重い足取りで通学路を進むなのかの横を、まるでなのかの存在を認識していないかのように子供達が素通りしていく。
(なんだか私、空気みたい)
なのかは肩を落として、ため息を吐いた。
(この前、いきなりプリキュアになっちゃって……。そもそもプリキュアってなんなの。伝説の戦士だとか戦うだとか、私には全然似合わないよ!
それにあのフリフリの衣装――学校の誰かに見られたら恥ずかし過ぎて死んじゃうよ!
も──、あ────っ!)
なのかはヤケクソになって、八百屋の前の交差点を駆け抜けていった。
その後ろ姿を眺めながら、とぼとぼと1人で歩くしのの姿があった。
しのはひどくやつれた顔で、なのかをぼーっと見詰めている。
「野苺さん、あんなに元気なら、どうしてクラスでは誰とも話さないのかしら……」
しのは目眩に頭を押さえ、その場に座り込んだ。
まだ8時を回ったばかりの頃。
なのかは下駄箱でサンダルから上履きに履き替え、4階への長い長い階段を上っていった。
何も言わず、誰かに気付かれることもなく教室に入った途端、どっと疲れが襲ってきた。
ランドセルを乱暴に机に投げつけ、そのままその上に突っ伏してしまう。
「ああああ、疲れた……」
小声で弱音を吐く。
その声に反応して、前の席で談笑していた女子児童が心配そうになのかを見る。
「なのかちゃん、大丈夫?」
「う、うん……」
(びっくりしたぁ、話し掛けられるなんて思わなかった……)
なのかは高鳴る心臓をぎゅっと押さえた。
そんななのかとは裏腹に、しのは机と睨みっこしながら勉強に耽っている。
なのかは横目でその姿を見て、感心したように目を丸くした。
(すごい、海風さん……。休み時間も勉強してるんだ。
なんだかこうやってすぐ弱音を吐くなんて、私はやっぱり弱いんだなぁ。なんだか惨めな気持ち……)
なのかは現実から逃れるように、机の中に教科書を押し込んだ。
ガタンッ
なのかの右耳に、固いものがぶつかり合うような音が聞こえてくる。
(なっ、何の音?)
驚いて上半身を起こして音のした方を見ると、しのが教室の前で倒れていた。教室中の生徒達の視線がしのに集中しているが、ぴくりとも動かない。
「海風さんっ!」
なのかは思わず立ち上がってしまう。
今度はなのかに視線が集まる。
(あっ、どうしよう……)
なのかは狼狽えながら、すとんと席に座る。
(絶対変に思われた、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ……)
顔から火が出る思いで身を固くする。
「だ、大丈夫なのかな?」
「取り敢えず、海風さんを保健室に連れていこう」
「そうだね……。ほら男子、手伝ってよ」
そんな会話を聞きながら、自分の無能さにひたすら自己嫌悪に浸っていく。
(もう嫌、こんなの――)
心の中で嘆きながら、なのかはキリキリと痛む胃の辺りをぐっと押さえた。
♥
2時間めの授業が終わり、クラスメイト達は一気に校庭に出始める。
ガランとした教室の隅で、なのかは寝たふりをしながら泣いていた。とめどなく溢れる温かい涙が、次々と赤い頬に伝っては落ちる。
それを拭う気力もなく、ただただぼーっと休み時間の終わりを待つ。
(一緒に遊ぶ友達も居ないもん。休み時間なんて要らないよ、こんな惨めな気持ちになるんだったら、ずっと授業の方がマシだよ)
なのかは声を必死に殺して泣きじゃくる。
そこへ、教室に誰かが入ってきた。
なのかは人の気配にびくっと肩を震わせ、身を固くする。
(誰か来たっ……やだやだ、泣いてるなんてバレたら、絶対バカにされちゃう。友達が出来ないで泣いてるって――)
なのかは大粒の涙を零す。
(もう、こんなのやだよ……)
「なのかちゃん?」
誰かがなのかの名前を呼んだ。
(あれ、この声って――)
聞き覚えのある声に、なのかは涙を拭おうともせずに、ばっと顔を上げた。
「やっぱり、やっぱりなのかちゃんだ!」
(あ、なんで……)
なのかは驚いて、その人物をまじまじと見つめた。
本来ならここに居るはずのない人物で、寂しさのあまり幻覚を見ているのかと錯覚してしまう。
(違うよ、幻覚なんかじゃないよ――。
この甘いお花の匂い、間違いない――)
なのかの泣き顔がみるみる笑顔に変わっていく。
「ゆりねちゃん!」
「なのかちゃん、久しぶり!」
ゆりねと呼ばれた人物が、目を細めて微笑んだ。
「ゆりねちゃん、どうしてここに……?」
「ふふっ、サプライズだよ。なのかちゃんをびっくりさせようと思って黙ってたんだけど、新学期からこっちに転入したの」
(どうして急に転入なんてしてきたんだろう……。)
なのかは複雑な気持ちでゆりねを見詰める。
(
そうだ、3つ年上の幼馴染みと入れ違いでこの街に来たんだっけ。幼馴染みの名前は、何故か思い出せないんだけど……。)
そんなことを考えながら、なのかはゆりねを見詰める。
ゆりねはなのかの唯一の友達だった。幼稚園の頃から重度の人見知りだったなのかに話し掛けてくれたのは、ゆりねだけだった。
「どうして転入?家は変わってないんだよね?」
「うん。何となくこっちの方がいいかなって思ったの。
なのかちゃんの近くにも居られるし、前の学校でちょっと……色々あったから」
ゆりねははにかみながら話した。
「そっか。」
前の学校で何があったのか少し気になったものの、余計な口出しはしない方がいいと思い、なのかは何も訊かないことにした。
(きっと訊かれたくないよね、ゆりねちゃんも)
ちょうどその時、休み時間の終了を告げるチャイムが鳴った。
「じゃあね、なのかちゃん」
教室から出ていくゆりねを見送りながら、なのかは机に突っ伏した。クラスメイトが戻ってくる事を予測したのだ。
予測した通り、ゆりねと入れ替わるように一気にクラスメイト達が押し寄せてきて、なのかの頭の中は再び孤独感で満たされていく。
(何か、やだな)
胃がきゅるきゅると痛んだ。誰かに絞られているような鋭い痛みが、頭の先まで伝わってくる。
(授業、サボっちゃおうかな)
なのかはゆっくりと席を立ち、誰にも気付かれないようにそっと教室を出ていった。
廊下に出ると、運悪く担任が歩いてくるところだった。
「野苺さん、どうかしたの?もう授業始まるけど」
「あ、え、と。お腹痛くて、保健室に行こうと思ってて」
(嘘は吐いてないよね)
実際になのかの胃はかなり痛んでいた。
「そう。1人で行ける?」
「はい、大丈夫です」
なのかはお腹を抑えたまま、前屈みになってゆっくりと階段を降りた。
保健室に入ると、中に保健の先生は居なく、2つあるベッドのうちの1つに誰かが寝ていた。
なのかは気付かれないようにそっとカーテンをくぐって、薄桃色のベッドに横たわった。
(ふう、何かダルい……)
倦怠感が全身にまとわりついてくる。
(プリキュア、こんなんでやっていけるのかな)
あの少女が居るとは言え、いつでも助けに来てくれるとは限らない。それになのかの事を認めている訳ではないようだった。つまり、なのかはプリキュアとしてはまだ未熟だと言うことだ。
(情けない、私)
なのかは肩を落として溜め息を吐いた。
「……んん」
隣のベッドから苦しそうな声が聞こえてきた。一気になのかの体も強ばる。
(お、起きたんだ!)
カーテンを閉めようとしたが、音でどっちにしろバレてしまう。
せめて自分だってバレないようにしようと、なのかは慌ててカーテンを掴んだ。
……が、既に遅かった。
「……野苺、さん」
「う、海風さん」
なのかとしのは、お互いカーテンを掴んだ姿で対面していた。
なのかは何となく気まずい気持ちになり、思わずしのから目を逸らしてしまう。
それはしのも同じなのか、シーツを握り締めて俯いてしまった。
(あああっ、よりによって海風さんだったなんて!……倒れてからもうしばらく経ってるのに、まだ具合良くなってなかったんだ……)
クラスメイト達の前で大声で叱られたりとあまりいい印象がないせいか、なのかは露骨に嫌な顔をしてしまった。
(うーっ、また「もしかしてサボってるんじゃないでしょうね?」とかって叱られちゃうのかな。違うもん、海風さんほどじゃなくても本当にお腹痛いんだもん……)
勿論しのはそんななのかの表情を汲み取ってしまっていた。
(野苺さん、そんなあからさまに嫌ってる顔することないじゃない――)
しのが心の中でそう嘆いたその時、
「ふーん、なかなかすてきな関係だね」
突然保健室の窓が開いて、吹き抜けてきた風が桃色のカーテンを揺らした。そしてそこからラピスラズリが中へ入ってきたのだ。
なのかはベッドから飛び起き、にこにこと笑っているラピスラズリを睨み付ける。
「ラピスラズリ!」
「え?え?」
しのは全く状況を理解出来ていなく、いきなり現れた少女に対し自分以上に敵対心を剥き出しにしているなのかに戸惑ってしまった。
「ふふっ、そいつとお前の関係、私は好きだよ。
お互いを理解出来ず、すれ違い続ける本心。それを隠そうともせずに嫌い合うって、すごぉくすてきじゃない!」
ラピスラズリは心の底から楽しそうに笑っていた。
「あなた、やっぱり絶対おかしいよ……!」
なのかは言い掛けて、しのが居ることを思い出す。
「海風さん、逃げて!」
「え?」
「早く!」
(あんなに弱気で滅多に大きな声なんて出さない野苺さんが――)
只事ではない雰囲気に、しのは立ち上がって保健室から飛び出した。
しのが出ていったことを確認し、なのかはシャイニングストーンとプリズムスタージュエルをポケットから取り出した。
「学校で暴れさせたりしないからね!
プリキュア・ステップアップ!
1 up!
真っ赤に輝く希望の光!
キュアフランボワーズ!」
なのかはキュアフランボワーズに変身した。
「お前はヘイトリッドグリーフには到底敵わないよ!最初に変身した時はただのまぐれだからな。
身の程を知りな、今にさっきの奴のハートストーンを奪ってやるから!」
ラピスラズリは笑いながら保健室から姿を消した。
キュアフランボワーズは思わず叫んだ。
「海風さん、逃げて……!」