運命のヒモ男《ヒモ・ファタール》   作:ヤン・デ・レェ

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感想ダンケなっす!誤字脱字もすごく助かってます。評価を頂けて喜んでおります。では、どうぞ。


B02契約と剣

B2 契約と剣

 

 

 

 

 

第三の目曰く、卑王ヴォーティガーンの死から数年が経ったころ、ペンドラゴンとウーサー兄弟は互いに自らの領地へと凱旋し、そこに宮廷を構えた。ペンドラゴンは槍を、ウーサーは剣を家宝とした。民は王の凱旋を喜んだ。凱旋した兵士たちの数が明らかに減っていたとしても、激戦の末に伝説的勝利を掴んだ二人に対して、膝下の都市に住まう彼らにとっては詮無きことであった。

 

二人の王は凱旋すると、それぞれ異なることを求めた。ペンドラゴンは更なる力を、土地を、宝を求めて周辺の諸侯に恭順を迫り、より強大になった武力を振るって版図の拡大に勤しんだ。

 

対してウーサーは自領での放蕩を繰り返した。並の放蕩では満たせぬ心を慰めるために、ウーサーは自らをより偉大に、より英雄的に演出することに腐心した。王の騎士には見目麗しい者達が選ばれた。ギラギラと光を反射する鎧には、悪趣味なまでに装飾が施され、王は都の大通りを毎月のように行進させた。皮肉にも、この催しの煌びやかさと、催しの際に民へと供されるご馳走を目当てに人が集まり税収を下支えすることで、綱渡りの状態ながらウーサーの国は火に飲まれることはなかった。

 

英雄の膝下で、華美な飾り鎧を付けた見目麗しい騎士達が整然と行進する。その様は物知らぬ多くの民からすれば、正に英雄譚の現象に他ならなかった。民は自然、容赦のない増税に喘ぐ地方の貧農の言葉を世迷言と切り捨てて、自らは払えなくもない血税を払って、王の荘列に意志の籠らない歓声を上げた。

 

 

 

ウーサーの治世が更に一年続いた頃に、片割れペンドラゴンが死んだ。その訃報にウーサーは涙したが、間髪入れずに怒りを噴出した。

 

「蛮人どもめ!許さん!我が片割れを弑することが何を意味するのか思い知らせてくれるわ!!」

 

ウーサーは酒杯を投げ捨てると宝石を過分にあしらった長剣を引ったくるように腰へ佩き、兵を募ってペンドラゴンの亡骸を届けた蛮族の使者を囲んで殺した。ウーサーは亡骸を燃やし、小さく捻くれたそれを樽に詰めさせてから川に流した。

 

蛮族の進撃の報せが届いたのはそれから一週間後のことであった。一週間の内にペンドラゴンの葬儀を行い、主人を守らなかったその槍をかたく城奥へと仕舞い込み、その帰りの足で各地から兵を集めて一軍を成した。

 

臨戦態勢のウーサーの軍勢には敗死したペンドラゴンの麾下も集結し、ここにブリトン全土を代表する大首領としてウーサーが名実ともに玉座に座ることが確定した。

 

しかし茨の道は他ならぬウーサーとブリトン人達を迎え入れんと口を開けていた。遠目に現れた蛮族の軍勢は久しく見かけていない、見渡すような大軍勢であった。城に篭る側となったウーサーは物見の兵からその数を聞き出そうとしたが、兵は見渡す限り全てが敵であると答えた。

 

ウーサーはその晩の内に少ない共周りを連れて城を抜け出し、兄王モインズの墓標となりし卑王の旧邸へと身を隠した。王の奇行に戸惑いながら、命を惜しんだ騎士達はウーサーに従った。

 

ウーサーの恐怖が癒えぬうちに戦争が始まった。遠く聞こえた鉄火の奏響は、数日と持たずに静寂と断末魔に変わった。遠望するのは豊かだった都が無惨に焼け焦げていく様であった。火に包まれることのない都は、呆気なく灰に変わった。

 

 

 

第三の目曰く、ウーサーは狂ったように配下の騎士達に命じて人を集めさせた。口から泡を飛ばして、迫力だけは満点の王の御下知に、健気な兵達も一蓮托生を悟り素直に従った。逃げ出すものよりも王に従うもの達が多かったのは、諦観と、何より贖罪の機会すら残らなかった己の罪状への罰を粛々と甘受する潔さが、最後の騎士の矜持として残っていたからであろう。

 

騎士達の苦悩など露も知らぬ偉大なる騎士でありブリトン人の王だったウーサーは、騎士達が己の路銀を割いてやっと、渋々と集まった者達に向けて、朗々と己の希望を語った。希望は無謀であり、荒唐無稽であったが、その語り口は見事であり奇怪ですらあった。口の端から泡を吹きながら、ウーサーは大袈裟な身振り手振りで吐くように言った。

 

「今やブリテンの救いの光は奇跡の魔法である!!あの日、蛮族を打ち倒したあの日!!我にお告げが降った!!これは預言である!!あの日、我ら兄弟はその言葉を聞いた!!人が竜を殺すのだと!!若く清涼な声が天雲から滴りおちるように、正に神聖な響きを持って我らに届けられたのだ!!これこそ神託、神のご加護は我らにあり!!今こそ、同日に耳にした魔法使いを探し出すのだ!!魔法こそ、この絶望を打開する究極の御業なり!!!」

 

ウーサーの堂々たる狂乱に当てられて、訳もわからず集められた民の中から数人の志願者が出た。彼らは近隣の寒村に住まう農夫であったが、腕っ節に自慢のある者達であった。

 

彼らの中から進み出た一人が王ウーサーに言った。「俺の名はエクトル。ただのエクトルだ。アンタに力を貸すのは吝かじゃない。だが、俺たちは見ての通り己の命以外は何も持っちゃぁいねぇ貧農だ。何か、命を賭けるに足るものが欲しい。おい!お前ら!何が欲しい!!」

 

村男の頭であるらしい、ただのエクトルにがなられて村男達は口々に思い付いたものを叫んだ。

 

「俺は金だ!金が欲しい!この寒村を出て、街で暮らすために金が欲しい!!」

 

若い男が言った。男は貧農に生まれ、抜け出せない境遇を嘆いていた。自暴自棄に畑を放り出して荒れているところをエクトルに誘われてこの場に来ていた。偶然にも手にした機会を前にして、遠慮などなかった。

 

「私も、私も金を!あと、嫁が欲しい!!」

 

貧農の三男として生まれた男には、家族を持つことも覚束なかった。致し方なく兄達を手伝いながら、タコの潰れた手を更に傷つけるように働いた。エクトルの群れに自分から加わった男だった。

 

「俺は…俺は騎士にしてほしい!爵位がほしい!!二度と俺を見下す奴がいないように、俺は騎士になりたい!!お貴族様の仲間入りだ、贅沢も、嫁も幾らでも手に入るだろう?」

 

そして、錆びた短剣を腰に佩た男がそう言った。

 

男の言葉を聞いて、先に言った男達が自分もソレにすると言い直した。男に興味を持ったウーサーは錆びた短剣の男に注視して問うた。

 

「それで、もう一つ、貴様は何を望むんだ?他のは爵位に加えて何かを頼んだぞ?さぁ、言ってみろ!」

 

ウーサーの言葉に、エクトルに呼ばれて進み出た錆びた短剣の男は、騎士がそうするように、ややぎこちなく跪いて申し上げた。

 

「俺…私は、馬が欲しい、でございます。」

 

男の言葉を理解できたのはエクトルだけだったようで、二人を除いた村男達は口々に言った。

 

「おいおい、馬は確かに財産だが、また農耕にでも勤しむつもりか?もう必要なくなるんだぞ?」

 

そんなことをぼやきながら、村男達は手に入れたもので何をするのか楽しそうに語り合い始めた。エクトルは錆びた短剣の男の隣に跪いて見せると、「俺も爵位と馬を貰おう。」と言った。

 

「わはっ!わはは!!愉快だ!いいだろう、俺が用立ててやる!!貴様らは来るべき日に向けて作法を習うとよいぞ!!」

 

村男達の喝采が上がる中、ウーサーは愉快げに膝を打って笑い、彼らの望みを全て叶えると答えた。

 

 

 

第三の目曰く、ウーサーと騎士と村男達は旧邸で人を募ることを繰り返した。騎士になれるぞ、という噂は瞬く間に広まった。次第に噂には尾鰭は鰭が加えられ、土地も家畜も思うままだという声まで彼方此方で上がり始めた。

 

安直な希望に弱い人々はこの噂に人生逆転を狙い集った。貧農の次男や三男から、先の主城陥落によって焼き出された市民や跡を告げない貴族の若者まで、着の身着のままの人波がヴォーティガーンの旧邸へと集まった。

 

集まった人々をエクトルや錆びた短剣の男に管理させ、その人々を騎士見習いの村男達に直接指揮させることに決めたウーサーは、大雑把ながら驚くべき速さで一軍を整えると、城の陥落から一月と経たぬ内に軍を率いて出陣した。

 

しかし、行き先は蛮族が版図を広げる旧主城ではなかった。ウーサーは当て所なく行進を繰り返して、道すがらに噂だけを頼りに着の身着のまま飛び出した者共を軍に加えつつ半月ほどもただただ行軍した。

 

痺れを切らした兵士たちを宥めすかして、ようやく半月が経った頃にウーサーは飢えた民の前に姿を表すと、豪奢な剣を抜き払って「隣領」の関を指し示して叫んだ。

 

「飢えし者たちよ!!富まざる者たちよ!!持たざる我が朋友よ!!我らの苦難の進軍は今、正に今この瞬間のためにあったのだ!!見よ!!かの街を!我らが必死に蛮族と戦いながら、泥を啜っていた間、奴らは何をしていたのか!!思い出せ!我らの進んできた道を!大地は枯れ果て、民はひもじさに喘ぎ、水は毒され、騎士達の遺骸は野に晒された!!我らは主に誓って、あらんかぎりの力を振り絞って蛮族共と戦った!!騎士も、農夫も、司祭も、我が民草全体が、皆が皆その身を削り聖戦を戦い抜かんとしたではないか!!」

 

鼻水も涙も流しながら、感情の昂りのままにウーサーは剣を振り回しては吠えた。「だというのに…だというのに、何故負けたのか!!主の力を疑ったことなき我らが負ける通りはない!!だのに、何故負けたのか!!わかるか?何故なのか?それは、我らの中にその身を神の正義に捧げぬ愚か者がいたからだ!!裏切り者がいたからだ!!我々は全てを投げ打ち戦ったが、そうでは無いもの達が、裏切り者がいる。そしてぇ!!!…この街を見よ。どうして、こうも華やいでおられるのか?民が死んでいるのだ、騎士が晒されておるのだ、我らの城が燃えているのだ…だのに、此奴らは我らの払った犠牲の上で安楽を貪っておるだけではないか!!」

 

ウーサーの叫びに触発されて、騒めく群衆から急激な熱が発せられた。次第に、それは一つの大きな流れとなり、声となり、叫びとなって辺りを包んだ。

 

「裏切り者だ!!悪魔だ!!神に叛し者だ!!我々が救いを得られないのは、全てかの邪な輩の仕業に違いない!!殺さなければ!!正義を!!神の救いを!!!」

 

ウーサーの役目は既に終わっていた。

 

誰が何を言ったのか、何をしたのか、それはわからない。だが、群衆が駆け出したことが全ての始まりを意味していた。

 

その日、ブリトン人の街が一つ滅びた。ブリトン人の手によって、ブリトン人の街が一つ焼き尽くされたのだ。運悪くウーサー王の徴兵要求に応えて男手が根こそぎ駆り出されており、守備兵以外は空の状態であったがために抵抗らしい抵抗すら許されずに蹂躙されることになった。家財、家畜は元より、婦女子に井戸に城館までが根こそぎウーサー王の名の下に群衆の手によって"正当"に略奪された。

 

新たな拠点を手に入れたウーサーは手始めに元の住人と城主一族を蛮族に通じた裏切り者として処刑し、手に入れた婦女子を手柄を上げた騎士見習いたちの花嫁として与えた。

 

論功行賞の場には辞退したエクトルの代わりに錆びた短剣の男の姿があった。男を気に入っていたウーサーは、縄跡の残る女達の中から好みの者を最初に選ぶ権利を与えた。錆びた剣の男は既に馬を与えられていたため辞退しようとしたが、それをエクトルが諫め、問答の末、エクトルが器量良しと認めた女を娶ることになった。

 

女は可愛げがあったが、ずば抜けて美しいわけではなかった、その点が結果的に錆びた短剣の男が過度に嫉妬されることも、女を奪われる目に遭うこともなく済むように運んだらしかった。

 

 

 

第三の目曰く、ウーサーは自らの新しい軍勢が新たな街に根付く間を与えずに、配下の騎士見習いの村男達に命じて周辺領地への侵略を命じた。大義名分は蛮族の手先を根絶することであった。錆びた短剣の男は王から新たに褒美として錆びていない短剣を与えられ、晴れて王の懐刀として破格の待遇を受けた。エクトルに次いで、騎士達を除けば王の側近として扱われた数少ない村男であった。

 

短剣の男は遠征には参加せず、代わりにエクトルや他の騎士達と共に王の命令を受けて旅人と魔法使いを探すために東奔西走していた。

 

遠征の成果として血まみれの財貨が山と積まれた荷車が次々に王の新たな街へと届けられた。王の指示で手に入れた財貨は騎士、村男達、古参兵の順に褒美として遠征前に取り決めた通りの規定額が払われ、民衆には略奪した食べ物や生きた家畜を現物で与え、半分以上も余った財の悉くは王の宝物庫に納められた。五つの街を滅ぼし、滅ぼした街の跡に、途中で軍勢に加わった煩わしい貧民を分別することもなく押し込んだウーサーは、遠征軍に更に領土を広げるようにと命令を下した。

 

溢れんばかりの財貨に埋もれて眠ったウーサーだったが、それでも、宝物庫が満杯であったのは初めの三日間だけであり、思い出したように王は散財した。恨むべくは、その散財が結果的に市井へのばら撒きに繋がり、少なくない民が飢えを凌ぐことに繋がったことであろう。だが、それだけであった。砦や城を己の新しい国の各地に建設させつつ、自らの居城をより大きく、より華美に装飾した。白亜の城は外見こそ素晴らしい者であったが、しかし旧き主城のように機能性を欠くものである上に、城の増築や装飾が付随して莫大な浪費であった。

 

こうして王城キャメロットが建設された。王の私室の真下には、寝ずの番兵をいつ何時であれ呼び出せるようにと、兵士が控えるための巨大な円卓が置かれ、十二刻を刻んで責任者を交代制にすることで警備責任者への権力の集中を防ぐ意図が加えられた。しかし、実際は発注ミスによって一刻余分な席が生じてしまい、体裁を取る為に全体の首領であるウーサーの席として、常時空席が一つ生じるというなんとも締まりのない巨大な卓が場内で幅を利かせることとなった。

 

 

 

第三の目曰く、王の命令により旅人と魔法使いの捜索が開始されて一月が経った。一月の間にまた二つの町が滅んだ。

 

牙を抜かれた状態で、今今滅ぶを待つのみとなった周辺領主は自ら進んで恭順の姿勢をとっていった。

 

対して、他地域に厳然たる力を秘めた有力者達はウーサー王の国との交易と、ウーサー王を追い出した蛮族との交易で財をなしつつ、ブリテン島の新たな支配者として足場を固める蛮族と、蛮族に追われたにも拘らず強かに勢力を拡大するウーサー王の国に対する警戒感を顕に、防衛力の強化に勤しんでいた。

 

そして、遂に短剣の男とエクトルの手によって、ウーサーは念願の旅人と魔法使いとの対面を果たした。ヴォーティガーンの死から、既に十年弱余りの時間が経過していた。キャメロットの北、とある街の宿を借りて戦乱とは無縁の朗らかな生活を送っていた二人組を、執念で探し出した短剣の男と、入念な下調べと得意の人付き合いを駆使して呆気なく見つけたエクトルの二人がほぼ同時に発見したのである。

 

元来二人はウーサーに重用され、騎士たるべく馬を選んだ者同士ということもあってか、馬が合ったために大きな軋轢もなく、旅人と魔法使いを連れ戻り、一人分ずつの褒美を分け合えばよいと決めての措置であった。

 

ウーサーは二人を褒め称え、エクトルと短剣の男を正式に騎士に叙してから、客人二人との謁見に臨んだ。

 

 

 

「貴様らが噂に知れた旅人と魔法使いだな?どれどれ、顔を見せてみよ。俺は十年近く前だというのにハッキリ覚えているぞ、蛮族どもを蹴散らしてから直ぐに、俺と兄の耳に届いたのは間違いなく貴様ら二人のことだ。神があの日、貴様らのことを俺に教えてくださったのだ」

 

ウーサーは駄肉のついた体を窮屈そうに玉座に収めながら、外にまで響くような大きな声で語った。語り口は底抜けな自信がこびりつき、明け透けに自慢気であった。落ち着きのある様を見せたかと思えば、近くに寄ってこない二人組の方へと自ら体を乗り出した。

 

「ほうほう…確かに噂は真であったな。白髪の美青年に、黒髪の尊顔持ち…うむ、噂通りだ。全く面妖であるが…そんなことはどうでもよいわ!!さぁ、今ここで俺に忠誠を誓うがよいぞ?このブリトン人の王にして、ブリテン島の王であるこのウーサーに傅き、その力を存分に振るうがよい。如何な魔法であれ、呪いであれ、なんであれ構わん!!蛮族どもを追い出せるなら、なんだろうと構わぬわい!」

 

弩級の態度で大股開きに宣言するウーサーは、確かに人懐っこさだけを見ればなんとも民意を慮ることに労を厭わぬ名君という言葉が映えたことだろう。だが、マーリンとて伊達に思慮深き魔法使いとして研鑽を積んでいるわけではない。ウーサーの瞳に映る己の姿に、少なくとも畜生よりはマシ程度の価値しか認めていないことは一目瞭然であった。だが、黙りを続けていても話が進まないのも事実である。

 

今を凌ぐ為には非ず。己が大望のためにマーリンは立つことを選んだ。

 

今当に目の前の王種がマーリンに示してしまった、旅の先に彼の生涯を注ぐに足る指針とすべき道程。その先に見据えし優逸なる一輪の花を咲かせる為の決断を、マーリンは躊躇なく選んだ。

 

マーリンは言った。「これはこれはお招きいただいて早々に嬉しい話だ。ウーサー殿、あなたに傅くことに僕は嫌やはありません。しかし、一つ約束していただきたいのですよ。」

 

自信満々に恭順を求めたかと思えば、早々にアマロに見惚れて口を半開きにするウーサーからアマロを庇うように、数歩進み出てからマーリンはウーサーに問うた。

 

「なんだ?約束?何が欲しいんだ?王位以外ならくれてやる。女か?金か?それとも剣とか鎧とかか?爵位も、働き次第でやろう…で、その約束とはなんなのだ?」

 

ウーサーは興を削がれたことを不満に思っていることを隠しもしない不承顔で、我が身を投げ出すように玉座に腰を預けると、貧乏揺すりをしながらマーリンに問うた。ウーサーの顔つきはのっぺりとしているように見えた。顔つきの変わった王の様子に、側で控えていたエクトルと短剣の男は顔を青くしていた。

 

王には良くも悪くも執着がない。老いた家畜を殺すのと同じように、睦み合った女や背中を預けた部下を塵を棄てるように殺してきたことを、誰よりも長くその狂気と並びながらも生き残ってきた二人の騎士は忘れていない。だが、二人が恐怖したのはそこでは無かった。

 

あったのだ、執着が。

 

王の瞳の奥の奥、細やかな表相であってもそれは間違いなく灯されたのだ。冷たく牢く平坦な表情のまま、王の瞳は今も…いや、二人を招き入れた時から片時もアマロと呼ばれる旅人の片割れから離れていなかった。その恐ろしいまでに冷めていた王の内は今や火で熱された執着が渦巻いているに違いなかった。二人の騎士は、生唾を飲み込んでマーリンの一挙手一投足にまで気を揉んだ。

 

そして、注目の集まった頃を見計らい、マーリンはようやっと溜に溜めた要望を告げた。

 

「ウーサー殿に最初の子供が産まれましたら、その子を僕に預けて頂きたい。もしも、この約定を飲んでいただけるならば…。」

 

衝撃的な一言を炸裂させてまだ終わらない要望。流石の王も唖然としたが、それは二人の騎士が王の逆鱗に触れはしないかと危惧したのとは根本から異なるものであり、謂わば用途に思い当たるものがないという事情故に疑問が先行したからであった。そして、またしても溜めるマーリン。

 

「おい!さっさと続きを言え、それで、どうなんだ?その契約を結べば、お前は俺に何をくれるんだ?えぇ?」

 

沈黙に痺れを切らしてウーサーはがなるように問うた。そしてマーリンは言った。

 

「僕の最も大切な者を一時、貴方に預けましょう。僕の魔法をご利用になる上での血約として、ウーサー殿に牙を剥かないという保証です。そして、僕にとっての保証でもあります。ウーサー殿が僕との契約を果たして下さることを条件として、僕はウーサー殿が望む力と……さっきから鬱陶しいほどに激らせておられるその執着を解消して差し上げましょう。悩みの種を一つ、知るべきことを一つ、それぞれを与えましょう。ウーサー殿もまた、一人前の人間であるようですから」

 

ウーサーは初めて明確に驚いた顔でマーリンをまじまじと見つめた。ウーサーの瞳は初めてマーリンという得体の知れない魔法使いを認識した。成程、確かに魔法使いである。それも、伝説に物語られるに足るほどの。

 

「…わかった。子供の一人や二人ならくれてやる。むしろ、それで後から文句は言わないことだ。それで?この条件を呑んだんだ、貴様は俺に…彼を預けてくれるのか?だとすれば、それは真であろうな?」

 

ウーサーは心が躍る様子が傍目にもわかるように目を爛々とさせて身を乗り出した。マーリンは柳眉を僅かに歪め、それを直ぐさま繕って笑顔を張り付けると応えた。

 

「えぇ、これで契約は成立です。僕はウーサー殿に魔法を一つ授けましょう。それはウーサー殿の希望を叶える魔法です。そして、ウーサー殿の知りたいことをお一つお教えましょう。ただし、その代わりにウーサー殿に子供が産まれましたら必ず僕に譲って下さい。その時初めて、この契約は未来を生み得るでしょう。」

 

「そうじゃない。そんなことはいいのだ。それより、俺の執着を解いてくれるのだろ?ならば、今すぐにでもそこの麗君をこちらへ引き渡して貰いたい。」

 

マーリンの言葉を聞き流すように顔を振ると、ウーサーは改めて聞いた。何を言わんとしているのか、聞かれる前から理解しているマーリンの顔には陰が浮かぶが、しかし傍の彼の顔を見たことでマーリンの内から溢れる感情は最も容易く霧散した。

 

「えぇ、構いませんとも。私は難儀なことはマーリンに任せ切りですからね。丁度いい、偶にはこの子の役に立ちたいと考えていたところです。」

 

応えたのはマーリンではなく、交渉材料として送り込まれようとしていたアマロ自身であった。

 

「おぉ、それは何とも素晴らしいお考えだ…ささ、此方へ…マーリンよ、俺は約束は違えん。だから安心して辞すが良い。おい!エクトル、アマロ殿をお部屋にお通ししろ!後ほど、改めてお会いしましょう。城一番の部屋を贈りますので、寛いでくだされ!」

 

アマロが自らの足でウーサーの元に向かうことに対してマーリンは仄暗い感情が湧かない訳では無かったが、しかし、単純な嫉妬などとは程遠いものであることは確かであった。なぜならば、マーリンの激情を霧散せしめたのは他ならぬアマロが浮かべていた、好奇心に富んだ自然体の笑みだったからだ。人は或いはその笑みを薄気味悪く、倫理から逸脱した悍ましいものとして捉えるだろう。

 

だが、マーリンという一人の魔法使いはアマロの笑顔に確かな安らぎを覚えていた。それはマーリンが寄る辺と定めし唯一の存在が、マーリンへの揺るぎない信頼と依存の証を自ら顕としたからであり、同時に彼という存在がマーリンの錯覚ではなく、夢魔の割血のことを心から伴侶として受け入れていることの根拠を示したからであった。

 

悍ましい存在に違いはない。無論マーリンはアマロを悍ましい存在だとは考えたこともない。

 

しかし、自らが望まれて産み落とされた訳ではないことをマーリンは理解していた。その理解に立脚した世界の中で生きていくこととは、即ち錆びついた錯覚だけを頼りに、無邪気に向けられるアマロからの愛情の枯渇に怯懦する日々を暮らすことだった。

 

暖炉の前で温めた山羊乳を啜って団欒していたかと思えば、草の根も死に絶えた極寒の吹雪の只中で前後不覚に陥るがごとき絶望を恐れぬ日はなかった。鋭敏な知覚と秀辣な魔法が、虚構の甘美に溺れることを許しはしなかったのだから。

 

だから、だから。

 

だからこそ、醜悪な狂王にさえ爛漫と微笑みを向けたアマロの存在は、マーリンの中で燻り続けていた絶望の癇火を無遠慮に踏み消した。諦めの中で飼い殺してきた絶望は呆気なく取り上げられ、真正面から見つめ合い、話し合った末に手にした結論でもないというのに、堪え難い歓喜と歯の浮くような融慕の熱がマーリンの膏肓をのたうち回った。

 

マーリンは救われた。救われたマーリンの思考には、もはやアマロへの後ろめたさも、ウーサーへの激情も、その影すら残されていなかった。残ったのは狂おしいほどに甘い、猫の毛が鼻を擽るようなむず痒さだけだった。それは心地よく、また何ともいじらしい。

 

願わくば、今度こそ真正面から見つめられながら、彼の微笑みに当てられたい。

 

マーリンは心の隅でそう思いつつ、アマロと暫しの別れを演じた。マーリンの不在を確認してからウーサーはアマロをもてなそうと貴人用の部屋へと足早に向かった。

 

 

 

第三の目曰く、ウーサー王は世界に二つとない素晴らしいものを二つ有していた。一つは全ての望みを叶える偉大な魔法使いを、一つは如何なる賛辞をも無為に帰す黒曜石の麗人を。

 

ウーサー王は二つの偉大な力を存分に振るい、一年と経たぬうちに周辺の人を土地を財を併呑し、巨大な王国を築いた。人は、かの王国を悠久のブリテンと呼んだ。

 

 

 

 

 

第三の目曰く、王国の成立から程なくしてとある騎士に子供が生まれた。子供の父はウーサー王の誇る無二の短剣であり、人は彼を短剣の騎士と言った。短剣の騎士は若き日に娶った妻との間に一人の男の子を授かった。

 

ある時、短剣の騎士は遠征に参加した。そして二度と還らなかった。

 

短剣の男の妻はウーサーに従った夫や他の多くの男たちの手で故郷を奪われた。焼かれた家から這い出した所を捕らえられた。侵略者たちは力加減を知らなかった。柔らかい肌に荒縄がきつく食い込んだ。歩かされるたびに擦れ、直に血が滲んだ。首にまで回された縄は泥に塗れていて木が腐ったような香りがした。粗野で泥と血に汚れた腕が突き出される中を歩き、進み、そして人垣から突き出されるように男と対面した。まだ若きころのエクトルだった。既に貫禄を備えていた男はまじまじと女を見定め、そして彼女が選ばれた。

 

幾分丁重に縄をひかれ、突き出された先で夫となる短剣の男と出会った。そして、娶られ、交わって子を成した。

 

短剣の男の妻は男の死に様を聞きはしなかった。妻は夫の死を悲しまず、しかし喜ばなかった。淡々とその死を受け入れ、翌朝にはいなくなっていた。翌々日、女の亡骸が井戸から引き上げられた。

 

そして、まだ幼い男の赤子だけが遺された。男の子を引き取ったのはエクトルだった。赤児には名前がなかった。故に、エクトルは赤児に名前をつけた。

 

 

 

 

 

赤児の名前はケイと言った。

 

 

 

 

 

第三の目曰く、ウーサー王は短剣の騎士の訃報を耳にしても小揺るぎもせず、初めからそんな男は居なかったと言うように、真隣で昼餉を嗜むアマロへと料理の感想やら、好みやら、到底人死ほどの緊急性を伴わない会話に花を咲かせた。

 

だだっ広いだけで使い道のなかった円卓に二人前にしては多すぎる料理を並べさせると、ウーサーはそれらを自分も口にしつつも、殆どの時間を、隣で小口を忙しなく動かし、黙々と頬を膨らませて食事を楽しんでいる様子のアマロの横顔を至近距離から観察することに耽溺していた。

 

ウーサーはアマロが預けられてからと言うもの、朝も夜もなくその美貌の虜となっていた。何をするでもなく、何を迫るでもなく、同じ空間で沈黙を共にするような二人の様子は周囲からすれば不気味や奇妙を通り越して感心さえしてしまうほどであった。

 

 

 

ウーサーとアマロの奇妙な関係が続くこと半年が経ち、その間にもウーサーは未だ一度としてマーリンを呼ぶことはなく、それどころか子供を作るどころか妻を求める素振りすら見せなくなっていた。

 

そして、ウーサーの子供が産まれず、また一度切りの全能の魔法すら使われない限り、互いの契約が果たることは無く、つまりは現状維持が続く限り、王の放心は半永久的なものであると言ってよかった。

 

それは明確な王の血統が生まれぬことを意味し、即ちウーサーの死後には後継者の居ない王国だけが遺されるということだった。

 

世界史に名高いアレキサンドロス3世の帝国。その分裂を招いたのは他ならぬ王が血統に基づく版図の継承を撥ねつけたからであった。それが全てではないにしろ、間違いなく絶対的な存在を失った巨体ほど維持することに苦労するものはなかった。

 

危機感を日に日に募らせた群臣達は、遂に騎士エクトルを通じてウーサーへの上奏を行った。

 

曰く、「国王陛下におかれましては、その英雄的功績を後世にまで受け継ぐべき、王国の継承者を選定していただきたく。また、そのために最も平和的な手段として実子を継承権第一位とすることが望ましいと愚考する次第。」

 

エクトルから差し出されて条文に目を通すと、ウーサーはそれを薪に焚べて言った。

 

「俺の後継者が俺の子供でなければいけない道理はない。しかし、貴き血を残すことが大事なのは理解した。確かに全くもってその通りだ。俺はそのための努力を惜しまぬ。この世には断じて失われてはならないものも存在するのだ。」

 

ウーサーは口笛でも吹くような爽快で無邪気に語った。口振りには思い演るような様子もなく、只管純粋にそう語っていた。血走った目とは裏腹に澄み切ったよく響く声が歪であった。

 

ひとしきり語ったウーサーは続けて、条文への実質的な応諾の旨を返した。エクトルが安堵の溜息を吐いたのは言うまでもない。

 

「よくよく理解した、お前達の言いたいことはわかったと伝えておけ。あと、そんなに国を継ぐ奴を選んで欲しいなら…それなら俺にも良い考えがある。折角だからアイツを呼ぼう。なぁに、魔法を使うわけじゃない。ただ一つ知りたいことを知るだけだ。そうすれば、あとはどうとでもなる。」

 

それだけ言うと、ウーサーは楽しそうに今度こそ口笛を吹きながら謁見を終えた。

 

 

 

「ウーサー、何かいいことがあったのかい?口笛が私の所まで届いていたよ?」

 

弾んだ足取りの王は真っ直ぐにアマロが暮らす貴人室へと入室した。寝台に寝転んでいたアマロはウーサーへと尋ねた。ウーサーは尋ねられたことには返答せず、居住まいを正すと真摯な瞳で語りかけた。

 

「アマロ殿、貴方には是非とも多くの女性と交わって頂きたい。全て、俺が養おう。だから、一人でも多くの貴方の子供を俺に育てさせてくれ!!この通りだ!!」

 

ウーサーは生まれてこの方経験のないほどの緊張感と覚悟を腹に抱えていた。嘘偽りなく心からの言葉であることは理解できた。だが、常人であればその求めに応じることはまず間違いなく倫理に悖るものであるとして断ったことだろう。

 

しかし、やんぬるかな彼らは尋常ではなかった。否、ウーサーにとってみれば寿ぐべきことに、アマロには断る理由がこれといってなかったのである。また、アマロにとっては常に己の目の前で生を営む誰かの存在こそが愛すべきものであることに変わりはなかった。

 

故に、アマロは応える。

 

「ウーサー、君の言うことはよくわかったよ。できる限り頑張ってみるよ。勿論、私でも良いと言ってくれる方に限定した上で、だよ?わかったかい?」

 

「あぁ!!よく決断してくれた!!ありがとう!あぁ、主よ!感謝します!!あぁ、勿論だ!勿論だとも!!貴方に相応しい幸運な者だけに許すつもりだとも!!」

 

何分暢気な性分なものである。気の抜けたような、ほんわかとした注意のみを告げると、何と言うことでもない風にアマロは寝返りを打って寝息を立て始めたのであった。

 

ウーサーは静かにその寝顔を見つめ続けた。アマロが来てからというもの、ウーサーの姿は変貌を遂げていた。駄肉を引きずっていた頃の面影はなく、限界まで絞られた肉体は往年の貫禄を超えて、洗練された威を纏うに至っていた。王擬きが、願わぬが故に風格ばかりは王に足るまでに高められたことは歪なウーサーの本質を表しているようだった。

 

 

 

第三の目曰く、新月の夜、ブリトン人の王ウーサーはマーリンを呼び出した。場所は卑王ヴォーティガーンの塔の跡地であった。

 

ウーサー王はマーリンに言った。「魔法使いマーリンよ、今こそ貴様の力を見せてみよ。貴様は俺に魔法とは別に何でも一つ教えてみせると言った。そして、教えを受ける時は来たり。」

 

マーリンは応えて言った。「ブリトン人の王ウーサー、君の願いを叶えよう。魔法とは別に何でも一つ教えて見せよう。時は来たり。さぁ、君は何を知りたいのかな?」

 

ウーサーは岩山の山腹で白煙を吐く大口を指差して言った。「俺はヴォーティガーンの剣の在処を求めよう。奴は神聖なる武器を二振手にしていた。そのうち、剣は俺が、槍は兄ペンドラゴンが手に入れた。しかし、霊装たる二振とは別に、奴は一振りの剣を持っていた。あの日、火に飲まれた奴の手に握られていた一振りだ。あの剣こそ、我ら兄弟にとっては何よりも価値ある剣である。簒奪者ヴォーティガーンにより奪われし兄王モインズの剣こそ、真の王の剣なり。俺はその剣の在処を貴様に問おう。」

 

弑逆されし兄王モインズの愛剣にして王たる証である剣。それは失われし宝であり、兄弟の生き残りたるウーサーにとっては親の形見であった。

 

マーリンは言った。「君の求めに応じよう。君が知りたいのは父王からヴォーティガーンが奪いし一振りの剣の在処。剣は自ら手に入れることだね、僕の魔法を剣如きに使いたくないと言うのならば。」

 

マーリンの言葉には冷静に、探るような挑発が仕掛けられていたがウーサーは神妙にその言葉を否定することなく頷いてみせた。黙りのウーサーの反応を、面白くなさげに受け取ったマーリンは厳かに、高らかに失われし宝の何処を明かした。

 

「赤き竜は既に済し。革めるは未だ済し。ただ片割れのみが大口を塒と成す。失われし王の剣の在処は大口の奥、身を革めし白き竜の眠りを妨げるな、静寂と平穏のうちに、かの剣を爪の隙間から抜き取れ、然すれば剣は然るべき者の手に入れられるだろう……以上さ。それじゃぁ僕はこれくらいで、君の健闘を祈るよ。」

 

マーリンはそれだけ言うと、仕事は済んだと言うように霧の如く姿を消した。

 

残されたウーサーは翌月、ヴォーティガーンが遺した槍を禁制物を封じた庫から引っ張り出して自ら手にして、数百の騎士を挙げて竜の眠る巨大な口へと向かった。

 

 

 

第三の目曰く、二週間の後にウーサーは帰還した。数百人の勇敢な騎士、そしてヴォーティガーンの霊装たる槍を対価として、変哲なき一振りの剣を掲げたウーサー王は凱旋を果たした。

 

騎士とその共周りはただの一人として還らなかった。ただ一人、ウーサーだけが無傷で帰還した。

 

莫大な竜の秘宝もなく、輝き栄える英雄的勝利もなく、手にしたものは王の手に収まった王の剣のみ。

 

民草は王への理解を諦めた。そしてただ祈り、来るべき希望の光を待つ身となった。

 

貴人達は口々に鬱屈と不満を語った。王の兇行に慄くばかりの彼らは、彼らに誉と富と平穏を与えるべき指導者を密かに渇望した。

 

そして、騎士達は王の行いにただ沈黙を返した。死した友は亡骸すらなく、しかし王は王であった。一振りの剣のため、何を遺すことも許されずに灰滓となり風に追われた名もなき者達を悼むことだけが、騎士を象る張りぼて達が曲げることを自らに許さなかった一線となった。

 

 

 

第三の目曰く、感慨もなく数百の命を踏み台としてウーサーは王の剣を手に入れた。あの日、大口の奥にて白き竜は数百の騎士を瞬く間に焼き尽くした。そして、ただ一人残ったウーサーは竜と相対して一計を案じた。槍から覆いの布を外して竜へと晒した。竜は槍への執着を見せ、ウーサーは賭けに勝った。

 

王の剣を槍を対価として手に入れたウーサーには、数百の騎士の存在意義など無に等しく、故に何ら思い致すことなきままに、手に入れた王の剣を鉄床へと力一杯打ち込んだ。

 

打ち込まれた剣はマーリンが「善意」で掛けた魔法により、例外を除けば何人にも抜くことが能わず、ウーサー王にすら抜くこと能わぬそれを目にし耳にした人々は、それを真の選定の剣と呼んだ。

 

ウーサーは彼方此方から呼び出した聖職者達に魔法の鉄床を調べさせ、それが正に神秘の御業であるというお墨付きを勝ち取った。元より神秘であることは承知のこと、それが神の息吹か或いは悪戯好きの魔法使いの手によるものであるかの違いであった。

 

王は準備が全て整ったことを確信した。

 

そして、マーリンもまた第一段階が成功したことを確信していた。

 

 

 

 

 

第三の目曰く、ウーサー王は王国の継承権を真の選定者に与えることを宣言した。

 

ウーサー王が真の選定者だと認める条件はたった一つ、選定の剣を魔法の鉄床から引き抜くことである。

 

王は言った。「何人の挑戦も受けよう。神の御業により成ったこの魔法の鉄床に打ち込まれし王の剣、この王たる者の証を引き抜いてみせよ。王たる証を引き抜きし者こそ、真の信仰者であり、真の騎士であり、真のブリテンの王である。貴賎は問わぬ、力自慢でも構わぬ、引き抜くことができた者こそがこの国の王に相応しい。」

 

王の宣言にブリテン全土が熱狂した。その熱狂は近隣の諸国にも広がり、遠路遥々を超えて多様な人間が王の証へと手を掛け、そして引き抜くを能わずに帰路についた。

 

土台を砕こうとした者もいたが、砕くための槌が先に砕け、或いは鉄床だけが無傷のままで大地が抉れるばかりであった。

 

噂と熱狂は転がる雪玉の如く無制限に熱を熟し、ブリテンの王ではなく、世界の王としての証として尊ばれるのに時間はそうかからなかった。難易度と与えられる栄誉と富の間に存在する莫大な落差が人々の心を駆り立てた。あり得るかもしれないたった一つの可能性を否定し切れない群衆は、その魔法の様な引力に熱狂した。

 

人々は王の証へと我先にと手を伸ばし、そして引き抜くことなく帰路に着いた。帰る者、新たに向かう者、何度も引き抜くために宿を取り列に並ぶ者…鉄床が安置され、司祭や騎士に見守られた都城キャメロットの前広場は人の坩堝と化した。

 

それから一年が経つころになってやっと熱狂は鎮静され、次第に年中行事として諸侯や騎士が受ける洗礼式としての色を強めていった。

 

 

 

 

 

失われし剣は、選ばれし者の剣へと姿を変え、そして今や忘れられし剣へと意味を変えた。

 

 

 

 

 

カリバーンそれは、今や忘れられし剣であり、何れ来る希望へと、その栄光と終焉を約束する剣の名である。

 

剣の名はカリバーン。

 

それは、鉄を断つ名剣の名に非ず。

 

それは、傷を癒す聖剣の名に非ず。

 

それは、それは、それは。

 

それは、唯一運命を切り拓き得る、名もなき一振りの鋼の剣の名である。

 

 




では、また。
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