目にたっぷりと涙を浮かべ、ジェリィはそう叫んだ。
「あの日って、まさかーー」
なのかの頬に一筋の汗が伝う。その横で、しのは頭を抑えていた。
(何、この感覚。また何かを思い出しそうだけどーー)
頭の中は、鼓動に合わせて何かを映し出そうとしていた。
「その目で見てもらうジェリ。
ジェリーーッ!」
ジェリィがそう叫ぶと、ジェリィの体から黄色い光が溢れ出した。
気が付くと、なのか達は薄暗い町中に立っていた。そこら中に、黒い宝石や瓦礫が散乱している。
「ここは、……私達の町だ!」
なのかが叫ぶ。そしてこの異様な光景には見覚えがあった。
「しかも、7年前のあの日ーー!」
そう。そこはなのかの町がラピスラズリ達に襲われたーーなのかがキュアマーガレットに助けられたあの日の町だった。
「7年前、この町はダークグラッジ王国の住民とヘイトリッドグリーフによって蹂躙されたジェリ。襲われた人達は、みんな『ダークストーン』と呼ばれる黒い宝石にされたジェリ。」
「ダークストーンにされた人間は、襲ってきたヘイトリッドグリーフやダークグラッジ王国の奴らを倒さないと元には戻れないんだチプ!」
「そして、ダークストーンは新たなヘイトリッドグリーフを生み出す。そうして大量のヘイトリッドグリーフを生み出して、この町は壊滅寸前まで追い詰められたんだチェリ。」
妖精達の説明を、なのかとしのは黙って聞いていた。
「そして、この町をたった1人で守ろうと立ち向かったのが、キュアマーガレットジェリ。
キュアマーガレットは、1人で何十体ものヘイトリッドグリーフを倒していったジェリ。狙ってくる敵の攻撃も受けたジェリ。……分かるジェリ?敵の攻撃を受けたら、どれだけダメージを受けるか!」
ジェリィは語り掛けるようになのかとしのの目を見詰める。2人はジェリィから目を逸らさずに、ゆっくりと大きく頷いた。
「野苺なのか、あんたの元に辿り着く頃には、キュアマーガレットはボロボロだったんだジェリ!それなのに……」
ぐぐっと小さな手に力を込めるジェリィ。
「キュアマーガレットは、あんただけは助けるって言って、最後の力を使い果たしたんだジェリ……!」
「え……?」
なのかの瞳から光が消えた。
ガクガクと体が震える。そんななのかを、しのやチェリーは心配そうに見詰める。
「私の、せいなの……?」
「そうジェリ!あんたが早く逃げないから、キュアマーガレットはっ……!」
「キュアマーガレット、は?」
呆然とした目で自分を見るなのかを、ジェリィは目を釣り上げて睨み付けた。
「他のプリキュアが応援に入る頃には、キュアマーガレットのハートストーンは、もうほぼ機能してなかったんだジェリ。」
ドサッ。
「な、なのかっ」
体勢を崩して尻もちをついたなのかを、チェリーが支えようとする。
「今から見せてあげるジェリ。あの日の光景を――!」
なのか達の目の前に、ゆっくりとヘイトリッドグリーフが姿を現した。
「グリ――――フ!」
けたたましく嘆き叫びながら、ヘイトリッドグリーフが暴れ回る。
「あっ、あれ、野苺さん……?」
遠くの方に、何やらダークストーンに話し掛ける幼い少女の姿が見えた。7年前のなのかだ。そんななのかを見下ろすのは、これまたどこか幼い体つきのラピスラズリ。
何やら2人は言い合いをし、ラピスラズリがヘイトリッドグリーフに指示をする。
「あ!」
そこに飛んできたのが、キュアマーガレットだった。
「プリキュア、スターライトフラワー!」
そう叫んで、なのかを踏み潰そうとしたヘイトリッドグリーフからなのかを守る。
それから、キュアマーガレットとラピスラズリが何かを言い合う。その会話の内容は、なのかだけが知っていた。
(覚えてる。この後、私が逃げて――)
なのかの思った通り、幼いなのかはこちらに向かって走ってくる。
そして、キュアマーガレットに向かって、ラピスラズリは衝撃波を放った。
形容し難い、爆発音が辺りに轟いた。
一瞬の閃光に、なのか達は目を瞑る。
「…………」
ゆっくりと目を開けると、目の前にドサリと音を立てて何かが落ちてきた。
「!!!」
そこには、ボロボロになったキュアマーガレットが倒れていたのだ。
なのかとしのは、目の前に落ちてきたキュアマーガレットを見て絶句した。
『キュアマーガレット!!』
思わずそう叫んでキュアマーガレットに触れようとするが、その手がキュアマーガレットに届く事はなかった。触れる直前で、自分達の手がキラキラと輝きながら透けてしまったのだ。
「どうして触れないのよ!」
しのが叫ぶ。
「7年前のここに君達は居ないはずジェリ。だから過去を変えるような事は出来ないんだジェリ」
そんなしのに、ジェリィは悲しそうな表情でそう言った。
うつ伏せで倒れて動かないキュアマーガレットに、ラピスラズリがゆっくりと近付いていく。
「お前、もう力がほとんど残ってないな?」
ラピスラズリの口がにたりと横に大きく広がる。
「お前のハートストーンを壊してやる――!」
ラピスラズリがキュアマーガレットに手を伸ばした時だった。
ピカッ!
「うああっ!」
辺りが黄色く光った。ラピスラズリは目を覆って空高く飛ぶ。そして近くのアパートに飛び移り、ゆっくりと目を開ける。
「何だ……?」
その光は、地面に倒れているキュアマーガレットの体から放たれていた。そして、キュアマーガレットの変身が解かれ、光は消えてしまった。その中から現れたのは、小学校高学年くらいの少女だった。
「――!」
それを見たなのかは絶句した。
「待って、待って……」
そう呟くなのかの声を聞いている者は誰も居なかった。
少女の手の中から、ゆっくりと淡い光を放つ黄色い石が飛び出してきた。シャイニングストーンのような形をしている。が、それも徐々に形を変えていく。
「!ハートストーン!」
ラピスラズリはアパートから飛び降りようとする。が、それよりも小さい物が横切る方が早かった。
「ジェリ――ッ!」
キュアマーガレットの手から石を奪い取ったのはジェリィだった。小さな体で、ラピスラズリから逃げるように飛んでいく。
「待て!」
ラピスラズリはジェリィを追い掛けようとする。
「……いいのか、コイツを殺すぞ!そしたらコイツは――」
そう言いながら少女に視線を戻したラピスラズリは顔を歪ませた。
少女の周りに、まるで彼女を守るかのように黄色い光のバリアが張られていたのだ。
「チッ!」
ラピスラズリは舌打ちをし、ジェリィを追い掛けて飛び出した。
「場所を移すジェリ。」
現在のジェリィが小さな声でそう呟くと、なのか達は町の中心に移動した。
そこには、たくさんの町の住民が倒れていた。
その真ん中で、くるくると踊るように回転しながら藍色の花びらを纏う少女が居た。プリキュアだ。
「プリキュア!トゥインクルメモリー!」
藍色のプリキュアがそう叫ぶと、花びらの渦は更に範囲を広げる。街中でぐねぐねと蠢いていたヘイトリッドグリーフは次々と浄化されていった。
「トゥインクルメモリー!」
更に藍色のプリキュアは叫ぶ。すると、花びらは街全体へと広がっていった。
花びらはしばらくして、空気に光として溶け込んでいった。いつの間にか、街中を埋め尽くしていたヘイトリッドグリーフは1匹残らず浄化されていた。あちこちに居たはずのダークグラッジ王国の敵達の姿もなかった。
「すごいチェリ、あの数の敵を1人で……!」
チェリーが感嘆の声を漏らす。
「キュアマーガレットだって倒してたジェリ!」
そんなチェリーを、ジェリィは思いっきり睨み付ける。
「ごめんチェリ……」
チェリーは身を縮めて項垂れる。
徐々に街は回復していった。壊れた建物や電柱は元に戻り、ダークストーンになっていた人達も人間の姿に戻った。怪我もさっぱりなくなっている。
「戦いが終わると、人間達の記憶にプリキュアに関することは残らないんだジェリ」
街は元に戻った。……人々も、何事もなかったかのようにいつもの生活を送り出す。
誰も、さっきまで街が破壊されていた事など覚えていなかった。
「……キュアマーガレットのところに行くジェリ」
ジェリィがそう言うと、なのか達の体はある一軒家の前に移動した。
「ここがキュアマーガレットの家。……
「!!!」
なのかははっとして口を抑える。
「やっぱり、やっぱり……」
そう繰り返すなのかを、そこに居る全員が振り返る。
「……思い出したジェリ?」
ジェリィは低い声でそう呟いた。
「キュアマーガレットの正体は、あんたの幼馴染み、花森ゆりのジェリ!」
「え!?」
「キュアマーガレットが、野苺さんの幼馴染み……!?」
チェリーとチップとしのは思わずそう叫んだ。
「野苺さん、キュアマーガレットと知り合いだったの!?」
しのがなのかの肩を掴んでそう問い質す。
「そう……。私の幼馴染みだったゆりのちゃんは、この日を境に遠い所へ引っ越していったの。何故かずっとゆりのちゃんの名前を思い出せなかったけど、間違いないよ……」
なのかは呆然と立ち尽くしながらそう言った。
「じゃあ、中に入るジェリ。」
ジェリィの言葉で、なのか達はキュアマーガレットの家の中へ移動した。
そこは黄色を基調とした可愛らしい部屋だった。その真ん中に、横たわるゆりのと、淡く輝く光を放つ石を持つジェリィ。
「はぁっ、はぁっ……」
ジェリィの息が上がっていた。どうやら今さっきゆりのをここへ運んできたみたいだ。窓は開けっ放しで、ゆりのの体は砂に塗れている。
「どうしよう、ああ、どうしよう……」
ジェリィは天を仰ぎながら狼狽えていた。
「どうしたらいいジェリ?まさかハートストーンの力を使ってしまうなんて……!」
ゆりのは目を覚まさない。石――ハートストーンは淡く光り点滅を繰り返していた。
「でも、そうするしかなかったジェリね?そうして自分を守らなかったら、ゆりのは――」
横たわるゆりのを涙目で見るジェリィ。
「でも、そのせいでゆりののハートストーンはもう――」
ジェリィがそう呟いた時だった。
「!!」
開いた窓の外から、誰かが部屋の中を覗いていた。
『ラピスラズリ!』
なのかとしの、そして7年前のジェリィが叫ぶ。
「戻ってきて正解だったな。やっぱりさっきのバリアはハートストーンの力だったんだ。」
にやにやと笑いながら、ラピスラズリはゆっくりと近付いてくる。
「来るなジェリ!」
ジェリィが窓を閉めようと飛んでいく。が、その瞬間ラピスラズリの顔が目の前に現れる。
「そいつはもう虫の息だ。守ったって無駄だよ!」
窓枠を手で抑えて窓を閉めさせないラピスラズリ。ジェリィの力じゃとても適わない。
「キュアマーガレットのハートストーンは頂く!」
ラピスラズリがそう叫ぶと、ゆりののハートストーンがゆっくりと上昇する。そしてラピスラズリに向かって一直線に飛んでいく。
「やめろジェリ!」
ジェリィが叫ぶが、ハートストーンはもうラピスラズリの手の中に収まっていた。
「ははっ、これでグラッジ様も喜ばれるぞ!」
ラピスラズリは目を輝かせながらゆりののハートストーンを眺めた。
「――させないジェリ!」
「うわっ!」
ジェリィがハートストーンに気を取られているラピスラズリに体当たりした。ラピスラズリは体勢を崩し、よろけながら窓枠に手をつく。
「あ!」
その拍子に、ラピスラズリの胸元の十字架の石がぽろりと取れた。それはゆりのの部屋の中に転がり落ち、部屋の向こう側まで転がっていく。
ジェリィはすかさず部屋の窓を閉めた。そしてラピスラズリの十字架まで飛んでいき、それを抱き抱える。
それを見たラピスラズリは、ひくひくと頬を引き攣らせた。
「……まあいい。もうそいつはプリキュアになれないし、目を覚ますこともない。また今度取りに来てあげるよ」
(今下手に奪って、キュアマーガレットのハートストーンを取り返されたら意味が無いからな)
ラピスラズリはにやりと笑いながら姿を消した。
「……あ――っ!」
ジェリィは抱き抱えていたラピスラズリの十字架を投げ捨て、叫び散らしながら部屋中を飛び回った。
「どうしたらいいジェリ!どうしたらっ……」
ジェリィの悲痛な叫び声がなのか達の心を突き刺した。隣で何か感情を堪えている現在のジェリィは、唇を噛みながらじっと過去の自分を見据えていた。
「……ジェリ?」
ふと、7年前のジェリィが部屋の隅に転がっていたラピスラズリの十字架に目を止めた。
十字架は淡く点滅していた。瑠璃色と、黄色に交互に発光している。
「これは……」
ジェリィは十字架を拾い上げた。
「……いけるジェル、これなら!」
ジェリィはそう呟くと、十字架を横たわっているゆりのの胸元へ持ってきた。
「……どうか、成功してジェリ!」
ジェリィがゆりのの胸元に十字架を置く。
「……お願いジェリ!」
ジェリィはぎゅっと目を瞑り、両手を広げて念じた。
「ジェリ――――ッ!」
すると、十字架は強く黄色く輝き出した。そして、数センチ空に上昇する。
そして、サラサラとゆっくりと形を変えていく。黄色いハート型の石――ハートストーンの形になった。
「はぁっ、はぁっ……」
ジェリィがふらつき、床にぽとりと落ちた。それと同時にハートストーンもゆりのの胸に落ちる。
「どうにか、ラピスラズリとゆりののハートストーンの中身を入れ替えたジェリ。……入れ替えたところで、ゆりののハートストーンはもう機能しないけど。でもこれでゆりののハートストーンが壊される心配は無くなったジェリね……」
肩で息をしながら、ジェリィは小さな声でそう呟いた。
「……あとは」
そして、自分の胸元に光るリボンを見詰める。
「……まさか、ジェリィ!」
「本当に、やったチプか!?」
その状況を見ていたチェリーとチップが、表情を強ばらせて現在のジェリィを見る。
「……これしか、方法がなかったんだジェリ」
そんな2人と目を合わせず、現在のジェリィは過去の自分だけを見据えていた。
「ううっ……」
ジェリィのリボンから、一筋のロープのようになった光が飛び出してくる。それはゆりのの体をくるむように包み込む。
「うう……!」
ジェリィは苦しげに顔を歪ませる。脂汗が何本もその頬を伝っている。それでも光のロープは途切れない。隙間なくゆりのを覆う。
「あ!」
すると、みるみるゆりのの体が縮んでいった。まるで成長が逆方向に早送りされるように、手足が短くなり、顔立ちが幼くなっていく。
「ああッ!ジェリィには、これしか出来ないジェリ?」
ジェリィは涙目になりながらゆりのを見る。
「これじゃ、意味無いジェリ……!」
ブワッ
光のロープが、千切れて空に舞った。
そこに横たわっているのは、小学校高学年くらいのゆりのではなく、まだ3歳くらいの幼い少女だった。
ジェリィは泣き叫んでいた。何度も床を叩き、幼い少女の体に寄り添う。
「……ジェリィは、自分のハートストーンの力を分け与えて、ゆりののハートストーンを修復させようとしたジェリ。でもジェリィの力じゃ足りなくて、心や意思を取り戻す代わりに成長が巻き戻ってしまったジェリ。」
現在のジェリィは、ゆっくりと振り返ってなのか達の顔を見た。
「……野苺なのか、気付いたジェリね。」
そう言われたなのかの表情は、複雑なものだった。
「……まさか、ゆりねちゃんがキュアマーガレットだったなんて。」
なのかのその言葉に、しのははっとした。
目の前に横たわるゆりのだった少女は、初対面のはずの自分に抱き着いてきたあの女の子だったのだ。
(じゃあ、あの子と私は初対面なんかじゃなかったんだわ!)
1度プリキュアに変身した時に一緒に戦っていたのだ。しのは嘗ての戦友との再会に思わず目に涙を浮かべた。
「急に成長が巻き戻ってしまったゆりのは、今まで通りの生活は送れなくなったジェリ。もちろん脳の発達も後退して、プリキュアとしての記憶も無くなってたジェリ。だから花森ゆりのは「御園ゆりね」として第2の人生を歩む事になったジェリ。」
ジェリィは床に座り込み、項垂れながら喋り続ける。
「ジェリィの力で、普段はただの女の子として、ゆりねのハートストーンが機能してくれたジェリ。でもプリキュアに変身する事は出来なくなった。それでも敵達はまたこの街を襲ってきたジェリ。
……だから、プリキュアに変身してる間だけは、ジェリィのハートストーンの力でゆりねを操る事にしたんだジェリ」
「そんな事が出来るなんて……」
しのが呟くと、ジェリィは小さく頷いた。
「それくらいの短時間なら、元プリキュアのゆりねをプリキュアにして体を操る事も出来たジェリ。ただ、プリキュアに変身して体が成長しても、嘗てのゆりのの変身前ほどしか成長出来ないから、力は半減したジェリ。それでも敵と対等に戦えてきたのは、もう1人のプリキュアのお陰だったジェリ。でも……」
ジェリィの体が微かに震え出す。
「3年前のあの日、ずっと一緒に戦ってきたキュアメモリーが、壊されたんだジェリ……!」
ジェリィのその言葉に、しのは息を飲んだ。
震える手を、ジェリィに向ける。声を出そうとしたけど、上手く言葉が出てこなかった。
「……キュアオーシャンが無意識のうちに変身したあの日チプね。」
チップが低い声でそう言う。ジェリィは力なく頷いた。
「……その日、また7年前のあの日みたいに、この街にヘイトリッドグリーフが大量発生したジェリ。キュアメモリーと私が操るキュアマーガレットだけじゃ、とても手に負えない数だったジェリ。
それを見兼ねた女王様が、未来のキュアオーシャンであるしのの中に眠るハートストーンの力を呼び起こし、眠っているうちに変身させ戦いに応戦させたジェリ。」
「それが、あの日なのね……」
しのが呟く。そして頭の中に、まるで色が滲み出すようにあの日の光景が浮かび上がってくる。
(たまに見るあの日の夢も、ただの夢じゃなかったんだわ。)
しのはぐっと拳を握り締める。
「キュアメモリーは、突如現れたダークグラッジ王国の少女にシャイニングストーンごと壊されたジェリ。そしてそのまま、……」
ジェリィはそこで言葉を詰まらせた。言わんとしている事は誰しもが理解していた。
「……それが、この前現れたアイツなのよね……」
ラピスラズリがヘイトリッドグリーフにされた時に現れた背の低い少女。しのの脳内にも、ゆっくりとその光景が映し出される。
薄暗い町に轟く、重たい音。そこを彷徨う灰色の怪物を、3人のプリキュアが次々と倒していく。
「くっ、キリがないわね……全く、やってくれるわ!」
汗を拭いながら、キュアマーガレットが呟く。
「ヘイトリッドグリーフだけじゃなくて、あれらを生み出している敵の数も尋常じゃないわ。既に何人かは倒したけど……」
地面に着地しながらそう呟くのは、どこか幼い顔付きのキュアオーシャン。
肩で息をしながら会話する2人の少女の背中を、もう1人のプリキュアがぽんと叩く。
「ここは私に任せて。あなた達は、向こうの街に行った敵を追って!」
藍色のプリキュア。――キュアメモリーだった。
「だめよ!あなたを1人には出来ないわ!」
「そうよ、私達は、いつでも一緒よ。だから――」
優しい目で頷くキュアマーガレットに、灰色の腕が伸びる。
「危ないっ、キュアマーガレット――」
マーガレットを庇うように手を広げたメモリーが、灰色の腕に半身を飲み込まれる。
「キュアメモリー!!」
すぐさまキュアオーシャンが、キュアメモリーを飲み込もうとするヘイトリッドグリーフにキックする。
ボコボコとうねりながら、ヘイトリッドグリーフの体にどんどん飲み込まれていくキュアメモリー。
「今助けるわ、スターライト――」
「だめよ!今攻撃したらキュアメモリーが……!」
そんな会話をしているうちにも、キュアメモリーの体はどんどんヘイトリッドグリーフの中へ埋まっていく。
「うっ……」
苦しげに顔を歪ませるキュアメモリー。
「メモリー!」
「頑張って、メモリー!」
キュアオーシャンとキュアマーガレットは必死に叫んだ。そんな2人を、薄らと目を開けて見るキュアメモリー。
「あなたがいないと、私達はだめよ。今まで何度あなたに助けられたか。あの時だって――」
キュアマーガレットが涙を零しながらヘイトリッドグリーフを何度も殴る。そんなマーガレットを、優しい目で見て微笑むキュアメモリー。
「あなたこそ、そんな小さな体で1人で頑張ってきたじゃない。……ジェリィなのよね?ありがとう、あなたのおかげで、私は1人で戦わずに済んだ。」
「気付いてたの……?」
キュアメモリーはゆっくりと頷く。そして、今度は自分の腕を引っ張るキュアオーシャンを見る。
「キュアオーシャン。あなたはまだプリキュアになるべきじゃなかったのに、こうして助けに来てくれてありがとう。きっとこの戦いが終わったら私の記憶無くなってしまうけど、心強かったわよ。」
「ううっ……」
キュアオーシャンの瞳に涙が溢れてくる。
「……もう、ここまでかしら」
キュアメモリーは、天を仰ぎながらゆっくりと目を閉じようとした。
「大丈夫よ、私は、あなた達を、独りぼっちになんか――させないから」
キュアメモリーがそう呟いたところで、その体は完全にヘイトリッドグリーフの中へ消えていった。
まるで辺りの音が全てシャットアウトされてしまったようだった。キュアマーガレットとキュアオーシャンは泣き叫んだ。そして、2人同時に、スターライトフラワーとオーシャンジャスティスを放つ。
ヘイトリッドグリーフは浄化され、中からは2人の人間が現れた。
1人はヘイトリッドグリーフにされた若い男で、もう1人は変身の解けたキュアメモリーだった。
「うっ、うっ、メモリー……」
ボロボロになったキュアメモリーを抱き抱えて、キュアマーガレットとキュアオーシャンは嗚咽を漏らしていた。
「ハートストーンが闇に飲まれ掛けてる。……もう、メモリーは」
オーシャンは傍らに落ちていたメモリーのシャイニングストーンを拾い上げる。
その間も、3人の周りには複数体のヘイトリッドグリーフが彷徨っていた。
ダークグラッジ王国の敵は居なかったから油断していたのだ。背後に気配を感じた頃には、キュアオーシャンの手からメモリーのシャイニングストーンが消えていた。
「……これが、プリキュアの力の源か」
『!!!』
突如現れた小さな少女に、キュアマーガレットとキュアオーシャンは立ち上がった。そして拳を構えて少女を睨む。
「いいのか。下手に攻撃すれば、コレが壊れるかもしれないぞ」
そう言いながら、少女はメモリーのシャイニングストーンをチラつかせる。
「っ……!」
マーガレットとオーシャンは、悔しげに唇を噛み締める。
「……私達はコイツのハートストーンには興味が無い。……だが」
「待って、何しようとしてるの!?」
「やめて!」
少女がキュアメモリーのシャイニングストーンを空に向かって投げたのだ。マーガレットとオーシャンは手を伸ばし、それに向かって走っていく。
が。2人の手が届くより、少女の拳が届く方が早かった。
『――――ッ!』
キュアメモリーのシャイニングストーンは、粉々に割れ、光の粒子の如く輝きながら散らばった。