「じんばいじだんだよ~!」
解放されてトト家に戻ってきたオレは、門をくぐるなり大泣きに泣くグレミーが走り寄ってきた。
オレの頭に涙と鼻水をひとしきり擦り付けると、身長の低いオレを上目遣いならぬ下目遣いでウルウルとした眼をしたまま見てくる。
その顔を見ていると、オレが禿の士官に連行されて以来、彼なりにかなり心配してくれていたのが分かる。
目元には深い隈が見て取れた。
独房に入れられていたついさっきまでは、世界にオレを心配する人間などいないのではないかと思っていたが、こうしてグレミーだけでも心配してくれているのを知れて良かった。
憔悴しきっていた心が少しずつ癒されてくるのを感じていると、後ろから車が急ブレーキをかける時特有の高い音が聞こえてくる。
その音に驚いて少し頭を傾けると、見慣れたエレカがドリフトしながら近づいてくるのが視界に飛び込み、最後にはオレ達の目の前で止まった。
「グレミー君!
ムサシ君が連行されたというのは本当か!?
軍部からそんな命令は...、む?」
そのエレカに乗っているのはシャアだった。
着ているのはいつも綺麗に着こなしている軍服では無く私服の状態。
しかもそれも少し着崩れていて、かなり急いでいたことが分かる。
「グレミー君からムサシ君が軍に捕まったと聞いてきたのだが...?」
シャアはオレとグレミーを交互に見ながら、説明を求めてくる。
グレミーは泣いたままで話せないので、ここはオレが説明するしかないだろう。
オレはこれまでの経緯を淡々と説明した。
ジオン軍の軍人に連行されたこと、独房に監禁されたこと、エンツォ大佐に助けられたこと。
シャアはその話を聞いていく内に、段々と顔を曇らせ始める。
「そうか、酷いことをする...。
確かに先日の君の活躍を知れば、無理にでも自身達の派閥に引き込もうとする輩がいることくらい気付けたはずなのに、私は何を!」
オレの話を聞いたシャアはエレカのドアを激しく殴りつけ、珍しく感情をあらわにする。
それと同時に一気にプレッシャーの奔流がオレ達まで流れ込み、久しぶりのシャアの強烈なプレッシャーに思わず背筋が凍ってしまった。
グレミーなんかは、あわあわと言いながら腰を抜かしてしまっている。
腰を抜かすグレミーをみてようやく自身がプレッシャーは放ったことが分かったのか、シャアはすまなそうな顔をして拳を収めた。
「今回君が連行されたことは、私の考えの浅はかさが招いた事態だ。
こんなことで許されるとは思わないが...。」
シャアは腰を曲げて誠心誠意の謝罪の姿勢を見せてくる。
ここ数時間でジオン軍の高官何人にも謝罪されているな。
シャアの予想外のプレッシャーは怖かったが、これで分かったことがある。
彼は本気で今回の件に怒りを感じている。
俺の為に怒ってくれているのか...。
そう感じると、独房で助けが来ずに人間不信に陥りかけたオレだが、シャアをもう一度信じてみようと思うのであった。
「それにしてもエンツォ大佐か?妙だな...。
前回の会議でも、奴の策略で私は部隊指揮から引き離された。
警戒する必要があるか...。」
シャアを信じることを決めて再び詳細を話すと、どこか考えるようなそぶりをしてぽつりとシャアが呟く。
オレが首をかしげると、シャアはなんでもないという風に首を振った。
「いや、大丈夫だ。
ハマーンも心配していた。
今度時間があれば電話でもかけてやってくれ。
長い時間すまなかったな。」
そう言うと、シャアはエレカを発進させて戻って行く。
シャアが見えなくなると、疲労と空腹感などが襲ってきた。
ここ数日まともな扱いを受けていなかったのだ、当たり前か。
今日はもう動けない気がする、休ませてもらおう。
数日後、回復したオレが今日も今日とて怒涛のCQC訓練の後に庭で畑を耕していると、ジオン軍の軍人数人がトト家へと軍用のエレカで乗り付けてくるのが見えた。
中には、先日エンツォ大佐と一緒にいた側近の幹部達の姿もあり、トト家の正門はにわかに物々しい雰囲気が漂う。
強硬派の幹部や兵達がトト家の屋敷に入っていったのを見届けてしばらくすると、オレにトト家当主からお呼び出しがかかった。
エンツォ大佐が言っていた、連邦軍撃退の十分な褒章と今回の連行での私達の謝罪の気持ち、というのが今回渡されるので呼ばれたのだろうか?
オレがトト家の屋敷まで戻ると、そこには何故かいつもの赤い軍服に身を包んだシャアもいた。
シャアはオレの真横に立つと、エスコートをしようと手を引いてくる。
少し気恥ずかしくはあるが、毅然とした態度のシャアを見ていると少し緊張も解けてきた。
屋敷の入り口で歩哨として立っていた下士官なども、英雄シャアの登場に恐縮しきったり目を輝かせたりで、次々と道を開けて敬礼しており、彼らの間を悠々と歩くシャアに連れられたオレは、さながら旧約聖書に載っている伝説の『海割り』をしたモーセの気分だ。
そうして無事にトト家の中に入ると、案内役だと言って近づいてきた下士官の階級章を付けた兵隊に大広間まで案内される。
トト家の大広間は、大規模なパーティーなどの特別なことがない限りあまり使われることが無い。
しかも特別なことがあったとしても、入れるのはトト家の縁者や招待客、あとは料理人などの最低限のスタッフのみで、ましてやオレ達みたいな普通の使用人が入る機会なんてほとんど無いのだ。
広間に入ると、奥にある舞台に設置された椅子にはトト家の当主が偉そうに座っていた。
威圧感を放つ当主と目が合うと、シャアと会って解けたはずの緊張が再びぶり返してくる。
その下にはエンツォ大佐の側近達が居並ぶが、側近達はシャアを見た瞬間顔を苦々しげにしかめた。
「ここで叙勲式をすると聞いた。
今日の主役のムサシ・ミヤモト君とは親交がある。
ジオン軍の高級士官として、そして友人として、私が列席するのに何の問題もあるまい?」
シャアはそう言うと、エンツォ大佐の側近たちが並んでいた列の端に移った。
その眼はサングラスで良くは見えないが、「頑張れ」と言って励ましてくれているような気がする。
オレはシャアに黙礼すると、前を向き直った。
このままシャアが梃でも動かないということを感じたのか、エンツォ大佐の側近たちは諦めたように一歩進み出てくると、その中の一人が賞状のようなものをもってオレのもとへとやってくる。
「ムサシ・ミヤモト、アクシズを救った功績を称え、貴殿に金一封とMS使用訓練自由の権利、そして名誉伍長の階級を与えるものである。
これからもジオンの為、このアクシズの為、尽力してほしい。」
金一封がもらえる喜びで賞状をそのまま受け取りそうになるが、オレの心に少し残っていた冷静な部分が最後の不穏な言葉を聞き逃さなかった。
「名誉伍長?なんでしょうかそれは?」
「文字通りだ。
君には名誉職ではあるが、栄光あるジオン軍人としての階級が与えられるのだ。
有事には是非、ジオンを守るために奮闘してほしい。」
MSで自由に訓練できるのとお金がもらえるのは嬉しいが、別にオレは軍人になりたいわけではないのだが...。
オレは急に軍人になってしまった事実に、微妙な顔をしてしまうのを禁じ得なかった。