「待って、待ってよ、キュアメモリー……!」
遠くの方に、必死に叫ぶ私の姿が見える。どうして私が見えるの?今の私は、私じゃない誰かになってるのかな。それに、キュアメモリーって……誰?
分からないけど。でも、あそこで必死に叫ぶ私の手は、――今の私に伸びている。
「……ごめんね」
、
そう呟いた私は、灰色の何かに飲み込まれていった。
――……
「はっ!」
意識が現実に戻ってきた瞬間、私はベッドの上で飛び起きた。手が、びりびりと痺れる。
「あれ……」
何だか嫌な夢を見ていたような気がするけど、内容がよく思い出せなかった。
「おはよう、海風さん」
「野苺さん……」
手を振りながら駆け寄ってくるなのかに、しのは力なく微笑む。その酷くやつれた笑顔を不思議に思ったなのかは、立ち止まってしのの顔をまじまじと見詰める。
「どうかしたの?」
なのかの疑問にも、しのは力なく答える。
「何でもない、大丈夫……」
「そ、そっか」
(とてもそんなふうには見えないけど〜〜!)
なのかはそう思いつつも、あまり問い詰めるのも良くないと思い、それ以上は何も聞かない事にした。
学校が見えてくる坂道を上りながら、2人は帽子を抑える。
「あれ……何か風強くない?」
なのかのお下げが、ばさばさと後ろに靡く。
「そう……だよね、やっぱり変よね」
しののロングヘアも、後ろに引っ張られるように靡いている。
「あれ……?」
おかしいのは風だけじゃなかった。見えてきた校庭に、児童か誰1人居ないのだ。この時間なら、いつもなら登校してきた児童や遊んでいる児童で溢れているはずなのだ。なのかとしのは、ゴミが入らないように目を細めながら顔を見合わせる。
「やっぱり、変……!」
なのかとしのが校門まで走っていくと、異変の正体が明らかになった。
「え……!」
「う、そ……!」
校庭には、もぞもぞと蠢く無数の灰色の粘液が散らばっていた。
「これって……」
(ヘイトリッドグリーフだ!)
なのかとしのは何も言わずに顔を見合わせ、同時に頷いた。
給食袋と一緒に付けていた巾着の中から、シャイニングストーンとプリズムスタージュエルを取り出す。
『プリキュア・ステップアップ!
1 up!』
桃色や水色が混ざり合う空間の中で、二人はみるみるうちに変身していく。
「真っ赤に輝く希望の光!キュアフランボワーズ!」
「青く煌めく正義の光!キュアオーシャン!」
二人はプリキュアの姿に変身し、校庭に駆け込んでいった。
「今度は何なの?」
「これはどういう状態?どうして学校にこんなものが……」
校庭の人工芝は、ほとんど灰色の粘液で埋め尽くされている。不気味なこの光景に、戦い慣れてきた2人も狼狽えてしまう。
「あーっ、やっぱり釣れた☆もう、待ちくたびれたよ〜っ」
校舎の中から、少女が現れた。キュアフランボワーズやキュアオーシャンよりも、頭1個分ほど背が高く、美しい金髪を白く細い指にくるくると巻いている。
「私の名前はね〜っ……」
少女は楽しそうに喋りながら、キュアオーシャンにサッと近付いた。キュアオーシャンが声を上げるより早かった。少女はキュアオーシャンの腹部を攻撃する。キュアオーシャンは、後ろに吹き飛んで校門にに激突する。
「う……っ」
「キュアオーシャン!」
キュアフランボワーズが叫ぶ。キュアオーシャンを見ると、ぐにゃりと歪んだ校門の前に、力なく倒れていた。
「キュアフランボワーズ!後ろチプ!」
騒ぎに気付いたチップとチェリーが、キュアフランボワーズの背後を指差した。
「えっ」
いつの間にかキュアフランボワーズの後ろに回っていた少女が、にやりと笑う。
「私はガーネット。よろしくね♪」
ド──ン、と、重たい音が辺りに響き渡る。
少女――ガーネットが軽く脚を上げただけで、フランボワーズは吹き飛び、桜の木の幹にぶち当たった。
「くっ……うぅ……」
キュアフランボワーズは、その場にうつ伏せになる。
「なーんだ、プリキュアって、こんなんなんだー。ラピスラズリが負けちゃうんだから、もっと強いのかと思ってたけど……弱っ!こんなのに手こずるとか、ラピスラズリも弱過ぎだよね〜っくすくす」
髪の毛をいじりながら笑い声を上げるガーネットを薄く開いた目で見ながら、キュアフランボワーズは何とか立ち上がる。校門の前では、同じようにキュアオーシャンも立ち上がっていた。
「うぅ……強い……!」
「歯が立たない……!」
二人の声に気付いたガーネットは、「きゃはっ☆」と笑い声を上げながら、嬉しそうに飛び跳ねた。
「こういうのを待ってたんだよ!やっぱりプリキュアはタフじゃなきゃね☆だってー、そうじゃないと楽しくないもんねっ!すぐ倒れられちゃ退屈だもん。でも〜……」
唇をなぞりながら、ガーネットの表情から笑が消えていく。
「グラッジ様のご気分が変わったから、我々のためにお前たちには消えてもらう!」
ガーネットの瞳が、真っ赤に光る。
「……ねっ☆」
次の瞬間、物凄い音と共に、キュアフランボワーズとキュアオーシャンの体が宙に舞った。
「ふんふふーん、ふんふんふ〜ん……」
人工芝が抉れた地面を歩きながら、ガーネットは楽しそうに鼻歌を歌っていた。灰色の粘液を足で蹴りながら、一箇所にまとめていく。
その間も、キュアフランボワーズやキュアオーシャンは、動けずにその場に伏せたままだった。指先にすら力が入らない。その様子を、怯えた表情でただ見てる事しか出来ないチェリーとチップ。
「あー、お片付けって嫌いだな〜」
ガーネットは愚痴を呟きながら、最後の粘液を塊にくっつけた。
大きな粘液の塊は、むくむくと大きくなっていく。それは校庭中を覆い尽くし、校舎を押し潰していく。
「グリ────フ……」
ヘイトリッドグリーフの姿になった灰色の粘液は、唸り声を上げながら、ずるずると校庭から出ようとした。
「う……」
(だめ!外には人が……校舎にだって、誰かが居るかもしれないのに……)
視界に映る人工芝を睨みながら、キュアフランボワーズは歯を食いしばる。キュアフランボワーズの脳裏に、遠い日の記憶が蘇る。
(私が止めなきゃ……。でも無理、もう体中が痛い……。
お願い、誰でもいいから助けて……)
キュアフランボワーズの瞳に、悔しさの涙が溢れてきた。
「誰、か――」
「ふんふふんふふーん、ふ――たっ!」
鼻歌を歌いながらヘイトリッドグリーフの頭に立っていたガーネットは、背後から何かが迫ってくる気配に気付き、振り返って脚を突き出した。ガーネットの細い脚に、別の脚が鈍い音を立ててぶつかる。
「きっ……」
重い痛みに顔を歪ませながら、ガーネットは自分にぶつかってきた少女を睨む。
「あ、あんたは……!」
ガーネットが自分を見て驚いている隙に、少女は反対の脚でガーネットの横腹を蹴る。いちょうの木に横腹を打ち付けたガーネットは、くぐもった呻き声を上げながら、ずるずると地面に落ちていく。
「プリキュア、スターライトフラワー」
少女は小さな声でそう言う。途端に巨大なヘイトリッドグリーフは、黄色い花びらに包まれ空気に溶け込むように消えていく。その中から現れる無数の子供達。なのか達と同じ
少女はガーネットのそばまで飛んでいき、倒れたガーネットの口を掴み上げた。
「ど、どうしてあんたが……」
ガーネットは指が食い込む口を何とか動かした。少女はにやりと不気味に微笑み、空いた方の手でガーネットの頭を掴んだ。
「その頭の中に何が入ってるか、私が確認してあげる……。」
ギリギリと音を立てながら、ガーネットの頭に錐で刺されるような痛みが走った。
「いたっ!いたい、いたいって!」
ガーネットは暴れて手を振りほどこうとしたが、その強い力には敵わなかった。
「あ、あの子……」
「あ……」
何とか立ち上がろうとするキュアフランボワーズとキュアオーシャンは、自分達を一瞬で倒してしまった敵を簡単に倒してしまった少女を、真っ直ぐ見詰めた。今はお互いの事を心配している余裕はなかった。
(あの子……)
(もしかして……)
二人の脳裏に、同じ少女が浮かんでくる。
「キュア、マーガレット…………?」
2人の声に、少女はガーネットの口を掴み上げたまま、背中越しに2人を見る。
「…………」
鋭いその瞳に、キュアフランボワーズはどきっとした。自分が知っているキュアマーガレットではなかったのだ。
(キュアマーガレットは、あんなに怖い人じゃなかった……。この前より怖くなってる!もっと優しかったのに、どうして……。)
キュアフランボワーズの記憶に残っていたあの優しいキュアマーガレットの姿が、ぼろぼろと崩れていった。
「……何見てるの。早くトドメを刺して」
キュアマーガレットはゆっくりと立ち上がって、ガーネットから手を離した。どさりと地面に落ちるガーネットは、短い呻き声を上げた。
「そ、そうだった」
キュアフランボワーズとキュアオーシャンは我に返って、両手をガーネットへ向ける。
「キュアオーシャン、いくよ」
「うん……」
二人はガーネットを真っ直ぐ見詰める。それを確認したキュアマーガレットは、軽やかにスカートを翻して、 校庭から出ていこうとする。
(あ、待って……)
キュアフランボワーズとキュアオーシャンは、急いで呪文を唱える。
「プリキュア!フランボワーズレボリューション!」
「プリキュア!オーシャンジャスティス!」
二人から繰り出された無数の花びらが、ガーネットを包み込んでいく。
「うぐっ……」
ガーネットは体にまとわりつく花びらから何とか逃れようと立ち上がった。
「く、うっ…………」
くるくると回る花びら。
「う、ぐ、う、ううぅうっ……!」
花びら。花びら。花びら……。
「うぐ、う、うああああああああっ!」
バキン!
大きな音を立てて、花びらが宙に舞った。
点滅しながら消えていく花びらを浴びながら、ガーネットはよろよろと後ろに後ずさる。
「うそ……」
「二人で力を合わせたのに……!」
「必殺技が効かないチェリ……」
「弱ってたはずチプ!」
「…………」
肩で息をしながら、ガーネットは苦しそうに呟いた。
「今日はこれくらいにしといてあげる……。これは重大な事態だわ、まさかアイツが生きてたなんて……」
何かをぶつぶつと呟きながら、ガーネットは姿を消していった。
「待って!」
校舎から出ていこうとするキュアマーガレットを追いかけるキュアフランボワーズとキュアオーシャン。キュアマーガレットは振り返って、2人に冷たく告げる。
「また助けられたわね。私は長くは変身していられない。……あなたは知ってるはずよ、キュアフランボワーズ」
「え……?」
キュアフランボワーズの心臓が、どくんと大きく高鳴る。
「……あなたは特別だから、石になる前の記憶だって残ってるはず。」
「石になる前の記憶……?」
(石ってもしかして、あれ……?)
キュアフランボワーズの脳裏に、キュアマーガレットに助けられた日の光景が蘇る。
「……もういいわ。」
黙り込むキュアフランボワーズを見て、キュアマーガレットは後者の向こう側に飛んでいってしまった。
「はあ…………疲れた……」
電池が切れたかのように、キュアフランボワーズはその場に座り込んだ。
「あいつ、ラピスラズリと比べ物にならないくらい強かった……」
キュアオーシャンも、悔しそうに呟く。
「でもさっきの攻撃とキュアマーガレットのおかげで、かなりのダメージを与えられたはずチェリよ」
「でも二人も同じくらい疲れてるチプ」 「今日は休んだ方がいいチェリ!」
チェリーの言葉に、キュアフランボワーズとキュアオーシャンは頷いた。
「少しずつ……馴れていくしかないよね」
「うん。少しずつでも、強くなっていきましょ」
「チェリーも応援するチェリ!」
「僕も~!」
元気に両腕を振り回す妖精を見ながら、キュアフランボワーズとキュアオーシャンは表情を暗くした。
「みんなで、頑張ろうね。」