エレカを運転するあのシャアの隣でドナドナを歌うというオレのある意味の抵抗もむなしく、エレカはアクシズ内の道路を順調に進んでいった。
気づけば、もう一生来ないと誓ったはずのジオン軍駐留基地に到着。
エレカに乗ったまま門をくぐり、近くの駐車スペースに停車させると、近づいてきた従卒にシャア共々シャアの執務室へと案内される。
今までグレミーと見学に来たときはMSや艦艇を整備・収容している場所ばかりまわっていたので、こちらの軍人たちの居住区がある区画に来るのは初めてだ。
暑苦しい軍人たちでごった返しているのかと思いきや、思ったよりも静かで内心驚いてしまっていた。
「こんなに軍の兵舎が静かなのが不思議かい?」
オレが辺りをキョロキョロと見回していることに気づいたのか、シャアが話しかけてくる。
自分が浮かべていた疑問と同じことをぴたりと当てられて心を読まれたようで少々不快な気もしたが、よく考えれば田舎者丸出しでそこかしこを見ているオレを見れば、ある程度の推理力さえあればオレの単純な思考などわかってしまうだろう。
オレはシャアを見ながらコクリと小さくうなずくと、シャアは軍規に抵触するので詳しくは教えることはできないがと前置きしながらも、オレの反応を見ながら少し話してくれた。
「現在、このアクシズで食糧不足が起こっているのは君も知っての通りだろうが、我々軍人もその煽りを受けているのだ。
更には強硬派が...、いや、これ以上はいかんな。
忘れてくれると嬉しい。」
どうも、このアクシズでの物資不足はジオン軍の間でも問題になっているらしい。
さらりとアクシズ内も一枚岩ではないというようなことを匂わせたシャアだったが、その後は彼から会話を始めることもなく、ただ淡々と歩いていくだけであった。
数分して兵舎の区画を抜けると、兵舎よりも造りが綺麗でしっかりとした建物群が見えてきた。
「こちらが高級士官専用の区画になります。
ここまで来ると、大佐の執務室も近いですよ。」
区画に入ると同時に、自分はここまでしか入れませんので。と従卒が一言。
従卒はビシッと敬礼をすると、オレとシャアが見えないくらいになるまでずっとその状態のまま見送っていてくれているようだった。
その後はシャアに付いて建物の一つに入っていく。
いくつかの通路を抜けると、シャアが一つの部屋の前でおもむろに立ち止まった。
「入ってくれ。
ここが私の執務室だ。」
入室を促されて入ってみたのだが、執務室は赤い軍服などを着てド派手な色が好きそうなシャアにしては、意外にも地味な雰囲気をしているように感じた。
だが少し見続けているとただ地味なのではなく、調度品の一つ一つに高級感があり、部屋全体が洗練された雰囲気を醸し出していることが分かる。
「緊張しているようだな。
安心したまえ。君に何かをしようなどとは思っていない。
1週間に一、二度でいいから私に随行し、ニュータイプが何たるかを考えてほしいだけなのだ。
もちろん夜はトト家に送るし、軍の仕事に積極的に関わらせようとも思っていない。」
そう言うとシャアは執務室の椅子へと腰かけ、書類仕事に取り掛かる。
20代という若さで大佐という高級士官としての階級を持っているだけあり、彼に圧し掛かる責任も重大であることは容易に想像がつくし、彼が捌かなければいけない決裁書類の類は膨大だ。
「そこのソファに座って少し待っていてくれ。
すぐに終わらせる。」
そう言うと、シャアは書類の山に目を通し始める。
ミスを起こさないようにしっかりと、なおかつスピードも落とさずに彼は書類を捌いていく。
その様は20代にして大佐の階級を得た人物にふさわしいもので、彼の才能の片鱗と本来の性格が少し見えてくるようだった。
結構マメ...いや、完璧主義と言った方正しいのだろうか。
一度は彼の強大なプレッシャーに当てられておかしな夢まで見るようになり、二度と関わりたくないと思っていたが、このように真面目に仕事をしているあたり、少なくとも外面の部分では割と悪い人ではないのかもしれない。
今日はオレにプレッシャーをぶつけてくることもないし。
相変わらず目には闇を持っていて、心の底で何を考えているのか分からなくはあったので、プライベートで親交を深めるのは勘弁願いたいが。
しばらくシャアの様子を観察していたのだが、シャアは手を動かすのを止めずに黙々と書類と格闘し続けている。
オレもずっと何もせずに彼を待っているのに疲れてきて、室内にあった本などを手に取っていたのだが、意外にも政治学や経済学、用兵論、果ては組織戦略に至るまで、実に様々なジャンルの書籍があることが分かった。
トト家の資料室でデータを閲覧した限りの情報だと、自身のMSを駆って数々の戦役に参加して多くの連邦軍兵士に恐怖を与えた結果として、一年戦争においてジオンの英雄とまで呼ばれるようになったシャアには現場の人間というイメージが強かったのだが、この書籍のジャンルを見る限り、どうやら一概にそうとは言えないのかもしれない。
「私も責任を持つ身だ。
いつまでもパイロットばかりををしているわけにはいかんのさ。」
いきなり後ろから声がして咄嗟に振り向くと、書類を片付けたらしいシャアがオレの背後に立っていた。
彼の接近にも気が付かないとは、どうやらオレはよほど集中していたらしい。
勝手に読んですみませんでしたと謝罪をしながら、本を元あった場所へと戻した。
「いや、いい。
こちらこそ長く待たせてしまってすまなかった。
ところでトト家の当主から聞いたのだが、今のところシミュレーションでしか操縦の経験が無いとはいえ、君はMSでの戦闘がかなり得意だと聞いたのだが、それで間違いはないか?」
簡単に許してもらえたことに安堵しつつも、シャアからの急な質問の意図が読めずに一瞬だけ逡巡したが、正直に話すことにした。
「はい。
アクシズにくる以前からも多少の訓練はさせられてきましたし、現在トト家に買って頂いてからは毎日のようにシミュレーターで訓練しています。
ただ、シャア大佐もご存じの通り、実機で操縦を経験したことはありません。」
そうオレが言うとシャアは、ふむ。と一言口に出して自身の顎に手を添えると、何やら考えるそぶりをする。
ただ、その動作はどこか芝居がかっていて、すでに何を言うかは決めているのにも関わらず、オレの反応をうかがう為にわざとしているようにも見えた。
「良ければ気分転換に私とこれからMSの戦闘訓練をしていかないか?
自分で言うのもなんだが、私もMSの操縦はかなり上手い方だと自負している。
どうだろう、ニュータイプ同士で模擬戦をすれば、お互いに得るものも多いと思うのだが?」
「ゑ?」
シャアから本日数度目となる衝撃の言葉をかけられ、思考が止まる。
え?シミュレーターで少しいい成績だしただけのクソガキが、一年戦争の英雄のシャア大佐と模擬戦?
なんの御冗談ですか?そんなの良いわけないだろう!
「自分ごときと模擬戦をしたところで、一年戦争の英雄とまで言われているシャア大佐には何も益が無いと思います。
自分が一方的に制圧されて終わりかと。」
「そんなことは無い。
君のシミュレーターの成績は私も見せてもらったが、なかなかのものだった。」
普通で考えればオレが言ったような結果になることは間違いないのに食い下がってくるなんて。
ああ、この人なにがなんでもオレと模擬戦をしてみたいんだなとオレは思った。
「いつまでもパイロットばかりをやっておくわけにはいかない(キリッ)」というようなことを言いつつ、この人根っからのパイロットじゃん...と半ば呆れながらも、MSの実機を操縦できるという誘惑に負けたオレは、シャアと一緒にMS格納庫の方へと向かうのであった。
キャラ設定ガバガバですみません。