U.C0081
転生
ライトノベルやネット小説では定番となった設定であり、前世の記憶を持ちながら転生した主人公が、神や天使から最強の能力を与えられてファンタジーな世界で活躍するというものだ。
元々オタク気質があったオレ自身も勿論好きな設定ではあったが、それはあくまで作品の要素としてだけであり、科学文明の恩恵を享受し、輪廻転生などといった魂の円環や神などを信じないように量産された日本の現代っ子の我が身からしたら、前世だの転生だのといったものは、現実世界では存在するはずの無い荒唐無稽の話であった。
そんなオレだったが、ここに来てそんな荒唐無稽な話…。つまり、前世だの転生だのといったものを信じる気になってきた。
……いや、正確には信じざるを得なくなったと言うべきか。
「パパ、この子が例の…?」
目つきが鋭く、幼いながらも既にほぼ完成された見た目をした金髪の少年が、壮年の男性に話しかける。
少年が近づいてきていたことに気がつかなかったのか、男性は一瞬驚いたような表情を見せたが、思考を切り替えるように「コホン」と一度咳払いをすると、自身が連れ歩いていた汚らしい『子供』を少年の目の前に差し出した。
「ああ、ちょうど良かった。
フラナガン機関でも特に有能な検体を地球圏から回収してきた。
あまりの幼さ故に実戦は経験していないが、シミュレーターではあのシャア・アズナブルをも超えるポイントをたたき出したらしい。
必ず、我が家の駒として役立つはずだ。
トト、お前にコイツは預ける、存分に使ってやれ。」
「はい!わかりました!
…僕はグレミー・トトだ。
お前、よろしくな。」
それまで俯いていた子供が、少年の言葉に反応してゆっくりと顔を上げていく。
「……はい、よろしくお願いします。」
金髪の少年…グレミー・トトと、前世の記憶を持つ転生者、オレとの初の出会いであった。
この世に生を受けはしたが、まだ小学生にもなりきらないくらいの年頃に拉致され、以来ずっと苛烈な人体実験を受け続けてきた。
怪しげなクスリを飲まされ、体に電気を流され、頭に無数のコードを取り付けられ…。
幾多の実験を経験し、自身の自我さえも無くしてしまいそうになったある日、オレは突然、令和の世に生きる日本人であった時の記憶を思い出すことになる。
当時こそ少なからず混乱したが、実験のあまりの過酷さに精神がおかしくなっていたのか、それとも1日1日を生きていくのに精一杯で前世を考える余裕も気力もなかったからか、突如として頭に流れ込んできた前世の記憶という情報の大波を受けても、運良く(運悪く?)発狂することはなかった。
発狂はしなかったものの、精神も肉体も限界を迎えかけていた頃、研究員達が、「戦争に負けた」だの「裁かれる前に逃げなければ」だのと騒ぎだしたのを機に、突如として研究所は閉鎖。
研究者達も研究所から逃げ出し始めたことから、俺を始めとする多数の実験体は、ようやく自由になれるのかと安堵しかけていたのだが、ほどなくしてカーキー色の軍服を着た武装した兵隊達が研究所に押しかけてきて強制的にオレたちを連行して宇宙艦に乗せ、あれよあれよと気付いたら星の大海原に繰り出していた。
しかし、人生2度目の拉致を経験し、宇宙艦に連行されたことがきっかけで、自身がどんな世界に転生してしまったのかを否が応でも分からせられることになる。
俺たちが乗せられた宇宙艦や、その艦に搭載された巨大なロボット達を見せられ、乗員達の会話に度々出てくる『モビルスーツ』や『連邦』、『ジオン』という単語を聞き、シミュレーターで巨大なロボット同士での戦闘をさせられ、推察するに…、と言ってももうほぼ確定なのだが、
機動戦士ガンダム
日本の青年なら、おそらく一度くらいは聞いたことがあるであろう大人気ロボットアニメの世界に、どうやらオレは転生してしまったらしい。
しかも数あるガンダムシリーズの中でも、全ての原点である初代のガンダムの世界に。
正直、前世ではガンダムSEED世代だった自身としては、初代ガンダムについて知っていることはあまりない。
・連邦軍とジオン軍が戦争をし、連邦が勝ったこと
・連邦軍が大正義
・アムロ?とシャー?という主要キャラがいて、ライバル関係にある
せいぜいこのくらいしか分からないのだ。
……いや、もう一つだけ分かることがあった。
オレが乗せられていた宇宙艦が、大正義連邦軍に負ける悪者、ジオン軍の艦だということだ。
しかも、研究所が閉鎖された時の研究員や宇宙艦に乗艦する兵隊達の話を盗み聞きした限り、連邦軍との戦争に負けた後のである。
つまり、オレは負け組の残党軍の艦に拉致されてしまったわけだ。
その衝撃の事実に、一度は叛乱でもおこして宇宙艦を占領して逃げてやろうとも思ったが、そもそも艦の運用方法なんて知らないし、完全武装している職業軍人達を相手に度重なる人体実験で疲弊している自分達が白兵戦で勝てるわけがない。
しかたなく早々に諦めてからは、兵士達の言うがままに働き、強制的に参加させられていたモビルスーツのシミュレーターでの戦闘などにも慣れ始めた頃。
オレたちは遂に、残党軍の地球圏外基地、【アクシズ】という小惑星に到着した。
アクシズは火星と木星の間の小惑星帯、通称アステロイドベルトにある巨大な小惑星の中の一つであるが、小惑星とは言いながらも中央部の側面に設置された4基の巨大な核パルス・エンジンによって単独での移動能力を有している。
更には、地球圏から逃れてきたジオン軍の残党を吸収したことで急速に勢力を拡大。
数千人~数万人の規模の人間を収容することのできる居住区や、小規模ながらもモビルスーツ工廠をも併せ持ち、その実情は移動要塞という枠組みを越えて、一つの小さな国家と言っても差し支えないほどに膨らもうとしていた。
そのような小惑星に到着したオレ達であったが、元々実験体として非人道的な実験の数々を受けていた人間達がそう簡単に普通の生活に戻れるはずもなく、それぞれアクシズ内の新設された研究施設へと再度隔離・研究されたりだとか、ある程度成熟している者などは兵員不足を補うために軍に編入されたりと、相変わらず自身の自由を大幅に制限される生活を多くの者が強いられることになった。
そんな中、従者か私兵の代わりとしての活躍を期待されたとはいえ、ジオンの名家だとかいうトト家に引き取られ、嫡男のグレミーに身柄を移されて最低限の文化的な生活を約束されたオレは、ある意味幸運だったといえよう。
そんなこんなでトト家に引き取られて数時間。
オレは何故か、目の前のグレミー少年から彼の両親の自慢話を受けていた。
最初こそコチラを警戒し、値踏みするような視線を向けていたグレミー少年であったが、オレが沈黙に耐えかねて、「素敵なお父様ですね(大嘘)」と世辞をいった途端目を輝かせ、パパのどこが凄い! だとか、ママのどこそこが優しい! だとか、聞いてもないのにペラペラと話し始めたのだ。
ちなみに特に母方の自慢話が多く、彼がマザコンを発症してしまっているのを想像するのは難しくなかった。
ただ、彼の趣向やマザコンを発症していることを出会って早期に知れたことは僥倖である。
グレミー少年は、元々話すことが好きな性格でもあったのか自身の欲望の赴くままに話を続け、オレはそれに合わせて適当に相槌……と、たまに彼の両親を肯定してやるような言葉を吐く。
仮にもオレは前世ではサラリーマンとして営業をしていただけはあり、興味もない話をさも興味津々になっている風を装って聞くのはかなり得意であったので、そのオレの様子に気をよくした彼は更に熱弁をふるい、最終的に
「お前話がわかるな!
いいやつだ!」
と言われた時には思わず、『グレミー少年チョロいじゃん。コイツもう落ちたな…w』と内心ガッツポーズをとってしまった。
ただ、子供の心というのは移りやすいもの。
時間だけはたっぷりあるので、ここからじっくり彼を懐柔し、トト家が簡単には手放せないような立場をオレは確立しようと思考を巡らせるのであった。