エンツォ・ベルニーニ。
大佐の階級を持ち、アクシズの兵力総括顧問を務める高級士官である。
言わずとしれた独立戦争の即時再開を望むジオン軍強硬派の中心的な人物であり、強硬派の意見を通す為には手段を選ばないとして、即時の武力開戦を望まずにどちらかというと連邦との交渉での独立を目指す穏健派からは警戒されている。
そしてそのエンツォは今、自身の子飼いの部下の一人からとある報告を受けていた。
「よくやったエンリケ!
例のガキを確保したか!」
エンツォは口元を曲げてニヤリと笑うと、報告をしてきた部下を労う。
彼の目線の先には、頭を無残に禿散らかした丸眼鏡の士官が直立不動で立っていた。
「は!
ガキは全く自由を与えない状態で収容しております。
すぐに音を上げるかと。」
「ふむ、分かった...。
ガキを精神的に追い込めば懐柔もしやすいだろうな。
よし、数日後に私が直々にガキの様子を見に行く。
その時は上手くやるのだぞ。」
「は!」
会話を終えると、部下はエンツォの執務室を辞していった。
室内に残ったのはエンツォ本人と、彼に近しい強硬派の幹部数人。
「大佐、よかったのですか?
ガキはあのシャアが目をかけていると聞いています。
万が一今回の件が露見した場合、シャアの反発は必至ですが。」
幹部の一人がエンツォに質問を投げかけるが、エンツォ本人は大丈夫だとでもいうように鷹揚に頷いて話し始めた。
「シャアが目をかけるほどのパイロットだからこそ、早急にこちらに引き込む必要があるのだろう?
それにシャアは皇室警護官になってしばらく自由に動けん。
すぐにはバレんはずだ。
もし仮に奴に知られたとしても、その時にはガキは既にこちら側、手出しは出来んさ。」
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どうも、ムサシ・ミヤモトです。
独房にぶち込まれて早二日くらい。
真っ暗で日の流れを感じることが出来ないので正確には分かりませんが、空腹度的に大体それくらいだと思います。
あれから変化と言えば、最低限の水と、用を足すようだと言ってバケツを与えられたのみ。
いくら待っても助けは来ず、そろそろ限界がきてしまいそうです。
とまあオレはこんな状況になってしまっていた。
正直オレに後ろ盾だとか保護してくれる人物などいないことは分かっていたので期待はしていなかったが、やはり誰も来ないとなると心にくるものがあるな。
ここ数時間はもっぱら膝を抱えたまま身動きもしていない。
オレが無気力にぼんやりとしていると、いきなり独房の外から人の声が僅かにだが聞こえてきた。
まさかシャアか誰かが助けに来てくれたのだろうか!?
急いでドアに耳を付けて、その声の主を探ろうとする。
なにかただ事ではないような雰囲気を感じる?
声が近づいてくるにつれて、何を話しているのかが明らかになってきた。
どうやら声の主は二人いるようで、お互いに言い合いをしているようだ。
でも二人どちらの声もシャアの声質とは違うような...。
声がドアの前まで来ると、オレは急いでそこを離れて元のように膝を抱えて独房の隅に座る。
オレが腰を下ろしたのと同時に、ドアが荒々しく開かれた。
開いたドアからは光が漏れ出て、数日ぶりにまともに光を感じた為にオレは反射的に目を閉じてしまい、そこに来た人物の顔をすぐに判別することは出来ない。
「お、俺は強硬派の為になると思ってしただけだ!
大佐、あんた達の為に!」
男の声が聞こえてくるが、全く状況が読めない。
なにがどうなっているんだ?
「私がいつ貴様にそんなことを頼んだ!
純真無垢な子供にこんな仕打ちをするなど...、絶対に代償を払わせてやるぞ!
この愚か者が!覚悟しておけ!」
何がそこで起こっているのか知ろうと耳を傾けると、更に別の男の声が聞こえてきた。
二人目の男の声はかなり怒気をにじませており、かなり怒りながら話していることが分かる。
オレは少しずつ光に慣れてきた目を開けてドアの方向を見てみると、いつぞやにオレをここまで連行した禿の士官を、中年くらいの年齢かと思われる士官が怒鳴りつけていた。
「ちくしょう!
こんなところで捕まってたまるか!」
禿の士官は身をひるがえすと、中年の士官を押しのけて逃げて行く。
中年の士官は追いかけようとするが、体力が無いのか全然追いつかなかったようで、すぐにオレのいる独房まで戻ってきた。
「くっ、逃げ足の速い奴。
...ムサシ・ミヤモト君で合っているかな?」
その言葉にコクリと頷くと 、中年士官は目に涙を浮かべながらオレを抱きしめてきた。
この人がオレを助けてくれたということか?
ありがたさと助かった安心感からか、オレの目からも涙があふれてきて、口からは嗚咽が漏れだす。
もう少しで本当に心が折れるところだった...。
なんか最近泣いてばっかりだ。
「すまない。すまない!私の責任だ。
君のような子供をこんな目に...!」
その中年の士官は何度もオレに謝ると、オレが泣き止むまでずっとオレを抱きしめてくれていた。
だがオレは泣き止んで冷静になるにつれてどこか違和感を感じるようになる。
抱きしめられた時の温かさが全く違うのだ。
以前ハマーンさんのお見舞いに行ったときにオレは泣いてしまい、ナタリーさんに抱きしめられたことがあった。
その時オレは彼女から、心からポカポカと温かくなるような感覚が流れ込んでくるのを確かに感じたのだ。
ナタリーさんに抱きしめられて慰められるオレを心配して、ハマーンさんが手を握ってくれた時、シャアから頭を撫でられた時も同じだ。
しかし今回、この士官からは全くそれを感じない。
抱きしめられているので表面は温かいのだが、心は逆にひんやりと冷めてくるような...。
この違いの原因が何なのかは分からなかったが、オレはどこか嫌な感覚を本能的に覚えるのだった。
オレが泣き止むと中年士官はゆっくりと立ち上がり、オレの手を引いて独房を出てどこかへと移動を始める。
さっきの謎の冷たさを感じて不安そうな雰囲気をオレが出したのを察したのか、中年士官が話しかけてきた。
「大丈夫。
これから行くところは安全だ。
もし何かあっても、私が命に代えても守ってあげよう。
そういえば自己紹介がまだだったな。
私はエンツォ・ベルニーニという。
ジオン軍の軍人で、階級は大佐だよ。」
いや、オレが不安そうにしているのは、そういうことではないんだが...。
しかし、このエンツォ・ベルニーニと名乗る軍人がオレを助けてくれたことは事実のようだし、大人しく付いていくしかないか。
しばらく歩くとエンツォ大佐が、ここだ。と言って一つの部屋の前で立ち止まり、入室を促してくる。
部屋に入ると、そこには数人のジオン軍の幹部が集まって椅子に座っていた。
エンツォ大佐も空いている席に座ると、今回の経緯を悲痛な表情をして話し始める。
曰く、先日の連邦軍のアクシズ襲撃事件でのオレの活躍を知った強硬派の一部が暴走して、罪をあることないことでっち上げてオレを拉致監禁したらしい。
そうしてオレに無理やり言うことを聞かせるて強硬派の言いなりにするか、もし聞かなければ殺してしまおうとも考えていたようだ。
エンツォ大佐の口から語られたことはオレにとって衝撃的すぎる出来事であり、背筋が凍った。
エンツォ大佐はすべてを説明し終えると、他の幹部とともに頭を下げてきた。
「もう一度謝罪させてくれ。
申し訳なかった。
だが、我々強硬派が必ずしも奴らのような人間ばかりではないことは覚えていて欲しい。
不幸な行き違いで常日頃より警戒されている私達だが、、ジオンの独立を目指す気持ちは他の派閥やアクシズで暮らす民達と全く変わらんのだ。」
エンツォ大佐は、ため息を吐いて心底悩んでいるようなそぶりを見せる。
人権を完全に無視した仕打ちを受けていたので、ハイそうですかと完全に許す気にはならなかったが、このエンツォ大佐たちが悪いわけでは無いし、高級士官数人に頭を下げられてNOと言えるはずもない。
オレは小さく頷くしかなかった。
「先の連邦軍襲撃での君の活躍も知っている。
それに対する十分な褒章と、今回の件での私達の謝罪の気持ちを是非受け取って欲しい。
また後日、君の住居まで迎えを行かせるのでそれまで待っていてくれ。」
エンツォ大佐はそう締めくくり、オレは彼に呼ばれた下士官によって丁重にトト家へと送られるのであった。