運命のヒモ男《ヒモ・ファタール》   作:ヤン・デ・レェ

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B11王太子

次期ブリテン王国国王。救世の君主。そう賛美され、次代にこそブリトン人の栄光を切り開くことを嘱望された騎士の名はモーガンと言う。

 

 

その誕生に際して妖精に拐されたことで一時ブリテンを混乱に陥れたものの、ウーサー王の智嚢として屡々その名前を高めた魔法使いマーリンの手によって無事に奪還された。その後、ウーサー王の王太子として遇された彼女は出生名を改められモーガンと命名され、生まれながらにして騎士爵を与えられた。

 

騎士モーガンは乳母やウーサーの近侍により厳格に教育された。彼女の日常は王太子の日常と呼ぶには華やかさの欠片もないものだった。

 

そこには騎士道の模範に則り淑女へと捧げる詩の余韻も、吟遊詩人の奏でる弦の囀りも、幸楽に満ちた饗宴も、勇壮なる騎行もなかった。そこにはウーサーが自ら体験した騎士の本質的な要事のみが凝縮されて在った。

 

即ち其れは、ウーサーが選んだブリテンで当代一流の戦略、戦術、謀略の大家により組まれた教練と、門閥貴族を招いての冷酷で陰湿な宮廷で生き残るための処世術の教授、現役の役人による万民を統制するために必要とされる合理的で冷淡な官僚の行政術の数々であり、ウーサーの自伝的な或いは教訓的、実践的な帝王学の粋を集約した教育方針であった。

 

モーガンは騎士となって以来、五年毎に昇爵を経験した。何の功績もなく、何の由縁もなく。彼女は年を経ただけで幾度も騎士の生涯にあってまたとない栄光を飾った。生誕の瞬間に騎士となり、五つで男爵、十で子爵、十五で伯爵、そして二十歳で侯爵となるのと同時に言わずと知れた『選定者の剣(カリバーン)』を引き抜く。そういう運命に彼女は生きていた。

 

彼女の父であるウーサーは爵位を重ねるたびに言い聞かせた。

「お前はブリトン人の良き王となる。然う(そう)お前が生まれた時から定められているのだ。」

 

また、人々も阿る様に、或いは熱に浮かされたように騎士モーガンに言った。

然う(そう)神が望んで居られるのです。」

 

 

騎士モーガンの毎日は濃密であり、倦むことも怠けることも許されていなかった。

 

朝の起床と共に世話役の手で見繕われると使用人の目に晒されながら朝食を摂る。前日教授されたしきたりやら、宮廷での饗応主の義務を頭の中で反復させながら毒見が済んですっかり冷たくなった食を片付ける。

 

朝食が終わればまだ薄暗い外を窓から見やりつつ、軍略の教授を受け、王侯たるものが覚えるべき要綱やら紋章やらを学ぶ。褒められることはなく、また上等の講義も稀であった。時には丸々と座学の時間が招かれた貴族が次期国王に自らを売り込む場にも変わった。

 

 

座学の終了と共にモーガンの両脇には骨太な騎士が侍り、王城の外での教練が行われた。

 

教練はウーサー肝いりの師範により厳然として戦場での剣術を叩き込まれる。繰り返し打ち込み、時には砂や泥までも利用して敵を打ちまかし自らが生き残ることを第一とした実技が教授された。数時間の稽古は容赦なくモーガンの繊細な身体を打擲した。打ち身や擦り傷を拵えた彼女は稽古が終わればすぐに社交を通じて宮廷での処世を学ばなければならなかった。

 

彼女の一日は長く、その終わりは一日の始まりに同様の光景を以て締められた。冷たい食を片し、寝台の寝相に至るまでの講義を受けてから司祭の語り口に従い主への礼拝を済ませて眠る。モーガンの一日は長く、その全ては彼女が王になる上で必要なことであるらしいのだった。だが、誰が見たところで彼女の日常は余りにも苦と楽の割合が極端な有様であったことは疑いない。

 

 

躰を痛めつけ、心を摩耗し、頭脳を酷使するばかりの日々の中でモーガンはしかし、彼女は狂わなかったのである。

 

我慢強いと呼ぶには異様なほどモーガンは従順であった。彼女は聡明であった。従容として己の境遇を義務として割り切っていた。

 

 

モーガンの生は或いは騎士道そのものを体現してしまうような出来栄えだったに違いなかった。モーガンほど忠実に、ウーサー王の騎士道に殉じた者はいなかった…とも言えるかもしれない。

 

ウーサーの騎士道がなんであったか、それはウーサーにすら一言で定義してしまえるものではなかった以上誰にとっても断言しえないものである。

 

しかし、モーガンはウーサーによって半ば押し付けられ強いられた其れを自らが人生を懸けるに足る何かであると定義することに努力を惜しまなかった。彼女の血の努力には諦観もまた滲んでいたのかもしれないが、何れにせよモーガンは度々ウーサーへと己の為すべきことを問うた。

 

モーガンは自らが進むべき道の果てに何が待っていてくれているのか…「何が私に報いてくれるのか。」がどうしても知りたかった。

 

 

ある時、ウーサーの見舞いに来たモーガンは問うた。

「王よ、生涯を懸けて私はブリトン人の良き王となりましょう。しかし、私には王が何をすべきなのかわかりません。私が知り、学んでいるものは戦士としての騎士の義務を果たすための物ばかりです。私は、王としてどのように振舞えばよいのでしょう。私は民に報いる方法を知らず、また私が世界を救済した暁に神が何を私に報いてくれるのかすら知りません。」

 

ウーサーは答えた。

「騎士モーガンよ、何をなすべきなのか私に問うことは不毛である。何故ならば私もまた何ら成し遂げ得なかったからだ。私は真の王城キャメロットを失陥し、それを取り戻すことなく今今に死んでいく身なのだ。騎士モーガンよ、お前は何が欲しいのか。私は終ぞ何も得られなかった。果たして私は神に報いられたのか。確かに、愚王としての報いは受けたのやも知れぬが。」

 

ウーサー王はせき込み顔を背けた。季節外れの風邪を召して以来ウーサーは病臥するようになった。騎士モーガンは王の寝台から辞し、己の望むものを思い浮かべた。

 

「私が望むものと言えば、あのひと時くらいのものだ。」

 

モーガンは自身の淡々として機械的な半生を顧みて、その中で唯一燦然と輝く一瞬を想起した。未だ幼い頃に自分を抱き上げたあの温もりを彼女は忘れていない。一生涯に一度として得難い、それほどの美しさと慈しみを一身に浴びた経験がモーガンをあらゆる苦難から救い続けていた。

 

その誰かは彼女の生母イグレインと魔法使いマーリンに伴い宮廷を後にしたとモーガンは聞いている。

 

行き先はティンタジェル領の辺境とも、或いは妖精の住まう森の奥地とも言われていた。誰に尋ねても口を揃えてその人のことを美しい黒曜石に例えるのだ。

 

恍惚とした様子で語る姿に貴賤の別はなく、モーガンは漠然と神に邂逅した聖者の感動を想起した。想起し、妄想する度に彼女の中ではより美しく、より優しく、より温和に磨かれていった。

 

 

心身の成長するに伴い学ぶことは増え、より偏った。そして、其の度に彼女の中で燻る温もりはよりその存在感を増した。望郷の念とも呼べた。彼女は彼の腕の中への回帰を熱望し、より強くその慕情へと縋り、より深く遠い理想の影を己の義務の果てに望むようになった。

 

朧げな記憶が憎らしい程に、彼女の生涯にあって一瞬に過ぎない時間でありながらそれは他の全てを合わせたよりも強く彼女に幸福と平穏を感じさせた。

 

「あの時の貴方、幼い頃に自分を抱いてあやしてくれていた貴方…私は、貴方が与えてくれた無償と言って差支えのない温もりがまた欲しい。」

 

騎士モーガンは素朴な慕情を胸にしまい込んだ。崇高な義務の虜として在る自身の境遇を疑うことなく、愚直なまでに彼女は良き王として君臨する為に必要な事のすべてを己の中に詰め込んだ。従容として華やかさとは無縁の騎士道を進む覚悟か、或いは諦観か…確かなことは騎士モーガンが今際のウーサーの王命によって王太子モーガンとして成ったこと。そして、彼女は父王ウーサーの死を悼む場に馳せ参じた諸侯と司祭達の前で『選定者の剣(カリバーン)』を堂々と引き抜き、その瞬間から彼女が騎士の王モーガンと成るということだった。

 

 

騎士モーガンが騎士道に捧げた時間はおよそ20年と半分。

 

彼女の前途には侵略者を懲罰してブリトン人一強の時代を創出する義務が当人の与り知らぬところで描かれていた。より厳格に、より苛烈になる日々の中で彼女は無理を重ねて繊細な中に逞しい肉体を育てた。開いた手の平は乾いていて分厚い。あちらこちらに胼胝(タコ)肉刺(マメ)が出来ていた。まじまじと見つめるとモーガンは身が締まるような、誇らしい思いを得ることができた。

 

自分の生涯を一顧にしたような、その実績が目に見えるようだった。

 

それが彼女の全てであり、彼女が騎士モーガンとして生きた実績であり軌跡である。

 

彼女の世界は王城に始まり、王城で完結する。その外の全てが未知であり、モーガンは王と騎士という概念の外の全てに対して無知であった。その全ては父王ウーサーにより補強され、王太子モーガンの存在が覆すことのできない事実だった。ブリテン王国の未来は開かれており希望と期待に満ちた栄光の道が騎士の王モーガンとしての将来を彼女に確約していた。

 

 

 




書き方を変えました。今後も色々と試すことがありますので悪しからず。

書いておいたB9を投稿し忘れておりました。申し訳ありません。後日投稿させていただきます。

*投稿頻度のお知らせ…暫くは短いので随時三日以内を目安に上げます。
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