突然だが、オレがトト家に引き取られて1ヶ月が経った。
展開早すぎだとか、雑だとかいう異論は認めない!
この1ヶ月暮らしてみて分かったが、オレはトト家の私兵兼グレミーのボディーガードとする為に買われたらしい。
それで、フラナガン機関からアクシズに連れてこられた実験体の中でもモビルスーツ(以下MS)での戦闘能力が高かったオレを将来的に利用するために引き取ったということだ。
現に、なにかとトト家の者達がオレにシミュレータを使ったMS戦闘訓練を施したり、生身での白兵戦闘を教育してくる。
MSのシミュレータでの訓練はアクシズまで連行されている間の宇宙艦でも何度もやらされていたことであったし、現実ではなくグラフィックでの操縦とはいえ巨大な人型兵器を自由自在にできたのでそこまで苦ではなかったが、問題は白兵戦闘の訓練だ。
それまで研究所で軟禁同然の状態で実験を受け続けていた俺に生身の戦闘能力があるはずもなく、ましてやほとんど動いてもいなかったので、体力など人並み以下にしかない。
トト家お抱えの、退役軍人だとかいう熊みたいなおっさんから毎日軍隊仕込みのCQCでボコボコにされ、床につくころには息も絶え絶えといった状況だった。
特に最近では1日の約半分はその時間に費やされており、正直、軍に編入された実験体の知り合い達と待遇があまり変わらないんじゃないかと思って、悔しく思っていたことは秘密である。
こんな状況ではあったが、自身の親からもオレのことは駒として扱えと言われたはずにも関わらず、意味を理解できていなかったのか、それとも年が近い同居人ができて嬉しかっただけなのか、オレの所有権をとりあえず握った当のグレミー少年は未だそんなことはつゆ知らず。
のんきにオレに話しかけてきては、相変わらず両親の自慢をしたり、ゲームなどの協力プレイに興じ、時にはオレにゲームで負けて癇癪をおこし、大泣きに泣くのである。
その良くも悪くも純真無垢で幼い彼の姿にオレも毒気を抜かれ、幼い弟をあやすように慰めるのだが、そのたびに自分は何をしているのだろう、キッズの世話役じゃないんだぞ。と心の中で自問自答する、というのがある意味最近のルーティンとなりつつあった。
ちなみに、この世界での年齢はグレミー少年がオレの4個ほど上だったらしく、何かと彼は兄貴面をしたがり、自身を『お兄ちゃん』と呼ばせることで自身が年齢的にも序列的にも上であるということを周囲に見せようと躍起になっていた。
しかし、自称兄がゲームに負けて大泣き泣いてから弟に慰められるところを見ていたトト家の使用人からするとその様子はさぞ滑稽に写っていたらしく、何度か隠れて笑いをこらえている姿を発見して、オレはなんとも言えない気分になるのであった。
便宜上、オレには名前も与えられた。
ムサシ・ミヤモト。これがこの世界で俺に与えられた名前だ。
日系人のような顔をしていたので、この時代でも割と有名だった江戸時代初期の剣豪、宮本武蔵から取って適当に名ずけられたらしい。
正直名前負けしているような気が少ししてはいたが、いつまでも名前なしで「お前」とか、「おい」とか呼ばれるのは少々苦痛だったので、とりあえずは喜ばしいことだったと言えよう。
数日後、オレは久方ぶりにもらったオフの日にグレミー少年(めんどくさいので以下グレミー)に連れられて、ジオン軍のアクシズ駐留部隊の艦艇やMSの見学に来ていた。
やはり名家であるトト家の力なのか、それともジオン軍がその辺に寛容だからなのか、忙しい時期で無ければ比較的基地内の見学申請は通りやすく、娯楽の少ないアクシズではこの兵器見学が彼の最近の楽しみとなっているのだ。
グレミー自身もこのような重厚でカッコいいロボット兵器群を見ているとやはり男の子の血が騒ぐのか、終始笑顔で見て回り、イメージを膨らませて喜んでいるし、オレ自身も後学のために実際の兵器に触れみたかったこともあり、今回は彼の誘いを快諾して付いていった。
というのは実は少し建前。
オレも前世からカッコいいものには目が無かったから、基地内を見学して回ることができてなかなか楽しい。
今もMSを見て少しにやついてしまっているかもしれない。
「人のこと言えないな。」
独り言のようにつぶやいてから、ふとグレミーが歩いて行った方向を向くと、グレミーは金髪グラサンに赤い軍服という怪しげなファッションの若い軍人に何かしら話しかけられて、泣きそうになっていた。
このアクシズの駐留軍の比較的統率のとれた軍人が子供に危害を加えるようには思えなかったが、トト家からグレミーの警護もするように言われていたオレは、慌ててグレミーと軍人の間に立ち、いつでもグレミーを庇うことのできる立ち位置に移る。
「あの、兄が…、いや、主人が何かご無礼をはたらきましたでしょうか?
ご機嫌を損ねてしまったのなら申し訳ありませんでした!
さ、グレミー様行きましょう。」
危険性は感じなかったものの、こんな怪しげな風貌の軍人と関わってもいいことはない。
そう思ったため、謝罪だけしてグレミーを連れて足早にその場を立ち去ろうとしたそのとき。
「まちたまえ。」
良く透き通った、しかしながら、どこか有無を言わせないような圧力を感じさせる声量で呼び止められる。
流石にそれを無視して立ち去るほどの胆力を持ち合わせなかったオレ達は、歩みを止めて軍人の方を向き直った。
「いや、驚かせてすまない。
私はシャア・アズナブルという。見ての通り軍人だ。
普段この基地で子供を見かけることはなかったので、ついそのグレミー君に話を聞こうと話しかけてしまったのだ。」
軍人の思いの外丁寧な口調にオレとグレミーは驚いて顔を見合わせ、少し警戒を解いた後に少しばかりの会話に応じることにした。
シャアと名乗った軍人が「私から誘ったのにもかかわらず、立ち話も申し訳ない。ついてきたまえ」と言ったので、彼について基地内の食堂へと移動し、奢ってもらったドリンクを飲みながら自分達がその場にいた経緯や、モビルスーツに憧れがあることを話す。
「そうか、トト家の嫡男とその従者君と…。
了解した。時間を取らせてすまなかった。
ただ、この基地には危険なものも多い。
次から、君たちが来るときはなるべく引率者をつけるよう上に話してみよう。」
「いえ、シャアさん。こちらこそありがとうございました。
お気遣い感謝致します。
それでは…。」
席を辞して食堂の外に出たところで、手がブルブルと震え始める。
グレミーが、大丈夫か?と心配してオレの背中をさするがオレの震えは一向に止まらない。
あの軍人はヤバい
しばらく話すにつれて本能的に危険を感じただけではない。
シャアはオレ達と話している間、一度も笑っていなかった。
もちろん、表情こそ微笑を浮かべていたのだが、サングラス越しに見える目は全く笑っていない。
あれは心に深い闇を抱えた人間の目、誰も人を信じたことのない人間の目をしていた。
そして極めつけにはあの肌を刺すような鋭い眼光と強力なプレッシャーだ。全てを見透かされたような気がしてくる。
結局その場から上手く動けなくなったオレは、グレミーに支えられて基地を後にするのであった。
シャア・アズナブル。
ジオン公国の軍人として連邦軍との数々の戦闘に参加し、これまでに華々しい戦果を挙げてきたジオンの英雄である。
その彼は、先ほど初めて会った少年達のことを思い出しながら、一人思案に沈んでいた。
激戦の地、ア・バオア・クーからアクシズへと逃れてくる間、彼が常に感じ続けていた違和感。
その正体が、先ほどの少年の内の一人だとわかったからだ。
『彼がそうだったのか…。アムロ・レイでもない、ララア・スンとも別のニュータイプの気配を感じていたが、まさか子供だったとはな。
一年戦争の休戦直前にフラナガン機関の実験体がアクシズに連れていかれたという話は聞いていたが、おそらくその内の一人が彼だったのか
どちらにせよ、強力な力だ。将来的に私の同志になるようならそれもよかろう。
しかし、もし私の壁となるようなら…』
ジオンの英雄シャアは、怪しくサングラス内の目を光らせて思考を止め、軍から自身に与えられた自室へと戻っていくのであった。