「
ウーサー王は諸侯を集めてそう言った。諸侯は周知のことであったが、改めて数百の騎士の死の上に成り立った剣による王権の継承を受け入れた。
ブリテン王国国王ウーサーの死が迫っていた。
その存在感はブリテン島に在って無視できるものではなく、ブリトン人の誰しもが畏敬するに足る偉大な君主として彼のことを認めていた。諸侯もまたその権勢の大小に関わらず自分たちの王に対して騎士としての在り方への尊敬と、君主としての在り方への憧憬を抱いて接していた。
その治世の長きにわたること三十年を超えようか。ウーサーは外部勢力の浸食が明らかな混沌の時代に在って二十年以上もの長期に渡る安定期間を創出したのである。年二十を超えたブリトン人は皆、ウーサーの治世により自然に年を重ねることができたのである。
ウーサーの治世は決して聖君のものではなかったが、その功績は確かに次代へと継承されるに不足のない巨大なものであった。その偉大な王の死を目前として、多くの諸侯や司祭が項垂れ涙した。失意と不安を抱き始めた群衆の中から一人の痩躯が進み出た。騎士モーガンであった。
ウーサーは半ば閉じつつある瞼を重そうに擡げ、か細くも明瞭な声で言った。
「騎士モーガン…この場を借りてお前を王太子に任ずる。これは王命である…諸侯の皆々も忘れることなきように…。かの剣を抜きし者が次代の王と成る。これは例え他の王太子候補がいたとしても曲げられぬことである。…そして、モルガン…お前にだけそれは許されるのだ。」
モーガンはウーサーが自らをモルガンと呼んだことに驚いたが、すぐに居住まいを正して応えた。
「騎士の剣に誓います。必ずやブリトン人の良き王と成る、と。それこそが私の運命なのですから。」
諸侯は快哉を叫びモーガンを称賛し、ウーサーは一つ頷き瞼を閉じた。
その日の晩にウーサーは死んだ。病没であった。
ウーサーの死は瞬く間に周辺各国にまで知れ渡った。混乱の時代を苛烈に生き抜いたブリテン騎士の長者は過去のものとなった。ウーサー王に率いられてきた騎士たちは動揺と不安に陥った。
そのことは貴族や農民も同じであり、皆々が血生臭い戦乱の再来を恐れる一方で、噂に聞くところに名高い次代の君主に期待を抱いていた。
外敵は強大な重石が朽ちたことに歓喜の声を上げた。戦乱を望むわけではなかったが、ブリテン島で繰り広げられる各民族の生存競争には未だ決着が着いていなかった。何れ来る苦難が今か、後かの違いであると断じる者がいないわけもなかった。爪が、牙が研がれ始めたのはウーサーの死ぬ遥かに以前から。今やそれは喉元に迫るための機を伺う段階であった。
早急に偉大な王を立てる必要に駆られていた。また、ブリトン人の結束を固める必要もあった。国王と言えども絶対の神ではなく、人望や調服力の不足はそのまま王権国家の弱体に繋がるのである。
諸侯貴族だけでなく抜剣を見届ける証人として司祭、司教も集まるモーガンのお披露目式典においてウーサー時代から出仕する古参騎士達からの忠誠を受けることは重大な事柄であった。そのような場にウーサー王の股肱の臣として自他ともに認めるところのある老騎士エクトルが招待されないという謂れはなかったのである。
果たして、主君の遺命という形式で招待を受けた老騎士エクトルはこの記念すべき儀式に自身の後継である義息ケイと、ケイの
後の歴史家に言わせれば偶然の連続か、宮廷から遠い貴族たちによる計画的な犯行だろうか。後の世が下す評価の如何なるものもこの際には意味を成すまい。何故ならば彼女たちが生きるのは紛れもない今なのだから。未来を知ることは出来ず、過去を変えることもできない今に生きているのだから。
旅程の一幕。アルトリアは義兄の馬の轡に繋がる紐を握り徒歩で進んでいた。エクトルのピンと伸びた背。初めて所領の外にまで馬を駆るケイの肩には過剰に力が入っていて、アルトリアは自分に日頃偉ぶっている義兄をいい気味だと思った。馬が大きく揺れるたびに尻を気にするのは長時間の騎行で痛いせいか。ケイの腰にはピカピカの騎士の剣が金属のこすれる音を漏らしつつ揺れていた。揺れる馬上で父から譲られた騎士の装束に身を包んだ義兄の姿は馬子にも衣裳という言葉がよく似合った。
アルトリアの恰好は身綺麗な農夫といったところがいい具合だ。腰の短剣や革のブーツ。槍を手に馬の綱を引いていなければ従者として見られないかもしれない。アルトリアにとっては今に始まったわけでもない。
寧ろ平服にしては生地の立派なものであり、そこそこ気に入っている代物だった。地味な青色だが染料が使われているし…兎も角、アルトリアに不満はなかった。染みついた耕土の香りは愛嬌のようなものだ。
王城への旅路は数日。今日中にはつくだろうとはエクトルの弁である。アルトリアは気の抜ける馬の足音を背に、道中の用心のためだとケイに投げ渡された槍を握る手に力を入れなおした。それにしても、彼女は思うのであるきっと片手で手綱を握るのが嫌で私に投げてよこしたのだろう、と。
面倒見のよさとは別に、少々単純というか抜けているところが義兄にはあると思うこの頃であった。旅情にこれといった凹凸もないまま、時々槍を持つ手を入れ替えながら従者アルトリアと騎士二人の一行は賑やかな王城に到着した。
ウーサー王の死からひと月も経っていまい。不謹慎か、それとも立ち直りの早いことは良いことなのか…祭り騒ぎといった盛況の王城では王太子モーガンへの祝福の声がそこかしこから聞こえてくる。アルトリアは勿論、ケイにとっても初めての王城であった。
これが常のものと考えてくれるな、というエクトルの言葉が届いたかはさておき、露店でほころんだ顔を隠せない商人に聞けば王太子と彼女の後見を任された一派が催した祭りであるらしい。どおりで豪勢なわけだ。
アルトリアとケイは生まれて初めて体験するものの数々にすっかり打ちのめされており、エクトルも二人の様子を知ってか知らずか宿代と大事の際の備えの分を抜いた財布をケイに投げると、自身は先に王城に登城すると言ってさっさと行ってしまった。
残された二人が人生初の祭りを満喫しようと宿を飛び出したのは言うまでもないことである。
さて、宿を飛び出した勇気は認めるとして地の利のない二人は紛れもない「おのぼりさん」であった。
彼らの前には無数の壁が立ち塞がり、それらは明らかに地方では聞かない流麗な発音だったり、地元では食べる物が食べられていなかったり、ケイの騎士の恰好が悪い方向に働いて鼻につく香りを纏う御姉様方にアルトリア共々誘惑されるなど…当初の想定とはかけ離れた苦戦を強いられたのである。
「父上が私を財務卿に任じられたのだからこの金の使いどころは高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変に決断する。」などと言い始めたケイが怪しいお店に向かうのを止めたり、明らかな
とはいえ、苦闘続きの中でようやくありつけた露店の料理はケイにしてみてもアルトリアにしてみても平静に口にしている物より遥かに手の込んだものだった。店主が最高に美味いしいかと尋ねれば揃って首を傾げた兄妹だったが、確かに美味しい経験を積めたことはアルトリアにとって何よりの収穫であった。
陽が傾く頃にエクトルが大勢の貴族と共に兄妹を迎えにやってきた。
父の帰還に残念な気持ちが隠せない兄妹に苦笑いのエクトルが言った。
「お前たちも来なさい。これから明日のために最後の確認をするのだ。」
ケイがエクトルに尋ねた。
「父上、最後の確認とはなんでしょうか。私たちはまだ正式な爵位も拝命しておりません。父上と共に来られた方々は何れも立派な方々ばかりです。」
アルトリアはケイの言葉を継いで言った。
「父上、兄上は騎士の爵位をいただくことが決まっておりますから問題ありませんが…爵位をいただく予定もない
二人の言にエクトルは二度三度頷いてから言った。
「お前たちの言っておることは正しい。しかし、明日には二度と触れることのできぬものでな…折角だからこの祝事に
首を傾げる兄妹だった。エクトルが続けて言った。
「
兄妹は揃って「ああ~~なるほど。」と納得し、この機会が貴重なものになるだろうことを嚙み締めて一団の最後尾に加わった。
書き忘れてた。では、また。もんなみはー!←コレ