街中を警報が鳴り響き、人々が逃げ惑い、怒号が飛び交う。
敵の戦艦の強力な砲撃がアクシズの岩壁を叩くたびに内部に建設されている建物が揺れ、瓦礫が散乱する。
その中をオレ達は必死に走っていた。
「こっちだ!
全員このシェルターの中に入るんだ!」
「で、でもお兄ちゃんは!?」
「軍から緊急で召集がかかっているから基地に行く!
お前たちは早くシェルターに!」
捕虜にしていた連邦軍人達が脱走した。
奴らはアクシズ内部のシステムを瞬く間にハッキングしてみせると、ジオン軍の命令を偽造して戦艦を奪取。
最後には逃げ出したついでと言わんばかりに、アクシズに向けて砲撃を始めたのだ。
プル姉妹の中でも特に勘が鋭いプルとプルツーが最初に危険を察知したことが功を奏して、早めに彼女達とグレミーをシェルターに入れて安全は確保出来た。
しかし、このままではアクシズの重要区画等に被害が出るのも時間の問題だろう。
そうなってしまったらここで暮らす数万の民は一巻の終わりだ。
すぐにMS格納庫に向かい、迎撃に参加しなければ。
オレは近くに乗り捨ててあった自転車にまたがると、ジオン軍の基地に向けて漕ぎ始めた。
基地に着いて真っ先に自身の愛機、アクト・ザクのコクピットに入り、核融合炉に火を入れる。
モニターが煌いて自動でシステムのチェックが始まるが、それを悠長に待っている暇は無い。
「はやく!早く動け!
最悪、砲台代わり程度に動ければ良い!」
オレは最重要項目以外は全て無視すると、すぐに機体を起動させた。
警告音声が流れるが、知ったこっちゃ無い。
連邦のハッカーにシステムを掌握された影響で閉じたままのMS発進口に爆導索を付けて爆破すると、出来た穴を無理矢理こじ開けて宇宙へと躍り出す。
どこか狙撃に適した場所を見つけて、早く反撃しなければ。
オレはカメラユニットの倍率を上げると、索敵に移る。
「敵艦は...あれか?
とすると敵艦の近くにあるスラスター光の集団が敵MSか。
いや、戦闘中にもかかわらず、戦闘機動を行っていないのが1機いる。なんだ?」
更に倍率を上げて確認すると、敵MSが何かをマニピュレーターで掴んでいるのが見えた。
「人?
戦艦に乗り遅れた兵をMSで回収したってことか。
生身の人間を殺すのはあまり気分が良いものではないが...。
恨むなよ。」
オレは銃口をそのMSに向けると、狙撃体制に移る。
今だ!
照準が合ったことを確認して、引き金を引こうとしたその時。
『助けて、シャア大佐...。』
体に軽い電撃が走るような感覚がするとともに、ハマーンさんの声が脳内を駆け巡る。
「ハマーンさんの声?
いや、ハマーンさんは居室にいるはずだ。
あんな所にいる訳がない。」
『助けて』
論理的に考えて彼女が、ハマーンさんが連邦軍に捕らえられている可能性は無い。
しかし、オレのニュータイプとしての勘のようなものが、敵MSの持っている人型の物体はハマーンさんであると告げている。
本当にあれがハマーンさんだった場合、狙撃してしまったら...。
背筋がゾワりと震え、冷や汗がノーマルスーツの中で滴る。
万が一の可能性によって狙撃できないまま逡巡していると、ジオン軍の秘匿回線コードで通信が入っていることを知らせるランプが点滅した。
この状況下で通信?誰だ?
「ハマーンが大変なの!
私にせいでハマーンが、連邦に...!!!」
オレが通信に応じようとボタンを押し、モニターに通信元の映像を表示したと同時だった。
そこには酷く狼狽した状態のナタリーさんの姿があった。
要領を得ないことを叫び続ける彼女をなんとか宥めて状況を聞くと、どうやら連邦軍人達の脱走時にシステムを乗っ取られた影響で、ハマーンさんしか即応して動ける人員がいなかったらしく、やむなくナタリーさんはハマーンさんに出撃を頼んだのだという。
そこでハマーンさんが出撃したはいいが、彼女のシュネー・ヴァイスは万全の状態ではなかったようで奮闘むなしく破壊され、ハマーンさんは連邦への投降を余儀なくされてしまったということだった。
唯一この状況を覆してくれそうなジオンの英雄ことシャアも、間が悪いことにまさかまさかの戦闘訓練中でアクシズにおらず、藁にもすがる思いでナタリーさんはオレの機体にコンタクトを取ってきたのだという。
敵を狙撃しようとしたときにそこからハマーンさんの存在を感じたのは、やはり勘違いなどではなかった訳だ。
正直に言おう。
ほぼ詰みの状態だ。
将棋で言うところの王手、チェスだとチェックメイト。
この状況を覆すのは非常に難しい。
しかし...。
ここで諦めるのは絶対に出来ない!
ハマーンさんには数え切れない恩があるのだ。
何が何でも無事にアクシズに連れ帰らなくては。
「ナタリーさん、分かりました。
自分がなんとかします。
なので、ナタリーさんは連邦のハッカーからシステムを取り戻すのに全力を挙げて下さい。」
オレの言葉を聞いてまだナタリーさんは何かを言おうとしていたが、オレは心配ないという言うように大きくサムズアップを決めて、通信を終了した。
モニターが元に戻ったことを確認したオレは、すぐにスラスターを全開に噴かしてハマーンさんを人質に取ったMSの追跡を始めた。
優秀なアクト・ザクはグングンと敵との距離を詰めていき、敵のMSの索敵範囲ギリギリの所まですぐに前進することが出来たが、未だにオレは悩んでいた。
分かってはいたが、人質の命を握られているだけに、このミッションは非常に難しい。
敵が故意にハマーンさんに危害を加えることのみならず、敵に戦闘機動を取らせてもダメ。
戦闘機動を取らせた週間、ハマーンさんの体は急激なGの変化に耐えきれずに潰れてしまうだろう。
その為、なるべく敵に刺激を与えずにハマーンさんを奪還しなければいけないのだ。
「くそっ!せめて友軍機が数機でも増援に...。
それも腕の良い友軍が来てくれればまだ状況は変えられるんだが。
そう都合良くは」
『お兄ちゃん呼んだ?
プルプルプルプルプル~♪』
『『プルプルプル~!』』
殺伐とした戦場に非常に心強い、そしてオレとグレミーの愛すべき妹たちの声が響く。