物騒な世界の傍らで   作:古時雨

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プロローグ

某所某日、24時を回った深夜に廃工場の周りを影が2つ。

 

巡らされた配管や建物の隙間を物音ひとつなく走り抜ける姿はまさしく影である。

 

『こちら富士。第二突撃地点に到着』

 

『こちら桜。ポイント3-2に到着。指示を待つ』

 

淀みなくその一つが廃工場の搬入口の近くで止まるとソレがつけている無線から二つの声が聞こえた。

 

「了解。合図があるまで待て」

 

静かに最小限の声量で返答する影──男はどうやらリーダーらしい。

 

遠目で見ても上等なサイドベント── 後ろ身頃の裾に2本の切れ込みがある──のスーツは黒の布地に狩衣の袖くくりの紐のように金の刺繍が袖に施されているそれは体にスッと馴染むように見えることからオーダーメイドなのだろう。

 

続くスラックスはワンタックの──これもまた黒の布地である──裾口に同じような刺繍が施されている装いだ。

 

流れるような手つきでスーツの左脇腹に手をいれ、慣れた手付きで抜かれたそれは艶消しのされた薄鈍色の銃R&T TTICOMBAT MASTER G34──肉抜きにされたカスタムスライドが特徴的でありマリーゴールドに塗装された剥き出しのバレルがある──であった。

 

雰囲気と服装、フラワーホールにあるバッジを察するに何かの組織に属する人間であり、無駄のない動きは何度も同じような経験があることを示している。

 

場所を音もなく移動する男は少しして壁際で止まり、工場内の様子を伺うように外壁から小窓で覗いた。

 

暗がりではあるがポツポツと明かりが見える。

 

そして男の耳に廃工場の中から、廃墟群にそぐわない音も。

 

何かやり遂げた後の晩酌でもしているのだろうか。

 

中の盛り上がりはとてもすぐに止むような気配を見せない。

 

「10秒後に合図をする」

 

耳に手をやり男は無線越しの二人に指示を出すと同時に剣呑な雰囲気を醸し始めた。

 

1秒1秒刻まれる時計の秒針が90度回転した時、

 

「突撃」

 

短い合図、それと轟音。閉じていたシャッターを、あるいは非常用の扉を蹴りひしゃげさせ工場内へと二つの影が侵入する。

 

中は工場にあるはずの業務用機材もなく椅子代わりのビールケースと机として使われているであろう数本の酒が上に置いてある大きめの段ボールが置いてあるだけだった。

 

その中にいた半グレやチンピラで構成された30人ほどの集団は二つの大きな音に思考が止まる。

 

その一瞬が戦場では仇となることはどう言うことかわかってないらしい。

 

銃声が、うめき声が、打撃音が工場内に響く。

 

数十秒後、彼らは制圧という形で授業料を払わされたようだ。

 

隙を見せてはいけない、止まっては行けない事を学べただろう。

 

もっとも冷たい地面に意識無く横たわる彼らに次があるのかわからないのだが。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「鷹より本丸へ。作戦終了を報告する。」

 

『こちら本丸、了解した。回収班をそちらへ送る。回収班到着次第帰還せよ。』

 

「鷹、富士、桜、了解。」

 

本部へ作戦の終了の旨を伝え無線を切った途端にふぅー、っと長く深いため息をつき様々な責任がやっと降りた事を表すように男は銃をホルスターに収めた。

 

季節は秋。

 

まだ夏が明けてからすぐである為過ごし易い気温にある中、工場の非常口から出てクレーチング鋼の階段を降りる。

 

路地裏のような密集した工場群の隙間であるそこは少し風が吹いていた。

 

壁に背を預け空に浮かんでいる三日月を見上げる男はしばしの休憩と目を閉じ、一本だけ立っているすでに無効化された半グレどもの防犯カメラ付属の街灯に顔を向ける。

 

「いい月やね。お疲れさん」

 

「ああ。お疲れ様だ、誠治」

 

街灯の光が届かない暗闇から急に声をかけられたが驚く様子もなく労いの言葉を返す。

 

彼にはわかっていたのだろうか。

 

足音の鳴る方へ目を向けると同じ服装に身を包んだ茶髪の男が歩いてきた。

 

男と同じくらいの身長にすらっとした手足、端麗な顔をしているがそれを打ち消すように飄々とした雰囲気を醸し出す茶髪の男の名は西宮誠治。

 

「やっぱ夜勤はきついなぁ。早う寝たいし学校にも行かなあかんやろ?」

 

「まぁその埋め合わせか三日間休みもあるし上も承知だろうよ」

 

「そうなんやけどやっぱもうちょい気ぃ使ってくれへんかなぁ。あ、さっき俺の方が4人多く倒してたやん。なんか褒賞あらへんの?」

 

うるせーよお前の金で俺を奢らせる権利やんよ、なんて軽口を叩き合う2人は幼馴染のように気が知れた仲なのだろう。

 

そこへもう一つの足音が。

 

「先輩方お疲れ様です〜」

 

「ああお疲れ」

 

「お疲れちゃん。陽菜っち」

 

足音と共にもう1人現れたのは女だった。

 

こちらも同じような服装をしており愛称とともに陽菜と呼ばれた彼女の名は(いちじく)陽菜と言う。

 

男性の平均身長を少し上回る長身の女性でボブカットの少しパーマがかかった髪を側頭部あたりから編み込み後ろで結った髪型。

 

少しつり目の瞳に小さな口と鼻は否が応でも注目を浴びるであろう整った顔立ちを意識させるものである。

 

しかし少々2人と違うのは縦長い大きい荷物を抱えていることにあるだろう。

 

釣竿ケースを拡大したようなものだ。

 

「スコープ越しに見てましたけど今日の動き良くなかったですよ?なんかあったんですか?」

 

「せやね。なんか拾い食いしたんとちゃう?」

 

「るせーよ。寝不足だ。それに零れ出してないからいいだろ」

 

弄られる男はうるさい二人に耳を塞いで答える。

 

「まぁそうですけど、先輩方取りこぼしなくてずっと暇だったんですよ!」

 

これもただの重たいだけの荷物になったし〜、と大きな肩がけの荷物を大げさに揺らし陽菜は愚痴を垂れている。

 

「暇っつってもたかだか数十秒だったろ。我慢しとけよ。ガキじゃあるまいし」

 

「ガキって何ですかぁーガキってっ!こちとら17なんですよ!選挙権もあと一年で貰えます!」

 

微笑を浮かばせながら誠治は陽菜が男に対して漏らした苦言に突っ込んだ。

 

「僕たち“内廷”にはないんやけどな」

 

すっかり忘れていたと言う顔の陽菜は男にいじられていた。

 

これがいつもの日常であり人々にとっては非日常になっているものだ。

 

“内廷”…皇室直轄内廷情報局の略称であり──簡潔にいえば皇室独自の情報統制機関である。

 

その存在は日本では勿論極秘であり、他国の情報局にさえ上層部を除き知られていない。

 

しかし日米同盟の相手であるアメリカは認識しており、そして内情も軽く知っているためか最も警戒されている組織でもある。

 

皇室直轄内廷情報局は工作員、事務も合わせても250人ほどで構成されている珍しく少数な組織であるが、任務失敗率がコンマ数%という他国の情報局とも遜色ないレベルの質を持つ。

 

勿論この組織に所属するにはさまざまな条件があり、血筋、知能指数、そして戦闘能力などの水準を満たしていないといけない。

 

上げたこれらは数ある判断項目の一部であるのだが、所属もしくは入隊するにあたって一番大きい壁もとい運要素が邪魔になってくる。

 

それは()()()()()()()()()%()の層から篩にかけられて選出されるからである。

 

今いる人口2億人から200万人前後選ばれ、無慈悲に落とされるか選出されるのかはまたしても運であるかもしれないが。

 

なぜこのような鬼畜とも言える選出方法であるか。その理由は簡単である。この組織の根本たる理念はこの国“日ノ本”の象徴である天皇をいかなる状況でさえ守り切ることにあるからだ。

 

時には冷酷に排除し、時には血を流しても盾になる、それが彼らの所属する組織であり、彼らが卓越した戦闘能力を持っている、持たざるおえない理由である。

 

「もう秋ですね。早いもんです。勤めてからもう1年は経ちましたよ」

 

見上げ盛り上がっていた話の途中で不意に空を見上げ陽菜は溢した。

 

「僕らは1年と2ヶ月。」

 

年齢こそ違えど組織的には同期である彼らはチームを組みはや一年が経とうとしていた。

 

その一年はあまりにも密度が大きく、その一年で

 

 

 

「そうえばさっきニュースで見たんですけどまだ気温下がるんですってね」

 

「この下防寒具着てないからやべーな」

 

「えっ!?先輩着てないんですかー?ぷーくすくす」

 

「うっさいわ。お前よりかはマシだわ。装備いっつも忘れてくるし、今日のそれだって誠治のだろ」

 

ギャーギャー騒ぐ2人。会話の後にしょうもない喧嘩が起こるのはいつものこと。

 

「はいはい。夫婦喧嘩もそこまでにせえや、回収班到着したで」

 

そこに中断の声が聞こえる。いつものように皮肉にか茶化すような言葉であるが効能をしっかりと発揮しする。

 

「べっ、別にそんなんじゃありません!!///」「こいつは後輩で俺はこいつの先輩なんだけど」

 

そう言って後ろから聞こえる先の発言を否定するような二つの声に…片方は何やら照れ隠し半分に怒鳴っている女性特有の高い声、もう片方は心の底から不思議がっている男性特有の低い声、それを背に誠治は反応もせず廃工場に向かって歩き出す。

 

それはいつものことで慣れきっているのか回収班の代表と、軽い挨拶をし話し始めてさっさと作業に取り掛かってしまう。

 

「何のことやら……おい、いくぞ九。さっさと終わらせて飯でも食って帰るか、あいつの奢りで。あったかい蕎麦でも」

 

「……そうしましょうか、財布空っぽにしてやりましょう“雅貴”先輩」

 

雅貴、そう呼ばれた男は軽い返事をし、裏路地から工場へと続く鉄製の階段を登りながら大きな背伸びをした。

 

東宮雅貴──今作の主人公である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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