大通りを更に下ること暫し。
中流の
抑制する者がいない今、目的を忘れて、興味関心の赴くままに瞳を向け耳を傾けることは正にモーガンの自由であった。
広場は人で溢れていた。
吟遊詩人や楽器の奏者、ここぞと反物や土産を売り込む商人、果物や軽食を売る露店群、力を競わせる我こそは王太子様に身を引き立てて頂こうと都に集まった騎士志望や、その王太子に招かれて来た諸貴族の従者に下級騎士達。集まる者たちの背景は様々。集まった理由も、そこから持ち帰るものも様々。
斯くして広場は大いに賑わっていた。
広場で同輩と呼ぶに気負いない騎士を探すこと少々。モーガンは如何にも
「好機は今である。さあ、行かん。」
企図せずに口から洩れていた言葉に気を引かれたのか、相手の方もこちらを見ていた。しまった、そう思うのは後の祭り。モーガンは一歩を踏み出した。
「やあやあ、どうやら都は初めての御様子。実は私も今日が初めてでね、是非一緒に都を回らないか。ああ、申し遅れた、私はモー…。」
名乗ろうとして、モーガンは自身の名が王太子の名前であることに今頃になって気が付いた。王太子の名を名乗るのは余程の馬鹿か、同名の者か、或いは本人だけだ。
正直にここで名乗り、後からあの時の騎士は王太子だったなどと広まっては笑い話では済まない。なにより、王太子だと知らずに無礼を働いたことを相手が
モーガンは須臾に思考を交錯させると、目の前で名乗りを待つ相手に向きなおり言った。
「私はモーサンという。うむ、騎士モーサンと言う者だ。以後お見知りおきを。」
モーガン改めモーサンは努めて平然と言った。
そして名乗りを聞き届けた相手も居住まいを正すと言った。
「ご丁寧に、えーとご機嫌麗しゅうございます。騎士モーサン殿、貴方の御誘いは我々としても有難い。見ての通り、兄妹共々まだ都に入って日が浅い身でして。」
「ああ、こちらこそ申し遅れた、私は騎士エクトルの長子ケイと申します。言葉遣いはご容赦を、何分都の清麗なものに不慣れでして。」
騎士の礼装をした男がそう言うと、その後ろに控えていた
モーサンが意識して口角を緩めながら言った。
「ケイ殿、こちらこそ突然失礼した。出会って早々に不躾な質問かもしれないが、差し支えなければ貴方の弟君を紹介してくれないか。」
相手からの思わぬ要望に驚いたケイだったが、見るからに気品のある御仁から請われてしまうと断りずらかった。それに、妹のことを居ない者として扱わなかったモーサンの発言はケイに好感を抱かせるのに十分なものだった。
「さあ、お前も名乗りなさい。騎士モーサン殿がお前をお求めだ。」
ケイの言葉で彼の後ろで控えていた
「兄のケイの
モーサンはじっとアーサーを見つめた。ケイが怪訝な顔をしそうになり、頬を引き締めた。モーサンが自身の髪を女の様に
モーサンはアーサーに言った。
「お顔を上げられよ。気にせずに上げられよ。さあ、立ち上がられよ。」
戸惑うアーサーの背を押すように言うと、モーサンは続けて言った。
不思議そうなアーサーと正面から向き合って言った。
「ふむ、私は自分の髪を珍しいと思ってきた。銀糸のような髪だろう、今はすっかり短いせいで若白髪の様に見えてしまっているが。」
今はもうすっかり短くなってしまった。流れる様に長かった銀髪に指を通すように、モーサンは虚空を指でなぞった。アーサーにはそれが何かを探すような仕草に見えた。
「昔はもっと長かったのだ、今の君よりも。ああ、だが、そうだな。成るほど私はあの時、髪を切ってしまわずに君の様に編めばよかったのだな。」
モーサンはアーサーに顔を近づけた。ぐいと顔を寄せられたアーサーは、そのことに驚いているような、状況を呑み込めていないような表情だった。
モーサンは虚空を撫でていた指を止めた。冷えて固まった蝋の様な指先が、
目尻が吊り上がり壮絶を瞳に宿したかと思えば、手の平から力が抜けると共に静謐な水面の様な瞳に変わった。
モーサンは鼻からゆっくりと息を吸い、それから感慨深げに言った。
「ああ、そうすればよかった。君に気づかされたよ。ありがとう。」
アーサーはこれに「勿体ないお言葉です。」と答えた。
アーサーの答えにただ頷くと、モーサンはケイの方へと向きなおった。アーサーとモーサンが言葉を交わしたのはこれが最後となった。それからケイとモーサンは互いに見て回る場所を相談し始めた。相談が終わるとモーサンを先頭にケイが続いた。アーサーは時折兄が浪費しようとするのを父からの命令という体で諫めつつ、露店や大道芸を満喫する二人の後に追従した。
モーサンがケイと行き先の擦り合わせをする直前の事。
アーサーと目と目を合わせてモーサンが言った。
「それにしても、君の髪もまた随分と稀有なはずだよ。そんな風に、黄金の中で
モーサンはアーサーの髪に、一言断ってから触れつつそう言った。
アーサーはこれに答えて言った。
「ありがとうございます。しかしモーサン様の御髪ほど見事なものも、この世には二つとありましょうか。私もそんな風に、白銀の中で
そういうとアーサーはペコリと一礼した。モーサンは俯いて己の手の平を見ると沈黙した。
顔を上げたモーサンは言った。
「確かに、我々は好対照の稀有に恵まれたらしい。君にも神の御加護が在らんことを。」
そう言うと、モーサンはケイに向きなおった。
では、また。もんなみはー!