運命のヒモ男《ヒモ・ファタール》   作:ヤン・デ・レェ

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感想ダンケなっす!一言評価が嬉しかった!
12だけだと後味が微妙なので、13も投稿します。アーサー王伝説への期待を書いてくださった方がいらっしゃったのですが、幕間を挟んでからはブリテンに移る予定です。では、どうぞ。


13黄金色の渇望 中編

13黄金色の渇望 中編

 

 

 

 

アマロとギルガメシュから離れ、静かな杉の森へと向かったシャムハトは、最も自分が安心できるこの森の中で、獣たちと戯れ、木々と語り、鳥たちと笑い合い、森の齎す恵みを糧として暮らした。

 

シャムハトは取り戻した美貌から、時折現れる狩人たちから求婚されたが、その全てを断り、二度と再び求婚されることがないようにと、更に深く森の奥に足を踏み入れた。

 

深くへと進んだシャムハトは、ある時、森を守る野獣であるフンババの姿を見つけた。

 

恐ろしいフンババに姿を見つからないようにと、シャムハトは隠れ、この神々の言いつけに忠実な、神々が人間を恐れさせ、その神秘の減衰を留めおくために使わされた野獣のことを、偉大で聡明なギルガメシュ王と、敬愛する主人であるアマロに伝えなければと思い、フンババから気づかれぬようにと、三日もの時間をかけて、少しの音も立てることなく森を抜け出すと、真っ直ぐにウルクの宮殿へと向かった。

 

シャムハトは休みなくウルクへと駆けた。

 

シャムハトは夜も昼もなく走った。

 

それは、ある夜のことであった。真っ黒な暗闇に支配されてしまった、最も美しい新月の夜のことであった。シャムハトは、悲劇の一夜以来のこと、一度として新月の夜を眠ることができなくなっていた。彼女はこの日の夜も、その止むに止まれぬ事情も手伝って、眠ることなく荒野を駆け抜けて宮殿へと、真っ暗闇の空の中でたどり着いた。

 

新月を頃合いと見て、遂に豊穣と美の女神であるイナンナは、再び、天の端へと愛牛グガランナの足を進め、そこから地上の者たちに語りかけた。

 

イナンナが言って曰く、「この新月の夜の暗闇の下で起きている巫女よ、殊勝なお前の体を借りるわよ。私は、私の夫となるであろう者に会わねばならない。」

 

イナンナの声は、この新月の夜に眠らずに走り続けたシャムハトの耳にまで届いてしまった。

 

シャムハトは叫んで曰く、「あぁ!イナンナ神よ!どうかお許しを!私の体を奪わないでください!私はもう二度と、例え貴方様といえどもこの身を異ならせたくはないのです!!私を変えないで!!」

 

イナンナはこれを笑うと、残念だけれど無理な相談ね、と言ってシャムハトの肉体を一晩の間奪ってしまった。

 

シャムハトが王や主人に伝えたかったことなど、イナンナには伝える気がなく、全ての者の目を誘うように、何時ものシャムハトならば死んでもしなかったであろう淫靡な香りを振り撒きながら、迷うことなくギルガメシュとアマロの眠る寝室へと向かった。

 

 

 

 

イナンナは部屋の前に着くと、艶のある声で「王よ、そして黒曜石の希望の御方よ、夜の遅くに失礼いたします。」と言った。

 

目を覚ましたギルガメシュは「誰か。」と誰何し、イナンナは「私でございます。シャムハトでございます。」と返し、ギルガメシュは「入れ。」と言った。

 

イナンナは部屋に入る前に身につけているものを全て脱ぎ捨てると、「王に折り入ってお話がございます。」と言って、部屋へと入った。

 

ギルガメシュはシャムハトがその豊満な肉体の全てを隠すことなく露わにしていることに、全く隠す素振りもなく驚き、そして直様怒りを露わにした。

 

ギルガメシュはシャムハトに、「貴様は何者だ!!我を愚弄するか!!」と一喝し、その怒りに任せて天の鎖を呼び出すと、これを手に握りしめた。

 

イナンナは淫らな笑顔で笑いかけると、さも当然のように「どうなされました?王よ、私は何者であるのかですか、王様もご存知かと思いますが、私はシャムハトでございますよ。何をしに参りましたかと言うと、伽に参りました。」と答えた。

 

ギルガメシュはこの目の前の得体の知れない、シャムハトの身でありながら、その中身の異なった存在を前にも、王の威厳を取り戻して冷静になり、淡々と感情の読み取れない声で問いかけた。

 

ギルガメシュは鋭い目を差し向けて「貴様の目的はなんだ。貴様は何者だ。シャムハトに何をしたのだ。シャムハトはアマロが目をかけている者である。シャムハトは杉の森に向かったはずである。今ここにある貴様は、シャムハトを騙るお前は何者であるか。」と厳しく口早く言った。

 

イナンナはギルガメシュの聡明さに満足して、その傲慢な本性をすっかりもろび出したままに、シャムハトの身を借りた自分の姿が、布一つ纏わぬ裸体であることも忘れて、堂々とこの賢い王を品定めながら、高らかに笑って「あはははは!素晴らしいわ!認めてあげる!ギルガメシュ!貴方は私の夫となることを許されても然るべき相手だわ!!」と手を叩いて喜んでみせた。

 

ギルガメシュは声に聞き覚えがあったので、「イナンナ神がどうしてこんなところに、よりにもよってシャムハトの体を借りて現れたのだ。」と頗る不機嫌な顔で言った。

 

 

 

 

イナンナ神は知らぬものがいない豊穣と美の女神である。その力は絶大であり、天の主神で父のアヌ神や太陽神シャマシュ、そして神々の王エンリルを除けばどれだけ権勢が逞しい神々でも頭を垂れる必要があるほど偉大な神であった。しかし、同時にイナンナ神はその力の強さを理由に己の欲するがままに振る舞うような奔放な神でもあった。

 

そのようなイナンナ神は、新月の元でも輝かんと美しいギルガメシュの容姿と、威厳溢れる声、逞しくも均整の取れた美体をまじまじと品定めし、自身の夫に相応しいと満足に思ったが、思い出したかのように王の隣で穏やかに寝息を立てる、まだ見ぬ美しい存在への期待を強くして、「ギルガメシュよ、あなたの美しさはよくわかったわ。けれど、私はあなたにだけ用があってきたわけではないのよ。あなたの隣で、美しい私を前にしても寝息を立てる、そこの黒曜石の希望とやらにも用があるのよ。さあ、私にお見せなさい。」と王にそこから退くように手を振りながら言った。

 

ギルガメシュはこの素振りに「イナンナ神よ、貴女は我と天上との神々との間に約束された誓いをお忘れか。」と聞いた。これはすなわち、例えアマロを見たとしても、我から奪うことはあるまいな?というギルガメシュの確認であった。

 

これにイナンナは「もちろんよ。覚えているわ。」と、全く覚えていないにも関わらずそう答えた。

 

ギルガメシュは渋々、この美しくも恐ろしい女神が約束を違えることは流石にないであろうと思って寝台上で身を退け、アマロへと視線が注がれるのを遮るものを無くした。

 

イナンナはギルガメシュの全く納得のいっていない態度に口を尖らせたが、黒曜石の希望への期待が遥かに上回り、ずかずかと大股で寝台に近寄り、体を横たえるアマロの顔を不躾に覗き込んだ。

 

そしてイナンナは絶句した。イナンナはギルガメシュを美しく、人間の中では最も秀でた存在であると認めたが、それはあくまで自分を除く全ての中で、という立ち位置でのことであり、自分の美貌を超えるなどとはエンマー麦の粉末ひと摘み程も思い浮かべたことすらなかった。それはどれだけ期待が大きく膨らんだとしても変わらぬことであり、現に、イナンナは黒曜石の希望とやらはギルガメシュの少し下か、少し上程度であると考えて顔を覗き込んだのだ。

 

しかし、現実にイナンナが目にしたアマロ・カジャタムという存在は、その全ての概念を超越するほど美しかった。いや、イナンナはこう言わざるを得なかった。自分はこの瞬間まで美しいものをこよなく愛する神であると言ってきたが、それは違う。自分の貌までを含めた全てはこの存在を前にして、美に最も近い概念に過ぎないものに転落してしまったのだと。むしろ初めからそうだったようにも思えた。

 

 

 

 

イナンナは一目見ただけでこの美しい存在の虜になってしまった。彼女は何とかこの方を夫と言わず、父と言わず、子と言わず、如何なる手を使っても我が物にしたいと願うようになってしまったのだ。天上で自身とこの人が仲睦まじく愛し合う様が何処までも甘美な現実として差し迫っているのだと、そう思うが早いか、イナンナ神は顔を上気させて想像の世界に旅立とうとする自分の首根っこを掴むと、顔に傲慢でこの上のない上機嫌を塗りたくり、友好的ではない視線を自身に向けるギルガメシュへと向き直って言った。

 

「ギルガメシュよ!あなたは私の願いを一つ叶えなさい!もしも私の願いを一つ叶えてくれると言うならば、私は今すぐにでもあなたの願いを何でも一つ叶えてあげるわ!もしも断ればこのウルクに災厄をあげるわ!」と腕を組んで柔かに言ったイナンナ。

 

退路を断たれたギルガメシュは、この聞き分けのつかない女神の願いが禄でもないことを、その不吉なほど満面の笑みから理解していたが、もしもアマロを求められたとしても、それは誓いに反するのであるから他の神々の手を借りることができるだろうと考えて、また冥界へとアマロを隠す手立てがあることに一旦は安堵して、警戒を露わに女神の次の言葉を無言で促した。

 

相手の思考になど全く興味のないイナンナは、話の詳細をほったらかして、ただ、この者の名前は何だ?とギルガメシュへ聞き、名はアマロである、との答えに満足気に頷き、口の中でその名前を飽きるまで復唱したところで、初めて目に知性が宿り、ギルガメシュへと自らの願いを伝えた。

 

「ギルガメシュよ!私はアマロを夫に迎えることに決めたわ!だからあなたは次の新月までにウルクを挙げて天界に届くほど素晴らしい婚姻の宴の支度をしなさい!豪勢に!盛大に!贅を尽くして私とアマロの初夜を祝うのよ!!そしたら私はあなたの望みを、次の新月の日に叶えてあげましょう!でも…出来なければ、このウルクに私が災厄を贈ってあげるわね!!」と、目をギラギラさせて、前のめりになってイナンナは言った。心の中も、頭の中も、刻一刻と時間が経つ程に、遅効性の毒のように身を焼くような慕情が満ち満ちていく感覚がイナンナにはあった。イナンナはそのことに前例のない満足と、幸福を覚えて酔いしれ、目は見る間も無く胡乱になってしまいそうだった。その間の、機を逃すまいという僅かだが過激な知性が彼女の瞳に狂気を宿していた。

 

 

 

 

ギルガメシュは「よかろう。イナンナ神の願いを叶えようではないか。」と、先ほどの警戒心に満ちた表情から一転して不敵な笑みで応えたのだった。ギルガメシュの表情の、更にはその原因である心情の変化になど、良くも悪くも全く眼中になかったイナンナ神は、「あなたの願いも聞いてあげないこともないわよ。」と底抜けに軽い調子でギルガメシュに聞いた。

 

ギルガメシュは、「では、一晩だけ望んだ者の姿を借りることのできる力をくれ。」と望み、イナンナは「はいはい。その程度なら簡単でいいわね。」と言って、気が早いのかその場で見窄らしい金の杯を持ってくると、「これで最初にすくった水を飲めば姿を一晩だけ姿を変えることができるわ。誰に代わりたいかなんて私は興味ないから好きになさい。それじゃあ次の新月まで、しっかり準備なさいね!!」と捲し立てた。

 

言うだけ言ったイナンナは、「新月の夜にお迎えに参りますわね、愛しいお方。」ともう一度アマロの寝顔を顔赤くして体をくねらせながらじっくりと太陽神シャマシュの瞼が持ち上がるまで見つめてから去っていった。

 

残された金の杯。それを寝台近くの水瓶の脇に布をかぶせて安置したギルガメシュは、朝日が昇りイナンナが帰ったのを確認してから寝台に身を再度横たえ、巫女や衛士達が起こしに来るまでの間、アマロの背に抱きついて眠りについた。

 

イナンナはシャムハトの体のままでウルクの街を出てすぐのところでやっと、自分がまだ人間の体に入っていたことに気づき、シャムハトに体を返した。シャムハトは我に帰るとイナンナに怒りを募らせたが、淫靡な女神であるイナンナにより得体の知れぬ者と契りを結ばされ、この身が穢されるようなことがなくて心底安堵した。

 

この晩のことをギルガメシュは、イナンナ神から捧げ物を頼まれたのだと民に説明した。民は日頃強まる人間の力に慢心して、神々は、イナンナ神は、すっかり傲慢になられてしまったと口々に嘆き、かこつのだった。しかし、王からの頼みであるからこのウルクの力を天に見せつけてやろうと奮起して、民は次の新月に向けて素晴らしい麦や豆、羊に葡萄酒の用意に取り掛かった。

 

ギルガメシュはイナンナ神が誓いのことを知らないにも関わらず知っていると言ったことを逆手に取ることにした。彼女が誓いを知っているにも関わらず、人間に不条理な要求をしたのだと、それは神々といえども道理に背くことであるとギルガメシュは理解していたのである。この賢い王は、いずれにせよ、かの傲慢な豊穣と美の女神の願いに従い、愛するアマロを差し出す気も、あるいは婚姻を祝うつもりもさらさらなかったのである。

 

 

 

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