運命のヒモ男《ヒモ・ファタール》   作:ヤン・デ・レェ

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では、どうぞ。


B03ウーサー王

B3 ウーサー王

 

 

 

 

 

第三の目曰く、ウーサー王は歪んでいた。その歪みは、当人が覚悟したものであり、望んだものではなかったが揺るぎなく選んだものであり、彼の理想に反駁するものであり、そして葛藤の種であり続けた。

 

 

 

ウーサーの兄王モインズの治世は安定していた。

 

かの王は名君と呼ぶに相応しく、如何な戦乱に於いてもこれほどの聖人もまたとおるまいと噂されることしばしばの人物であった。

 

民への施しを好み、清貧と平和を愛した兄王モインズはしかし、言語に乏しく振る舞われる暴虐に対しては頗る無力であった。

 

兄王モインズの死、それはその子らであるペンドラゴンとウーサーの兄弟をして、否、兄弟が最も必定也やと理解している所である。

 

兄王モインズは好人物であった。しかし暗愚であり、時代には嫌悪すらされていた。時代を読み間違えたことに気づけぬまま、胸襟を開いて殺戮者を歓待せんと無邪気に破顔しつつ群臣へと提案した王の姿は、間違いなく予断を許されていなかった状況下にあっては生存競争への明確な敗北宣言であった。

 

故に、とどのつまり兄弟達は卑王ヴォーティガーンに感謝の念すら抱いていた。だが、新たなる鉄と血を交えなければ明日を築くことすら難しい紛争の時代、その渦中の宮廷にあって純粋無垢であり続けることは二人に許されていなかった。

 

二人は生来純朴に、無邪気に、かの王の宮廷で育てられた。だからこそ、彼ら兄弟は兄王モインズの死に衝撃と、時代の波に漂う宮廷の黴臭さへの納得を得た。そして、その代償として王位継承権の簒奪と王都追放の憂き目に遭った。

 

 

 

兄弟にとって、生き残る為に己を演じることが必要になったのは言うまでもないことであった。そこに迷いはなかった。王位を追われたが故に、彼ら兄弟は権力という枷であり、盾であり、剣でもある力の喪失が、最早自分達に露ほどの価値も遺さなかったことに強い憤怒と、身の毛もよだつ恐怖を抱いたのである。

 

王に戻らなければ、自分達は最も容易く殺される。そんな単純で飛跳せし思考こそ、ウーサーとペンドラゴンの原点となった。そして、彼ら二人には皮肉にも決して名君とは言い難いが、時代に愛された者に特有の数々の機会を持ち得ていた。彼らはその糸を手繰り寄せることに掛けては、例え些事と雖も疎かにしなかった。

 

絶望を前にして開花した、鋭敏に政治と策謀の香りを嗅ぎ分ける均衡感覚とも呼ぶべきものが兄弟の"王道"を扶けた。例え、後世に王道ではなかったとしても、彼らの築いた土台こそ疑いもなきに、次代に現れる選定されし者の歩く"王道"へと継承され、その歩みへの嚆矢となった。

 

 

 

第三の目曰く、ウーサーとペンドラゴンの兄弟にとって、王位とはその唯一性を揺るがせにしたとしても、その名分のみであったとしても譲ることのできないものであり、同時に唯一の縋るべき依代であった。

 

だが、純朴ではいられないと悟った兄弟は容赦と慈悲の心を封印した。そして、卑王ヴォーティガーンへの憎しみに燃えて王統復興を掲げる王国の後継者として、自らを演出した。

 

兄弟の胸奥、当時を生きる一ブリトン人としての彼らの価値観に照らせばヴォーティガーンは救世主に映った。崩壊を待つばかりの、蝕まれるばかりの王国にあって、安穏と仮初の平和と豊かさを演出し続ける兄王モインズを討ち取ったヴォーティガーンは、その跡を武力を用いて掌握すると、驕ることも寛ぐこともなく満身を滅私ブリトン人の勢力圏保持と、その為に必要となる蛮族の侵攻妨害に邁進した。後に兄弟との対決のきっかけとなった蛮族の大侵攻に際しての日和見も、言うなれば内にも外にも力を少しでも温存するための戦略的な措置であったと受け取ることもできる。老獪なヴォーティガーンが、蛮人との闘争が大規模な局地戦の一つや二つで終結するものだと楽観視していたとは到底考えられないのだから。

 

それは紛うことなき、兄弟がそうなることを望んだ王たる者の背中であった。兄王モインズへの反動からか、兄弟の王道とは強き者の王道だった。その道が、決して常に大義として受け入れられるものではないことを理解していても、兄弟は弱き王であった長兄モインズとの対峙、そしてその道への反証を志し、王統を継ぐ者の宿命として、その道を敢えて進むことを選んだのだ。

 

ヴォーティガーンへの憎しみなどよりも、寧ろ火急の時分にありながらヴォーティガーンの果たした弑逆への拒絶という建前を己が独立自尊の為に利用した地方領主への憎しみの方が深かった。兄弟という王道志望の徒にとっては、地方領主独立の動きは紛れもなくブリトン人の弱体化の根拠であり、紛れもなくブリテン島が戴く王権への叛逆行為である様に感じていた。

 

卑王という虚構へ抱く憎しみを枷であり力の呼び水としつつ、ヴォーティガーンという一人の王へと心からの敬意を抱いていた兄弟は、だからこそ自らが進むべき王道にそぐわぬ者へ落ちぶれぬ為に、卑王との連帯ではなく、地方領主の利用という道を選んだ。その道は、兄弟にとって屈辱であると同時に、偉大な王への悔恨にけじめをつける意味をも有していた。

 

卑王は兄弟の命を最期まで奪わなかった。国軍を完全に掌握していながら、尚、自らの地位を脅かすこと必定の王の遺児達を生かして放逐することを選んだのだ。その事実は、戦乱の渦中で藻搔き抗うことを選んだ兄弟がヴォーティガーンを敬うに足るものであった。

 

 

 

第三の目曰く、ヴォーティガーンとペンドラゴンの死はウーサーに孤独を与えた。ウーサーが唯一執着していたのは他ならぬこの二人であったからだ。

 

ペンドラゴンにしてみてもヴォーティガーンを殺すことは何処かで忌避していた。だが、事実として卑王は死に、故に、兄弟が憧れた王も死んだ。

 

「王の抜け殻を、その虚を満たさなければならない」ペンドラゴンは斯く語り、そしてウーサーは兄が王位に就くことを望んだ。果たして、それは叶えられ、ペンドラゴンはペンドラゴン王として己の王道を進むことを選んだ。ウーサーはそれを己が、臣が、民が見届ける為には自分という同格の英雄現象の存在が兄の光に翳りを齎すことを危惧した。

 

だが、兄は弟と共に歩むことを望み、頑として互いが王たる国を持つことを譲らなかった。最終的にペンドラゴンの国を兄としてウーサーの国を弟とすることでウーサーが折れ、ブリトン人達に二人の王が誕生した。

 

ペンドラゴンが更なる力を求めて蛮人との戦争に明け暮れた日々の中で、ウーサーは凡愚な矮王を演じ続けた。金銭を湯水の如く使い続け、自分の手元に残ることは許さなかった。

 

一見無遠慮な豪遊が結果的にウーサーの国を破綻から救い続けていたのも、謂わばウーサー自身が富の蓄積を率先して禁じて、強引に富裕層の拡大を抑え付けつつ城下経済での富の回流を構築したからであった。無駄なことに金を費っているように見せつつ、実のところウーサーは民へと体裁を整える程度にしか富を使わなかったと考えていた。

 

少なからず実績を残したウーサーの演出だったが、無論、暗愚な王としての範疇から抜け出せるものではなく、実態として地方貧農が貧窮に喘いだことも事実であった。貧農の血税を湯水の如く城下都市へと投入し続けた分、高負担を賄えるほどまでに都市民の経済水準が極端に高収入化したことは、即ち他方から吸い取られた富が無計画に投入された根拠と言えた。

 

地方から上がる悲鳴に対して、ウーサーはその評価を甘んじて受け入れることを選んだ。それは兄王の存在をより輝かせる存在として、愚弟王の存在が実態を伴っている証拠であり、そのための冷酷な手段を厭う段階にウーサーは既に居なかったのだ。既にこの頃、ある種のグロテスクな意地とも、非論理的な殻とも言うべきものの内へ内へとウーサーは沈み込んでいたのだろう。

 

ウーサーは自身が次第に己の憧れる王道から道逸れて行く様をぼんやりと他人事のように眺めている自分の醜さ、無力さ、寒々しさ…それら全てを見て見ぬ振りをした。

 

 

 

だが、兄ペンドラゴンの死と蛮族の侵攻によって、ウーサーの楽観は無惨にも崩れ去った。

 

 

 

第三の目曰く、ペンドラゴンの死はウーサーの夢を砕いた。それは兄王による王道の完成を見届けることが永遠に不可能となったことであった。

 

自らの王道を求められ、敬いしヴォーティガーンに倣い、その滅私の名の下に兄王の日陰に潜まんとしたウーサーは、その信念に縛られるところとなり、否応なく新たな王としてブリトン人を導かねばならない使命に直面したのである。

 

使命の為に、今一度ウーサーは指導者とは冷たい鉄と心得なければならなかった。王として立つことを決断したウーサーには以前にも増して迷いも、容赦もなかった。

 

執着…即つ処の、寄る辺を喪失したウーサーはウーサーの望むべからざりし悪食の竜へとその身を堕としていった。次第に、その凶相は怠惰と肥満した肉体によって顕となった。

 

ウーサーはブリトン人の王として、必要悪であるか否かを問わず、疑問と倫理を轢殺しながら進んだ。ウーサーの歩みはブリテン島の王に至る道を見失い、王たる者の格すらも危うくした。だが、ウーサーは止まることができなかった。

 

立ち止まらなかったウーサーは、いつしか蛮人という外敵を忘れ、ブリテン島のブリトン人同族との勢力競争に耽溺した。兄王の為に演じ続けた愚王の姿見は、いつしか乱世に我を失い凶王と呼ばれる自分の真影として重なり合っていた。歪む輪郭震えながらも水を零すまいと張る浅底の坏のようであった。徐々に己を食い尽くしていく、虚影が真の影に置き換わる。暗く冷たく塗り替えられる己を前に、ウーサーはただ言葉と希望を喪った。

 

王は道を振り返り、純朴だった自分を、素直に王道に憧れていた自分との対決を恐怖した。そして、そこから逃げるように今度こそ己の赴くままに放蕩した。

 

友人と呼ぶべき古参の騎士が死ぬ度、そのことに対して何も感じなくなっていく自分自身から、王は目を逸らし続けた。

 

だが放蕩も直に終わりを告げた。ウーサーは喪ったものを取り戻したわけではない。だが、新たに得ることで見える景色が変わったことは、ウーサーにとって一度見失った道を再び取り戻したような心地だったに違いなかった。

 

 

 

第三の目曰く、王は運命と邂逅し、己の道を取り戻した。それは、漆黒の闇に差し込んだ一条の光に非ずして、それは暗月の下に手を繋ぎ進むが如き也。

 

それは福音に非ず、導きにも非ず。

 

それは蹲り身を捩ることさえ許されぬ人間が手をつき辿る為の寄る辺と成る者なり。

 

ウーサーはアマロとの出会いで変わった。いや、少しばかり純朴な王の道を思い出すきっかけを無駄にはしなかったのだ。これ以上、自分という存在にまで執着を喪いたくないのだ、とウーサーは強く自分に言い聞かせた。

 

ウーサーは過去の喪失と、新たな出会いによって、皮肉にも王として初めて一人前になることができた。

 

そして新たな夢、野望もまたウーサーは手に入れることができた。それは彼が得た新たな執着の、新たな寄る辺であるアマロに、己が見出した希望を託すことだった。

 

それは必ずしも賞賛には値しない、謂わば一方的で偏執的な夢にほかならなかった。

 

だが、ただただ、このブリテンという終局へと向かうばかりの世界が、ブリテン島に生きた己らが滅び、忘れられていく様を見届けることはウーサーという一人の王には出来なかった。

 

贖罪もあっただろう。奮起もあっただろう。

 

だが、根底には振り返ることもなく、がむしゃらに歩んできた歪な己自身の存在を、忘れられたくないという渇望があったのではないか。

 

ウーサーの渇きは癒えない。だが、新たな目的に向かい進むことはできる。生きることはできる。

 

そして、そのことをアマロはウーサーという一人の人と人の間に生きる者との交流の中に見出し、此れを認め、受け入れることを望んだ。

 

「忘れない。忘れることはない。そう、私が請け負おう」

 

後世に語るものがいれば、それはウーサー独自の願いではなく、魔法使いマーリンの術により誘導された可能性を指摘するだろう。

 

だが、例え誘導されたとしても、ウーサーは葛藤の中でこの道を選んだということに変わりはない。

 

ウーサーの選んだ、ウーサーの夢。それは全体から見れば決して真新しいものではないが、斯く望むことを遮ることは出来ないものだった。

 

 

 

ウーサーはブリトン人の血を、悠久に生きるアマロという異質な存在の血脈の中に保存しようと画策したのである。民族を、己を知る誰かの血脈を絶やすまいとウーサーは願い。その願いは受け入れられたのだ。

 

タブーも或いは、然ある道程を標榜する塁に過ぎない。

 

風を突き抜けて進む。時代の波を乗り越えて。

 

何かを遺すために意志は彌、その真価を発揮するのだ。

 

寄る辺なき者が為に在りし陰の棲まう荒野に、その足跡を染み込ませて。

 

 

 

 

 

第三の目曰く、王は聖胎を担う貴婦人を募った。

 

莫大な財貨と広大な領地を報奨としていたものの、事実上の勅命であった。

 

ウーサーの名の下に各地から貴婦人が集められた。ブリトン人の名家に生まれた婦女子が王城キャメロットへと集った光景は壮観であったが、その日、ウーサーのお眼鏡にかなう女性は見つけられなかった。

 

蛮族への警戒や周辺への侵略を放棄してまで、今度は嫁探しに耽溺し始めたとウーサーへの誹謗中傷が密かに騒がれた。

 

市井の声を聞き流しつつ、ウーサーは毎夜の如く周辺領主を招いての宴を開いた。その目的は判然としており、しばしば招かれた者は礼を欠いてまで己や従者の細君を帯同しない者も多かった。

 

そこで、ウーサーは領主に向けて勅令を出す。

 

曰く、「これより開かれる宴に招かれた者は必ず、従者に至るまでその細君を帯同して参ぜよ。さもなくば、謀反の疑惑ありと判断してキャメロットより軍を遣わし弁明を仔細に糺す」

 

これに周辺領主は反発したが、しかしウーサーはこのようにも付け加えた。曰く、「当晩に参じた者には、蛮族による侵犯を受ける以前からの土地の永年安堵を誓約する」と。

 

この文言の効果は絶大であった。これは事実上のブリテンの中枢からの独立を王自らが諸侯に許したに等しく、たった一晩の忍耐によって永年の郷地の保有を認められるのである。行かないという選択肢は土地持ちの諸侯には無かった。

 

当日の宴には殆どの諸侯と貴族が参加した。

 

これまでに無い豪勢なものであると同時に、一種妖しい空気が漂う背徳的な雰囲気が形成されていた。それは宴の中で見定められる、聖胎への期待とも、その意味するところへの興味関心の昂りとも呼ぶべき、形容し難い世界であった。

 

その結末は、多くの者が想い定めし醜聞とは遥かに異なる壮譚へと帰着するのであるが…それはまだ今は語るべきに非ず故…。

 

然はあれども、果たして宴は催された。王の名の下に集う者たちの中に、未だ芽吹かざりし救済の種を揺らし抱き得る者を迎えて。

 

 

 

ウーサーは宴が始まる前から入場してくる婦人達を次々に見定めていった。王の側にはやや小さな人影があり、時折王はその小さな人影と言葉を交わした。人影は深くローブを被っており姿を垣間見ることは難しかったが、その髪色が虹の透ける銀白であることは判明であった。

 

「…マーリンよ、どの女だ?どの女が一番相応しい?俺には魔術とやらも、魔法とやらも、呪いも、果てには運命すらが佇ち薫る様などを読み取るなど全く出来ぬ。だが、大概の場合、そう言った何かをより多く持つ者を選ぶことが無駄にはならぬことを知っておる。」

 

「なるほど、確かにウーサー君のいうことも一理あるだろうね。けれど意外だね…君はもっと外見や肉体的な魅力に富む女性を好むと思っていたよ。いやいや、偏見とは恐ろしい。」

 

やや壁に寄って、二人は互いに囁くように議論していた。背の高い方はウーサー、背の低い方はマーリンであった。二人は選ばれし者を産み得る存在を、マーリンの千里眼を頼りとして探して回っていたのだ。

 

花嫁探しでもなく、勇者探しでもなく。二人の目的は、その勇者の母親探しである。幾分か関わりやすくなったウーサーと、アマロとの関係性が両想いであることへの確信を得て余裕を手にしたマーリンの関係性は以前と比べて気安いものへと深まっていた。

 

奇しくも、両者の目的が重なったこともあり。ウーサーはアマロの血脈を継ぐ運命に愛されし後継者を求めて。マーリンはブリテン島を救うと同時にアマロを救い得る、真の王たる選定されし者の誕生のため。

 

両者は微妙に重複した互いの目的を根拠に、言うなればブリテン島の聖母となり得る存在を探していた。

 

「…彼は?」

 

難航する捜索に無言になりかけたウーサーであったが、今回も無駄足であったか、と落胆を顔に浮かべる寸前にマーリンの口が開いた。

 

マーリンの視線の先には、恰幅の良い諸侯らしき男の姿が見えた。側には細身の美しい女がいた。

 

「…ティンタジェル公ゴルロース、とその妻イグレインだ…奴がそうなのか?」

 

やや焦った声でウーサーがマーリンに問うた。目の前の悪戯好きの魔法使いという奴は、ウーサーの予想を超えた化け物である。そのことを共闘する仕事の中で理解してはいたものの、ウーサーはまさかマーリンがゴルロースを女にするのではあるまいかと突然不安に駆られたのである。

 

「ううむ…あの腹は確かにふくよかだが、しかし殆どが駄肉だ、奴は酒もよく飲むのだぞ?赤児を産むのは不安だぞ…まさか、まさかだがアマロは男のままで孕ませることもできるのか!?」

 

ウーサーの想像が先鋭化していくに連れて、声が大きくなっていった。後半はどうやら周囲にも聴こえていたらしく、流石に壁際で侍る平服姿の護衛騎士も青い顔で頬をひくつかせていた。

 

周囲の様子など知らぬと、ウーサーは半ば本心から焦燥してマーリンの肩を掴んで問い質した。

 

「そんなわけないからね!?いくらアマロでも……否定は出来ないのが苦しい処だね…」

 

問い質されたマーリンは若干ウーサーから距離を取ってから正しい解釈を与えようとしたが、その前に自分の想い人が殊に性と生にかけては、なし得ぬことの想像が追いつかぬ、精力絶倫の絶対者であることに思い至った。旅程にて月下の草原に並んで寝転がりつつ話を強請った際に、マーリンは彼から聞かされてきた旅情での色詩の内容を思い出して口をつぐんでしまった。

 

「んんッ!!いやいや、流石に彼でも男のままで子供を産ませるなんて離業はまだ未経験だと思うよ。命を狙われたからオリオンを手篭めにした話や、アマゾネスを守る為に荒れ狂うヘラクレスを腰砕けにした話は有名だけれど…それだって眉唾さ!……だから、多分大丈夫…かな…?」

 

後半になるにつれ、自分で説明しておいて自信が無くなるのはご愛嬌である。聴かせて貰った事例の中に該当するものが無かったことで何とか安堵しつつ、マーリンはやっと本題にたどり着いた。

 

 

 

「って…僕たちはそんな話をしたくて来たわけじゃないからね?ほら、隣の女の人…」

 

マーリンの指の先には細身の婦人が佇んでいた。各、好きに飲み食いをする場である。珍味も美味も思うがまま。だのに、彼女は一人静寂に浮かんでいた。

 

「?…あぁ、イグレインか……あの女なのか?」

 

顎を擦るウーサーの視線は品定めをするような鋭い光を帯びた。査定を一通り済ませてから、ウーサーはマーリンに顔を向けた。

 

「…あぁ、そうだったよ」

 

マーリンは淡々と言った。記憶を掘り返すように、少し俯いたマーリンの様子は真を帯びていた。

 

「…見てきたような口振りだな…まぁいい。さぁ、問題は貴様の良人から言い含められている条件を果たせるか、否か、だ。」

 

ウーサーは人差し指を立ててマーリンに見せながら言った。特に表すものもなかったが、彼なりに明示すべきことを強調するための動作のようだ。

 

「条件?何だい、それは?アマロは滅多に自分から条件をつけないんだよ?何かしたのかい?」

 

マーリンは殊にアマロの習性とも言うべきものに照らして、あまり耳にする機会のない事例に対して好奇心を表した。知らないアマロの様子を想い、僅かな嫉妬と八当たり気味に問い詰めんとして語尾が強まった。表情自体は単純な疑問顔であるから、進歩したと言うべきか。

 

「貴様も協力しておるだろうが…子を成すことに、アマロ殿は明るく微笑まれた。だが、母となる者が了承しなければ交わらぬ…と、いうわけだ。」

 

さて、浮上した問題はそこであった。結局のところ、事前に否応の無いことは例え事後承諾であっても裏切りである。両者とも、流石に気が咎めるのだろう。

 

悩みつつ、二人はふと件の貴婦人の良人の姿を探した。

 

二人が見つけたのは、恰幅の良いティンタジェル公が外見通りに酒食に走っていた様子だった。まるで舞踏する猪のようだった。相変わらず、彼女の方は所在なく。今今に窓辺に椅子を見つけると、腰を落として窓から外を眺め始めた。

 

「成程…ならば杞憂だ。」

 

ウーサーか、マーリンか。二人共が同じように感じ、そして同じ文句を口にしたように思われた。

 

ウーサーはマーリンを引き連れて件の貴婦人が黄昏る窓辺へと近づいた。

 

 

 

「御婦人、少し時間をいただきたい」

 

ウーサーはイグレインに声をかけた。

 

「まぁ、陛下。夫は彼方にございますよ?」

 

声をかけられたイグレインは素気なくそう答えた。その言葉には抑揚がなく、とても王を前にした言葉には聴こえなかった。ウーサーにも、目の前の婦人が暗に「構ってくれるな」と言っていることを理解したが、神妙な表情で改めて声をかけた。

 

「…其方に用がある。時間は取らせぬ」

 

淡々とした王の言葉には日頃の凶相が形を潜め、噂に聞いていた恐ろしさも薄寒さも感じさせなかった。王として、どこか垢抜けたような風格を纏っていた。少なくとも、イグレインはそう感じ、この御仁の言葉に応ずることにした。

 

「……はぁ、ではお聞きいたします」

 

静々、と言う表現がよく似合う、ほんのりとした会釈。相変わらず撫然とした表情にも見えたが、瞳には嘲りの欠片もなく澄んでいた。

 

「人に会ってほしい」

 

王はイグレインの眼差しに、強い意志を込めた眼差しと言葉で返した。王は言葉少なに語った。

 

「何方ですの?」

 

イグレインは平然のまま受け応える。

 

「殿方だ。だが、今はそれしか話せぬ」

 

王もまた平静のまま、駆け引きじみた沈黙を挟みつつ応えた。

 

「……会うこと自体は構いません。私はどちらへ向かえばよろしくて?」

 

あっさりと。イグレインは王からの誘いに応じた。

 

「……今すぐにとは言わぬ、流石に会うことに憚ることもあろぅ…い、いいのか?俺が言うのも何ではあるが急な話だったぞ?」

 

あまりにも容易く応をいただけたことに王は素っ頓狂に確認をとった。その様子もイグレインは悪戯げに微笑むでもなく、静かに冷涼に見つめていた。

 

「えぇ、ご覧の通りですわ。夫は私より余程宴に夢中ですし。それに…何となく、不思議と心誘われる思いがしますの」

 

イグレインは初めて瞳を細めて言った。どこか、儚さを添えるような美しさが匂う貌だった。胸に握った左の手を当てて、どこか遠い何処かへ思いを巡らせるような表情は、ウーサーも、はたまたマーリンも知らぬ類の色であった。

 

「然り…か。相分かった、これから案内する。ここに居る白髪の従者が其方をとある方の部屋に誘う。この方の話に従い、その部屋の中で会い見えよ」

 

気を持ち直した王はイグレインの先導役として、後ろに侍ってティンタジェル公の動向に意識を巡らせていたマーリンを紹介すると、自分は背を向けた。

 

「…畏まりましたわ……王様、ウーサー様」

 

遠ざかる両者。イグレインは振り返り、ウーサーに声をかけた。何処となく戸惑うような、安堵したような声であった。

 

「ん?なんだね?」

 

毒気を抜かれて、ウーサーは彼の思う王らしからぬ随分と穏やかな声を返した。顔も、おそらくは目を丸くしているのだろう。

 

「……おかわりになられましたね」

 

イグレインの言葉は優しげであった。それでいて愉快な不思議を前に気を緩めたような響きがあった。

 

「……君も、変わるよ。喪ったものは戻らぬが、新たな道は継ぎ繋がる。取り返したのではない。今一つ、進んだ先で手に掴んだのだ…」

 

ウーサーは、王は、ふと胸に浮かんだ言葉を飾ることなく晒して言った。答えにはなっていなかったが、王の独白にイグレインは何も言わなかった。

 

「…さぁ、イグレイン様此方へ。僕の後に続いてください」

 

マーリンはウーサーの顔を一度見遣ってから、イグレインへと手で暗がりに篝火が浮かぶ通路を、先への道を示しつつ言った。慇懃無礼な所作は様になっていた。が、ウーサーは苦笑いを浮かべて見送るように頷くと、貴婦人へと優雅に一礼してみせた。

 

「……それでは、何れ再びの拝謁の折にて」

 

遠ざかる王の背を穏やかに押すように、イグレインはそれだけ言うと、もう振り返ることはせずに白髪の先導者に続いた。

 

「………」

 

 

 

「直に、ブリテンには嵐が吹く。白甲の竜は人に殺された。だが…不死の竜はどうすれば生まれる?」

 

「ヴォーティガーンよ……貴方の遺した、剣という解は失われなければなるまいよ」

 

ウーサーの言葉を綴じる者は無く。また、ウーサーもそれを望まない。ただ、答えを求めて彷徨う己の奔走振りが、骨折りと一喜一憂が、ウーサーにはどうしようもなく満足だった。

 

 

 

 

 

あぁ、我らがブリテンの行く末を託すに足る火を灯さねば…今はまだ、陰が仄かに蒼く游ぐのみ。

 

だが、それでよい。

 

彼は君を待つ。君を待つ。

 

いつまでも、貪欲な健気さを温もりで守り続けて。救う度に渇く君を潤すために、彼はここで君を待つ。

 

何れ迎える困難の中で激る火よ!!!

 

其方の猛き姿は!!

 

忌々しき仇を灼き尽くすであろう!!!

 

其方の眩く赫い光は!!

 

万戸の民を遍く照らし導くであろう!!!

 

明日ありと祈る者を護り、打ち捨てられし全てを護り囲わんとするであろう!!

 

其れ正に王道也!!

 

だが、何れ行き着く壁を確と見よ!!

 

この愚王の如く、この世界を見捨てる勿れ!!

 

汝こそ、選定されし者也!!

 

ただ強く、激しく進めよ!!

 

ただ純に、無垢に歩めよ!!

 

汝が救う者也。汝は救う者也。汝こそがブリテンを救う者也。

 

唯一つ、唯一つ。努努忘れる勿れ。

 

汝に救いが訪れること、断じて、然りと。

 

救いし者たる汝もまた、唯汝を救うが為に在る君を戴いていることを。

 

汝、君を忘れる勿れ。それは救い也。

 

救いし者たる汝もまた、唯一人の救われ得る者に過ぎぬと言うことを。

 

汝、君を忘れる勿れ。それは救い也。

 

恐怖に抗い。理不尽に激し。怨敵に克ち。脅えを祓い。貧しきに耐え。朽ちるに堕ちず。ただ己が剣にかけて揺るぎなき誇りを興し。

 

そして時として、己を、己だけを顧みよ。

 

汝は救う者也。汝は救われるべき者也。

 

汝の陰は、永劫、唯の汝が為だけにあり。

 

 

 

真の希望とは、漆黒の闇霧に囚われし者の足元を照らす一条の光明に非ず。

 

真の希望とは、ただ暗月の下に道あるを信じ、己の道を歩む者と手を繋ぎ共に歩む者なり。

 

 




では、また。
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