意識は遠退いて行った。
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ルフィが目覚めると、エースはいつものエースだった。
確かに少し元気がないようにも見えるが、あの意識が朦朧としていた時に感じた絶望感や弱々しさは完全に無くなっていた。
そんなエースを見て、ルフィは心からほっとした。
同時に、レオヴァへの印象も少し変化したのだ。
そして、目覚めてから1日。
すっかりルフィは元気になっていた。
数日後に行われる予定の“白ひげ”の葬儀にも参加できるほどに。
「お~~い!レオヴァ~~!!」
宿屋の屋上の手すりから勢い良く飛び降りながら、ルフィはエースと話していたレオヴァに突撃していく。
凄い高さから地上にいるレオヴァへ向かって降下してくるルフィに、エースは目を見開いた。
「ちょ、おい!ルフィ!?」
エースの叫びと同時にルフィがレオヴァに激突。
……することはなかった。
ぶつかる直前に、レオヴァはさらっと避けたのだ。
その為ルフィは地面に激突したのだが、ダメージはないようで、すぐに立ち上がる。
「避けるなよ、レオヴァ!」
「お前はゴムだから良いが、おれはゴムじゃねェ。
ぶつかった場合のおれへの衝撃を考慮したらどうだ?」
にこりと顔はとても笑顔だが、少し怒りを感じるレオヴァの声にもルフィは動じず笑っていた。
しかし、突然頭に衝撃が訪れる。
「いてっ…!
なんだよ、エース~~!」
「なんだよじゃねェ、ルフィ!!
まったく、お前はレオヴァに迷惑ばかりかけやがって!」
少しは大人しくしてろと怒るエースにルフィは不満げに口を尖らせる。
「なんだよ!
エースはレオヴァとずっと一緒じゃねェか!」
「お、おれはあれだ……あの~……そう!
打ち合わせ!大事な打ち合わせしてんだよ!」
「打ち合わせ…?なんのだ?」
キョトンとした顔で首を傾げるルフィに、グッとエースは言葉を詰まらせる。
咄嗟に出た打ち合わせという言葉はあながち嘘ではないが、ルフィに内容を言うのはエースの“兄”としてのプライドが許さなかった。
結果、エースはめちゃくちゃ目を泳がせるという分かりやすい顔をしてしまう。
「……なんだよ、エース~~?
怪しいな!!楽しいことか!?」
「だぁ!!うるせぇ、ルフィ!
とにかく大事な打ち合わせしてンだよ!」
「ずるいぞ、エース!!
おれもレオヴァと“組手”したりしてェ!」
「だからレオヴァは!!
……って、ルフィ?
お前、いつからレオヴァって呼んでんだ?
ツノ男って言ってたよな?」
弟の変化に気づいたエースが興味本位で聞くと、ルフィは無邪気に笑う。
「にしし、おれレオヴァって呼ぶって決めたんだ。」
「そうなのか。
まぁ、ツノ男ってお前が呼ぶと百獣の奴らが怒ってたしいいかもな!」
同じくニッと笑うとエースの隣から、黙っていたレオヴァが口を挟む。
「……麦わら、悪いがおれはエースと“打ち合わせ”しなきゃならねェ。
“組手”は白ひげ海賊団かジンベエにでも頼んでくれ。
…ほら、エース。行くぞ。」
「え……あ、おう?
悪いな、ルフィ。」
微かに眉を下げて笑うとエースは歩き出して行ったレオヴァの背に続いた。
「なんだよ~!エースもレオヴァも。」
置いていかれたルフィはまた不満げに口を尖らせるのだった。
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レオヴァに連れられ、百獣が使用している宿屋に来たエースは廊下を進んでいた。
そして、一番上の階の部屋へ入ると促されるままソファーに腰かける。
「何か、不思議な置物が置いてあるぞ?
ここの宿屋は装飾まで凝ってるんだな!」
部屋をキョロキョロと見渡すエースにレオヴァは紅茶を入れる準備をしながら、返す。
「いや、それはおれの私物だ。
「え、レオヴァの私物?
なんでそれが宿屋に置いてあるんだよ?」
「そりゃあ、ここはおれの借りてる部屋だからな。」
「え"!?」
思わずレオヴァを凝視するエースの前に、ティーカップが置かれる。
「ここなら“打ち合わせ”の邪魔は入らねェだろ?」
「いや、そりゃそうだけどよ…
またローが怖い顔しそうだしなァ。」
ムムム…と困ったような顔をするエースにレオヴァは笑う。
「別にローは怖い顔してるワケじゃねェさ。
ただ、少し内気だから勘違いされやすいんだ…昔からな。」
「そうなのか?
おれてっきり嫌われちまったのかと。」
安心したように笑うエースに、レオヴァは話を戻すべく切り出す。
「じゃあ、そろそろ“打ち合わせ”に戻るか?」
「うっ……その打ち合わせって言い方やめようぜ、レオヴァ…」
「なんだ?
エースが麦わらにそう言ったんだろう?」
くすりと少し意地悪く笑ったレオヴァにエースが眉を下げる。
「そうだけどさ…
ルフィにみんなの事でレオヴァに相談してるなんて言えねェし……」
「そうか?
家族なんだ。なんでも話せば良いじゃねェか。」
「兄貴としてのプライドがあるんだ!」
「なるほど…?
まぁ、確かに分からなくはないな。」
ジャックを思い浮かべながらレオヴァは頷いてみせる。
「マリンフォードから出てからあんまり話してなかった手前、なんてみんなに声かけていいか分からねェって相談してるなんて、言い難くすぎる!」
「悩んでねェで、さっさと声かければマルコも喜ぶと思うがなァ?」
「そ、そうかもしれないけどさ。
……やっぱり駄目だ!!もう少し、勇気を…」
「ふふ、エースは身内に声かけるのに勇気がいるのかァ?」
「……分かってるだろ、レオヴァ!
今回は別なんだよ!
マルコ達がおれを心配してくれてるのは雰囲気で分かる。
けど、それに甘えるのもよぉ……」
溜め息と共に沈んだ雰囲気になるエースに、レオヴァは優しい声で話しかける。
「エース、良いじゃねェか。
何かあった時、支え合うのが身内だろう?
たまには甘えてみろ。
おれはあまり白ひげ海賊団の船員を知らねェが
少なくともマルコは受け止めてくれる、そう言う男だ。」
「…レオヴァ……そう、だよな。
けど、おればっかり…」
レオヴァは立ち上がると、まだ暗い顔をするエースの隣に座った。
横に少し沈んだソファーの感覚にエースが顔を上げると、レオヴァが真っ直ぐ見つめてくる。
「今は支えてもらえば良い。
そして今後、何かあれば皆を支えてやるんだ。
それに今、エースの存在に支えられてる奴らもいる。
エース、お前だって気付かない内に誰かを支えてるんだ。自分を卑下する必要はねェ。」
「……本当におれの存在で支えられてる奴なんて、いるのか?」
「あぁ、いる。
あの戦いをお前が生き延びたことで、マルコ達だって心を支えられてるんだ。
あの時、お前までも失っていたら白ひげ海賊団は崩壊していた可能性すらある。
それに、弟……麦わらだってそうだろう。
助けたいと願った相手が生きている。
それが皆の支えになっているのは間違いねェ。」
きっぱりと断言された言葉にエースは、どんな顔をして良いのか分からなかった。
嬉しい言葉だった。
でも喜んでいいのか分からなかったのだ。
白ひげという偉大な父を失ったことは大きな傷だ。
少し前に、大切な家族達を守って行くと決めたエースだが、傷は消えた訳ではない。
だから喜んでいいのか、レオヴァの言葉を否定すべきか分からず言葉を返せずにいた。
すると、レオヴァの大きな手が頭に触れた。
その手は軽くエースの頭を撫でると、紅茶へ伸びていく。
一瞬、何をされたのか分からず目を見開いていると、紅茶が手渡された。
「この紅茶は自信作のブレンドなんだ、飲んでみてくれ。」
「お、おう。」
ぎこちない動きで紅茶を飲むと、ほんのりとしたフルーティーな甘さが広がった。
思わずほっと一息つくと、エースの肩の力が僅かに抜ける。
それを見て、レオヴァは笑うと言葉を続けた。
「どんなに新しく覚悟を決めても、認識を改めたとしても。
気持ちってのは簡単に切り替えられるモンじゃねェ。
それはおれも良く分かってる。
だから、エース。少しずつでいい。
まだ葬式までは時間があるんだ。
思い詰めすぎず、ゆっくり皆と向き合う為の心の準備を進めればいいさ。
それに幸い、おれは休むよう言われていて暇だからな。
いくらでもエースに付き合える。」
最後に少し冗談めかして笑ったレオヴァにつられて、エースも小さく笑った。
進むための一歩を踏み出す勇気を、エースはしっかりと溜めてゆく。
また仲間達と大海原を行く為に。
ー後書きー
マリンフォードでの戦いが終わってエースが本編の葬式に参加するまでの話。
ルフィ:葬式後、ジンベエと共にハンコックの船で女ヶ島へ。
(ハンコック→ペットの蛇に尾行させていたので場所を特定出来た)
カイドウ:エースをレオヴァの友人だと勘違いしている。
なので、メンタル潰れかけのエースを見てレオヴァに声をかけた。
↓
レオヴァ:カイドウがエースが潰れかけてると声をかけて来た&マリンフォードで助けていたので
エースを気に入ってると勘違いしている。
↓
【結果】
墓が完成して葬式が執り行われるまで全力でエースをサポートするレオヴァという図が完成。
・ルフィが組手を知っている理由
カイドウがレオヴァと話していたのを聞いた。
その後、ベポに組手ってなんだ?と聞いたら
「カイドウ様やレオヴァ様に修行をつけてもらうんだよ!」と教えられたので、自分もやりたい!となった。