Brtn00誓い
B-0 誓い
「剣に誓おう。私は貴方を裏切らない。」
「剣に誓おう。私は貴方を傷つけない。」
「剣に誓おう。私は貴方を飢えさせない。」
「剣に誓おう。私は…私は、アナタを決して離しはしない。」
アルトリア・ペンドラゴン。或いは、アーサー・ペンドラゴン。
彼女は、彼は、世界規模において著名な歴史的人物である。
そして、極めて理想的なキリスト者であったとされるブリテンの君主である。
この場合、私は彼女を彼女と呼ぼう。
何故ならば、いずれにせよ二人の関係性には男性性的な側面と女性性的な側面があり、ただのアーサーが好んだのは、自ら進んで後者で在ることだったからだ。
彼の君の前で、アーサーはとても穏やかな笑顔を浮かべていた。
君主とは時に責任者としてだけでなく、信仰者としての側面をも持つ。
時代が遡れば遡るほど、その傾向は大きいと言わざるを得ない。
日本国でいえば古代の女君主卑弥呼、エジプトではファラオ、西欧での宗教指導者も、政治色が強いとは言え、概ね代表例と呼べるだろう。
アーサー王の存在は時間と共に姿形を様々に変遷させて来た。
時には理想的なキリスト者である君主。
時には華やかな騎士道の範を示す君主。
時には全ブリテンに限らず、全欧州を席巻した大英雄にして君主。
時には冒険と悲劇の君主。
時代の流れに身を任せ、アーサー王の物語は今日まで消え去ることなく残り続けて来た。
いや、遺され続けてきた。
それは何故なのか。
それは時間がどれだけ流れようとも彼女を必要とする誰かが居るからだ。
例え騎士の存在そのものが消滅したとしても、彼女を必要とする何者かが彼女の物語を残し続けてきた。
それは誰か。騎士道に縋り付く何者だろうか。或いは、アーサー王を信奉する高貴な人々か、古典的な情緒に可能性を見出してきた詩人か、それとも、特権を享受してきた宗教者だろうか。
歴史なるものに断定可能性は皆無である。一寸暇の過去でさえ、我々は証明する手立てがない。そして、それが唯一の確かなり得る答えでもある。
ただ、便宜上の答えではなく、我が愛おしき、かのアーサーへの私からの応えを挙げるとするのならば、それは上記の面々の悉くを論壇から排するものである。
私の応えは、顧みられなかった者達、民その人である。
アーサー王の物語とは、騎士道とキリスト者の模範的君主の姿をその興亡に冒険と悲恋を織り交ぜて紡がれたものだ。
端的に言えば、彼女の物語には騎士道とキリスト教が、他ならぬ彼女に立ちはだかり続けていた。彼女の物語の中に、彼女と民の共感は果たしてどれほど遂げられたのだろうか。
ブルフィンチの描いたアーサー王とその騎士達、ジェフリーオブモンマスの描いたアーサー王とその騎士達…数限りになく描かれてきたアーサー王とその騎士達。
どの物語の中でも、勇壮にして誇るべき忠臣に囲まれて、アーサー王は偉大なる君主として、ブリテンの王として、極めて理想的であったことだろう。さぞかし、優秀にして無欠の理想の体現者であったことだろう。
だが、彼女が最も望んだことは理想的なキリスト者であるべきことだったろうか?偉大な君主たるべきだったことだろうか?誉高き騎士の王たることだったろうか?悲劇の君主として時代を超えて憧憬の的として描かれて遺されることだったろうか?
成程、確かに諸賢の申しまします通りに、王としての、キリスト者としての彼女はそれを望んだことだろう。
だが、何者でもなかった時、運命に呑まれた彼女が王として、和を望んでまで手に入れたかったものは果たしてそんなに輝かしきものだろうか。
…この問いは、答えも応えも此処で見出す必要のないことだ。
ただ、ひとつだけ、さっきの応えの続きを少し語ろう。
彼女を、アーサー王を遺し続けたのは高貴な者達でも、象牙の塔の住人達でもない。彼女が寄り添えなかった、民その人である。
ただの応えだ。何者をも縛るものでも、何者をも遮るものでもない。
ただの応えなのだ。千年以上も昔の、面識もない救世主の復活を、今でもどこかで誰かが必要としている。
アーサー王は寄り添えなかった。だが、民は未だに彼女の帰りを待っているのかもしれない。
彼女の誓いは、いつの日か、報われるのだろうか。
ブリテンの救世主に、ただ一人の少女に、救いの光が届けられんことを。
何者かの願いが聞き入れられたのか否かは我々の知るところではない。
しかし、どうやら彼女達の物語は今、このもう一つの世界で始まりを迎えようとしていた。
冷えついた炉のような物語が、終わってしまったはずの、誰にも知られることも、誰からも顧みられることも、そして誰に紡がれることもなかったはずの物語にいま、ただ一人の幸運な男の手による新たな灯火が添えられようとしていた。
その灯火を大きくするも小さくするも、それは彼女達次第だ。
彼女達の物語がどのように紡がれるのか、それは誰にも分からない。
ただ一つ言えることがあるとすれば、それは、この物語が、一人の黒い漂着者と一人の白い孤独者の出会いから始まるということだ。
ブリテンの片隅から始まる出会いは、いずれ救いの光として彼女らの元にも訪れるかもしれない。
朽ちたローマの遺産は新たなる時代の到来を示していた。
青々しく、逞しい緑鎖に蝕まれるローマ統治時代以来の古宿の隣に憚りを忘れた粗末な小屋が建っていた。
曇り空と冷雨がしばしばであるこの頃のこと、ロンディニウムの片隅に飄々たる孤児(みなしご)の仮屋があった。
あった、と過去形なのはその世間に憚ることのない、大胆なのか傲慢なのかは他所として、彼の生来の気性が災いして、お隣の古宿の家主に家業妨害の咎を責められた挙句、彼の一城は打ち壊されてしまったからである。
生まれ持っての不思議な力を駆使して、辛うじて命を奪われることはなかったものの、慈悲深きとは尊大の裏目、己の身分を弁えぬ者が嫌われるのは世の常、偉大者となり得る運命を大いに持ち合わせていようとも、運の悪さに流されて、白い孤児は己の半生を顧みて、半ば自暴自棄になると、何を考えたのかロンディニウムの南方に向かった。
屋根無しの孤児の向かった先は南方の海岸。岩場の刺々しさばかりが目に不快であるように孤児は思った。気分次第の不器用な錯覚であろうが、それが今の彼にとっての本当であった。
何事を前にしても超然として、享楽主義、刹那主義に身を任せるはずの彼の姿は、将来、いつか成り得る彼の一側面に過ぎないのだろう。
今の彼の姿は、彼女達が知る彼とはかけ離れた、己の目を疑うような有様であった。
彼はその性分に似合うはずもない、浅薄な絶望に浸る自分自身に酔っていた。
彼の稚い双肢が向かった先は狙ってから否か、遥か昔にかのガイウス・ユリウス・カエサルがブリテンに征服者として上陸を果たした海岸に程近いのであった。
足の裏を傷つけかねない荒れた岩場から離れた所、遠景に、海の姿は黒っぽく見える場所だった。
何の抵抗もなく、白い孤児は海へと進み入った。
別段の覚悟もなしに足を進めた彼は爪先から少しずつ這い上がってくる海水の冷たさに身を凍えさせるでもなく、顔を歪めるでもなく、ただ困ったように微笑むのであった。
未練を学ぶほど成熟してすらいない短躯。白い孤児はその生まれに宿る影も、その生まれが齎した光になり得る不思議な力のことも、恨むことはなかった。
だが、ただ途方もない無気力が彼には宿っているのみだ。
諦観か、達観か、ずぼらな絶望が後から身を覆っていくようであった。
少しずつ進み出たその時であった、白い孤児の足先に重たい感覚が伝えられたのは。
白い孤児の足先に衝撃を伝えたのは、世にも美しい漆黒の男の頭だった。
どうして水中にこんな美人が沈んでいるんだ?生きているのか?死んでいるのか?
孤児の疑問が解けるより早く、否、速く。水中に沈んでいた美人は全てを置き去りにして立ち上がったのである。
ざばり。天日に照らされて、水濡れの黒曜の御髪が眩く光輝いた。
光燐と共に仁王立ち、かの君は白の孤児の視界を塞いだ。
だがしかし、やんなるかな白き短躯の眼前に示されたのは言語に尽くせぬ極美の麗顔に非ずして、幼き眼前に示されたのは、一面においては黒曜の分身といっても過言ではなかろう、世界に冠たるべし威容を誇る抜身の聖剣であった。
大きい。とても、立派だった。
水が肌を滑り落ち、海へと還っていく。
白き孤児の頬にも綺羅の滴が伝った。
涙が出てしまうのは何故だろうか、それは孤児自身にもわからないことだった。
ただ時折ピコピコと揺れ動く、その一大事の御真影は、孤児の抱えてきたそれまでの懊悩を、何と軽快なことかと笑い飛ばす契機となった。
馬鹿馬鹿しいことで絶望などするものではない。よもや想像もつくまい、これほどに不思議爽快な経験はもはや有り難い。
どこか吹っ切れた白き孤児はその美しい瞳を輝かせながら、ここに至りて初めて彼の麗しきを見上げたのであった。
光に満ち溢れた世界の中、孤児が最初に目にしたものは耀き黒曜の君の本顔ではなかったものの、こうして彼らは出会ったのである。
では、また。