運命のヒモ男《ヒモ・ファタール》   作:ヤン・デ・レェ

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B15ハレ 中編

大門を抜けて城下に踏み出したモーガンの足取りは軽やかとは言い難かった。

 

王城に住んで20年と半分。ブリテンで暮らす者の中でも生粋の都会育ちと言って差し支えなかった。だが、そんな彼女は些か(いささか)真面目が過ぎていた。

 

というのも、忠実な彼女の道を思い通りに決めてきた者達は一度として騎士モーガンに、その自由な振る舞いを許した試しがなかったからである。

 

殆どの場合、彼らが騎士モーガンに求めたのは壮麗にして威厳に満ちた王として国家に献身することだった。モーガンはこの求めに忠実である余り、今日に至るまで特筆すべき快楽を経験することなく成熟した人格を持つに至ったのである。

 

それは歪であり、一方で潔癖な君主に求める理想の体現とも呼べた。余りにも機械的な側面を除けば、であるが。

 

 

未知に完全に包囲された状態のモーガンは田舎から出てきたばかりの「おのぼりさん」のように、言い方は悪いがかなり挙動不審な足取りで街を大通りに沿って進んだ。

 

最初にモーガンが向かったのはパン屋であった。先々からの願いであり、彼女にとっては存在は知っていても実際には見たことが無いところであった。

 

時折立ち止まりつつ、時には路傍の犬や猫に驚きの声を上げて周囲に注目されつつ、モーガンはパン屋を探した。

 

 

パン屋を捜し歩くこと暫く。何故か、パン屋が見つからない。

 

それは事情を知る者からすれば必然的な事であった。

 

というのも中世の時分と言えばパンを焼くにしても穀物を挽かねば(ひかねば)ならず、焼き上げるにもパン(がま)が必要な時代である。それも備え付けの大きなものが必要である以上、一家に一台とはいかなかった。

 

当然、農村や城下には公的な施設としての挽臼(ひきうす)やパン窯というものがあったが、これは有料な上に臼や窯といった施設自体が場所を取る。

 

集合住宅が火気厳禁でキッチンが無かったローマの庶民のように、日銭を叩いて(はたいて)露店から料理を買って食べるか、大変な思いをして調理した上で食事をする必要があった。

 

手間も暇も富貴の嗜むものであれば。モーガンが四方八方に忙しなく顔を向けつつパン屋を探し歩いたのは城にほど近い住宅地に面した大通りである。

 

当然の如く、そのような場所に民草が常食する様な混ぜ物が多用された重厚なパンが販売されているはずもなかった次第。

 

しかし、城下は愚か城内の極々一部にしか認知の版図を広げ切れていないモーガンは無論その事実を知らない。

 

 

結論。モーガンは焦りを覚えた。

 

モーガンの焦りは他者との言語を通じての交流が極めて限定的だったことにも端を発した。身分が甚だしく違う者に話しかける為の方法など知っているはずがなかったのである。

 

故に、モーガンは独り託つ(かこつ)かずにはいられなかった。

 

「どうしてパン屋が見つからないのだろう。パンとは、民が何時も食している物ではないのだろうか。」

 

「しかし、正直にパン屋は何処なのかと聞くのも、自ら無知を晒すようで恥ずかしい。」

 

「とはいえ、身形の良くないものを見つけて「君、パンを知っているか。」などと聞くことなど私には出来ない。騎士か王太子か以前の問題だ。無礼すぎる。」

 

葛藤と自問自答が縦横無尽に脳内で浮きつ沈みつ。モーガンの呟きに答えてくれる者は居なかった。

 

途方に暮れたモーガンは一度城門前まで戻ろうと思い、周囲を見回して愕然とした。

 

「おかしい、ここは何処なのだ。どうして城があんなに遠くに見えるのだ。」

 

モーガンはパン屋を探して歩くうちに道に迷ってしまった。おまけに周囲は見通しが悪く入り組んでいる。城下町の地理に暗いモーガンでは自力で帰れそうにない。

 

城からはそう遠くないはずだ。だが、それでも城の外に初めて出たモーガンにとっては容易に行き来できる距離ではなかった。

 

モーガンはいよいよ不安になった。周囲は薄暗く、人通りも少ない。気持ちヒンヤリしているような気もする。根気と勇気が必要な状況だった。

 

「なんとか城まで帰る方法を誰かから聞かねば、しかし、どうすれば自然に話せるのだろうか。」

 

「民は皆私の剣を見て自ずから遠ざかっていく。遠目に私を見ていたのは酌婦だろうか、いずれにせよ私が声を掛けようとすれば避けられてしまう。」

 

モーガンはここまでの道中を振り返り考えた。誰にも何も尋ねることが出来ずに、気持ちに任せて進んだ結果だった。モーガン史上に稀に見る全能感の湧き処は何処か。其処が、迷ってしまった原因とも言えたのだが。

 

貴人が他人に直接話しかけるのははしたないことだと教えられてきた経験が祟ったらしい。ましてや民になど、尻込みしてしまうなどと言う段階ではない。

 

困り果てたモーガンはいっそのこと、面識のある者に会って不謹慎だのと小言を頂戴することになっても騎士や貴族に尋ねるしかあるまいと腹を括った。

 

「ああ、せめて私の事を知らぬ者が良い。城下に入るのが初めての者なら尚良い。そうしたら私も心置きなく「やあやあ初心者同士仲良くしよう」と言ってしまえるのに。」

 

城への道のりを訪ねた挙句、自分を知る貴族に謗られる(そしられる)ことは避けたかった。嘲笑されるくらいならせめて心細さを紛らわせるような、自分よりも身分が低くて気負わずに接することのできそうな都合のいい相手が欲しかった。

 

「嘘を吐くのは心苦しいが、しかし次期国王の非常事態なのだ。私が王に成ってから会うようだったら何かお礼でもしよう。」

 

口に出すことで余裕が出来た。モーガンは再び確かめる様にぼそりぼそりと呟いた。

 

「そうだ、そうしよう。それで何卒、勘弁して貰おう。」

 

「よし、そうと決まれば早速お供の者を探さねば。一先ずはこのまま行けるところまで真直ぐ進もうか。」

 

此処までパン屋を探してきたことすら忘れて、なるべく同輩に見える騎士を探すモーガンの足取りは不思議と軽かった。

 




では、また。もんなみはー!
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