『私は戦艦を止める!
君はハマーンを!』
「了解しました!」
オレは、三眼カメラユニットで位置を捉えたハマーンさんのシュネーヴァイスに向けて機体を進める。
ハマーンさんはまさに獅子奮迅の活躍をしていて、このまま押し切って戦艦を撃沈してしまいそうなほどのプレッシャーを感じたが、なるほど、機動をよく見ると怒りで勝負を急ぎすぎて周りが見えていないようだ。
しかもシュネーヴァイスの主な武装たるビットも、半分以下まで数を減らしていている。
「ハマーンさん、シャア大佐もすぐこの宙域に到着します!
ここは一度下がって体制を立て直し、連携して連邦艦隊に当たりましょう!」
通信回線を開いて呼びかけるが、距離が遠いのと、ミノフスキー粒子が濃いのも合わさってなかなか届かない。
どうにかして気付いてもらわないといけないが、ここで下手にオレが信号弾などを上げて、ハマーンさんの意識が信号弾にいった瞬間に戦艦に砲撃され、シュネーヴァイスが撃墜などされたら目も当てられないことになる。
オレが思案していると、いきなりセンサーに巡洋艦クラスの艦影が写り始めた。
システムが自動でデータを照合し、その艦はジオン軍のムサイ級という結果が表示される。
「なんであんなところにムサイが!?
ザクのセンサーの誤作動...?
いや、岩陰に隠れていたのか!」
センサーが正しかったことを証明するように、連邦艦隊の近くの岩塊から一隻のムサイが飛び出して戦艦に突撃していく。
果敢に主砲を発射しているが、攻撃力に劣るムサイが連邦の戦艦クラスと正面から砲撃戦をして勝てる確率は非常に低い。
ムサイは瞬く間に被弾して各所から煙を噴き出し始め、最後は特攻でもするような動きをした後、大爆発を起して轟沈してしまった。
しかし、戦艦側もムサイの爆発の衝撃に巻き込まれたように見える。
戦闘行動が不能なほどダメージを受けていればいいのだが。
ムサイの爆発で発生した閃光や煙が晴れてくると、徐々に全貌が露わになってきた。
カメラで確認すると、一部の砲塔などに軽微な損傷は見られたものの、戦闘にはほとんど支障をきたしていないように見える。
連邦艦隊がムサイに気を取られている間に、オレとシャアは戦闘区域までかなり接近することは出来たが、ハマーンさんが危険なままなことには変わりない。
「戦艦にはほぼダメージ無しか...。
ん?シュネーヴァイスの動きが?」
更に悪いことに、急にシュネーヴァイスの動きが極端に悪くなった。
ムサイの爆発に巻き込まれたような様子は無かったが、衝撃でシステムダウンを起こしてしまったのだろうか?
それともハマーンさんに何かあったのか。
戦艦に対する機動性の優位を全く生かしきれていない、このままではすぐに撃墜されてしまう!
シャアも異変を感じたのか通信でハマーンさんに呼びかけ続けているが、全く返答は帰ってきていない。
この高濃度のミノフスキー粒子の中でも、通信が可能な距離まで来ているというのにだ。
整備不良などで通信モジュールが破損し、音声が届いていないだけならいいが...。
「多少手荒だが、こうするしか!」
既に戦艦はシュネーヴァイスに向けて砲塔を動かしており、事態は一刻を争う。
シャアが敵艦に向けて攻撃を始めたのに少し遅れてオレも連邦艦隊の近くまで到着すると、シュネーヴァイスを自機で抱きしめ、戦闘区域からの離脱をはかった。
オレの機体とハマーンさんの機体がぶつかって、ガコンと音を立てて大きく揺れる。
離脱を急ぐためにスラスターの出力を限界まで上げたせいで、かなりのGが互いの機体にかかっているのを感じる。
既にオレが合流するまでにシュネーヴァイスは完全に動きを止めていて、機体かハマーンさんの身に何かが起こった可能性を鑑みると強力なGをかけてしまうのはいささか不安だったが、戦艦の砲撃で撃墜されるよりはマシだ。
現にオレがハマーンさんを保護した数秒後には、シュネーヴァイスのいたところを戦艦の主砲が放ったメガ粒子が通過しており、まさに間一髪だったことを理解する。
一歩遅れていれば宇宙の塵になっていたという事実にオレの背中に冷たいものが流れるが、それと同時に砲撃を無事に回避できたことに安堵のため息も漏れた。
だが、まだ完全に気を抜くにはいささか早いようだ。
多少距離が離れた為にかなり避けやすくはなったが、未だ連邦艦隊の主砲の射程内であるし、オレの機体の推進剤の量もそろそろ心もとなくなってきた。
仕方がない、近くの手ごろなデブリに身を隠すか。
幸いにも、アクシズのあるこの宙域は、アステロイドベルトというだけあって小惑星やデブリだけはゴロゴロとそこらにある。
敵の攻撃を防げる程度の手頃な大きさのものを見つけると、そこに降り立ってシュネーヴァイスをゆっくりと横たえた。
その後、隠れたデブリに数発砲撃が直撃したが、予想通りオレ達に直接の被害は出ていない。
あとは連邦艦隊はシャアがどうにかしてくれるだろうし、アクシズの地表付近で光っている戦闘の光が落ち着くのを見計らって、友軍と合流できれば問題はない。
アクシズまで先行した敵の部隊があったのだろうが、この様子だとアクシズの守備隊に鎮圧されるのも時間の問題だ。
しかしそれにしても、何があったのだろうか?
ムサイ級が爆沈した後のシュネーヴァイスの動きはどう見てもおかしく、接触回線が繋がっている現在も、機体からハマーンさんの声は聞こえない。
ハマーンさんの様子を確認しようと、シュネーヴァイスのコックピットに映像回線を繋げる。
「ハマーンさん大丈夫ですか?」
映像が一瞬乱れて、モニターにハマーンさんの姿が映し出される。
そこには、シートに体を横たえ、ピクリとも動かない彼女の姿があった。
「ハマーンさん!?
どうしたんですかハマーンさん!」
彼女に呼びかけにも全く返事は無い。
急いでそばまで行って手当しなければいけないが、彼女はヘルメットを着けておらず、下手にコクピットを開放して近づこうとすると窒息してしまうだろう。
このまま何も出来ない状況はふがいなく、噛み締めた唇からは血が流れ出た。
少しでも状態を把握しようとモニター越しに見える彼女を目を凝らしてみると、僅かにだが胸が上下しているのが分かった。
よかった、呼吸はしているようだ。
シュネーヴァイスの生命維持装置にも問題は見られない。
『ハマーンはどうだ?』
戦闘を続けていたはずのシャアから通信が届く。
連邦艦隊は撃沈できたのだろうか。
「外傷も特には見られず、呼吸もしてるのですが、こちらの問いかけには全く反応を示しません。
早急に手当した方がいいと思います。」
『そうか...。
連邦艦隊は降伏し、状況は終了した。
君はそのままハマーンを連れてアクシズに戻ってくれ。』
戦闘は終わったのか。
確かにアクシズ方面での戦闘光も見えなくなっている。
オレはその場に横たえていたシュネーヴァイスを再び起こし、機首をアクシズへと向けるのだった。