薄暗い闇が永遠に広がる、ここはダークグラッジ王国。その頂点に君臨する王であるグラッジは、誰の前にも姿を現さなかった。
「ラピスラズリ。君へグラッジ様から伝言がある。十字架に亀裂が入ってしまっているから、もう君は力を使えない。ただの無力だ。だからもう、お前は用無しだ。」
泣き腫らした顔でしゃがんでいたラピスラズリの元へ、無表情の小柄な少女が歩いてくる。少女はラピスラズリが両手で大事そうに持っている十字架をちらりを見てから、ラピスラズリの顎を掴んだ。そしてぐいっと顔を上げさせる。
「ごめんなさい!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!せっかくグラッジ様が下さった力を無駄にしてしまって、ごめんなさい!あの2人に恨みなんてないと思ったんです!ごめんなさい、まさかあのヘイトリッドグリーフが動けるなんて思ってなかったんです!ごめんなさい、ごめんなさい、見捨てないで……!」
上方を見ながら泣き叫ぶラピスラズリの顔を乱暴に左右に振り回しながら、少女は冷たく言い放った。
「黙れ。どっちにしろ、グラッジ様には、お前に力を分け与えられる程の力は残っていない。命乞いをしても無駄だ。そうだな、もし一つだけお前が生き残れる方法があるとしたら――」
ラピスラズリの色褪せた赤い瞳に、少女の真っ白な手が映る。今にも眼球に触れてしまいそうだ。
「お前のハートストーンを、差し出せ」
獣の唸り声のような風が、2人の間をすり抜けていった。
「おはよう、海風さん」
なのかは、通学路でランドセルを背負ったしのの後ろ姿を見付けた。しのは髪の毛が長く綺麗だから、後ろ姿でもすぐに分かる。
「おはよう、野苺さん」
しのは立ち止まって、なのかに挨拶をした。
2人は肩を並べて、通学路を歩いた。いつもと同じ道なのに、今までとは違う気持ちで歩く道は、まるで特別だった。
♥
「春風に乗せて、たんぽぽの綿毛が、かすみの前を飛んでいきました。すると……」
(ううう、眠いよう)
担任の音読を聞きながら、なのかはぼーっとしていた。国語の時間はいつもそうだ。担任やクラスメイトの声は、まるで子守唄だ。
なのかがうとうとしていたその時だった。
ズシーン……
遠くの方から、地響きのようなものが聞こえてきた。
「なに!?」
「やっぱり今何か聞こえたよね!?」
「地震?」
クラスメイト達がざわつく中、なのかとしのの頭の中に、あの禍々しい怪物の姿が浮かんできた。
(まさか……)
(またラピスラズリ!?)
なのかとしのが立ち上がろうとした、その時だった。
教室の窓が、灰色に染まった。
「あ――」
誰かが声を上げるより早く、キンッという高い音が一斉に鳴った。それと同時に、教室から児童が消えた。
ゴトゴトと音を立てながら落ち着いく、無数の黒い宝石達。それを見たなのかとしのの顔が真っ青になる。
「これって――!!」
「私が初めて変身した時の――」
なのかとしのは、顔を見合わせながら頷いた。
『プリキュア・ステップアップ!!
1 up!!』
なのかとしのは途端に赤色と青色の光に包まれ、同時にプリキュアの姿に変身していく。
「真っ赤に輝く希望の光!キュアフランボワーズ!」
「青く煌めく正義の光!キュアオーシャン!」
二人は決めポーズを決めて、窓の外を見た。
「あれは、全部ヘイトリッドグリーフ?」
「ちょっと大き過ぎない……?」
キュアフランボワーズが言う通り、今目の前にいるヘイトリッドグリーフは、いつものヘイトリッドグリーフの5倍近大きかった。
「怖気付いてらんないよね、行こう!」
二人は揃って、窓の外へ飛び降りた。
「グリ────フ…………」
唸り声を上げながら校舎に手を掛けるヘイトリッドグリーフに、キュアフランボワーズとキュアオーシャンが左右から一斉に攻撃する。
『はあっ!』
ヘイトリッドグリーフの両腕が、水滴の如く飛び散る。消滅した両腕があった空間を見ながら、ヘイトリッドグリーフは再び唸り声を上げる。灰色の胴体から、鈍い音を立てながら腕が生えてくる。
「復活した…………なんで!?」
着地をしながら、キュアフランボワーズは眉を潜める。
「この大きさと言え、このヘイトリッドグリーフ……何だかおかしいわね」
キュアオーシャンも、目を細めながらヘイトリッドグリーフを見る。
「そいつはただの人間じゃないからだ」
二人の頭上から、低い声が聞こえてくる。
「誰!?」
校舎の屋上に、誰かが居るようだ。
目を細めてよく見てみると、それはまだ小学生にもなっていないくらいの小さな少女だった。
「私はダークグラッジ王国の者だ。お前達に良い事を教えてやろう。」
「いきなり何なの!?」
「ダークグラッジ王国って――あなたもラピスラズリの仲間なのね!」
「そのラピスラズリだ。」
屋上居る少女は、ぐねぐねと体をねじ曲げながら暴れるヘイトリッドグリーフを指差した。
「そいつは、ラピスラズリだ。」
少女の言葉に、キュアフランボワーズとキュアオーシャンの頭に、ハンマーで殴られたような衝撃が走った。
(え、うそ!)
(これが、ラピスラズリ!?)
改めて目の前で暴れるヘイトリッドグリーフを見る。
(……あれ)
キュアフランボワーズの視界に、何か細長いものが移った。ヘイトリッドグリーフの中にあるあれは――人の形をしている!
「今まで気付かなかったけど、あれって……」
ヘイトリッドグリーフにされてしまった人なのではないか。キュアフランボワーズは、初めて変身した時を思い出した。
「あの時、私、ヘイトリッドグリーフの中に居たんだ……!」
キュアフランボワーズの言葉に、キュアオーシャンはヘイトリッドグリーフの中に浮かぶ人の顔が見える位置へ移動する。
「やっぱり、ラピスラズリだわ……」
白い顔に、緑色の縦ロールの髪。間違いなくラピスラズリだ。
「今までそいつに散々馬鹿にされただろう。そいつは自分が弱いから、お前達みたいな自分より弱い人間をけなして強がっていないといけないからな。好きなだけ殴ればいい。」
少女はそう言って、屋上のフェンスを乗り越える。
「あっ!」
キュアフランボワーズは思わず目を瞑る。目を開ける頃には、少女の姿はなくなっていた。
「あの子……ラピスラズリの仲間なのに、何であんな事言ったんだろう」
「分からない。でも、どうしてラピスラズリがヘイトリッドグリーフに……?」
ぷかぷかと灰色の中に浮かぶ白い顔は、苦しそうに見えた。歪んだ眉に、ぽっかりと開いた口。
「とりあえず、いつもみたいに浄化してみましょ。そしたらきっと、ラピスラズリも目を覚ますわ。そしたら、どうしてヘイトリッドグリーフになったのか聞けるから。とりあえずこの巨体をどうしかしなきゃ……!」
キュアフランボワーズとキュアオーシャンは、拳に力を込めた。
『はぁっ!』
次から次へと繰り出される攻撃に、ヘイトリッドグリーフはどんどん小さくなっていく。2人は再生させる暇も与えなかった。校舎の2階ほどの高さになったところで、キュアフランボワーズは両手をヘイトリッドグリーフへ向ける。
「プリキュア!フランボワーズレボリューション!!」
ヘイトリッドグリーフは、赤色の花びらに包まれ、消滅していった。
「……」
中から現れたラピスラズリに、二人は駆け寄った。
「う……」
キュアフランボワーズとキュアオーシャンに見守られながら、ラピスラズリはゆっくりと目を開いた。いつもは赤く光っている瞳も、今では暗い灰色になってしまっていた。
「目、覚めた?」
目を覚ましたラピスラズリの視界に1番最初に映り込んだのは、自分を見下ろす2人の敵だった。
「わっ、何だ、お前ら!」
ラピスラズリは驚いて飛び起きた。
「何でお前らが……あ……」
ラピスラズリの脳裏に、眠る前の記憶が蘇る。
(あ、あ、私…………アイツにハートストーンを抜き取られて、ヘイトリッドグリーフにされたんだ……。)
がくがくと震えながら脂汗を流すラピスラズリを、キュアフランボワーズは心配そうに見詰める。
「だ、大丈夫?」
「寄るなっ!お前ら、どうして私を助けた!」
ラピスラズリの問いに、キュアフランボワーズは困り果ててしまう。
「どうして、って言われても……」
キュアフランボワーズはキュアオーシャンに視線を移す。
「あなたがどうしてヘイトリッドグリーフになったのかは知らないけど、あのまま暴れられたら迷惑だから。それだけよ。」
キュアオーシャンの言葉に、ラピスラズリは目を見開く。
「元はと言えばお前のせいなんだ…………お前が私を封印さえしなければ、こんな事にはならなかったのに!!」
涙を滲ませた淡く薄紅色に発光する瞳は、憎らしげにキュアオーシャンを映している。それでも、攻撃するほどの力は、ラピスラズリには残っていなかった。
「全部……お前のせいなんだからな。お前があの時私を封印したから、私は全てを失った。グラッジ様は、力のない私はもう要らないと仰った。私にはグラッジ様以外、居ないんだよ……。
お前らはみんなで仲良く馴れ合い出来るかもしれないけどな、私は違うんだよ!お前らは友達を1人くらい失ってもどうってことないかもしれないけどな、私にはグラッジ様しか居なかったんだ!
絶対に許さない……うわああああっ」
悲痛に叫ぶラピスラズリの瞳が、一瞬真っ黒に染まった。その途端、ラピスラズリから表情は消え、ぐらりと体が傾く。そして、そのまま地面にゴトリと倒れ込んでしまった。
「え……?」
まるで壊れた人形のように動かないラピスラズリに、キュアフランボワーズとキュアオーシャンは顔を見合わせた。
(急にどうしちゃったの?)
その時だった。
「全く、役立たずが。」
倒れたラピスラズリの前に、裂け目のようなものが現れる。その中から、さっきの小柄な少女が現れた。
少女は顔の角度は変えずに、目だけをラピスラズリに向けて、ふんと鼻で笑う。
「グラッジ様を思っているのはお前だけじゃない。お前の代わりは、いくらでも居る」
動かないラピスラズリに、その言葉は届いているのか。キュアフランボワーズは、動けないまま、その様子を見る。
(そんな、酷い事言わないでよ……)
まるで自分に言われているように思えた。キュアフランボワーズは、クラスでいつも独りぼっちの自分の姿を思い浮かべ、目をぎゅっと瞑った。
その横では、キュアオーシャンの様子がおかしかった。
わなわなと震えながら、目の前にいる少女を見る。
「待って……ねえ……あなたもしかして…………」
その細い指先は、少女に向かって伸びていた。
「あなた……ねえ!あなた!あなたは!キュアメモリーを……返して!!」
「え!?」
物凄い勢いで、キュアオーシャンは少女に突進していく。距離は近かったので、すぐに少女の顔が至近距離に現れた。
「キュアメモリーを返せえええええええっ!!」
「キュアオーシャン!」
キュアフランボワーズが止めに入るよりも早かった。少女が放った黒い靄のようなものに包まれたキュアオーシャンは、ゆっくりと地面に崩れ落ちていった。
「キュアオーシャン……!」
キュアフランボワーズは、慌ててキュアオーシャンに駆け寄った。
「安心しろ、眠らせただけだ。私はお前達のような何の力もないプリキュアには興味が無い。お前達はじきに自滅するだろうからな。
殺されたくなければ、下手に手を出さない方がいい。……グラッジ様にだけは、手を出すな。」
そう言いながら、少女は小柄な体で、自分よりも大きいラピスラズリを抱き抱える。
キュアフランボワーズは我に返る頃には、そこにはもうキュアオーシャンと自分しか居なかった。