番外・俺がカイドウの息子?   作:もちお(もす)

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旱害は天を仰ぎ見る

 

オレは昔、自分には名前が3つあると思ってた。

 

“ギョジン” “ジャック” “バケモノ”

別にどれでも良かった。

何より名前なんてものに興味もなかった。

 

あるのは力への渇望と、破壊衝動。

 

全てを壊せる力だけが欲しかった。

暴れることだけが、オレの存在を示す方法だと思ってたからだ。

 

オレはこの世界を壊せると本気で思ってた。

なんせ、生まれてこの方負けで終わった事なんてなかった。

 

例え一度のされても、次では必ず相手にトドメをさした。

情けは厄介な復讐を生む、それをオレはガキの頃から経験で理解していた。

 

この頃のオレは勝てないと思ったことはなかった。

勝てない相手などいないと本気で思ってた。

 

あの人の言葉を借りるなら“夜郎自大(やろうじだい)”なガキ。

それがオレだった。

 

 

そんなオレが初めて勝てないと、凄い人だと思ったのがレオヴァさんだった。

 

本当に初めてだった。

他人を凄いと、知りたいと思ったのは。

 

 

あの人に、レオヴァさんに付いていけば強くなれる。

そんな気がしたオレは痛む頭を無視して走り出した。

 

この島じゃ見たことない人だ。

きっと最近来たデカイ船の人だろうと決めつけ、オレはその船の中に入るべく暴れた。

 

何十人もの奴らがオレを抑えようと迫ってきた。

だが、オレも必死だった。

島の奴らとは比にならねぇ強さだったが、潰されるわけにはいかなかった。

 

 

結局、捕らえられちまったワケだが

そこにレオヴァさんが現れた。

オレは最期のチャンスだと周りの奴らを振り切り、その人の下へ走り出した。

 

『さがしてた…! アンタと一緒にいきたい!

この船に乗せてくれ!!』

そう思いきり叫んだ。

 

レオヴァさんは驚いた顔をしていたがオレと少し話すと、この船の船長…カイドウさんに話を通してくれると約束してくれた。

 

この時、特に印象に残ってるのは魚人だと口を滑らせたオレが、魚人では駄目かと聞いた時レオヴァさんが

『いや!全ッ然 駄目じゃねぇ…!!』

と力強く否定してきたことだ。

 

正直、魚人は駄目だと思ってた。

生まれてからサカナだの、奴隷の種族だのとずっと言われ続けて来たオレにとって

レオヴァさんの態度は謎だった。

……だが、嬉しくも感じた。

 

 

その後、夜に挨拶に行った時のカイドウさんもそうだ。

『ウィック…魚人だからなんだってんだァ!?

おれのレオヴァに連れてこられたクセに小せぇことをほざきやがってェ!!ひっくゥ…』

と逆に怒られた。

 

今までとは全く違う扱いにオレはひたすら困惑したが、悪い気分ではなかった。

 

 

その日からオレの百獣海賊団での生活が始まった。

 

 

 

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レオヴァに連れられ船の中に通されたジャックは広い船内を進んで行く。

 

右も左も分からぬジャックとは違い、レオヴァは何処かに真っ直ぐ向かっているようであった。

 

暫く船の奥に進むと右手にある部屋の扉をレオヴァが開く。

 

ジャックはレオヴァが中に入って行く姿を部屋の前で止まり眺めていると、声がかけられる。

 

 

「どうした、ジャック。

なんで止まってるんだ?」

 

首を傾げるレオヴァにジャックはおずおずと口を開いた。

 

 

「…おれ汚い。

入ったら部屋が汚れるぞ。」

 

その言葉にレオヴァは笑いながらジャックの腕を引っ張って部屋へ入った。

 

 

「そりゃあ風呂がない所にいたんだ、汚れもするだろ。

ここはおれの部屋で、そこにシャワールームがあるから使ってくれればいい。」

 

指を差された方を見て今度はジャックが首を傾げる。

 

 

「……しゃわーるーむ?」

 

「…そうか、そうだな。

悪かった、ジャック……今のはおれの配慮が足りなかった。」

 

急に謝られ、意味がわからずジャックが狼狽えているとレオヴァがシャワールームの扉を開いて説明を始めた。

 

 

「シャワールームってのは体の汚れを落とす部屋だ。

これがシャワー…お湯や水がでる部分だ。

手に持って使うんだぞ?

そしてこれを捻るとお湯がでて、これを動かすと温度……熱くしたり冷たくしたり出来る。

ここまでで何か分からないことはあるか?」

 

レオヴァの質問にジャックは棚を指差しながら答えた。

 

 

「そこにあるのは、何につかう?」

 

「あぁ!これか。

これはシャンプーと石鹸だ。

シャンプーは髪を洗うのに使う。

石鹸は体だ。いいか?

石鹸で髪を洗うとパサパサになるから気を付けるんだぞ?

……そうだ、使い方だな!

使い方は手をお湯で湿らせて泡立てて使うんだ。

少しやって見せよう……こうやって…」

 

 

シャワーからお湯を出すとレオヴァは石鹸を手にして泡立てて見せた。

それにジャックは目を見開く。

 

生まれて初めて見たそれに、促されるままジャックは触れた。

匂いを嗅いでみると、不思議な匂いがする。

 

 

「…よし、ジャック。

このまま風呂に入ろうか。

おれは着替えを探してくる。

何かあればそこの机にいる電伝虫の背中の奴を手に取って、おれの名前を呼ぶんだ……わかったか?」

 

「あの変な生き物のやつをつかう……わかった。」

 

「ん、ジャックは理解力が高いな、偉いぞ。」

 

フワッと笑うと突然頭を撫でられジャックは硬直した。

レオヴァはそのまま服を取りに部屋を出たが、ジャックはまだ固まっている。

 

少し経ってから、ぎこちない動きでジャックはレオヴァに撫でられた場所に触れる。

 

誰かに触られたのに痛くなかった。

それはジャックにとって衝撃だった。

 

今までジャックに触れてきた手や武器は全てが体を傷付けようとする衝撃を与えてくるものだった。

だからジャックはさっき、レオヴァの手が頭に向かって伸びてきた時に身を固くしたのだ。

 

しかし、実際に訪れた感覚はジャックの知っているものとは違った。

くすぐったい様な暖かいような、なんとも形容しがたい感覚だったのだ。

 

 

「りかいりょく、高いのは…えらい。

えらいと、レオヴァ…さん笑う。」

 

小さく呟くとジャックはシャワールームに足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

あれから服を手に戻ってきたレオヴァはやってしまった…と小さく頭を抱えた。

 

シャワールームの前ではびしょびしょになったジャックが仁王立ちしており、床にも水溜まりが出来ていたからだ。

 

 

「(…タオルの説明をするのを完全に忘れてた……

これは掃除がめんどうだなァ…)」

 

そんな部屋の入り口で立ち止まっているレオヴァの方にジャックはペタペタと歩いていく。

 

 

「レオヴァ…さん、おれシャワーしたぞ。」

 

心なしかキリッとした顔で告げてくるジャックにレオヴァは笑いかけながら、タオルを手に取った。

 

 

「ひとりでシャワーできたか、良くやったジャック!

だが、服を着る前に体を拭こうか。

こういうバスタオル……まぁ、タオルでいいか。

このタオルで水気を…水をしっかり拭くんだ。」

 

「水ふく……わかった。」

 

ジャックはレオヴァに手渡されたふかふかの白いタオルで体を拭いた。

 

今までは川に入って水浴びをしたら勝手に乾くのを待っていたが、今後はそれでは駄目らしい。

しっかり覚えなくては、とジャックは記憶に書き留めた。

 

体を拭き終わったジャックの前にレオヴァが3つの服を掲げて見せた。

 

 

「ジャックが着れそうなのを持ってきたんだが、どの色がいい?」

 

「着れればどれでもいい。」

 

「好きな色とか、こういう服がいいとかないのか?」

 

「………動くのに、ジャマじゃないやつ。」

 

「色やスタイルは?」

 

「すたいる?色?

わからない、なんでもいい。」

 

「そうか、ならこれにするか…」

 

そういってレオヴァはジャックに一着の服を手渡した。

 

ジャックはそれを受けとると、少しもたつきながらも着替えてレオヴァを見る。

 

レオヴァは床の水溜まりにタオルを投げて足で引きずっていたが、ジャックが着替えたのを見ると笑顔になった。

 

 

「似合うじゃねぇかジャック!

ふふふ、これで夜の父さんとの面会も完璧だ。」

 

満足そうにレオヴァは笑うと、先ほどよりも少し強くジャックを撫でた。

 

また少しジャックが固まっていると、レオヴァが腕を引いてくる。

 

なんだろうかとレオヴァを見上げれば明るい声が降ってきた。

 

 

「父さんの前にキングとクイーンに挨拶に行くぞ!

知らなかったと、おれのジャックを潰されたら困るからな…」

 

「あいさつ?

レオヴァ…さんが、言うなら。」

 

「ふふふふ、大丈夫だぞジャック。

肩の力は抜いていていい。

2人とも頼りになるいい人達だ。」

 

レオヴァの言葉にジャックは頷いた。

 

頷いたのを確認するとレオヴァは進みだし、ジャックも腕を引かれて歩き出す。

 

 

また船の中をどんどんと進む。

結構な距離を歩いて行くと一際(ひときわ)丈夫そうな扉の前についた。

 

レオヴァはそこの扉を躊躇することなく開くと、ジャックを連れて中へ入る。

 

中には2人の大男がおり、こちらに気付き見下ろしてくる。

 

ひとりは全身黒尽くめの大男キングであり、もうひとりの特徴的な眼鏡の大男はクイーンである。

 

 

キングはレオヴァの連れている子どもを見て目を見開き、クイーンは口を開けたままだ。

 

 

「キング、クイーン仕事中にすまない。

父さんから任されておれが今後担当することになった見習いを連れてきたんだ。

今後、間違えて殺さないように気を付けて欲しい。」

 

 

レオヴァの言葉を聞き終え、キングとクイーンはジャックを品定めするように眺めた。

 

 

「あー…まぁ、レオヴァが面倒見るってんなら好きにすりゃいいんじゃね?

おい、ガキ危ねぇから船の中をウロチョロすんじゃねぇぞ。」

 

「わかった、しない。」

 

「カイドウさんから許可が下りてんなら、おれから言う事はない。

レオヴァ坊っちゃんなら教育も問題ねぇだろうしな。

あと一応気に掛けはするが……戦闘中は保証できない。」

 

「ありがとうキング、それで十分だ。

ジャックには戦闘中は気を付けるようしっかり教える。」

 

 

たった2分程度で初顔合わせを終えたレオヴァとジャックはまた部屋へと戻って行った。

 

その後、酔ったカイドウとの初顔合わせも終えジャックの1日は終わりを迎えた。

 

実は寝るときに床で寝ると言って聞かないジャックをレオヴァがベッドに連行するという一悶着があったのだが、それは省略しよう。

 

 

 

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レオヴァと出会ってから2週間半。

ジャックの毎日は以前とくらべ大忙しであった。

 

起きたらレオヴァと朝食を取り、軽い運動。

その後は言葉と文字の勉強や百獣海賊団のルールに簡単な足し算、他には一般教養に航海の基本などだ。

今までのジャックには考えられぬほど頭を使う日々であった。

 

最近ではキングやクイーンからの5分ほどの戦闘指南も追加され、1日が終わる頃にはジャックは泥のように眠るのが常だった。

 

しかし、ジャックは弱音は吐かなかった。

もとよりジャックが弱音を許さぬ性格なのも理由ではあったが、他にも弱音を吐かぬ理由があった。

 

それはレオヴァだった。

 

レオヴァは自分よりも多くの頭を使う仕事を毎日しており、更には海戦にカイドウとの組手までこなしている。

だが、レオヴァが弱音など吐いている姿を見たことがない。

 

だからジャックも弱音は吐かず、全力で全ての課題に挑んだ。

あの人みたいに強くなる!そう決めたのだから。

 

しかし、それ以外にもまだ理由はあった。

 

それはレオヴァの作ってくれる“ジャック学習ノート”という物の存在だ。

 

最初こそ、ジャックは渡されるそれを何も考えずに受け取り、毎日数時間取り組んでいた。

 

けれど、ある日の夜中。

トイレに行きたくなり目が覚めると、部屋の灯りがぼんやりと点いていた。

 

ジャックは寝惚け(まなこ)でその方向を見ると、レオヴァが机に向かっていたのだ。

レオヴァは起きたジャックに気付くと微笑みながら声を掛けてくる。

 

 

「どうした、ジャック……起こしたか?」

 

「ん…ちがう、トイレだ…です。」

 

「そうか、気を付けてな。」

 

そう言うとレオヴァはまた机に向かった。

ジャックはベッドから降り、レオヴァの後ろを通ってトイレへ向かった。

 

そしてトイレから帰って来たジャックは何気無しにレオヴァの手元を見て、驚いた。

こんなに夜遅いというのに、レオヴァはジャックの為の学習ノートを作っていたのだ。

 

驚き、そのまま突っ立っているとレオヴァが振り向く。

 

 

「なんだ、ジャック。

目が覚めたのか?

明日も早いんだ、寝不足は駄目だぞ。

寝れないなら甘酒を温めて来ようか?」

 

「いや、大丈夫だ…です。

その……レオヴァさんはまだ寝ねぇのか?」

 

「おれはもう少ししたら寝る。」

 

「じゃあ、レオヴァさんが寝るまでおれも…」

 

「駄目だ。

昨日教えただろ、ジャック。

十分な睡眠は生きる上で必ず必要だ。

特にジャック、お前は成長途中……今が一番大切な時だ。

成長には何が必要だったか…覚えてるか?」

 

レオヴァの言葉にジャックはすぐに答えた。

 

 

「寝るのとメシと組手……と勉強。」

 

「ちゃんと覚えてたな、凄いぞジャック。

そうだ、睡眠に栄養と戦闘に学び。

おれはこれが大切だと教えたな。

なら、ジャック……わかるな?」

 

レオヴァの言わんとする事は分かったが、ジャックは渋った。

何故ならレオヴァが今、やっているのは自分の勉強の為の教材作りだ。

 

その作業をしているレオヴァを差し置いて寝るなんて許されるのだろうか?

とジャックは思考していたのだ。

 

珍しく頑固なジャックの腕をレオヴァは引いた。

そしてそのままベッドに連れて行き、座らせると目線を合わせてくる。

 

 

「ジャック、言いたいことがあるなら言葉にしなきゃ分からないぞ。

おれには心を読む力はないからな。

寝たくない理由があるなら、おれに教えてくれるか?」

 

優しい声色で言うレオヴァの目を見て、ジャックは思った事を口に出した。

 

 

「レオヴァさんはおれの作ってるのに、おれは寝るのダメだと思った。

おれのやってくれるのに、おれが(らく)するのは違う。」

 

「そうか、ジャックはそう思ったのか。」

 

ジャックは小さく頷いた。

目の前のレオヴァは微笑み、ジャックの目を見て話を続ける。

 

 

「ジャック、気持ちを教えてくれてありがとう。

だけどな、おれがあれを作ってる間にジャックが寝ても楽してる事にはならないんだ。」

 

「…楽してない?

けど、レオヴァさんいっぱい書いてるのに、おれ寝てたら…」

 

「ふふふ…実はな、ジャックが思ってるより作るのは大変じゃないんだ。

むしろ作るのは楽しい。

それにジャックが一生懸命頑張ってくれるから、作り甲斐もある!

なにより、今のジャックは寝ることも仕事なんだ。

しっかり寝て食べて、組手して勉強する…それがジャックの仕事、謂わば任務だ。」

 

「おれの、にんむ?」

 

「そうだ。

おれはジャックに健康に、大きく強くなって欲しい(・・・・・・・・・・・)んだ。」

 

「……おれが大きくて強くなったら、レオヴァさんうれしいのか?」

 

「あぁ、もちろんだ。」

 

またふわっと笑ったレオヴァの顔は幼いジャックの記憶に焼き付いた。

 

 

「わかった、です!

なら、おれ寝る。」

 

「ふふ、おやすみジャック。」

 

「おやすみ、です。」

 

ベッドに入ったジャックの頭を優しく撫でるとレオヴァは机に戻って行った。

ジャックはそれを目で追った後、天井に向き直りゆっくりと目を閉じたのだった。

 

 

ジャックにとって当たり前にある学習ノートはレオヴァが忙しい中で時間を作って作成してくれている。

 

その事実をその日の夜に知ったジャックは戦闘とは違い苦手だった勉強も一層努力した。

弱音なんてもっての他だ、そうジャックは思い行動したのだ。

 

 

だからジャックは弱音を吐かない。

レオヴァをカイドウを、そして兄御達を失望させる訳にはいかないのだ。

 

いつか、大きくて強い男になるのだから。

 

 

 

 

そんな真面目にひた向きに頑張るジャックだったが、とある問題が発生した。

 

それは日常での力加減であった。

喧嘩を売ってきた船員をそのまま戦闘不能にしてしまったり、自分の日用品が壊れてしまう事がよくあったのだ。

 

だが、それだけならジャックはあまり気にしていなかった。

昔から物は壊れやすかったし、人も簡単に壊れた。

なによりそう言うものだろうとジャックは思っていた。

 

 

そんな風に過ごしていたジャックだったが、ある日レオヴァの愛用していたコップを割り、ポットを潰してしまったのだ。

 

この時のジャックの心境は計り知れないだろう。

 

ジャックにとって生まれて初めて認められたい、役に立ちたいと思った相手の大切にしてる物を壊してしまったのだ。

 

頭の中を失望されるという恐怖で支配されたジャックは固まった。

呆然とそこに立ち尽くしたのだ。

 

散らばった破片を集めるでもなく、壊してしまった事を報告するでもなく

ただ、ひたすら立ち尽くした。

 

今まで何かを壊した事で“後悔”や“消失感”をジャックは味わった事がなかった。

それどころか、この世に壊しては駄目な物があるという思考さえなかったのだ。

 

しかし、レオヴァから教えを受けて早1ヶ月程。

ジャックもこの世には壊して良いモノ悪いモノがあることを理解し始めていた。

 

そして今、手の中にあるカップとポットは“壊しては駄目な物”だ。

 

暫くなにも出来ずに佇んでいたジャックの背に聞きなれた声が掛かる。

 

 

「ジャック、戻ってこないと思ったら…

そんな所で何をしてるんだ?」

 

ビクッとジャックは肩を揺らし、ぎこちない動作でレオヴァの方を振り向いた。

 

レオヴァは振り向いたジャックの手にある壊れたポットとカップ、そして床に散らばる破片に気付いたのか目を丸くした。

 

暫く互いに無言のまま向き合っていたが、真っ青な顔のジャックが小さな声を出した。

 

 

「レ、オヴァさん……これ、持ってこうと思ったんだ

けどさわったら、壊れて……それで…その、おれ…

 

なんと言葉を続ければ良いのか分からずジャックはまた押し黙ってしまった。

そんなジャックの方へレオヴァは歩み寄る。

 

 

「……なるほど、それでおれのティーセットを壊したのか。

ジャック、自分で悪いと思う様な事をしたら言わなきゃいけない言葉がある。

それを知ってるか?」

 

普段より低く聞こえる声におどおどしながらジャックは思考を巡らせた。

 

目の前のレオヴァはいつもの微笑みを浮かべていない。

その事実が更にジャックを焦らせる。

だが、どんなに考えてもジャックは悪いと思う事をした後にしなければならないことが分からなかった。

 

ジャックは今まで生きてきて自分がやった事を悪いと思ったことも、後悔したこともない。

そして、そんなことを教えてくれる相手もいなかったのだ。

知らないのも当然である。

 

口をキツく結んだまま目を泳がせるジャックにレオヴァは声をかけた。

 

 

「…ジャック、分からないか?」

 

答えられないと言う事実にジャックは押し潰されそうになりながら、静かに頷いた。

レオヴァは頷きに、そうか…と返すと言葉を続ける。

 

 

「なら、教えよう。

自分で悪いと思う事をしたら、謝らなきゃならねぇ。

その時の内容によって謝罪の言葉は変わるが、基本的には“ごめんなさい”だ。

わかるか、ジャック?」

 

ジャックはコクッと頷くとレオヴァの目を見ながら手に持ったカップとポットを前に出し、口を開いた。

 

 

「レオヴァさんの気に入ってるの壊した…ごめんなさい。

もう、さわらない……」

 

そう言って頭を下げたジャックは訪れた優しい感触に驚いて顔を上げた。

 

何故、頭を撫でてもらえたのか分からずにレオヴァの顔を見やる。

 

 

「偉いぞ、ジャック……ちゃんと謝れたな。」

 

そこにはいつもの様に優しく微笑むレオヴァがいる。

ジャックはその事に酷く安堵し、少し瞳が潤んだ。

 

 

「…れ、レオヴァさん……怒らねぇのか?

これもあれも、気に入ってるって…」

 

「そうだな、確かに気に入って使ってはいたが

ワザと壊した訳じゃないんだろ?

ちゃんと謝ってくれたんだ、ジャックを怒ったりはしねぇ。

それにおれも昔は力加減が分からなくて良く壊したんだ。」

 

「レオヴァさんも…?」

 

ジャックは目を丸くした。

 

今まで一緒にいてレオヴァが物を間違って壊す姿なんて見たことがなかった。

なにより、あんなに優しく撫でてくれるレオヴァが力の加減が出来ない時期があったなど信じられなかったのだ。

 

 

「ふふふ…ジャック、そんなに信じられないならキングかクイーンに聞いて見れば良い。

おれも2人にはさんざん世話になった。」

 

そう言って笑うレオヴァに半信半疑でジャックは頷いた。

レオヴァは頷いたジャックの手から壊れたカップとポットを取ると、棚の端へ置いた。

 

 

「じゃあ、そろそろ部屋に戻ろうかジャック。」

 

「わかった!……です。」

 

すっかり気持ちが平常に戻ったジャックはレオヴァの背に続き、勉強の為の部屋に戻るのだった。

 

 

そして、この一件以降ジャックは力の加減の勉強も始めた。

 

最初はキングに教えを受けていたのだが、とある事が発覚し指導員がレオヴァに変更になるアクシデントもあったが、問題なくジャックは加減を少しずつ覚えていった。

 

レオヴァ曰く

『力はただ増幅させるだけでは限界がくる。

だから力のコントロールが必要なんだ。

必要な場所へ、必要な分の力を。

このコントロールが上手くなれば力の分散を防ぎ、持ちうる力の100%……場合によってはそれ以上を引き出すことも可能になる。』

ということらしかった。

 

最初こそ口頭のみの説明ではジャックには難し過ぎる内容だったのだが、実践に入ってからの飲み込みはレオヴァも目を見張る物があった。

 

一点に力を集め的確に防御し、今度は自分の拳に力を集中させ攻撃を仕掛ける。

そんな組手を繰り返していたジャックは少しずつだが自分の成長を実感出来ていた。

 

 

 

勉強と戦闘、たまにレオヴァのお供で観光という毎日を過ごしているうちに百獣海賊団に入ってから何年もの時が過ぎて行った。

 

すっかりジャックは大きくなり、百獣海賊団の一員として立派に仕事もこなしていた。

 

その日々の中、ドレークやローという新人が入って来た事でジャックは少し迷走していた。

 

 

ある日を境に、読書を趣味にしようとし始めたのだ。

 

理由は本当に小さなことだった。

いや、ジャックにとっては大きな理由なのだが、端から見ればそれは大したことではないだろう。

 

実は、新人であるドレークやローは本を読むのが好きだった。

そこまでは良い。

ジャックは他人の趣味にとやかく言うような性格ではないし、なんなら気にしたこともあまりなかった。

 

では何故か。

それは敬愛するレオヴァの趣味にも“読書”が含まれていた事に起因する。

 

 

レオヴァと言う人物は本当に多種多様な本を読む。

医学書や自伝、冒険小説に図鑑。

一番ジャックが驚いたのは恋愛小説がレオヴァの机の上にあった時だ。

 

ジャンル問わずあらゆる本を手に取るレオヴァをジャックは尊敬の眼差しで見つめていた。

…そう、見つめていたただけだったのだ。

あの瞬間を目にするまでは。

 

 

今までレオヴァが本の感想を話すと言ったら、決まって相手はクイーンだった。

 

色々な用語や議論が飛び交うクイーンとレオヴァの会話はジャックには理解出来なかったが、それを見るたび

『流石はレオヴァさんにクイーンの兄御だ!!』

とひとり勝手に感激する、というのが常であった。

 

しかし、新しく入って来たドレークとローとも本の話をしていたのだ。

それも本当に楽しそうに語り合っているではないか。

 

それを見たジャックは思ったのだ。

『おれもレオヴァさんが楽しいと思える話がしてぇ』と。

 

同時に心の奥では、新しく入って来た新人にレオヴァを取られた気持ちになっていた。

 

気弱で頼りないドレークや大人ぶった生意気なローに横取りされるなんて、絶対にジャックは嫌だったのだ。

 

 

そう思うと同時にジャックは行動に移した。

その日から好きに使って良いと言われていた書斎から、二日(ふつか)おきに本を持ち出し読み始めたのだ。

 

 

そうやって何種類かの本を読み終わったジャックだったのだが、問題が起きた。

 

まず読むスピードが遅く、読むこと事態もあまり好きな作業ではないこと。

そして何より、本を読んだ後の感想や意見というものがほとんどなかったのだ。

 

 

例えば、ある地域で有名な正義の味方の話を読んだジャックの感想はこうである。

『なぜ、悪の軍団は毎回負ける?

海の戦士も悪の軍団にトドメをさせば面倒事が片付くんじゃねぇのか?』

という本末転倒な内容である。

 

現実ではない空想の物語だと分かりつつも、ジャックは毎回繰り返される戦いにイライラを募らせてしまうタイプであった。

 

逆に回路解説書という知識として役立つ本を読んでみたが感想という感想はジャックの中に生まれなかった。

残ったのは

『……おれには回路は設計できねぇ…』

という敗北感のみである。

 

 

しかし、ジャックは努力を続けた。

何故ならジャックの辞書に“諦める”と言う文字はない。

レオヴァも言っていたではないか。

『この世に100%や絶対はない

だからこそ、おれは思考するし行動にも移す』と。

 

ジャックはレオヴァとの“語り合い”の為に毎日毎日紙に印字された文字を睨み続けた。

 

 

その結果、ジャックは酷い寝不足に陥ったのだ。

 

大きな失敗はしなかったが、レオヴァの前で一瞬寝かけるというジャックにとって重大なミスを犯した。

 

暫くの間、ひたすら謝るジャックと気にするなと慰めるレオヴァという構図が続いたのだが、最終的に何故寝不足なのかと言う話になった。

 

この時ジャックは酷く焦った。

 

理由などひとつだ。

『レオヴァさんと本の話をしてぇんで、本を読んでたんだ。』

などと馬鹿正直に話すのは、少しばかり恥ずかしく思ったからだ。

かと言ってレオヴァに嘘をつくと言う選択肢は始めからジャックの思考にはない。

 

悩みに悩んだ末、ジャックは素直に理由を白状したのだった。

 

それを聞いたレオヴァは驚いた顔をしたあと、本当に愉快そうに笑った。

ジャックが悪魔の実を食べたばかりの頃に人型に戻れなかった時以上の笑顔だ。

 

呆れられると思っていたジャックは驚いた。

そのまま笑っている姿を見ていると、何故か暖かい気持ちがじんわりと広がる。

その気持ちが何なのか分からずに内心首をかしげつつ、笑い終えたレオヴァの言葉に耳を傾ける。

 

 

「確かに人類は長い歴史の中で数多くの本を作っている。

文学的に優れている物や資料として優れている物、どの書物もとても素晴らしい物だ。

…けどなジャック、素晴らしい物だからと言ってもそれを読んだら何か“人生が決定的に変わる”わけでもない。

所詮、価値観や趣味の範囲だ。

本を読むも読まないも他人に強制されるべきものじゃないと おれは思う…勿論、本に限らずあらゆる物事に言えることだがな。

読みたければ読めば良いし、読みたくなければ読まなければいい。

おれが好きなモノだからとジャックが無理をする必要はねぇ。

いいかジャック、お前はお前の好きなモノを好きでいれば良いんだ。

たとえジャックがおれと正反対のモノを好きになったとしても、おれにとってジャックが大切な存在であることには変わりない……それを忘れるな。

ふふ、それに。

同じものが好きでなくとも語らいなんていくらでも出来るだろう?」

 

そう言うレオヴァの表情は生き生きしている。

と同時にジャックは思った。

語らいよりもレオヴァさんの話を聞いている方が楽しいと。

 

この時やっとジャックは、変に意固地になりレオヴァを楽しませられる話をしようとしてたのは迷走だったと気付いたのだ。

 

隣でこちらを見ながら

『今度の休暇はジャックの好きな物を探す旅にでも行こうか』

とワクワクした様子で話すレオヴァの言葉にジャックは大きく頷いたのだった。

 

 

 

そして更に時は経ち、ジャックは大看板になった。

大看板とは百獣のカイドウの腹心だ。

 

大看板に任命されると言うこと。

それ即ち、カイドウに実力を認められたという事なのだ。

 

この任命をジャックは大いに喜んだ。

 

あの破壊の化身のような世界最強の男に

幼い頃から尊敬していたあのカイドウに認められたのだ。

嬉しくない筈がない。

 

カイドウに認められることは同時にレオヴァからも認められるという事でもある。

 

 

いつか、大きく強い男(・・・・・・)になる。

そんなジャックの夢がかなった瞬間だった。

 

けれど、ジャックは慢心しない。

何故ならジャックの進む道の先にはレオヴァや兄御達

そして誰よりも強い男、カイドウの背があるのだから。

 

 

 

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オレは今日も破壊を尽くす。

 

それはオレを示す為であり、百獣の名を示す為だ。

誰であろうと百獣を……カイドウさんとレオヴァさんをナメる真似は許さねぇ。

 

やるべき事も、進むべき道もオレにはハッキリと見えてる。

 

レオヴァさんも言っていた

『目標を見つけたなら、どんなに遠回りでも良い

大切なのはやり遂げる執念と、その目標がブレない事だ

たとえ何度倒れようが最終的に生きている者が勝者であり、手段や道のりは関係ない』と。

 

レオヴァさんの言う通りだ。

どんな手段だろうが、どんな人生を辿ろうが

生き残った者だけが勝者になれる資格があるとオレは思ってる。

 

逆を言えば、誰だろうと生きていれば勝者になれる可能が生まれちまうってことだ。

だからオレは百獣に逆らう奴の息の根は確実に止める。

 

この世界を壊すのも、海賊王になるのもカイドウさんだ…!!

 

 

カイドウさんがこの馬鹿げた世界を壊せば、レオヴァさんが新しく世界を創ってくれる。

カイドウさんを唯一の王にした、退屈しねぇ完璧な世界だ。

 

暴れるのが好きなオレの部下共も、あまっちょろいドレークの部下共も

百獣の奴ら全員が満足出来る世界をレオヴァさんなら創れる。

 

 

だからオレは今日も破壊を尽くす。

カイドウさんを王にする為に、レオヴァさんの夢の為に。

 

 

 




ー補足ー

『入団したての頃』

ジャック:見習いの間レオヴァの部屋に住む
他の子どもとは違いとても頑丈で力も強かった。
憧れのカイドウとレオヴァの役に立とうと努力に努力を重ねる真面目な子ども時代を過ごし、青年になっても真面目さはそのまま引き継がれた。
一時期カイドウより大きくなったことをクイーンに突っつかれオロオロしていた時期があるが、それを口に出すと大変な事になるのは暗黙の了解。
だが、たまにクイーンが蒸し返す。

ドレーク:実力は悪くなかったが引っ込み思案で弱気だった。
その性格のせいでクイーンにさんざんな目にあわされた事は1度や2度ではない。
当初、ジャックはそんな態度のドレークに苛つく事が多くこの頃はあまり交流がなかった。
最初の頃はカイドウやレオヴァ相手にしかまともに会話出来なかったが、日を重ねる毎に性格は前向きになりつつあった。
青年になった時には頼れる男と周りに呼ばれる程に強くて気の利く人物に。

ロー:とんでもなく生意気な子どもだった。
ジャックに対しても上から目線の発言を連発。
博識だったローは知識系に疎いジャックに生意気発言を繰り返し、良く喧嘩が勃発した。
そのうちジャックが喧嘩の度に兄御達やレオヴァに迷惑かけるのは駄目だと我慢するようになった為、大きな喧嘩は減った。
その代わり組手や勉強で競うようになる。
ローの回避能力が高いのは幼少期のジャックとの喧嘩のおかげである。
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