日本が寝静まった頃。ダークグラッジ王国には、何度も深い溜め息が響き渡っていた。
黒いフードを深く深く被った青年の前に項垂れているのは、ラピスラズリとガーネットだった。
「どういう事だ?ラピスラズリ。僕が与えた力を壊してしまうなんて。」
青年は無感情な声で言った。暗い空間によく響く低い声だった。
「申し訳ございません、グラッジ様……。私は2つのヘイトリッドグリーフを操れるほどの力は持っていないのに、プリキュアに負けてむしゃくしゃしてて、そこら辺に居る人間2人をヘイトリッドグリーフにしてしまいました……。脳天気な顔をしてたから、動かないと思ってたんです。ヘイトリッドグリーフは、ヘイトリッドグリーフになった人間が誰かを恨んでないと動けないから……。本当に、本当にわざとじゃなかったんです!」
ラピスラズリは必死に叫んだ。隣では、彼女を軽蔑したような目で見るガーネット。
「もう言い訳は聞き飽きた。せっかくならもっと僕の興味のある話をしてくれ。そうだな……プリキュアの話でも聞かせてくれ」
「その件なんですが、事情が変わりました。」
ラピスラズリよりも早く、ガーネットが口を開いた。それに興味深そうに反応する青年――グラッジ。
「へえ、どうしたの?まさか第二のハートフル王国になりたい国が現れたとか?」
「いえ。ですがかなり重大です。」
ガーネットは、暗い空間に鈴のような声を響かせた。
「キュアマーガレットが、生きていたのです。」
「キュアマーガレットが生きていただと?そんな馬鹿な。僕の興味を引きたいからって、そんな嘘はいけないなぁ」
「嘘ではありません!ラピスラズリ、お前も見たんでしょ?」
いきなり話を振られて、ラピスラズリはどきっとしながら、小さく頷いた。
「あ……うん」
「へぇ……。よく見付けたな、ラピスラズリ」
「は、はい!」
グラッジに褒められたラピスラズリは、ぱっと笑顔になる。それを見たガーネットは、面白くなさそうに髪の毛を弄りだした。
「お前は引っ込んでて!私が報告したのよっ」
「……先にプリキュアを見つけたのは私だ」
「見付けただけで倒せなかったから報告しなかったくせに!」
二人の言い合いを聞いていたグラッジは苛立ち、声を張り上げる。
「黙れ!」
ラピスラズリとガーネットは、その怒声にびくっと肩を震わせる。
「すみません……」
「いいか、邪魔者が居ようと言い訳は聞かない。一刻も早く世界を僕のものにするのだ。僕の事を愛さない者はいらない!」
「……はい」
「承知致しました、グラッジ様。」
ラピスラズリとガーネットは、同時に頭を下げる。
「いいか、今日は2人で行け。ラピスラズリ、お前はハートストーンの力を使って戦え。」
グラッジの命令に、ラピスラズリの顔が真っ青になる。
「え!?そ、そんな事したら私……」
「口出しするな!」
怒鳴られたラピスラズリは、肩を竦めて涙目になる。
「ひい!す、すみません!」
そんなラピスラズリを横目で見ながら、ガーネットはふっと笑った。「全力で奴らを倒します……」
♥
町は、ガーネットが通行人を襲って作り出したヘイトリッドグリーフに壊されていた。
「ほら、あんたも早くヘイトリッドグリーフを出しなよ。ハートストーンの力を使ってさ……ぷぷぷ」
「……ぅうるさい、だっ……黙ってろ……」
強気な言葉とは裏腹に、ラピスラズリの体は震えていた。心做しか声も震えている。それを更に面白がるガーネットは、必死に笑いを堪えて言った。
「なんだっけ、アイツ。キュアフランボワーズだっけ。7年前のあの日、アイツの両親だけ、なんで生き返らなかったんだろうね。お前にはその意味が分かるでしょ?だってお前もあの二人も――」
「黙れって言ってるだろ!いい加減にしないと――」
「いい加減にしないと、何?お前にはもう、私を痛めつける程度の力すら残ってないのに!」
きゃははと高らかに笑うガーネット。ラピスラズリは白い唇が真っ赤になるまで噛み締め、震える拳をガーネットに向けた。
「……私も、ちょっと言い過ぎたかな。今日は協力しなさいってグラッジさまの命令よ。私たちが戦ったって仕方ないわ」
ガーネットはそう言って、ちらりとラピスラズリを見る。もう怒りはおさまっているようで、先程までの震えはなくなっていた。
「……グラッジ様の、ためだ」
ラピスラズリの頬に、一筋の汗が垂れる。
「グラッジさまの、ためなんだ」
さっきとは違う意味で、ラピスラズリは震えだした。
恐怖に怯えたその瞳は、色褪せた赤色だった。
「プリキュア!ステップアップ!
1 up!」
ラピスラズリが決心した瞬間、彼女達の真下が、赤く、青く光った。
なのかとしのがプリキュアに変身した瞬間だった。
「真っ赤に輝く希望の光!キュアフランボワーズ!」
「青く煌めく正義の光!キュアオーシャン!」
二人は決めポーズをし、屋根の上に立っているラピスラズリとガーネットを見付けた。
「またあなた達ね!」
「早速来たわね、いくわよ、ラピスラズリ!」
「あ、ああ……」
キュアフランボワーズ達の姿を見たガーネットは、ラピスラズリを促す。
「なになに、今日は二人で来たチェリ?」
「相手もついに協力しだしたチプね!」
「……あれ?」
キュアフランボワーズは、ガーネットに背中を押されて前に出てしたラピスラズリを見て、首を傾げた。
(何か、顔色悪い……)
いつも白い顔を更に白くしたラピスラズリを見て、敵ながら心配になってしまった。
(この前、ヘイトリッドグリーフになったせいかな。まだ回復してないのかな?)
「ねえ、何かあの子、顔色悪くない?」
キュアフランボワーズは、こっそりキュアオーシャンに耳打ちした。
「そうかしら?お腹でも壊してるんじゃない、チャンスね」
「え、ええ……」
(そういうつもりじゃないんだけど〜!)
キュアフランボワーズが頭の中で叫んだ時だった。
「うわあああアアアああああああああぁぁぁアあぁっ!!」
「え?きゃあっ」
キュアフランボワーズの横腹を、青い光線のようなものが過ぎった。 キュアフランボワーズの体は、一瞬で黒い宝石のようなものになる。キン、キンと音を立てながら地面を跳ねていく宝石。
「キュアフランボワーズ!」
キュアオーシャンは、慌てて宝石になったキュアフランボワーズを拾う。
「キュアフランボワーズに何したの!」
「プリキュアのお前が知らないわけないじゃん!その宝石にされた人は、私達やプリキュアの戦いに関する記憶が全部消えちゃうんだよ!いつもみたいに戦いが終わればそいつは元に戻るけど、その頃にはキュアフランボワーズも、自分がプリキュアである記憶を忘れてしまうだろうよ!あははっ、可哀想なキュアオーシャン。独りぼっちのプリキュアなんて、キュアマーガレットだけかと思ってたわぁ」
「お前っ……!」
キュアオーシャンは無言でチェリーとチップにキュアフランボワーズを渡して、ラピスラズリ達が立っている屋根の向かい側の屋根に飛び乗った。
「まずはあんたからよ!プリキュア!オーシャンジャスティス!」
キュアオーシャンの手から、青い花びらが繰り出される。それはガーネットに向かって伸びていき――、ガーネットに当たる寸前で、ガーネットはラピスラズリを盾にした。
「あっ!」
ラピスラズリが叫んだ頃には、もう青い花びらの餌食となっていた。
それからは、何の声も聞こえてこなかった。ハートストーンの力を使ってしまったラピスラズリに、叫び声をあげる力も残っていなかった。ぐるぐると渦巻く花びらの中で、ラピスラズリの脳内には、走馬灯のように様々な記憶がビデオを早送りしたように流れている。
『×××!逃げて!』
『ここに居ては危険だわ、あなたに戦う力はないんだから!』
『で、でも私は……』
『――っ、あなたが居たら戦いの邪魔なのよ!分かって!』
『え……?』
『×××!早く!』
気が付いたら、ラピスラズリは暗闇の中を走っていた。前も見ずに、どこへ向かっているのかも分からずに。
『私、邪魔なんだ。みんな、私と仲良くしてくれてたのは、ただの上辺だったんだ。私なんて、居ない方がよかったんだ!』
『その通りだ。お前は、居てはいけない者だったんだ。やっと気付いたのか?愚か者め』
ラピスラズリの脳内に、男の声が響き渡る。
『だ、だれ!』
『僕はグラッジ。僕になら、君を居てもいい者にしてあげることが出来るよ。』
『ほ、ほんとですか!?だったら――』
『ただし、条件がある。お前は、もうあの国やあいつらとの関係は断つんだ。』
『え……?でも私、』
『悔しいと思わないのか?あいつらは、お前を邪魔だとあしらったんだぞ。それでもまだ、あいつらとトモダチで居られるとでも?』
『あ……』
『僕が君に力を与える代わりに、僕の仲間になれ。そうすれば、僕はいくらでも君を可愛がってあげる。もう邪魔者扱いなんて誰にもさせない。』
『ほ、本当ですか……?』
『ああ。だから差し出せ、君のハートストーンを……』
ラピスラズリの腕が、自身の心臓に伸びる。
そして。
『……ふふっ、馬鹿だな、君はどんなに頑張っても、誰にも愛されないのに。だって、君はあんなにも愛されていたことにすら、気付けないんだから。』
その声は、ラピスラズリには聞こえていなかった。
キュアオーシャンの手から放たれる花びらが散り始めた頃、ガーネットはぶっきらぼうにラピスラズリから手を離した。どさり。音を立てながら、ラピスラズリは倒れた。
「無様ね。あんたがどんなにグラッジ様を思ったって、あんたはもう用無しなのよ。なんの力も残ってないあんたに、利用価値も何も無い。グラッジ様がハートストーンの力を使ってでも戦えって言ったのは、そういうことなのよ。」
ガーネットは吐き捨てるようにそう言うと、ラピスラズリの体を蹴飛ばした。一瞬宙に浮いて、遠い地面へ落下していくその体は、ぼろぼろだった。
「…………グラッジ、様…………」
ラピスラズリの体が、ぴくりと動く。
「グラッジ様を、守らなきゃ……」
それを、ガーネットが見下ろし、キュアオーシャンが見据える。
「グラッジ様を幸せに出来るのは、…………」
ラピスラズリの傷だらけの腕が、前に伸びる。固まった血の塊がいくつもこびり付いている。
「わたし、しかいない……」
ラピスラズリの伸びた腕は、空を掴み、そのまま地面へおちていった。
辺りを静寂が包む。そして、最初にそれを破ったのは、ガーネットの笑い声だった。
「ははははっ、何が『私しかいない♡』だよ!グラッジ様を幸せに出来るのはお前だけじゃないから!むしろお前はグラッジ様を不幸にさせていた!私は知ってるのよ、だって――」
ガーネットはお腹が捩れる程笑いながらにやりと笑う。
「お前はにっくきハートフル王国の住民じゃない!」
薄れていく意識の中、ラピスラズリは何を思っているのだろうか。閉じていく目には大粒の涙。完全に閉じる寸前でそれは決壊した。
再び静寂が訪れる。ガーネットは笑い転げたまま、キュアオーシャンとチェリー、チップはじっと地面を見詰めて固まる。
(どういうこと?ラピスラズリがハートフル王国の住民ですって?
それよりハートフル王国って何よ、この子達の故郷でも言うの?)
キュアオーシャンは横目でチェリー達を見る。二匹の表情は言葉にし難いものだった。
「説明は後で聞くわよ!今はガーネットを倒さなきゃ……!」
(ガーネットを倒せば、キュアフランボワーズは元に戻る!)
キュアオーシャンはターゲットをガーネットに絞った。
「はぁっ!」
キュアオーシャンが大きくジャンプする。そして体をぐねりと右に捻る。何回転かしてからガーネットの横腹に蹴りを入れる。
「あっ」
が、ガーネットは躱す。
「失せろっ!」
今度はガーネットの拳がキュアオーシャンに向かってくる。それをぎりぎりで躱すオーシャン。
「今のよく避けたわね!褒めてあげるわ……よっ!」
間髪入れずに次の拳が視界を埋める。と思ったら、その手はオーシャンの肩を掴んだ。
「触らないでよ!」
その手首を掴むキュアオーシャン。
「プリキュア、オーシャンジャスティス!」
ガーネットの手首が無数の花びらに飲み込まれ、肘、肩、胴と順番に埋め尽くされていく。
「あぁぁぁぁ…………イッタァ!」
ガーネットは顔を歪ませながら姿を消していった。
消える直前、にやりと笑っていたように見えたのは気のせいだろうか。
「キュアフランボワーズは!」
地面に飛び降りたキュアオーシャンは、すぐさまチェリー達に駆け寄る。
「戻らないチェリ……」
チェリーの普段はピンと立っている耳は垂れ下がっている。
「どうして?ガーネットは倒したじゃない!」
「おかしいチプ!ハートストーンが壊れていない限り元に戻るはずチプ……」
チップも小さな耳を抱えて考え込む。
「あ!もしかして」
チェリーの視線が倒れたままのラピスラズリを捉える。
「フランボワーズを石にしたのはラピスラズリだから、ラピスラズリを倒さない限り元に戻らないのかもしれないチェリ……!」
「なら話は早いわ。あの子をけすだけ」
つかつかとラピスラズリに歩みよるキュアオーシャン。
「ま、待つチェリ!」
チェリーが力一杯キュアオーシャンのポニーテールを引っ張る。
「きゃっ!な、なによ?」
「チェリー……」
そんなチェリーを不安そうな目で見詰めるチップ。
「ラピスラズリを倒さないで……!」
普段の語尾も忘れる程、チェリーの表情は深刻だった。
「ラピスラズリを倒さないで、ってどういうこと?」
怪訝そうな面持ちでキュアオーシャンは振り返る。
「そのまんまの意味チェリ!分からないチェリか!」
「何怒ってるのよ……」
今まで倒すべき敵で間違いなかったはずのラピスラズリを庇うチェリーが本当に分からなかった。あんなに憎んでいたのに……。そこでキュアオーシャンははっとする。
「もしかしてあいつがハートフル王国の住民だから!?そうなの!?」
キュアオーシャンはチェリーの体を両手で掴みながら捲し立てる。チェリーは必死に抜け出そうとするが、プリキュアの力に適う訳がなかった。
「そうチェリ!だから見捨てる訳にはいかないんだチェリ!」
「仮にそうだとしてもあいつは敵なのよ?ヘイトリッドグリーフを操って街を壊そうとしてたじゃない!」
「それでもっ……」
チェリーの目に涙が溜まる。
「ハートフル王国の仲間だって知っちゃったら見殺しになんか出来ないんだチェリ……」
真っ黒の石になったキュアフランボワーズ。
泣きじゃくるチェリー。
困惑した表情で立ち尽くすキュアオーシャン。
そして、黙って俯くチップ。
「……でも、ラピスラズリを倒さないとキュアフランボワーズは元に戻らないのよ……」
色の綺麗な唇を噛み締めるキュアオーシャン。チェリーはその言葉にはっとする。飛び散る涙の粒が、オーシャンやチップの頬に当たる。
「キュアフランボワーズは、あなたのパートナーなのよ。よく考えて」
チェリーの小さな小さな拳がわなわなと震えた。嘗ての仲間を取るか、現在の仲間を取るか。苦渋の選択だ。
「わ、私は……」
すぅっと息を吸うチェリー。
「待つチプ!」
チップが叫んだ。
「ラピスラズリにハートストーンがないチェリ!」
「え!?」
チップの叫びにチェリーとキュアオーシャンは同時にお互いからラピスラズリに視線を移す。
「どうして分かるのよ?」
「あの子のハートストーン、もうほぼ機能してないんだチプ……!」
自分の問いに答えないチップにキュアオーシャンは苛立つ。
「質問に答えなさい!どうして分かるの!?」
「あの子の手を見るチェリ。」
言われるままにラピスラズリの手元を見るキュアオーシャン。
その片手には、ボロボロになった十字架が握られていた。
「形は違えど、あれはハートストーン。あんなにボロボロなら、ラピスラズリはもう……」
語尾が消え入る。
(じゃあ一体どうすればいいのよ!このままじゃキュアフランボワーズは一生石のままだし、ラピスラズリに近付くことはあの子達が許してくれない。どうするべき?ハートストーンって何なのよ、ハートフル王国ってどんな国なのよ!)
混濁する頭の中を必死に整理するが、答えは見出せなかった。
「グラッジ、さま」
「っ!?」
ぴくり、とラピスラズリの腕が動く。彼女を見詰めながら考え込んでいたキュアオーシャンはそれを見逃さなかった。
「離れて!あいつまだ生きてる!」
「グラッジ様、グラッジ様ぁああああ!」
ラピスラズリが大きく動く。うつ伏せだった体は仰向けになり、生気の無い目には光が戻っている。
だが、握られた
「ははっ、いいなこれ!こいつにもこんな利用価値があったなんて!」
ラピスラズリは笑う。いつものラピスラズリの声だったが、口調はまるで別人のようだった。
「どういうことなのよ……」
状況が読めない余りキュアオーシャンの口角はひくひくと釣り上がる。
「やあ、今の君とは多分……初めまして、かな?」
ラピスラズリはゆらゆらと立ち上がる。そしてにこりと微笑んだ。
「あ……?」
その笑顔に、誰かの笑顔が重なって見える。が、その「誰か」の顔ははっきりしない。それでも誰かが笑っている顔が見えるのは確かだった。
(訳分からない、何これ?)
何かを思い出しそうな感覚に、キュアオーシャンは頭を抱えた。
チェリーとチップの顔が恐怖に歪んでいく。
「まさかお前は!」
ラピスラズリは頬を紅潮させ身震いする。
「ああ、よく覚えててくれたね、妖精さん達。」
「ふざけるなチェリ!」
「何しに来たチプ!」
チェリーとチップの顔は一瞬で憎悪に染まる。
(さっきまでラピスラズリを助けたがってたのに……いいえ、これはまさか)
キュアオーシャンはごくりと唾を飲み込んだ。
「ラピスラズリの中に『誰か』が居るのね……!」
「そうだよ、プリキュア……キュアオーシャン、かな?」
ラピスラズリが笑った途端、その場の空気は凍り付いた。
「キュアオーシャン、気を付けるチェリ!そいつは――」
「っ!」
一瞬でラピスラズリの顔が目の前に現れる。キュアオーシャンは動けないまま、ラピスラズリに腕を掴まれる。
(殺される!)
キュアオーシャンがぎゅっと目を瞑ったら。
「僕はダークグラッジ王国の王、グラッジ。よろしくね、キュアオーシャン」
ラピスラズリ――の中に居るグラッジが、キュアオーシャンの頬にキスをした。
硬直するキュアオーシャンを見て、グラッジは嬉しそうに微笑む。
「もしかして嬉しいの?君も僕を好きになってくれた?」
グラッジがキュアオーシャンの顔を覗き込もうとした次の瞬間。
「!」
キュアオーシャンはグラッジの足を払った。宙に浮くグラッジの腹に膝を入れる。
「おっと、危ない」
グラッジはすとんと地面に着地した。
「だめじゃないか、ラピスラズリのハートストーンが壊れてもいいの?」
「どうしてノーダメージなのよ!」
「これはあくまでラピスラズリの体だからね。痛みを感じるのも、怪我をするのもラピスラズリだからさ。
ま、もうこいつのハートストーンは壊れちゃったみたいだから、いくらでも殴り放題蹴り放題だよ!良かったね、いいサンドバッグが出来て」
「ふざけてるんじゃないわよ!!
グラッジ……お前が全ての元凶なのね……!」
キュアオーシャンの目にも憎しみが宿った。
思い出した記憶の中、消えゆく仲間の姿が蘇る。
(キュアメモリーの仇……)
何故自分がそう思ったのかすら理解出来ていなかったが、もうラピスラズリのことなど頭になかった。とにかく目の前に姿を現したグラッジを倒したい一心だった。
そんなキュアオーシャンを見て、グラッジの顔からは笑みが消えた。
冷めた目で、つまらなそうにキュアオーシャンを見下ろす。
「ふーん、僕が憎いんだ。可愛くないね」
その冷たい瞳に、キュアオーシャンは得体の知れない恐怖感に襲われる。
(何、あの目……怖い!)
目の形大きさはラピスラズリのはずなのに、まるで違う。あの目に見詰められると、今すぐその場から逃げ出したくなるのだ。
「可愛くなくて結構よ……何が目的なの?」
キュアオーシャンが問うと、グラッジは天を仰いだ。
「僕はただ……、――おっと、もう限界みたいだ」
ラピスラズリの赤い目の色が点滅する。
「もう一人の方は元に戻してあげるよ。
僕はハートフル王国の女王との戦いでかなり消耗してるから、まだ君達と戦う気はないよ。でも手下を使って街は壊すつもりだから。そして……」
ラピスラズリの体が、傾く。
「こっちの世界に身を潜めているハートフル王国の住民を、潰す。全員ね」
倒れる瞬間、その口は三日月形に歪んでいた。
グラッジと入れ替わるように、石になっていたキュアフランボワーズは元の姿に戻った。
「……あれ」
ゆっくりと目を開ける――
「な、なのか!?」
「どうしてチプ!?」
そこに立っているのは、何故かプリキュアではない、人間の「野苺なのか」だった。